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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
14/56

旅行一日目 天下一使用人会 メイド編 -1-

 バトラー部門が終わっり観客が投票を行うと、集計は裏で店員さんが行いつつメイド部門が開催される。

 気のせいか先ほどより人手は更に増えているようだ。

 こちらも先ほどと同じく、司会が無作為に選んだお題に沿ってアピールが行われる。

 

 先ほどのバトラー部門の難易度からか、戦々恐々としていた1番目の人は無難に歌を歌うを引き、2番目の人は選ばれた観客に頼まれた挨拶をキャラを作って言うという比較的安心できるものが多い。

 両者では詰め込まれた箱の中のお題の難易度に大分差があるようだった。

 次々に控えていたメイドが舞台上へと呼ばれる中、優衣たちの中で一番初めに呼ばれたのは香澄だった。

 膝上ほどのフリルがあしらわれた黒色のエプロンドレスという、余り着る機会のない服が恥ずかしいのか頬を少し染め、緊張に固まりながらも舞台に上がる。


「おっとー、今度の参加者はかなり若そうなショートカットの女の子! ちょっと勝気な目がCOOLですがほんのり染まった頬も配点は高いぞーっ。そんな彼女が立ち向かうお題は……これだぁっ!」

 テンションが上がりっぱなしの司会者がホワイトボードにお題を投影する。

 紙にはクレーム対応という一文が浮かんでいた。

 慣れた手つきでバトラー部門と同じビンゴ用の球体を回し、クレーム役となる参加者を決める。

 出てきたのは44番、番号札を持っていたのは驚くべきことに光輝であった。

 それでは言ってみましょう、という司会の声によって舞台上に設置された椅子に座らされた光輝が台本と打たれた紙に記された状況を再現しにかかる。


「えーと、すみません、炭酸が抜けているんですが」

 まるで「これはペンですか? いいえ、トムです」という英語のナレーターのような棒読みで光輝がクレームを告げる。

 彼の前にはコーラと思わしき黒い液体で満たされたコップが置かれていた。小道具にも凝っているのか炭酸は全く見えない。

 これに対して香澄がどう応えるかが審査で最も重要なポイントになるのだろう。

 交換のみでも対応としては問題ないのだが、それでは客にとってプラスにならない。

 何よりここはメイド喫茶なのだ、行動一つ、機転一つでプラスαを付ける事が出来ればリピーターにできるかもしれない。

 光輝のクレームを受けた香澄は、しかし大よそどのマニュアルにも載っていない大胆な行動に移った。

 光輝の前に置かれたコップを手に取ると一口飲み込み怪訝な顔をしたのである。

「アイスコーヒーに炭酸が入ってるわけないでしょ」

 司会とマスター、それから観客に流れていた空気が止まった。


 本場(?)のメイド喫茶に気の抜けたコーラなどあるはずがない。どうやら黒い液体としてアイスコーヒーを代用したようだ。

「それともなに? アイスコーヒーに炭酸を入れる趣味でもあるの? 理解できない事を求められても困るんだけど」

 挙句に飛び出した台詞は台本を読んだだけの光輝にとって余りにも酷いもので、たじろぐように台本の台詞を提示する。

「いや、でも台本に書いてあってだな……」

「舞台の上で何言ってるの? 台本通りに動くと思わないでよね。決まったことしかできないならロボットにでもやらせれば?」

 しかしそんな光輝の言い訳は辛辣に、すぱりと、これでもかというくらい丹念に切り裂かれる。

 完全なアドリブの要求。だが光輝とてそこまで言われて黙っているわけには行かない。


「店員さん、ミルクがないんですけど!」

 台本を颯爽と投げ捨て、完全なアドリブモードに移行する。そう、二人にとってこれはもう恒例の勝負なのだ。

 どちらが、相手を負かすことが出来るか。

 即ち、光輝はクレームを通せば勝ち。香澄は全て跳ね除ければ勝ち。

 一見光輝の方が圧倒的に有利に見えるかもしれないが、幕を開けてみればそんな事はなかった。

 場の流れが変わったことに会場がざわざわと騒ぎ出す。司会も予想外だにしなかった展開を面白そうに見守っている。

 アイスコーヒーにミルクが足りない、というのは店員側の落ち度で間違いない。まずはこれを、どう切り崩すか。


「いつもミルクなんて入れないのに?」

 香澄が取ったのは伝家の宝刀、その名も、いつものあなたを知っています。

 この場は状況が何も定まっておらず、それ故、先に宣言した言葉がルール、土台として定着する。

 常連で趣味嗜好を踏まえていたのであればミルクを持ち出さなかった事にも説明が行くし、香澄のぶっきらぼうな物言いも手伝ってかちょっとだけ特別な存在という雰囲気を醸し出している。

 だがこれだけでは逃げの一手でしかなかった。

「ちょっと胃の調子が悪くてね、今日はミルクを頼むよ」

 そう、ミルクが必要とさえ言ってしまえば要求は通るのだ。

 それがクレームにあたるかは甚だ疑問だが、香澄が光輝の言うことを聞くという時点で精神的な敗北感は必ず味わうだろうという光輝の読み。

 それで勝負が終われば内容的には光輝の微勝。微は微でも勝ちだ。0.1勝でも香澄を負かした事実に変わりはない。

 香澄の表情がそれを裏付けるかのように固まる。


 切り返しはなかった。香澄はそのまま、黒服が二人のやり取りの間にこっそりとおいていったミルクの入った容器を光輝に持っていく。

 そして目の前の容器に注いでマドラーでしっかりとかき混ぜた。

「はい、どうぞ」

 混ざり合った液体を光輝の前に置き香澄は1歩離れる。

 光輝はそれを受け取り、さしずめ勝利の甘露とばかりに一口含むと思わず左手で口を押さえた。

(アイスコーヒーじゃ……ねぇ!)


