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(六)

 王国領は、驚くほどに……日常を営んでいた。

 軍からの迎えもないし、警備兵の巡回もない。誰かしらが喪に服す動きもなく、非の打ちどころの無い日常であった。

 初めて目にする王都に、ミュウは瞳を輝かせては我に帰るの繰り返しである。

「どういうことだ?」

 全てを知り、最悪のパターンを幾つも予想していたヴァンが、片眉を上げる。

「こういうことだわ」

 平和な街並みに安堵したようで、リーナルの表情は和らぐ。少なくとも、民たちに被害は無い。それだけでも、ひとつの救いとなった。


 騎士団詰所で馬を預け、戻ってきた旨を伝えると、そのまま王城へ向かうよう指示された。

 玉座のある謁見の間ではなく、政務官であるクラウの部屋へ通るようにということだ。

 騎士団長への報告はなく、また勅令を出した国王への謁見の間でもなく……。さてどういうことか。

 ケト達を控えの間に待たせ、リーナルは一人で兄を訪ねた。

「リナ。よく帰ったね」

 クラウ=ラッド=ヴァルフ。リーナルの異母兄は、一人で執務机に向かっているところだった。

 見慣れた光景である。

 暗色のくせ毛を後ろに流しており、実際の年齢より少し上に見える。そうでもして箔を付けないと、臣下たちに軽くあしらわれるのだと話していた。

「兄上……。御無事で何よりです」

「はは、それは私の言葉だ。その様子では、ヴァンに何か吹きこまれたか?」

「! あの男は関係ありません! 私の留守中に……父上や兄上、弟に何かあればと不安に思うのは当然でしょう」

「何かありそうに見えたかな」

「兄上。言葉遊びをしている場合ではありません。城の異変くらい、リーナルにだってわかります」

 真剣な態度を崩さぬ妹へ、クラウは肩をすくめ、姿勢をただした。

「……そうだね。悪かった。さて、どこから話そうか」

「父上と、ソラスは……命を落としたのでございましょう?」

「なぜ、そう思う?」

「父上は、もとより病で臥せておられました。容体の急変自体は珍しくありません。ただ、同時期にソラスも、なると……一時に、公にはしにくいでしょう」

「なるほど。たしかに」

「私が、西でどういった形をつけても、戻ってきたならば……」

 兄は、妹の言葉に聞きいる。

「それを功績とし、王位の復権、並びに第一継承者として推すつもりでは、ございませんか」

「リナは王になりたいのか?」

 その一言で、リーナルの思考は沸騰した。

「それは兄上が一番ご存知のはずだわ!」

「……悪かったよ。からかって悪かった。悪友の癖が伝染ったな」

「ヴァンのせいにすれば済むと思って。もう」

 脹れっ面をする妹へ苦笑いを返し、それからクラウは立ち上がった。

「それじゃあ、答えだ。半分ハズレで、半分アタリ」

「……え?」

「父上もソラスも、生きているよ。ピンピンしてる」

「!!」

「リナが城下を空けると聞いて、嫌な予感はした。守るべき者、行動をとる者、私情と切り離して見極めることくらいできなくては、国の柱とはなれない」

「では……兄上」

「恥ずかしながら、ね。災いの種は、私の配下の者だった。ソラスの仕業と見せかけ、父上を弱らせる薬を混ぜ込んでいたのも、今回の機にソラスの命を狙おうとしたのも…… あぁ、私の命を狙おうとしたのはソラスの配下だけどね」

 朗らかに言ってのける兄は、さすがにヴァンの友人だと、リーナルは実感した。

「全て捕えて地下牢に入れている。父上とソラスは、少々手荒だが軟禁……というと聞こえが悪いが、信頼のおける者に警護してもらっている。騎士団詰所が手薄だっただろう?」

「あぁ……それは、たしかに」

「そういうわけで表面は穏やかだが、私を反逆者と看做す声も上がっている。さてどうしよう」

「どう……って、兄上!」

「そこで、我が頼もしき妹の登場だ。西の噂を晴らし、兄の汚名も雪ぐ。これ以上ない手柄であるな」「兄上」

 メデタシメデタシ。

 クラウは上機嫌に手を叩く。

 リーナルは眉間に皺をよせ、さてどうしたものかと考えた。



 友好の証として、イーハに名を轟かすフォモール族の姫が自ら王都訪問は慶事として受け入れられた。

 『ヴァルフィルトによりイーハは守られ、イーハはヴァルフィルトを守るものである。妖精の国はなくとも、我らには愛すべき国が在る。ここに在る』

 ミュウの言葉は、惨劇を知らぬ民たちへこれ以上ない安心を与えるものであった。

 その隣には、病床より戻ったヴァルフィルト王の姿がある。

 二人の警護には、西から戻った騎士・ケトが当たっていた。

 城下がにわかに活気づく。

 民衆に紛れ、ファリドが歌い、レイティアが舞う。

 新たなサーガが紡がれる。


「見事な退治っぷりだ」

 王城のバルコニーで、宴の酒を飲みながらヴァンが笑う。

「世界の全てとは言わなくても、端っこくらいは引っくり返したでしょう」

 上機嫌で、リーナルが並ぶ。

「……そうだな。ったく、いつまでも子供子供と思っていたが」

「なによ」

 久しぶりに下ろした金の髪を一すくい、ヴァンは指先に絡め取る。

「王家に戻るこたぁねーだろ……」

「私の願いは、クラウ兄上が玉座に着く事よ。約束された今、変な意地を張る必要もないじゃない。騎士団への籍は置いたままだし。私は名実ともに、愛する国を守るわ」

「まっすぐなんだか、歪んでんだか判りにくいんだよ、おまえさんの愛国心はよ」

「そうかしら」

「そうさ」

「わかりやすいつもりなのだけど」

「行動原理はな。けど――」

 愚痴をこぼす、ヴァンの肩に細い指先が添えられる。

「政略結婚で、良い御相手を見つける前に、揺るがない名声を携えて迎えに来て頂戴?」

 細かな傷の走る、戦士の頬に口づけを。

 顔を離し、優雅な笑みを浮かべ、その鳶色の瞳を覗きこんだ。

「…………どっこっの! お姫サマだ、おまえは!」



「知らないの? マグトゥレド諸国連合西端の地・ヴァルフィルト王国が王女、リーナル=フィル=ヴァルフよ!」




 神の子も人に混ざり、恐ろしき魔物の存在も吟遊詩人が歌うばかりとなった。

 人が神の教えを説き、

 人が剣を持ちて戦い、

 人が田畑を育て恵みを得る。

 人が王となり国を作り、国は幾つもの線引きをして存在し、力の差を示した。

 いつもどこかで争いが起き、そしてどこかで和平が結ばれる。

 世界は美しく円を描き、連綿と時を紡いでいる。



 

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