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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
13/56

旅行一日目 天下一使用人会 バトラー編

「さーてやってまいりました、天下一使用人会、まずは前哨戦であるバトラー部門行ってみましょうっ!」

 割れんばかりの拍手が会場に響き渡る。辺鄙な土地特有の、無駄に広い店内はかなりの人数で埋まっていた。

 アピールタイムは司会者が箱の中から紙に書かれているお題にそって演技や挑戦をするようだ。

 エントリーナンバー1番が呼ばれ簡単に作られた舞台袖から一人の老紳士が登場する。

 片目にはモノクル、撫で付けられた白髪混じりの髪はオールバックに固められ、持参したのであろう仕立てのいい燕尾服をすらりと着こなしステッキ片手に優雅に一礼して見せた。

 型にはまった演技によって会場が一気に沸きあがる。

「おぉっと……! これは物凄い気合が入っています! 毎朝おはようございますとか言われたい! では早速お題に行ってみましょう」

 箱の中から四つ折にされた一枚の紙が取り出される。

 プロジェクタによって背後のホワイトボードに表示された紙には紅茶を淹れるという一文が踊っていた。


 ぱちり、と司会が指を鳴らすと黒服を着た店員がキャスターに乗った道具をごろごろと転がし老紳士の前に設置する。

 それからビンゴでお馴染みの、球状の檻に球が大量に入った装置をがらがらと回して転がり出てきた番号を告げる。

「33番の方、前へどうぞ!」

 どうやら入店した時に配られた紙を持っている人は舞台のアピールに参加できるらしい。

 おずおずと出てきた三つ編みと眼鏡の似合う、いかにも文学少女然とした女性を用意していた座席に促す。

「では老紳士さんには彼女に紅茶を入れてもらいましょう! 解説はこちら、当店屈指の使用人であるマスターです!」

 どうも、と頷いた男性は使用人というより熊と表現した方がぴったりくるような厚い胸板と筋肉を持った巨漢だった。

 どっかりと司会の女性の隣に腰掛けると顔の大きさが倍近く違っている。

「マジで使用人スキルを求められるのかよ……」

 光輝が舞台袖から様子を見つつ、お遊びだと思っていたイベントの内容が想像よりずっとコアなものだったことで焦りを浮かべた。

 もし紅茶を入れろといわれても正式な手順など知っているはずもない。

 

「お嬢様、ミルクとレモンはどちらが好みですかな? それともストレートに致しましょうか」

 明らかに緊張している女性に対し気遣うように柔和な笑みを浮かべる辺り、もしかしたらどこかの高級レストランで働いていた過去でもあるのかもしれない。

 行動の節々から相当高いスキルを持っていることが伺える。

 女性もその笑顔によって少しは緊張がほぐれたのか、ぎこちない笑顔を浮かべるとミルクを選択した。

「承りました」

 そういって彼は熱した湯の入っているポットからではなく、水差しからカップ半杯分の水を用意されていた小鍋に注ぐ。

 バーナー式になっている小鍋に火をつけると、水の中にティースプーン1杯と少し分のウバと書かれた茶葉を投入した。

 じっくりと熱しながら紅茶を抽出すると沸騰するより大分前に茶漉しで丹念に掬い取る。

 そこへミルクをゆっくりと注ぎ込み、沸き始める頃を見計らってキャスターの端に乗っていたシナモンなどのスパイスをほんの少し混ぜ合わせた。

 最後の一手間とばかりに使わなかった熱湯の入ったポットからカップに湯を注ぎ、暖めてから一度捨てると、煮込んだミルクティーを静かに注いだ。

「どうぞ」

 女性がその紅茶を一口含むと目を丸くして美味しいと漏らした。

「おおっと、これは高得点です! さてここからはマスターの解説タイムだ!」

 解説役のマスターが思わず唸る。


「これは素晴らしいの一言でしか表現できないな……。ミルクティを選択した時に彼女が空調を寒く感じている事に気付いたようだ。スパイス・ティーは身体を温めるが、水からスパイスを入れると風味がきつくなってしまい、初心者には慣れない。直前に少量混ぜることによって風味を保つ繊細な気遣いを感じた。君、空調を少し弱めてくるんだ」