 まず襲いかかったのは強烈でいて舌をえぐるかの如き濃厚な酸味とかつて味わったことのない独特の風味だった。

 やがて遅ればせながら糖分らしき甘さが舌に絡みつくのだが、それが先ほどたっぷりと入れられたミルクと濃密に絡み合い死と絶望のハーモニーをかき鳴らす。

 一言でいえば不味い。否、その程度の形容では生ぬるい。胃が全力でお断りするレベルの不快感に思わず酸っぱいものがせりあがってくる。

 背筋は凍り、下腹部が震え、額にはじっとりと脂汗が滲むほど、壊滅的な不味さ。

 だが光輝はここで噴き出してしまう汚名を、含んでしまった謎の液体とともに嚥下してみせた。

 胃が吐き出せと全力で拒絶するのをどうにか抑え、苦しそうな空咳が何度か響き呻き声が漏れる。


「ど、どうやら厨房の情報によりますと、その黒い液体はオーダーミスの黒酢飲料のようですね」

 初めから、アイスコーヒーという宣言そのものがブラフ。

 こんな所で言い負かしても何の特にもならないと早々に切り捨てた香澄は表面上のクレームを宥めつつ光輝への直接ダメージを狙った。

「飲めるよね。私が入れたんだから。好きなんでしょう? ”それ”」

 光輝が幽霊か、さもなくば悪魔でも見たかのような色のない表情で、香澄の勝ち誇った笑みと目の前の飲料を交互に見比べる。

 ここでオーダーが違いますと逃げることは可能だろう。だがそれは逃げだ。逃げなのだ。

 負けるか、抗うか。光輝が取った選択は、負けを認めず抗うことだった。

 コップを手が震えるほど強く握ると呼吸を整えてから一気に仰ぐ。

 ゴクリ、ゴクリという黒酢ジュースを飲み込む音が静まり返った会場を包み込んで、ついにカタン、と乾いた音を立て空になったグラスがテーブルに置かれた。

 あれを飲みきったのか……と囁きあう声がギャラリーから漏れ聞こえる。光輝は勝負に勝ったのだ。

 ざまあみろとばかりにやや震えの走る死相をどうにか勝者の笑みらしきものに変えてから香澄に向けようとして、しかし彼は戦慄する。

 香澄はふっと背筋が凍るような笑みと共にたった一言、こう漏らした。

「それ、私の飲みかけだったんだけど」

 光輝を称えていたギャラリーの声が女性の飲みかけを飲んだ変態というものにすり替わると、遂に彼がその場に崩れ落ちた。


「うわぁ、かすみんは結構えぐいねぇー」

 香奈が舞台袖から光輝の冥福を祈る。押しても引いても彼に待っていたのは絶望。

 今回は酷く不味い不気味な飲料を飲まされた挙句に何一つも得えられなかった光輝の負けだろう。

 ちなみにかすみんというのは香奈が使う香澄のあだ名だ。萌もめぐみんというあだ名で呼ばれている。

「初めに一口飲んでたのに、表情に出ないものなんだね」

「女性は割と黒酢やりんご酢を飲んだことがありますから、耐性のある人も多いんです」

