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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
12/56

旅行一日目 お土産屋にて

 外に出ると陽射しは先ほどよりも少し強くなったのか、肌がじりじりと焼けるようだった。

 土がひかれている施設では余り感じなかったのだが町に出て路面がアスファルトになると照り返しによる熱も看過できない物になる。

 香澄と優衣は頭に帽子を、萌は日傘を差しながら燦々と降り注ぐ陽の光を少し恨めしげに眺めている。

 萌は生まれつき肌が弱く、優衣も焼けてしまうと後が長いためつば広の帽子でしっかり防いでるのに対し、香澄は暑いからという理由が強いようだ。

 女性人の中では唯一香奈だけがそのままの格好で、さして気を貼るでもなく鼻歌混じりに路肩の歩道との境目にある段差を平均台のように歩いている。

 周辺には高いビルなど殆どなく、あるのは見渡す限りの田んぼと空き地、まばらな住宅だ。

 都会ではあまり聞こえなくなってきている鳥のさえずりもあちこちから聞こえてくる。


 さしずめ大自然に囲まれた辺鄙な土地ではあるが少し歩けばそれらしい商店街が広がっていた。

 人通りは少ないが幾つかお土産屋も軒を連ねていて、一度涼む為にも近くにあった一軒に入る。

 そこそこ広い店舗の中はがらんとしていて他にお客は誰も居ないどころか店の主人さえ居ない。

 どうやら会計の奥に繋がっている座敷に引っ込んでいるらしい。テレビの音といびきが微かに漏れ聞こえてくる。

 

 優衣はざっと商品を見渡してから、生物を買うには日が悪いのでご当地のアクセサリーやキーホルダーがずらりと並べられている棚になんとなしに近づく。

「どうしてキャラクター物の開運グッズはどこにでもあるんだろうね」

 並べられているキーホルダーの一つを手に取ってしげしげと眺めた。

 何がデフォルメされたのかさっぱりわからないが、つぶらな瞳が特徴的なキャラの下に金色のガラス球が付けられ朱で金と掘り込まれている。

 ありがたみは感じない上に、同じ造詣で健康の健、恋愛の恋などバリエーションが異常に多い。

 その中の一つは最近流行のちょっと返り血を浴びた熊のぬいぐるみよろしく、禍々しい赤と真ん中に呪の文字がある。

「こういうのはですねー、コレクターが買っていくんですよー」

 優衣の顔のすぐ傍ににゅっと香奈の顔が飛び出すと、何となく掌で転がしていた金運のキーホルダーをそっと取ると籠の中に入れた。

「金運のお守りは須らくあたしの手の中にー」

 そのまま売り場に置いてあった金運関係のお守りを片っ端から籠に放り込んでいく。

 と、その姿がキーホルダーの一角でピタリと止まり、まるで水を得た魚の様に、或いはおもちゃを見つけた子どものように悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「なーるくん!」

