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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
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香奈の独白

 どこで間違ったんだろうって、今更になって思う。

 きっと初めからだとも思う。

 でもやり直したいかって聞かれたら、「はい」とは頷けない。

 あたしにとってこの2ヶ月ちょっとの出来事は何にも変えられないくらい大切なものだから。

 

 3年前、まだ中学一年生の時にお父さんの会社が潰れた。

 その頃、まだ社会についての理解が追いついていなかったせいか、大事だとは思わなかった。

 けれど現実には凄い量の負債があるらしく着の身着のまま、荷物も殆ど持たず逃げなければ行けないといわれた。

 突然の事で友達に挨拶もできずに夜の街を駆けたのは今でも良く覚えている。

 子ども心に、いつもは寝なさいと言われる夜の町並みを見て回ったのは新鮮だった。

 友達にもいつか会えるかな、なんて思いながら悪い気分はしなかったんだ。

 今思えば酷く楽観的な正確だったなって思う。

 もっと目の前の現実を、自分が置かれている状況を、これから何が起こるのかを良く考えられるくらい賢ければ、未来は変わっていたのかもしれない。

 なんて、今更言っても何もかもが遅いんだけど。

 

 翌日、家族揃ってあっけなく掴まった。

 お金を借りた先は所謂"ヤバイ"所で車に押し込まれ、郊外の倉庫に連れて行かれた。

 お父さんが必死に言い訳を続けるのを、お母さんの陰に隠れて震えながら聞いている。

 そうしたら突然お父さんが何人もの人間に殴られて、沢山の血が流れた。

 このままじゃ死んじゃうと思っても怖くて何もできなかった。

 そこへ颯爽と現れたのがエイワスだ。

 彼は動けないでいるお父さんを庇った上、怖い男の人たちに何事かを告げると外に連れ出してくれた。

 格好良いと思ったし感謝もした。

 

 でも何もかもが片付いたわけじゃない。

 逃走は失敗し、お父さんはもう逃げられなくなってしまった。

 このままでは殺されてしまうかもしれない。

 そんな時、エイワスがこう言った。

「君には特別な才能がある。私を手伝ってくれるなら君のお父さんの借金はこちらで手を打とうじゃないか」

 

 頭がいいか、と聞かれれば「いいえ」と答えるくらいには悪かった。

 運動が得意なわけでもなく、話が上手なわけでもなく、あたしという個人は普通の形容詞がこれ以上ないくらいよく似合う。

 クラスのどこにでも居る一般人。特別という言葉にはどこか憧れていた。

 その上、お父さんを助けられるなら断る理由がない。浅はかなあたしは頷いた。

 

 草木も眠る丑三つ時、エイワスによって連れ出された山の中で初めて魔物と邂逅した。

 そこは綺麗な湖があることで有名な場所で、襲われたあたしに突然声が話しかけてきたんだ。

『契約を、望みますか?』

 これが特別になるって事なんだと思った。だからそれを受け入れた。

 この時襲ってきた魔物は正直野犬と同じくらいの強さ。魔法使いとなったあたしの敵ではなかった。

 エイワスはそれを凄く喜んで、一緒に世界を救って欲しいと懇願された。

 非現実的な出来事に舞い上がったあたしがどれ程世間知らずだったか、今なら分かる。

 

 仕事は忙しくて、中学校にはいけなくなった。

 お父さんとお母さんは何も言わなかったから、きっとあたしがエイワスと何かしている事は知っていたのかもしれない。

 借金取りに終われる生活をしなくて良くなった。

 友達と遊べなくなったのは寂しかったけど、この時のあたしは使命感に燃えていたんだ。

 オンディーヌに魔法を習い、時々出現する魔物に実績する。ファンタジー世界の主人公のような気さえしてた。

 でもある日、唯一の親友だったオンディーヌは居なくなった。

 エイワスは何も知らないといっていたけれど、彼から僅かにオンディーヌの気配が漂っていたのは覚えてる。

 

