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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
10/56

買物へ行こう-2-

「んじゃ次、香奈はどこか行きたいところとかあるか?」

 書店で店員に睨まれた4人はすごすごと外に出ると香澄と萌を呼び出し合流してから次の目的地を決める。

「そうですねー。この辺りで服を売ってる場所とかってありますー?」

「なら俺のバッグも一緒に選べる場所があるな、一緒に買っちまうか」

 そう言って一行が向かったのは大型量販店。残念ながらこの町に小洒落たブティックなどというものはない。

 だが駅前の大型店というだけあって量販物ではあるが揃えている品数は多岐に渡っている。


「おぉぉ! これは結構な広さですねー」

 端まで5、60メートルはありそうな広いフロア全てに女性向けの衣服を満載した景観は壮観といえなくもない。

 ちなみに男性向けの衣服はこの半分の面積でバッグや靴といった生活品と一緒のフロアになっている。

 時間を有効に使うために、光輝は一度バッグを探しに行くといい、優衣もそれについて行こうとしたのだが……。

「まぁまぁちょっと待って下さいよー」

 猫撫で声の香奈によって歩き出そうとした手がしっかりと掴まれる。

 にこにこと無害そうな笑顔が浮かんでいるが、優衣はその表情に身の危険をはっきりと感じ取った。

 だが助けを呼ぼうにも光輝は既にエスカレーターに乗ってしまったらしく、影人に至っては婦人服コーナーに入った時に、この場所は俺にとっては禍々しすぎる……聖域サンクチュアリを穢すのは趣味じゃないという台詞を残して立ち去っていた。

 今この場に残っているのは香澄と萌と香奈の3人だけなのだ。


「何してるの? あんまり虐めちゃダメだよ」

 その物言いには何か引っかかるものがあった優衣だったが、今はぐっと堪える。

 見れば香澄が咎めるような視線で香奈の肩を掴んでいた。

 先日の学校での飛び付きを助けれたのは他ならぬ香澄であり、救世主はすぐ傍にいたのだ。

「えー、でもですよ、例えばこんなのとか、優衣さんに似合うと思いません?」

 しかし香奈は嗜める香澄の言葉を気にも留めず、近くにかかっていたワンピースの中から優衣に合いそうなサイズの小さいものを選ぶと嬉々として身体の上から当てて見せたのだ。

 それを見ておぉ、という歓声が香澄と萌から思わず漏れた。

 ……救世主は今、悪魔の囁きに唆されている。


「でも、本人が嫌がってるなら……」

 どことなく名残惜しそうにしながらも香奈を止めようとする香澄だったが、今度は萌が無表情で近くに合った別のワンピースを取り上げると無言のまま先ほどと同じように押し当てた。

 今度は香奈と香澄からおぉ、という嘆息が漏れる。

「ちょっとボク用事を思い出して……」

 場の流れが変わったことを敏感に感じ取った優衣はそのまま1歩、また1歩と後ろに下がった。

 だが後退しようにもすぐ後ろはエスカレータの通る壁によって道が塞がれていて、数歩も下がることはできない。

「ちょっとだけなら、いいかもね」

 香澄が微妙に顔を赤らめて優衣から視線を外す。それはもう、事実上の死刑宣告に等しかった。


 無言のままがっしりと三方向を固められて試着室に放りこまれた優衣に向かって、「大丈夫、当ててみるだけだから」が次の段階、「大丈夫、上から着てみるだけだから」に変わり、最終的に「ここまで着たならもう完全に着替えちゃおうか」になるのは早かった。

 場所が場所だけに叫んで逃げ出すことも出来ず、潤ませた瞳が3人の嗜虐心をそそって悪化したのは言うまでもない。

 ようやく開放されたのは光輝が鞄を吟味して戻ってくる、30分という長い長い時間が経過した後だった。


「で、こうなった、と」

 光輝はしげしげと、量販店の一角のベンチに座らされている優衣を見る。

 四籐学園の学生服はどこへやら、今は随所にフリルがあしらわれた純白のブラウスと、黒を基調とし、裾の僅か上にはライン状の白のレースが施されアクセントになっている膝上5センチのスカートに姿を変えていた。

 スカートの裾にも葉を模したレースが2重に取り付けられていて黒と白のコントラストが絶妙に映えている。

 挙句、試着室の外へと引っ張られたせいで羞恥からか俯き、瞳を潤ませ顔を赤く染めていた。

 それが逆に可愛らしさをバーゲンセールとばかりに周辺へ際限なく撒き散らしていて、買物に来ていた幾人かの親子や女性がちらちらと遠目から羨望の眼差しでもって眺めている始末だ。

