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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
17/56

旅行一日目 夕食

 施設に戻ると時計の針は55分を指し示していた。

 思ったより時間が経っていたことに驚きつつ教師に戻った連絡をするのだが、この時間になってもまだ戻っていない生徒は多いらしい。

 毎年のこと、と呆れを漏らす教師達は6時を回ったのを確認してから戻っていない班に片っ端から電話をかけ始める。

 お説教は講堂で纏めて行われる規模にかもしれない。

 邪魔をしては悪い、もとい、巻き添えを食らうのはごめんだとばかりに6人はさっさと教師の集まる本部と名づけられた大部屋から引き上げることにした。

 夕飯は7時から振舞われ、その後に第一回の進路ガイダンスがある。

 生徒に6時までに戻れと言ったのは1時間という短い間に全員を風呂に叩き込まなければならないからであった。


 大型の施設とあってか、お風呂も男女別に2つずつ作られていて偶数組は地下の、奇数組は1階の風呂を使うことになっている。

「んじゃ、風呂行くか? 今なら空いてそうだしな」

 部屋に戻って荷物だけ降ろすなり、早速とばかりに光輝が提案した。

 まだ戻ってきていない生徒たちだって、遅くとも6時半までには戻ってくるだろう。

 外に出ず、施設に残った生徒は人の少ない時間帯に入っているだろうから今は然程混んでいないと思われるが、今後は混むに決まっている。

 それなら先に入ってしまった方がいいだろう。

 影人も光輝の考えに同感のようで荷物から着替えとタオルをビニールの袋に入れて準備を終えと立ち上がった。

 だが優衣は一身上の都合という言い訳がこれ以上ないくらいピタリとはまっている理由から一緒に入るわけには行かない。

「ごめん、ちょっとお腹痛くなってきたから先に入ってて!」

 そういって廊下に備え付けられているトイレに向かって駆け出した。

 光輝はそんな優衣に苦笑しつつ先に言ってると後姿に声をかけ、風呂場に向かっていく。


 光輝たちは2組なので今日は1階だ。地下は風呂のサイズが大きく種類が多いが1階には露天風呂が併設されている。

 今は夕暮れの陽の光が殆ど山に消えかかっていて、空には紅から深青への鮮やかなグラデーションで彩られている。

 夜に入れば明かりの少ない山の上という好条件もあって無数の煌く星々が拝めることだろう。

 白い湯気が濛々と立ち昇る浴室には50人くらいは同時には入れるんじゃないかと思われる大きなL字型の浴槽が広がっていた。

 濡れたタイルに足を滑らせないよう気をつけ、桶と椅子を取ってからシャワーが備え付けられた区画へと移動する。

 身体と髪をわしわし洗ってから浴槽に浸かり、影人と他愛もない会話を繰り広げつつ待つのだが優衣が入ってくる気配はなかった。

 そこへ同室の長谷川、井上、間中が現れる。


「よう、お前らも外を見てきたのか?」

 光輝が声をかけると3人揃って頷き、参ったと苦笑いをしてみせる。

 どうも時間を越えてしまいお説教が確定したらしい。

 ガイダンスの後に講堂に残って生活指導の教師の小言を肴に座禅を組むようだ。

「3分遅れただけなんだぜ。話によると半数近くがアウトだったとか」

「勘弁して欲しいよなー。ただでさえかったるい話の後だってのに」

「寝たら説教くどくなりそうだしな」

 3人の愚痴に頑張れと同情の視線を投げかけつつ告げると入り口から同じ穴の狢が続々と入ってくるのが見える。

 もう少し温まろうかと思っていた光輝だったがそれを見て早めに切り上げることにした。

 別れ際に挨拶を交わしてから脱衣所に向かう。

「結局優衣は来なかったな……そんなに腹痛が酷いのか」

「かもしれんな。闇の血が疼いた時用の秘薬もあることだ、必要とあらば渡しておくか」


 ところが部屋に戻っても優衣の姿はどこにもなく、光輝はどうしたのかと思って携帯を鳴らすことにした。

 数度の着信音の後、聞きなれた優衣の声が受話器から響いてくる。

「中々来なかったけどどうしたんだ? 腹痛が酷くて保健室に行ってるとか?」

「ううん。お腹が痛いのはすぐ治ったんだけど、ちょっと先生に捕まっちゃって。ガイダンスの資料を運んでる最中なの。戻ってこない人が多くてその対応に手間取ってるみたい。……食事の時には間に合うから、また後でねー」

