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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
47/56

それぞれの戦い-1-

 広大な地下空間の一室、かつて多数の信者を集め日夜祈祷を続けていた礼拝堂に2人の人影があった。

 かつては厳かな雰囲気に包まれ照らされていたというのに、今では壁が崩れ、埃が大量に舞っている。

 部屋を照らすのは精神世界の穴がから篭もれる煌きだけだったが、薄ぼんやりと照らされた幻想的ともいえる光景にはまだ厳かさが残っているようだ。

 じゃらり、と鉄が擦れる音が静寂に包まれた空間に一際大きく響く。

 天井から吊るされた2本の鎖は優衣の腕に嵌められた分厚い鉄の輪に繋がれ手を上げたままの格好を強要している。

 つま先が微かに触れる程度の高さに調整されているせいで足元が安定せず、よろけては顔を苦痛に歪めた。

 エイワスは目の前の嗜虐的な光景を恍惚の表情で眺めている。

 仕立てのいい燕尾服を着込み、白髪の混じるオールバックの頭にはシルクハット、手にはステッキとまるで奇術師のような格好だった。

 不意に部屋の一室に置かれたプロジェクターがカタカタと動き出し、壁に見慣れた姿を映し出す。

「光輝、香澄……それにお父さん!?」

 食料品店の前、かつて優衣が開けた大穴にロープを投げ入れている姿が鮮明に映し出される。

「来たな。これで全ての準備は整った。待ち焦がれた理想郷への扉が開かれるのだよ!」

 エイワスが法の書を開くと足元に複雑怪奇な魔法陣が作り出される。

 部屋の中で一際輝いたと思えば明滅を繰り返し上へ上へと上昇していく。

 変化はすぐに現れた。画面に映し出された父親が急にぱたりと倒れ動かなくなると、光輝と香澄の2人が焦ったように揺り動かしていく。

 倒れたのは何も父親だけではなかった。

 信号待ちしていた運転手が、散歩をしていたお爺さんが、ランニングをしていた学生が、次から次へと意識を失い倒れていく。

 まるでかつてのテーマパークの再現であるように。

「何をしたの!」

「13年前のように邪魔者が乱入すると面倒なのでな。この街の全ての人を眠らせたのだ」

 

 

□□□□□□□□□□

 

 

