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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
53/56

全ての終わりに

 礼拝堂の壁と言う壁は余波でぼろぼろに割れ、砕け、一部は瓦解し隣の部屋と繋がっている。

 エイワスを貫いた本流の背後の壁は暗闇で先が見えない程くりぬかれ、ぽかりと口を開けていた。

 フロアが未だ崩れてこないのが奇跡と言ってもいい。恐るべし、日本の建築技術。

 鳴と影人がふらつくエイワスに向けて足を踏み出す。

 エイワスは2人から逃げるように覚束ない足取りで1歩、また1歩とフロアに未だ開き続けている精神世界の穴へ向かっていった。

 どう見ても、もう戦う力は残されていない。

 顔にも慈愛の笑みは浮かんでおらず、苦しげな体で呻き声を漏らす。

「愚か者、め。私は聖霊の力を取り込んだのだ。私が意識を失えばどうなるか……世界は滅びを……いや、それよりなお酷い地獄絵図となろう……」

「世迷い事を」

 鳴はそういって一蹴するがエイワスは自嘲染みた薄ら笑いを浮かべて瞳を閉じ、精神世界の中へと身を投じる。

 真っ先に反応したのは優衣だった。

「二人とも離れて!」

 叫び声によって本能的に後方へ飛び退った瞬間、再び視界が白に彩られる。

 エイワスの辺りから発せられた、先ほどの魔法よりもずっと濃い白は目を開けていられる限界を超えていた。

 覆いでもしなければ目が潰れてしまいそうな極光の中で鳴と光輝の間を誰かが通り抜けるい。柔らかい長い髪の感触に思わず光輝は叫んでいた。

「優衣っ!?」

 閃光が収まったのはそれから暫く経ってからだ。

 真っ先に光の発生源であるエイワスの方を見れば、やはり優衣がいつのまにか移動してその場に蹲っている。

 驚くことに、優衣の髪の色は黒から今迄通りの独特な色合いに戻っていた。

 光輝が慌てて駆け寄って揺り起こすと幸いすぐに目を覚ます。

「なにやってんだ……大丈夫か? 痛いところはないか? 一体何をしたんだ」

 矢継ぎ早の質問に、優衣は微かに笑って大丈夫だと告げた。

「聖霊の力をこっちに引き戻したの。あれは、あのまま開放させると世界の壁を壊してしまうから」

 エイワスが優衣がから奪った魔力は制御していたエイワスが意識を手放したことで世界に解き放たれてしまった。

 現に圧倒的な魔力の一部が精神世界の穴を、フロアの一角を覆う程に広げてしまっている。

 けれど元の魔力の持ち主である優衣なら溢れだした余剰の魔力を自分の中へと取り込むことができる。

 途切れ途切れに告げる辺り、優衣の体調はあまり良くない。

 血を大量に抜かれて、その後また大量に戻されたのと大差ないのだから、気分が悪くならない方がどうかしている。

 だというのに、優衣の表情は晴れやかな物だった。つられるようにして光輝も笑う。

「これで全部終わりだな」

 エイワスがどうなったかは優衣にも分からない。精神世界の穴に、あの状態で魔導書も持たず飛び込めばまず間違いなく形を失い二度と戻ってはこれまい。

 もしかしたら彼の意識だけは精神世界の中で未来永劫、心地よい夢に浸れるのかもしれない。

 今となっては確かめるすべなど残されていなかった。

 

「あのね、みんなに話したいことがあるんだ」

 鳴が、香澄が、香奈が自然と優衣の周りに集まっていた。

 香澄は光輝が優衣を抱き起しているのに不満を抱いていたが優衣の体調が優れないのを察して自重する。

 優衣が話そうと思ったのは今までエイワスがしてきたこと全てだ。

 

 全てが優衣が生まれた事から始まったということ。

 7人の子どもたちは優衣と一緒に育てられ、精神世界の影響を、聖霊である優衣の影響を受けた結果、魔法使いとしての高い素質を備えた。

 エイワスが求めた理想郷や、それに至るまでに必要だった過程


「多分、全部ボクのせいなんだ。光輝が人と違ってしまった事に悩んだのも、鳴が辛い思いをして戦ったのも、香澄が魔法使いになったのも」

 全てを話し終えた優衣が全員に向けて頭を下げる。

 けれど、そんな事、ここにいる誰もが望んでいない。優衣もまたエイワスの目論見に翻弄された一人なのだから。

「真面目に言ってるなら怒るぞ」

 光輝が呆れたように笑う。

「俺はこの道を自分で選んだ。ただそれだけだ」

 鳴もまた今の選択に後悔はなかった。

「私も同感。悪くなかったって思ってる」

 香澄とて今回の一件は優衣に近づくための手助けになったとさえ思っていた。

「あたしもね、感謝してるよー。この2か月は今までで一番楽しかった」

 香奈はそういって、大らかに笑った。

 