 マスターが下した評定は満点と言ってもよかった。それにはすぐ隣にいる司会の女性も驚いている。

 キャスターが片付けられると老紳士は再び優雅に一礼してみせた。

 1番手から相当な猛者、或いは本職が現れてしまったようだ。


 彼の後に別の参加者が数人続くのだが序盤のインパクトは余りにも大きすぎてとても巻き返せるものではない。

 そもそもお題が習字だの簿記だの掃除の方法だの専門的な要項が多く、参加者の公開死刑にしかなっていなかった。

 そうこうしている内に遂に光輝の名前が呼ばれた。

 彼の顔に浮かんでいたものは死相だ。どんな無茶振りをされるか分かったものではない。

 誘い込んだ香奈を恨めしげに見やると、彼女は両手を擦り合わせて謝る様なポーズをみせる。

 今更彼女を責めた所で意味などあろう筈もない。光輝はどうにか覚悟を決めると舞台に上がることにした。


「では次、光輝さんに当てられたお題はこれだぁっ!」

 ばばーんとばかりに背後のホワイトボードに写された紙を恐る恐る覗くと、自転車の最高速度という訳の分からない一文字が踊っていた。

「おぉっと、遂に出てしまいましたか。執事たるもの、自転車で乗用車くらいには追いつけねば主人が誘拐された時に追跡が出来ません! 目指してもらうのは時速60kmの領域です!」