「ダメ、周りを見てきたけどみんな倒れてる」

 突然空に魔法陣が輝いたかと思えば次の瞬間には太陽の光が見えない何かに遮られるように色を薄め、今は夜のように薄暗い。

 光輝がちらり、と優衣の父親を一瞥した。目を覚まさないことを除けば息もしているし健康体そのものだ。

「これはあの時の魔法と同じか」

 空を仰げば太陽の光が遮られているのはこの周辺の一部だけ。光輝や香澄が無事だったのを考えるとある程度魔力のあるものには影響がない、という事だろう。

 徐にポケットを漁り携帯電話を取り出す。アンテナが3本である事を確認すると電話帳から鳴へと電話した。

 1回目のコールで鳴が出る。外に広がっている異常事態は彼も知るところだろう。

「鳴、敵が本格的に動き出したらしい。今すぐここから離れるんだ。公共機関は使えねーけど、この領域から出れば多分何とかなる」

 援軍を頼むつもりはなかった。携帯の奥から返事はない。

「戦わなくてもいいさ。今回は何が起こるかわかんねぇ。こっちは任せて先に逃げろ。友達を守るのは当然のことだろう?」

 鳴が悩んでいる事は光輝にだって分かる。

 魔法使いを止めてすぐ後あんな事があれば、どうすればいいか分からなくもなるだろう。

 もしここで戦って欲しいと頼めば頷いてくれたかもしれない。でもきっと、友達では居られなくなる。

「悪いな……時間がなくてもう切るけど、全力で逃げろよ!」

 光輝は鳴と友達である事を選んだ。


 電話を切ると見計らったかのように2つの魔法陣が描かれる。

「やっぱそう簡単に通しちゃくれねぇよな」

 現れたのはかつてこの百貨店で戦ったあの銀の騎士だった。それが2体、穴を守るように立ち塞がる。

 こうして2人だけで相まみえると優衣の結界がどれ程ありがたかったか身に染みて実感できる。

 あの時一方的に攻撃できたのは優衣が守ってくれたからだ。今はその援護も望めない上に、2人しか居ない。

「1人1体がノルマかね」

 香澄は何も言わずに騎士に向かって突っ込んで行った。そのすぐ後ろを光輝も追走する。

 騎士の攻撃との間合いに入る間際、香澄が手に持った鞭を振るう。だが騎士との距離はまだ遠く、騎士を対象にした物ではない。

 電撃を伴わない先が光輝を絡め取ると力の限り、鞭ごと投擲した。

「おいっ!」

 加速した光輝は剣を振り上げた騎士の攻撃を掻い潜り、その先に開いている穴にむかって直進する。

「こんな所で足止めされてる暇なんてない! 優衣を取り返して!」

「それならお前が先にっ!」

 光輝の叫び声が穴に入り掻き消える。このまま戦っていればそう遠くないうちに光輝も提案しただろう。

 どちらかが先に行く事。ここで長時間足止めされていては元も子もないのだ。

 だとすれば光輝以外ありえない。

「認めたくないけど、光輝の方が強いもの」

 経験がまだ薄い自分よりも光輝の方が可能性はある。

 迫ってきた騎士の剣が一直線に振られる。大きく跳躍して割けると見越したかのようにもう一体の剣が迫ってきた。

 辛うじて交わすことに成功するも、砕かれた子どもくらいの大きさがあるアスファルトが飛来してしたたかに胴を撃った。

 もんどりうって転がったところに初めの騎士の一撃が襲い掛かる。転がって避けるが、余波は容赦なく身体を引き裂いた。

 痛みを押し殺して後ろへと引く。騎士は憤然と追いかけてくるが僅かながらの猶予が生まれた。

「勝てると思う?」

 武器は光輝を放るのに使って手元にない。

 小さい頃は殴り合いの一つもしたが、中学に上がったころから光輝はやり返さなくなった。

 強化された身体能力でどうにか回避らしき行動を取っているが、光輝とは比べるまでもないくらい劣っている。

『僕を使えば勝てるよ。本当はまだ一緒に居たかったけど仕方ないや』

 後退を続ける香澄の肩にナムが顕現する。

「使うって?」

『僕を君の中に取り込めばいい。精霊はそれ自体が純粋な魔力なんだ。そうすればあんなの分解できるよ』

 精霊が宿す魔力は人と比べてずっと多い。その力を借りれば一時的とはいえ扱える魔法の規模は格段に上がる。

 けれど、取り込んだ精霊は魔力に還元され二度と元には戻らない。1度だけの使いきりだ。

 ナムを失う事に香澄は迷った。

 一緒にいた時間は短いが、セクハラ的な行為が頻発する事を除けば彼のことを気に入っている。