 優衣は思う。彼らが居てくれるなら"もう何も怖くない"と。

「ありがとう。後はね、この精神世界の穴を閉じれば全部おしまい」

 抱き起されていた優衣がゆるゆると立ち上がる。心配そうに手を貸した光輝の手を遠慮がちに振りほどいた。

「そうか、じゃあ早く閉じて帰ろうぜ。つーか、これはどうすれば閉じれるんだ?」

 先ほどのエイワスから漏れた魔力の余波を受け、穴はフロア一面にまで広がっていた。どうしたものかと優衣を除く4にんはそれぞれ頭を悩ませる。

 オブジェとしては中々斬新で綺麗なのだが魔物が湧き出してくる以上、早急に手を打たねばなるまい。

「大丈夫。閉じる方法もばっちりだから」

 そんな中、優衣だけが任せておけとばかりに笑顔で境界へと近づく。

 誰もが止める暇すらなく、次の瞬間には4人を断絶するように1つの結界が形作られた。

 一瞬の出来事に誰もが反応できず戸惑いが露わになる。

「お前、何して……」

 結界は優衣の手によって張られた物だった。素早く駆け寄った光輝が確かめるように結界へ手を這わせる。

 相変わらず異常なほど強固な手ごたえは、この場の4人が力を合わせても砕くことなどできないと容易に想像できてしまった。

 

 くるり、と優衣が可愛らしく反転する。それからまるで今夜の献立を告げるかのような気軽さで言った。

「精神世界は内側からしか閉じられないの」

 優衣の知っている精神世界の閉じ方はたった一つ。

 エイワスが語っていた、精神世界に飛び込んだ母親が願いによって境界を閉じたという方法だけだ。

「戻ってこれるのか……?」

 光輝の問いに返事はなかった。優衣は結界の向こうで相変わらず笑顔を4人に向けている。

「どうなんだよ!」

 嫌な予感が光輝を包む。逸る心が怒声となって疑問をぶつけた。

「多分無理。ボクがこの世界に戻るには穴を開けなきゃいけない。でも、穴が開いたら意味ないから」

 壁の向こうから優衣の場違いな優しい声が響く。

 怒りからか、呆れからか、光輝が何かを言おうとしつつも様々な感情がごちゃ混ぜになって声にならない中、香奈が結界に近づいた。

「なら、それはあたしがやるべきだよ」

 けれど優衣は声もなくふるふると首を振った。

「どうしてっ! だって私は……」

「ダメなの。これはボクがやらないと意味がないから」

 今にも叫びだしそうな香奈の言葉を、優衣は途中で遮る。

「なんでだよ。何でお前が!」

「エイワスに言われたんだ。ボクは"生まれながらにして何も与えられず、何も得ることも許されず、虐げられる運命に立っている"って。どういう意味か分からなかったけど、さっきのでやっと分かった」

 優衣の笑顔が陰りを帯びる。浮かんでいたのは諦観と覚悟だ。

 自分の中でこれからの全てを決めてしまっていて、もう躊躇う事もない、そんな顔だ。

 見るにたえかねた光輝が生身の拳を結界へと打ち付けた。

「ボクは光輝が好きだよ」

 光輝が、隣の香澄が驚いたように優衣を見た。

「香澄も好きだし、香奈や鳴も、お父さんや雫も好き。この世界が大切なの」

 一人一人を慈しむ様に視線がぐるりと4人を巡る。

「ボクはそんな世界を壊したくない」

「何言ってんのか全然わかんねーよ!」

 再び結界に拳が打ち付けられた。鈍い音は光輝の手の平から出されたものだろう。

 その隣では鳴が優衣の言わんとしている事に気付いたのか愕然としている。

「聖霊の力がこの世界にある限り、精神世界の境界はいつだって崩壊の可能性がある。ボクが制御できなくなったり、死んでしまった時、エイワスみたいに力が漏れ出したら防げる人は誰も居ないの」

 誰も、何も言えなかった。光輝でさえ優衣の言葉に呆然としている。

 これがエイワスの言っていた、生まれながらにして何も与えられず、得ることさえ出来ず、虐げられる運命に立ったという意味なのだろう。

 優衣は生まれた時から何もせずともただそこに居るだけで世界を滅ぼしかねない危険な因子になってしまった。

 何かを与えられ、手に入れたとしてもいつかは選ばなくてはならない。

 世界を滅ぼしてでも残るか全て捨てて無に還るか。

 けれど、世界を好きになればなるほど滅ぼすなんて選択は取れなくなる。実質的に取れる選択肢は一つだけだ。

 精神世界に還ること。聖霊としての力を元の形に戻すこと。

 そうすればこの世界から脅威は消え、精神世界の穴もまた永遠に封じられるだろう。

 魔物さえ出なければ魔法使いが魔法を使う必要性もなくなる。

 世界に出来た歪みは何もかもが理想的な形で矯正される。

 