 仕事の内容が魔物を倒す事以外にも広がって行った。

 世界を守る為に必要な仕事だと言われたあたしはお父さんのこともあって、躊躇いながらもこなしてしまう。

 不安になることもあった。疑問に思う事もあった。でもあたしには相談できる相手が居なかった。

 エイワスがオンディーヌを消したのは、きっとこれが理由だ。

 もしあたしの傍にオンディーヌが居てくれたなら、あたしはここで間違う事もなかったんだろう。

 でも間違ったのはオンディーヌのせいじゃない。何も考えなかった自分のせいだ。

 

 それから月日が流れて、疑問を感じつつも直接聞くこともできず、事務的に仕事をこなす毎日が続いた。

 両親に会う事も殆どない。でも無事で居てくれる事だけは聞いていた。

 殆ど通う事のなかった中学校の卒業が現実的になってきた頃、エイワスが唐突に高校に行けと言い出す。

 一体どういう風の吹き回しかと疑問に思ったけれど、入れというなら入るまでだ。

 この頃のあたしは自分で考える事を放棄していた。

 エイワスがあたしを利用している事はもう分かってる。でもあたしもエイワスを利用している。

 彼が居なければあたし達家族は負債に追われる日々を過ごす事になるのだろう。

 それだけは嫌だった。

 

 仕事の変わりに毎日が勉強漬けになった。

 入学予定の学校は偏差値が跳びぬけていて、今のあたしでは逆立ちしても届かない。

 でも学校生活に憧れていたあたしはなんとしても受かるべく、中学校の内容全てを2ヶ月で頭に叩き込んだ。

 魔法の練習よりも、魔物を相手にするのよりもずっと大変だったけど、試験の日、解答用紙の前で絶句する事態は避けられた。

 

 合格発表の日、どきどきできる事が嬉しかった。

 エイワスがどうしてあたしを高校に入れたのかは分からない。

 もしかしたら、両親が手を回してくれたのかもしれない。

 そんな事はどうでも良かった。失ってしまった学生生活を今度こそ満喫したくて、合格した事を何度も何度も確認した。

 あたしの名前は、ちゃんとそこにあったんだ。

 

 合格した事をエイワスに伝えると新しい仕事を言い渡された。

 その学校に居る生徒の監視。写真を見ると、とても可愛らしい女の子だった。名前は優衣ちゃん。

 どうして監視する必要があるのかは教えられなかった。エイワスの指示はいつだってそんなものだから自然に頷く。

 監視くらいなら安いものだ。出来る事なら近しい関係になればなおいいとも言われた。

 合格と高校生活に浮かれていたあたしはその意味を少しも考える事が出来なかった。

 監視、仲良くなっておけ。そんなの、後々利用する為に決まっていたのに。

 

 入学式が終わり教室に行くと回りが同年代の子しか居ない事に軽いカルチャーショックすら受けた。

 それくらい、あたしにとって学校生活は遠く離れた物だったから。

 友達ができるかとか、授業に追いつけるかとか、沢山不安はあったけど、それ以上の不安が隣に居た。

 なるくんだ。

 挨拶をすると一歩引いた感じで物凄い言い回しの挨拶をされた。周りもみんな固まってたのが今は懐かしい。

 邪気眼だっけ、厨二病だっけ。

 あたしはよくいろんな漫画を読んでいたから知ってる。自意識過剰で幻想の世界に浸る痛い人。

 正直初めはどうしようか悩んだんだけど、持前の漫画の知識からか思わずツッコまずにはいられなかった。

 乗りツッコミってやつ。

 完全に悪目立ちしちゃって、友達ができなかったら恨んでやると本気で思った。

 

 それから驚く事がもう一つあった。

 てっきり監視対象は女の子かと思っていたら、男子制服を着ていて、名簿も席順も男子だった事。

 あれには驚いた。正直あたしよりずっと可愛らしい。

 赤い髪の男の子と良く一緒に笑っている姿はまさに可憐な女子高生その物で、エイワスに監視されるような人間だとは思えない。

 だから4月も終わりが見えてきた頃、エイワスに優衣ちゃんが女の子かどうか確認しろ、と指示された時も大して疑問を抱かなかった。

 