 中には今優衣が着ているのと同じ組み合わせで買っていく客もちらほら見かける。店員からしてみれば優衣サマサマだろう。

「着替えてくればいいんじゃないか……?」

 光輝がそういうのだが、香奈は申し訳なさそうに首を振った。さすがに笑みは浮かんでいない。

「いやはや、それがですねー……目立ちすぎたせいで、このまま四籐学園の男子制服に着替えるわけには行かなくなったんですよー」


 着替えて出てきた時の服装が四籐学園の男子生徒用の制服となれば、注目に拍車がかかるのは目に見えている。

 それに学園に問い合わせが入るのも避けたい事態だ。問題になる事はないと思うが、学生の噂は早い。

「ごめんなさい、ちょっと夢中になりすぎました……」

 萌が心底申し訳なさそうに頭を下げるのだが優衣は顔を上げなかった。

 許せないほど怒っている訳ではなく、色々と一杯一杯で。

「流石にずっと試着室を占拠してるわけにも行かなくてねー。人も増えてきたし、ちょっと外に出ざるを得なかったんだー」

 残された手立ては服を買い上げて外に出て着替える事。多目的トイレであれば男女共に利用できるから着替えても問題ない。

「元を正せばあたしのせいだし、もうここで着替えるのは無理だから買い上げたんだけどー」

 でもねーと、香奈は溜息混じりに現状を説明する。

 この姿で男子トイレに入るのは無理だし、着替えた後の制服を考えれば女子トイレにも入れない。

 となるとどちらでも使える多目的トイレを利用する他なく、それには1Fか5Fに移動しなければならなかった。

 ここは4F、距離的には5Fが近いのだが……問題は多目的トイレまでの道のりにある。

「タイミング悪いことにさー、四籐の制服を着た生徒が居るんだよねー……。どっちの多目的トイレ前にも飲食店があるんだけど、都合よくたむろってて……」


 1Fにはドーナッツとアイスクリームを主力として販売している一角があるのだが、安い事もあって四籐の生徒がよく利用する。

 そして5Fにはもっと本格的なフードコートがあってそちらに関しては量を食べたい生徒が利用するのだ。

 多目的トイレはこれらの店のすぐ目の前に設置されている為、視線を掻い潜るのは難しい。

 今の時間は午後3時、四籐学園は学力向上の一環で休日に自由参加の補習授業を行っていることもあって、この時間帯になると補習を終えた生徒が駅前という立地条件も手伝ってそこそこやってくる。