 黒服が怪しげな機械に括りつけられた自転車をごろごろと転がしてくる。

 一体どこにしまってあったのか、どうやら漕ぐことで時速の計算が出来るらしい。

 普通に考えて時速60kmの領域など余程鍛えた人間でなければ到達できない。

 どうみても初めから完全にネタ用のお題として用意されたもので、観客席からも哀れむ様な苦笑が漏れ聞こえるが、光輝の顔には安堵と自信が浮かんでいた。

 専門的な知識を求められていた先ほどまでのお題よりずっと分かりやすくて簡単。

 舞台裾では影人もちょっと羨ましそうな視線で彼のことを見ている。


 自転車、しかも最大速度の体力勝負ならば光輝にとっては得意分野と言っていい。

 なにせ毎日地獄の坂をきっちり登って登校しているのだ。鍛えられないはずがない。

 促されるままに乗った自転車を少し漕いでみると空回りというわけではない重さを感じるが、使い勝手は普段載っているものと然程変わらなかった。

「では尋常に……GO!」

 司会の合図と同時に始めはゆっくりと回し始め徐々に速度を強めていく。

 チェーンと後輪が回る軽快な音が会場に響き、備え付けられている古めかしいアナログメーターの針がゆっくりと右側へ動き始めた。

 だが50の大台まで乗ったところで針は動きを止め、幾ら回しても拮抗を保ってしまう。

 既に彼の足は全力でペダルを押し出していてこれ以上の加速は見込めない。

 限界か、と光輝が力を抜こうとしたその時、舞台袖から優衣が声を張り上げる。

「光輝、立って!」

 その言葉に限界に苦しんでいた筈の彼の顔に明るさが増す。

 今の彼はいつも学校の坂を駆け上がっていたのと同じように座ったままだ。

 その方が速度が出せるという特異な人間がいるかは知らないが、少なくとも光輝は立った方が速度を出せる。

 両腕に力を篭めてハンドルを引き寄せると上体が起き上がりペダルの上にしっかりと立つ。

 限界を迎えていた足の回転が更に速度を上げぐいぐいとペダルを押し込み車輪を転がす。

 停滞していたアナログメーターは再びゆっくりと移動を始め、ついには限界値である70を振り切ってしまった。


「こ、これはなんてこった! 信じられません、60どころか70の大台に乗ってます!」

 司会のメイドが目を丸くして興奮気味に実況を続ける。観客席からも湧き上がるような拍手が巻き上がった。

「まさかの大記録でした! 彼なら誘拐犯が出ても自転車一つで追いつけますね、きっと……」

「中々鍛えているようだな。若者にしては珍しいほどだ」

 司会とマスターの解説に熱い歓声が吹き荒れる。

「無茶苦茶だねー……」

「メーターが壊れてなかったら化け物」

 勝ち誇ったかのように腕を上げてポーズをとっている光輝に向けて、舞台袖から香奈と香澄が呆れたように呻き声を漏らした。

 どう考えてもネタとして出されたお題がクリアされるとは思っていなかったのだろう、お祭りのような熱気が観客席を包んでいた。


 光輝が出て行ったときの死相と正反対のホクホク顔で戻ってくると次に名前が呼ばれたのは影人だった。どうやら彼がバトラー部門のトリらしい。

 その表情は見ていて痛々しくなるほど蒼く、いや、白く染まっていた。

 初めの一人が圧倒的な中、他の参加者が全てダメならまだ照れ笑いで退場できる雰囲気だったが、直前で大旋風を引き起こされてしまえば会場の期待は否が応にも高まるというものだ。


「では最後の執事さんに振り分けられたお題を見てみましょう……こちらですっ!」

 どーんと叩きつけるように写された紙には一言、雇用主への自己紹介という一文が書かれている。

「何とも無難なものが出てしまいましたねー。ですがお題はお題。トリの彼には精一杯濃厚な自己紹介をしていただきましょうっ」

 余りにも普通のお題に影人は盛大に安堵の域を漏らした。

 隣では香奈がつまらなさそうに文句を言っている。どうやら大衆の前で恥をかくのが見たかったらしい。

「自己紹介で最も大切なものはインパクトです! 雇い主がこれだ、と思う物を感じさせるためのインパクト、心の慟哭を、魂の叫びを聞かせていただきましょう!」

 司会がシンプルなお題であっても場を盛り上げようと精一杯の煽り文句を口にする。

 ここで影人が普通の自己紹介をしたところで観客は納得などするまい。

 一体誰が参加者のプロフィールなど知りたがるというのか。

 司会の煽りによって場の空気が高まっているとなればなおさらだ。


 はっ、という、吐き捨てるような笑みが影人から漏れた。

 もし普通の人間があの場にいたらこの煽りに負けない何かを考えるのに四苦八苦していたかもしれない。


「贄を喰らう有象、咎を背負う無象、罪に躍る世界をから目を逸らすな!

永久(とこしえ)の闇こそがこの世界だ! 血に濡れたその手だけが真実だ!

神は誰も救わない……罪は人を裁かない……。

歯を食いしばれ、俯かないことだけがこの世界の正義(ジャスティス)

目を見開け、嘆くことはこの世界の(マリシャス)

絶望の淵にその身を沈めろ! 泥の中をもがき苦しめ!

それでもなお前に進むというのならこの手を取るがいい!

真祖の闇に触れる覚悟がお前にはあるか! 」


 それは紛れもない心の慟哭で、魂からの叫びだった。

 観客は彼の言葉と決めに決めた仕草に言葉を失うが、僅かの間を以って大歓声と大爆笑に変わる。

 事前に何が出るか分からないランダム要素の強いお題と司会者の無茶な煽り文句に彼は即興で見事応えて見せたのだ。

 無難な挨拶でトリを締める選択肢に否を唱えた彼を歓声以外、拍手以外の何で迎えられようか。


「なんであんなに盛り上がってるんですかー……」

 飛び出した影人の台詞に床を転げまわりそうなほど爆笑していた香奈は、これは完全にコケると思っていたにも関わらずスタンディングオベーションさえしてみせる観客を理解できないという表情で眺めている。

「いや、笑ってたじゃねぇか」

「あれは彼を知ってるからですよー」

 だが観客からすれば影人の本性があれだと知らない以上、即興で期待に応えるために恥をかなぐり捨て全力で演技をしたようにしか見えないはずだ。

 どこかで恥ずかしいと思えば演技は陳腐なものになる。

 だが心の奥底から本気でする演技は人の心をひきつけるのだ。

 女性人からの黄色い声は"※ただし"の条件を満たしているポイントも大きい。

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