『悩んでくれるのは嬉しいけど、僕には世界を守りたいって言う意思がある。君にも助けたい誰かがいる筈だよ。なら迷うべきじゃない』

 広い駐車場はもう後がない。これ以上進めば住宅街に進入し、騎士は進路上の家々をいとも簡単に踏み砕き、粉砕し、切り裂くだろう。

 そうなれば中で倒れているであろう人々がどうなるかなど考えるまでもない。

『僕は決めた。君はどうする?』

 小さな狐が、更に小さな前足を突き出すと優しく握り返す。

「私も決めた」

 金色の毛並みが粒子となって解けると香澄の胸の辺りから吸い込まれるように消えていく。紫電の奔流が全身を包み込み立っていた地面さえ細かく砕いていく。

 脳裏に一つの武器の形と名前が浮かんだ。多分それはナムが残してくれた置き土産なのだろう。

 小さくお礼を告げてから名前を呼ぶ。

「ミョルニール」

 神話の世界において神が使ったといわれる武器の名前を冠された槌。

 香澄の小さな手でもしっかりと握れる柄からして、形は余り大きくない。だが、この武器が秘める絶大な魔力はしっかりと感じ取れた。

 追いついた騎士が剣を振り上げると、香澄が手に持っていた槌を振りかぶって投げつける。

 ぐるんぐるんと回転しながら飛んで行く様は騎士の剣と比べて余りにも頼りないように見える。

 しかしそれも最初だけだ。

 距離を縮める毎に槌は大きさを変え、紫電を纏い、今はもう騎士の剣と同サイズとなっていた。

 2つの武器が虚空で激しくぶつかり合い耳障りな金属音を奏でたと思えば、剣が真っ二つに折れる。

 放り投げられた槌は勢いを削がれるどころか増すばかりで、慌てて身を反らした騎士の頭を僅かに掠っただけだというのに被っていた兜を虚空へと吹き飛ばした。

 一撃の威力に騎士2人の動きが僅かに止まる。その隙に香澄は身をかがめて雷光の如く駆け出した。所有者の場所を正確に追尾した槌が元の大きさに戻って手の平に収まる。

 騎士の間を通り抜けた振り向きざま、再び槌を思い切り投げつけると剣では受けれないと学習したのか盾を前に構え膝をつき防御の姿勢をとる。

「落ちて」

 ナムに貰った膨大な魔力を解き放つと目も眩む閃光が空から駆け抜け騎士の全身を貫いた。

 だが雷撃は銀の鎧の表面を這うのか、思ったよりもダメージは少ない。

 持ち直したもう1人の、兜をつけていない騎士が果敢に迫り剣を振るう。香澄がそれを回避するともう1人の騎士も片棒の隙を補うように攻撃を再開した。

(避けられはするけど……っ)

 敵の攻撃は良く見えているし、香澄の移動速度も上がっている。だが互いの連携には隙がなく攻撃が通らない。

(なんとかするっ)

 敵の攻撃を分析して、周りに何があるかを確認して、連携を崩す方法がないか模索し始めた。



□□□□□□□□□□



 「鳴、敵が本格的に動き出したらしい。今すぐここから離れるんだ。公共機関は使えねーけど、この領域から出れば多分何とかなる」

 一瞬、鳴は光輝が何を言っているのか分からなかった。

 優衣が攫われたというのに、光輝は手伝ってくれと一言も言わない。それどころか生きるためにも逃げろという。

 返答できずに空いてしまった間を、光輝は恐ろしく正確に読み取ったようだ。

「戦わなくてもいいさ。今回は何が起こるかわかんねぇ。こっちは任せて先に逃げろ。友達を守るのは当然のことだろう?」

 光輝の言葉に鳴は息を飲むばかりで何も返すことが出来なかった。

 優衣も光輝も、そして香澄もただの人間の神無月鳴でもいいといった。闇の化身であり魔法使いでもある影人でなくとも友達だと言ってくれた。

 何よりこんな緊急事態だというにも拘らず、それを貫いている。

 電話が来て事態を伝えられた時、恐ろしかったというのが本音だ。もし魔法使いになることを求められれば、きっと否定できない。

 こんな状況で人手が欲しいのは当たり前で、友人なら助けるべきだと頭では分かっている。

 でもその一言を彼等の口から聞けば、もう元の関係には戻れなくなるという確信もあった。

「悪いな……時間がなくてもう切るけど、全力で逃げろよ!」

 切れた電話が鳴らすツーツーという機械音がいつまでも続く。携帯を持つ手は震えてすらいる。

 最後まで相手を"友達"として見れなかったのは鳴の方だった。

「なぁ、俺はカッコ悪いよな」

 纏っていた仮面は簡単に砕けてしまう陳腐なもので、その中で震えている不甲斐ない自分に手を差し伸べてくれた友人に危機が迫っているというのに、駆けつけることも出来ない。