 それに加えて優衣は元々学校の中でもかなり目立つ存在だった。特徴的な髪色の子といえば必ず優衣の名前が挙がる。

 そんな有名人がこんな格好で彼等の前を通ればどうなるか。他人の空似に頼るのはいささか以上に苦しい。


「戻ったよ。……やっぱりどっちもまだ四籐の生徒がいた」

 駆け足で戻ってきたせいで荒くなった息を整えながら香澄が報告する。現状、打つ手なし。

「でもいつここに生徒さんが来るか分かりませんし、余りゆっくりはしていられないです」

 萌の言うとおりだ。

 広いフロアだから隠れることは幾らでもできるが、下手に奥に入ってしまうと追い詰められ逃げ場が失われる可能性も捨てきれない。

 今はエスカレーター、階段、エレベーターに四籐の制服がいないことを確認しているが、制服を着ていない四籐の生徒が立ち寄れば発見するのは難しい。

 休日に四籐の生徒が来ることは十分に考えられるため、長居するのはリスクが高まるばかりなのだ。

「なんつーか、つまり試着室以外で誰にも気付かれないように着替えれば良いんだろ?」

「そうですけど、着替えられるところなんてないですよー」

 光輝は辺りを一度伺うと、目当ての標識を見つけ指差す。


「この階の普通のトイレでいいんじゃね?」

 そしてあっけらかんと言い放った。

「だからダメなんですよー、男子トイレは入れないし、女子トイレも着替えたら出てこれなくなるじゃないですかー」

 全くもう、とばかりに香奈が嘆息してみせる。しかし光輝は首を捻るばかりだった。

「流石に女子トイレがまずいとしても、男子トイレに入れないのは何でだよ」

「もし中に人が居たらどうするんですかー?」

「いや、それなら俺が誰も居ないことを確認すりゃいいだけの話だろ?」

 なんでもないように告げる光輝の言葉に、ポンっと香奈が手を叩いた。

 さっきまでは女子しか居なかったが、今この場には光輝がいるのだ。

「いやー、そういえばその手がありましたねー」

「優衣さん! これで着替えられますよ!」

「さっさと中見て確認してきて、個室もちゃんと調べてよね」

 着替えれるという言葉に、優衣の顔がぴょこんと持ち上がる。

 光輝は跳ね上がった優衣の顔を見ると思わず視線を逸らし人使いが荒いとぼやいて見せた。

 普段優衣の事を見慣れている彼でさえ、無垢な笑み潤んだ瞳による上目遣いにはくる物があるらしい。


 作戦が決まると一同は纏まって、中心に優衣を隠しながら目的地を目指す。

 この百貨店のトイレは通路の奥ばったところにあるから他人の視線は少ない。

 くりぬかれたように作られたコンクリートの枠の外に、右は男子、左は女子のマークが貼り付いていて内側で左右に分かれる構造だ。

 光輝は素早く右の男子トイレに入ると個室を一つ一つ確認し誰も居ない事を確認する。誰も居ない。

 トイレの前に立つ優衣に大丈夫だと合図すると慣れないスカートの裾を気にしつつ男子トイレに消えた、瞬間だった。

 カンカンカンという階段を駆け上がる音に思わず残された4人は戦慄する。

 もし、このまま男子トイレにでも入られたら非常に不味い。

 確率的に低いことが分かっているが、その時は……とばかりに光輝が拳を握る。

 予感は悪い方向に当たってしまった。

 階段から出てきた人物は迷うそぶりもなく真直ぐにトイレを目指し、4人に緊張が走ったものの、顔を見るなり光輝は気が抜けたのかその場に脱力した。

「何だ、影人かよ」

「何だとは失礼だな。まぁいい、今は便所に用がある。咎は見逃してやろう」

 そういってするすると部屋の中に入っていった。誰もが影人なら大丈夫だと止めもしなかったのだ、が。

「あぁぁぁぁ! 影人はさっきいなかっただろ!」

 唐突に大事なことを思い出す。しかしその時には何もかもが遅すぎた。

 

 影人が早足で入ったトイレで見たものは、黒い、フリルの付いたスカートだった。

 驚愕と憔悴で身が固まり声さえ出ない。

 足音に気付いてか、愛らしい衣装を着た人物がくるりとその場でターンする。

 長い綺麗な髪の毛と一緒にスカートの裾もふわりと浮き上がり真っ白な太ももが一瞬だけちらりと露になった。

 少女は初め驚きに目を見開いたが、影人の事を見るとほっとした様な表情を見せ、ほんのりと頬を朱に染めながら個室に入る。

 ガチャリ、と鍵の閉まる音がした。

「す、すいませんでしたっ!」

 叫んだのは影人だった。いつもの厨二台詞は完全になりを潜めている。

 同時にくるりと反転、来た道を全速力で駆け抜けると今度は左側のトイレへと飛び込む。

 だが余りに焦っていた上にスピードを出しすぎたせいで、洗面所に入る直前の鋭角で人とぶつかりもんどりうって倒れてしまった。

「うぅ……」

 影人の下から呻くような"高い声"が聞こえ、ハッとして突き飛ばしてしまった人物に視線を落とせば、そこに居たのはあろうことか香奈だ。

 状況をいち早く理解し意図的に縮こまる香奈の様子は、影人が酷く強引に押し倒している様に見えなくもない。

「いやんー」

「%&$#!!」

 ポッと頬に手を添えてみせる香奈に向かって、影人は再び声にならない叫びを上げた。

 何も知らずに入った影人は着せ替えられた優衣の服装を見て女子トイレに入ってしまったと勘違い、慌てて戻って反対に行けば、偶々同じようにトイレに入っていた香奈と正面衝突してしまったわけだ。

 顔見知りですぐに事情を察した香奈だったからよかったものの、他人だったならシャレにならない。


 優衣が着替えて戻ってくると跪き椅子になった影人の上に香奈が足を組んで座っているという、異常な景色が飛び込んでくる。

 光輝や香澄、萌はただ苦笑いを見せるしかなかった。

「えっと……何があったの?」

 全員の顔を見比べてから恐る恐る尋ねる優衣の肩を光輝はぽんっと叩く。

「聞いてやるな。何もかもを無に返す為に影人は今こうしてるんだ……」

 それから暫くの間、影人が香奈の犬のように駆けずり回る様子がそこかしこで目撃されることになるのはまた別のお話。

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