「光輝、ありがとね。ボクは昔からこんな姿で一歩引かれることが多くて、あんまり仲のいい友達とかいなかったけど、光輝と過ごせて楽しかった。みんなとも短い間しか居られなかったけど、一緒のクラスになって、一緒に遊んで、仲良くなれて、凄く楽しかった。ありがとう」

 そう言って優衣は一人結界の外に向かって微笑む。

「ふざけんな!」

 結界に光輝の生身の拳が幾度となく打ち付けられた。

 魔力で強化していない生身の拳はぶつけた部分は色が変わり、骨によって皮が切れ滲むくらいじゃ済まない血が腕を伝う。

「なんだよそれ。別れの言葉とでも言うつもりか……」

 でもどれほど傷ついても光輝は結界を殴るのをやめない。

「同感だ」

 その隣で鳴もまた、結界を力いっぱいぶん殴った。

「止めて、怪我してる! 鳴も、怪我するだけで意味なんてない!」

 思わず止めに入った優衣に、けれど二人は咎める口調で言った。

「自分を傷つけている奴を止めるのに、自分の事は傷つけるのか?」

「少なくともお前が反応する事に意味はあるだろうが、愚か者」

 二人の言葉に優衣は何も言い返せなかった。

 暫くの間結界を殴りつける音だけが響いて、遂に優衣の瞳から透明な雫が零れる。

 うわ言のようにやめてと呟いて止める様な2人ではない。

 けれどここで結界を解除しようものなら誰彼構わず穴に飛び込みかねないとも思っていた。それだけは絶対に嫌だ。

 

「優衣はそれで満足なのか? 状況だとか立場だとかはどうでもいい。それは嬉しいことなのか!?」

 光輝の言葉に優衣が俯いた。

 当たり前だ。こんな生贄のような別れが幸せであるはずがない。

 光輝は何もかもが納得いかなかった。

 努力してきた人間は報われるべきだ。生まれながらにして、何をしても意味がない人生などあってはならない。

 短い付き合いの中でも優衣がどんな人物だったか良く知っている。

 時々ぬけている事もあるけどひたむきで一生懸命で自分より相手のことばかり考えてでも時々驚くくらい強い芯を見せる親友。

 そんな人間がこんな結末を迎えることを彼は許せない。

 

「何でもかんでも1人で決めないでよ!」

 香澄は珍しく感情を露にして声を張り上げた。彼女も光輝と同じ意見だ。

 折角仲良くなれたのに、それがこんな形で終わってしまうのを認められるはずもない。

 結界を打つ音が幾つも重なった。

「ボクも……本当はみんなと一緒にいたい……」

 俯いた優衣が口にしたのは、救いを求める言葉。

「でも、それ以上にボクは友達を傷つけたくない! 危険な目にもあわせたくない! 聖霊の力がある限りいつみんなを巻き込むか分からないなんて……そんなの、絶対嫌だ!」

 だからこそ、優衣は自分が救われる事を望まない。それは他の誰かを犠牲にしてしまう事になるから。

「だから、ありがとう。それから、ごめんなさい。どうか幸せに」

 優衣が取れる選択はもう一つしかなかった。この場を一刻も早く去ること。自分が過去になること。

 けれど、優衣は優衣という人間を余りにも過小評価している。

 結界を揺らす音に背を向けて優衣が一歩踏み出す。

「何も言わずに行かなかったのは呼び止めて欲しかったからだろうがっ」

 背中から飛んで来る光輝の言葉は恐ろしく正確だった。

 優衣も何も言わずに消えてしまうことが一番だと分かっていた。でも、それは誰にとっても悲しすぎる。

(だからこれは、ボクの最後の我侭、なのです)

 ふわり、と身体が宙に浮いた。そのまま、底のない穴に落ちるようにして優衣の身体が4人の視界から消えうせる。

 急速に広がっていた穴が縮小を開始した。同時に、優衣の展開していた結界が薄く消えていく。

 車すら入れそうな穴は人サイズに、子どもサイズに、ボールサイズに、やがて空間に解け消える。

 時を同じくして、優衣が作った結界も薄まり、拳をたたきつけていた4人が揃って倒れこんだ。

 優衣の居た痕跡はどこにも残されていなかった。照明を失った地下室は何も言わず、倒れた4人も起き上がる気配はなかった。

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