 席が隣だとなるくんと話す機会は色々あった。

 その内弄るのが楽しくなって、気付いたらよく話すようになって、彼が正確を作っているのも何となく分かった。

 台詞は酷いけど行動が伴ってない。痛々しい自己中心的な性格じゃなかった。

 見るところはちゃんと見てるし、気遣いも自然としてる。

 それがあまりにも自然すぎて誰も気付いていないけど、性格は悪いわけじゃない。寧ろ引っ掻き回してるあたしの方が問題あるくらい。

 わざと謎キャラを作って興味を引いているのだとしたら、あたしはまんまと引っかかったことになる。

 

 

 学校にも慣れてきた4月の後半、オリエンテーションとやらの班分けをすることになった。

 影人が優衣ちゃんに誘われてるのを見て、これはお近づきになるチャンスだって思った。

 実際影人は避けられているきらいがあるから丁度いいし。何より、彼と話すのは楽しいって最近思うようになったから。

 なら丁度いいし、優衣ちゃんが女の子かどうか確かめようと思って抱きついてみた。

 そしたら超細い、超柔らかい、男の子って身体付きじゃない。

 思わずショックで固まってたら、女の子か確かめる前にかすみんに引っぺがされた。

 今になってだけど、悪いことしたなぁと思う。

 

 週末はみんなが町を案内してくれたから。

 友達を休日に出かけるのなんて何年ぶりだろう。

 遠足の前日に興奮で眠れない子どもみたいに、あたしも楽しみで眠れなかった。

 我ながらに子どもっぽいなぁ……。

 ……テンションが上がりすぎて悪戯にいつも以上にのめりこんじゃうし。

 でも影人の慌てようといったら……写真に残しておきたいくらい。

 優依ちゃんが女の子だってわかったのもこのとき。色々触って確かめたらなかったから。

 どうして男の子の振りをしているのか不思議で仕方なかったけど、後になってその理由を知る事になる。

 

 オリエンテーション1日目は折角のイベントだって言うのに、エイワスのせいで出場できなかった。

 彼も直に優衣ちゃんを見ておきたかったらしい。

 思えば、このときから彼の計画が本格的に始動したのだと思う。

 

 決定的だったのはかすみんが魔法使いになったときだ。

 あたしは初めて、自分が何もせず高校生活を満喫していた事を後悔した。

 でも同時に何かがおかしいと思った。

 決定的なのはエイワスが召還した銀の騎士。

 普通、槍の柄は刃先の部分よりも小さく作られている。

 突き刺すのが目的なのに取っ掛かりを武器に施す理由なんてない。

 あれは優衣ちゃんの結界で"止められるように"考えられて作られていた。

 最低限の安全を確保した上で倒せるだけの魔物を召還する意味が一体どこにあるのか。

 エイワスに詰問しても答えてはくれない。

 けれど、彼等に全てを告げることもできなかった。そうしたら、あたしの家族は破滅するだろうから。

 あたしはこの場所を去らなければならなくなるから。

 

 エイワスにテーマパークのチケット渡された時も、何かあると思いつつ、結局彼等を誘ってしまった。

 嫌な悪夢を見た。両親が酷い目に合う夢。

 すぐにエイワスに起こされたけど、酷く現実味を帯びてて、起きてなお震えが止まらなかった。

 なるくんもきっと悪い夢を見たんだろう。様子がずっとおかしい。

 全部あたしのせいだ。

 全部言おうと思った。何もかもを話して、エイワスが何をしようとしているのか、あたしは知らなきゃいけない。

 でもなけなしの覚悟はお父さんが倒れた事で粉々に砕けてしまった。

 こんなの偶然なんかじゃない。でもエイワスに迫ったところで意味なんてない。

 天秤には家族と友達が両端に乗っていた。結局、あたしは家族を選んだ。

 

 エイワスの要求は優衣ちゃんの拉致。

 初めから全部仕組まれていた。あたしが彼等と仲良くさせられたのは、全部この為。

 疑われずに優衣ちゃんと接触できるから。

 こうくんやかすみんとも戦わなきゃいけないかもしれない。

 でも、なるくんはいない。それだけが唯一の救いだ。

 ……そう、思ってたんだけどなぁ。

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