 それどころか戦場に赴く人間に気遣われている始末だ。お笑い種にも程がある。

「お前は今まで沢山の人を助けけてきた。事故から一人を救った人間がヒーローになれるなら、人知れず数え切れないほど人を助けたお前がヒーローになれないはずがない」

 エクリプスが影から姿を現す。その声に滲んでいるのは若干の怒気だろうか。

 エクリプスは今まで鳴が傷つきながら精一杯努力を続けてきたことを知っている。それを否定するようなことは言ってほしくなかった。

「でも俺は、一番大切にしなきゃいけない相手を助けられない」

 魔物相手にたった一人きりで刃を交え切り倒す日々。

 初めは優越感や爽快感。けれど一度でも危機を迎えればのぼせ上がっていた感情は容易く恐怖、絶望に転じてしまう。

 恐れていた事態はかつての事件となって最悪の形で実を結んだ。

 自分が居る限り世界には危害が及ぶ。誰も近づけず、誰にも近づかずただ魔物を切り伏せる日々は酷く味気ないものだった。

 そんな鳴を理解してくれる仲間ができてどれ程嬉しかったか。

 初めて純粋に守りたいと思った。ようやく居場所が出来たのだと思った。

 それなのに、今やエイワスに見せられた悪夢に感化され、戦う気概すら失い、自分を助けてくれた相手が危機に陥っているというのに何もせずに蹲っている。

「世界がお前を否定しても、俺はお前を格好良かったと命ある限り肯定しよう。だからもう悩むな」

 エクリプスは鳴の事を気に入っている。

 どんな理由であれ魔物を倒し続けてきた事実は変わらない。弱い面も確かにある。しかしそれを必死に抑えながら戦ってきた強さもある。

 世界を守る事が精霊の目的だとしても、目の前の契約者に無理をして欲しくはない。

 初めから自分達は異常な存在なのだ。人の日常に入り込み、まだ判断力の弱い子どもに縋り力を与え道を踏み外させてしまった負い目はある。

「やっぱり、過去形じゃん」

 ぽつり、と震えるように漏らした言葉を、エクリプスは訝しげに問い直した。

「格好良かっ"た"と命ある限り肯定しよう」

 明らかな狼狽の気配がエクリプスに生まれる。そんなつもりではないと焦ったように否定する精霊に、鳴はふっと笑みを見せた。

「戦いって言うのはさ、死ぬ可能性もあるんだよな」

 エイワスがどれ程強大な力を持っているかは鳴も良く理解している。この外を覆う魔法にしても尋常ではない。

 全員が生きて帰ってこれる可能性が保障されているわけじゃない。

 そして、誰か一人でも欠けてしまえばあの楽しかった時間はもう二度と戻ってこない。

 それを黙って見ているだけで、何もせずに終わって、結果的にハッピーエンドでも鳴は自分が立ち上がれなくなるだろうと確信した。

 もし全てが無事終わって、5人揃ったとしても、あの場所に自らが陰りを作ってしまう。

 まして欠けたとあれば一生自分を許すことが出来ない。

「結局俺は"友達"を信じられなかった。だから、今度は信じて自分で取り返そうと思う」

 エクリプスが心配そうに一声鳴いた。それでいいのか、という問いかけに、無言で立ち上がり意思を示す。

 鳴は自分に問いかける。「俺は何者なのか」と。

 答えは決まっている。即ち、「宵闇の王、闇の化身、神無月 鳴である」と。

 なんだろうか、この胸の奥からふつふつと湧き出してくる、形容しがたい感情は。

 ふとすれば笑みさえ漏れるような圧倒的な高揚感。手はもう震えていなかった。

「行くぞ! 俺が求めるのは唯一つ……変わらない日常(ネバー・エンディング・ストーリー)だ!」

 魔法使いを止めたいと思ったのは未来の絶望が怖かったからだ。

 このまま進めばどの道絶望だというのなら、そんなもの世界丸ごと食らい尽くしてしまえ。

 その後に新しい世界でも何でも作り上げてしまえばいい。

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