 大方廊下を歩いていた時にこれ幸いとばかりに厄介な仕事を押し付けられたのだろうと光輝は同情する。

 頼まれて断りきれなかった姿が目に浮かぶようだった。


 ……が、実際のところは優衣が自主的に手伝っていた。

 遅い生徒の帰還にてんやわんやになって人手が不足しているのを見た優衣はこれは使えるんじゃないだろうかと思ったのだ。

 風呂場に誰もいないなら話は別だが、この時間帯に優衣が男子用の風呂に入るわけには行かない。当然逆も然りだ。

 同級生のたくさんいる風呂に性別を隠し通しながら浸かるなど現実的ではない。何かと人目を集めやすいならばなおさら。

 となると誰も居ない時間を利用して風呂に入るしかない。つまり、生徒が入浴を許されていない真夜中の時間帯にだ。


 優衣は人手不足の手伝いの対価に、夜間に風呂を使う許しを貰っていたのだ。

 もし万が一誰かと出くわしたとしても、その場合はバスタオルで覆ってしまえば問題ない。

 相手が生徒であれば悪ふざけで剥がされることもあろうが、教師ならばそんな事もないだろう。

 最悪旅行中の2日間は濡れタオルで拭う覚悟もしていた優衣にとって嬉しい誤算だった。


 自然、面倒な手伝いも鼻歌交じりにてきぱきとこなしていく。

 そんな優衣の姿を見て教師からの評判も上がるというのなら一石二鳥である。

 重い資料が詰まった段ボールを何度も往復しなければならず、かなりの重労働ではあったが終始機嫌がよかった。

 手伝いが終わったのは夕飯の直前で、教師が生徒の鑑だと感動さえ覚えているのに対し謙遜しつつ答えている。

 元々下心が少なからずあって手伝っていたことから少々心苦しさを感じていた優衣だったのだが、教師が知るはずもなく、なんという慎み深い生徒だと感動を上乗せするばかりだった。



 優衣が遅ればせながら食堂に向かうと光輝や影人はもう座って食事の時を今か今かと待ちわびていた。

 どうやら晩御飯は海の幸で攻めるようだ。

 山に流れる川からは淡水魚が獲れ、山を降りれば小さいものの漁港があり新鮮な魚が毎日獲れるのだという。

 優衣はまず、ずらりと並ぶ数々の料理を一通り眺めて油物が何一つ並んでいないことに深く感謝した。苦手なものはどうしようもない。

 しかし本当のサプライズはここからだった。


 いただきますの合図と共に一体どこに隠れていたのか、従業員がわらわらと出てきては何も載っていない、取り皿だとばかり思っていた長方形の皿に、ぱちぱちと音さえ立てている網で焼いたばかりと思しき鮎の塩焼きを並べてみせるとそこかしこから歓声が轟いた。

 5月ごろの初夏に獲れる若鮎といえばとりわけ美味とされている貴重品だ。

 風味を損ねない塩を振りかけただけの調理方法はシンプルであっても至高。

 皮は適度にじっくりと炙られており、一口含めばパリッという乾いた音が口の中に満ちる。

 熱々の身を噛めばじゅわりと染み出してくる脂にしつこさなどまるでなく、さらには皮に染み付いた塩の味が絶妙に絡み合い、これだけでご飯が幾らでも進みそうだった。


 気付けば誰もが会話もそこそこに鮎の身を突いている。

 熱々のうちに食べなければ折角の料理に失礼というものだろう。

 これだけの数を覚めないうちに運び込むのは並々ならぬ苦労が必要だったはずだ。

 学生相手だからと侮らず、出せる限りの全力で美味しいものを作る。調理人の方々には全く頭が上がらない思いだった。

「これは癖になるな……新鮮な鮎なんて早々食卓に並ぶもんじゃないし」

「秋は秋刀魚だけど初夏は鮎だよね」

 早々に綺麗な骨へと姿を変えた鮎に思わず頭を下げたくなるほどだ。


 ようやく会話できる余裕を取り戻してからはスローペースで少しずつ料理を消化していく。

 刺身は身が透けるくらいの新鮮さでほんのりと歯ごたえが残っている。

 ホタテのバター醤油焼きも身が程よい弾力を持っていて噛み締めることで味が際限なくじんわりと染み出してくるようだ。

 どれもこれも素晴らしく美味しい料理なのだが、やっぱり優衣にとっては量が多く、光輝が残りを全て攫っていった。

 何度でも言ってやるとばかりに優衣が言う。

「人生……損してる」

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