 優衣が感心したよう漏らすと萌が隣から解説を加えた。身体の調子を整えたりダイエットに流行ったこともあるらしい。



 倒れた光輝が店員に運ばれると次は萌の番になった。

 今の彼女は珍しくも白で統一された清楚なエプロンドレスに身を包んでいる。

 どちらかといえば仕えるメイドというよりお姫様という居出立ちだが雰囲気に相成ってよく似合っていた。

「さぁって、今度の彼女も若さが羨ましいちょっと控えめな印象のお嬢様! 彼女が体験する試練は……これだぁっ!」

 上がりきったテンションによってお題は試練まで昇格したらしい。

 溜めとともに引き抜いた紙をばばーんと掲げて投影すれば、ようやく王道とでもいうべきか、接客と書かれた文字が並んでいた。

「基礎中の基礎である接客をどうこなしてくれるのか、行ってみましょう!」

 観客からビンゴによって選ばれた2名が舞台の前に集められる。どうやら入店から注文、退出までの一連の流れを実演するらしい。

 

「大丈夫か? 割と人見知りだろ?」

 どうにか復活したものの、まだ顔色には悪さが残る光輝が舞台袖から顔を覗かせ萌の後姿を見守っている。

 校内でも彼女はあまり外交的な方ではなく、接客業をしているイメージが浮かばない。

「普通の接客は無理」

 彼女の事を良く知る親友である香澄はぽつりとそう漏らし、でも、と先を続ける。

「舞台の上なら話は別」

 春日 萌。彼女の所属している部活は演劇部。

 引っ込み思案な自分をどうにか治したいと思って叩いた扉は天性の才能を開花させた。

 

 舞台に上がり入店を果たしたお客の前に萌が進み、恥ずかしさに俯いていた顔を上げる。

 そこには柔和な、さしずめ聖母のような温かい笑みが自然に浮かんでいる。

 すっと一歩引いてから長いエプロンドレスの裾をほんの少し掴みあげ優雅に一礼。

 よく通る澄んだ声で二人のお客を向かい入れた。

 何をとっても完璧としか形容できない姿にマスターと司会から感嘆のため息が漏れる。

 座席に案内された、普段こういった場所に行き慣れているであろう二人さえも洗礼された佇まいに惚けてしまう程だ。

 お冷をテーブルに置く姿も、メニューを提示する姿も、その隣でオーダーを受ける姿も、一挙一動が光の粒子を放っているかのように目が離せない。

 天使だ、と誰かが呟いた。

 観客を一人残らず魅了してやまない、純白のドレスを着た萌はこの場の誰よりも清らかに輝いていた。

 やがて退出までの一通りの流れを通した後、出てきた観客に向かってインタビューが行われる。

「まさに、天国に足を踏み入れた気分でした……」

「天国に入れるように今後は努力したいと思います……」

 何かに魅入られたように恍惚の表情を浮かべ、選ばれた二人はそう語った。

コメディが難しすぎる……orz

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