 香奈の声にタペストリーを眺めていた影人が即座に反応する。

「だから俺は影人だと何度……」

「まぁまぁいいじゃないですかー、それよかこっち来てくださいよー」

 が、その台詞は途中で遮られ、先ほどまで香奈がいた一角まで影人を引っ張ってきた。

 あからさまに嫌そうな顔をしているのは先日の書店の悪夢が抜けきらないからだろう。

「見てくださいよこれ、どうですか? そそられますか?」

 香奈の指さす一帯にはそこかしこに剣や髑髏を模した銀色のアクセアリーがずらりと並んでいた。

 需要があるのか不明だが、確かにこういったアクセサリはどこのお土産店にも一定の量が置かれている気がする。

 剣に竜が纏わり付いていたり、十字架になっていたりと様々な種類があり、一部の方々を魅了して止まない装備品でもある。

 だが、その内の幾つかを眺めた影人は溜息と共に離れていった。

「紛い物に興味などあるものか。魂なき傀儡の作る物に(ソウル)は宿らん……」

 どうやらこういった工業生産で作られた小物にはさして興味がなかったようだ。

 香奈は絶対に食いつくと思っていた予想が外れて悔しそうに呻きを漏らす。

「えー、じゃあこれは? 手作りって書いてありますよ」

 ならば、とばかりに壁の上のほうにかけられていた、ともすれば呪われていそうな仮面を指差す。

 指差した後になって流石にこれはないだろうと香奈も思ったのか、若干顔を引きつらせていた。

 だがそれを一目見た影人は目を見開き、感銘を受けたかのように打ち震えている。

「なんだと……!? く、こいつはやばい。半端ないソウルがビンビン漏れてくるのを感じる。これが職人芸(オーバー・テクノロジー)か」

「マジですかー……」

 演技かとも思ったが、だとすれば影人は相当な役者だ。

 その顔は何故こんなものがここにあるのだ!? という驚愕がありありと浮かんでいる。

「買うつもりですかー?」

 だがその仮面に付けられたゼロの数は5つ。勿論先頭に1がついている。

「誰がこんなもの買うんですかねー……」

「真の価値が分かる物がそのうち現れるさ、この俺の様にな」

 しかし諦めきれないのか、影人はじっと仮面を見上げたままだった。



「光輝は何を見てるの?」

「んー、婆ちゃんに何か漬物でもって思ってな、どんなのがあるか見てたんだ」

 光輝は昔からお婆ちゃん子だった。和食が好きだというのもそこに原因がある。

 彼にとってはハンバーグやカレーといった定番メニューよりも彼の祖母が作るご飯と味噌汁、自家製の漬物に煮物といった物の方が好きなのだ。

 胃袋を掴む人間が一番強いのは子ども相手も大人相手も変わらないのかもしれない。

「珍しい漬物が好きでな、特産で良いのがないかと思ってたんだが……」

 彼がじっと見つめる先にあったのはきゃべつの芯を丸々取り除いた物を豪快に漬けた、姿漬とでもいうべき珍品だった。

 こんな物をお土産で持ち帰ってくればそれはそれは驚かれるだろう。だが持ち帰るにしては少し大きい。

「こっちの長芋漬けとかでも良いとは思うんだが、見た目のインパクトは少ないだろ?」

「きゃべつ丸々に比べれば仕方ないよ……」

 一般人にすれば長芋の漬物というのも十分珍しい。

 光輝はもう少し考えてみると漬物の山を再度発掘し始めた。

 

 そうして騒ぎまわっているとどうしたって足が疲れ喉が渇いてしまう。

 一行はどこか適当な喫茶店で休憩を取ろう決めると、香奈が良い所があると張り切りって大通りからちょっと入った場所に案内した。

 やたらめったらファンシーな装飾がされた入り口に男性陣は呻き声を上げるが香奈はさっさと扉を開けると手招きをしてから店内に消える。

 この時点でもう引き返す選択肢はなく、おっかなびっくり建物の中に入っていった。

「ようこそバトラー・メイド喫茶へ!」

 彼らの時間が止まった。

 席に案内されると働いている店員は全てフリルがふんだんに使われた"ふぁんしー"を体現した衣装に身を包んだメイドか、漆黒の燕尾服をすらりと着こなしたバトラーだけだ。

 一部の都会、特にとある地区には密集し熾烈な争いを行っているあれである。

 もう夕方に近い時間だというのにどういうわけか店内は人が溢れていて、客と思われる人の中にもファンシーな衣装を着こなしている人が居る。

 出迎えたメイドさんが番号の書かれた紙を一人一枚ずつ渡すと空いている席に案内された。


「さぁさぁみなさん! お着替えの時間ですよー」

 席に着くなり香奈が楽しげに笑う。

 近くにいた一人のメイドを呼びつけて何事かを言付けると頷き、慣れた手つきでフロアの仕切りの向こうに全員をやや強引に連行した。

 突然の事態に混乱しつつも誘導に従った部屋の先で、影人がやや苛立ちを含ませながらにへらと笑っている香奈に尋ねる。

「で、これは一体どういうわけだ?」

「なんていうか思い出みたいなー?」

 この喫茶は今日この瞬間に衣装を貸し出してのイベントを行っているらしい。

 参加者は借りるか持参した衣装を身に纏い、備え付けられたステージの上でアピールをして誰が一番バトラー・メイドらしいかを観客による投票で決める、その名も天下一使用人会。

 町おこしの一環なのか、自治会の掲示板にポスターが貼られていたのを香奈は目聡く発見していたのだ。

「だからって何も言わないで引っ張ってくる?」

 香澄もやや戸惑ったように溜息を吐き出す。

「だって言ったら絶対に来てくれないじゃないですかー。それにですねー」

 さささっと、台所に出る見たくない類の虫の様な素早さで香澄へ接近すると何事かを耳打ちする。

 見る見るうちに戸惑いは薄れやる気のようなものが瞳に充填されていく。

「思い出作りもありかもね」

 洗脳を経た香澄の意見は百八十度変わっていた。となれば萌も反対はしにくい。

 いや、元よりここまで連れてこられた時点で拒否権など存在していなかったが。


 かけられている服の中から好きな物を選んで着替えろというこれ以上ないくらい分かりやすい説明を受けて各々が服を取る、よりも先に。

 当然のように優衣は肩を掴まれ女性向けのメイド服が並ぶ一角にずるずると引きずられていく。

 姦しく何を着せるかを興奮気味に話す3人に、残された2人はただ黙って見送るしかない。

 例え本人が涙目で助けを求めて手を伸ばしていたとしても。

「いいのか、助けなくて」

 影人が騒がしい一角を親指でくいと指し示すも、光輝は曖昧に頷くだけだった。

「慣れれば俺のコスも着てくれるだろうか」

 優衣の安息は遠い。

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