(三)
「遠く王都から、よくぞお越しを。姫様も、久しゅうございます」
四十がらみの、首領と呼ぶには若い印象のある男性が一行を出迎えた。肌は日に焼けて浅黒く、戦い慣れした体つきをしている。
後ろに従う一団も似たような風貌だが、首領であるフォモールだけ、額に巻く布に金糸が用いられていた。
「ヴァルフィルト王国騎士団所属、リーナル=フィル=ヴァルフと申します」
「じゅっ、従騎士のケト=ディアナ=トゥアハと申します!」
「それから、傭兵として雇い入れております、ヴァン。"黒き剣のヴァン"といえば、腕はお分かりかと思います」
余計な事を言わないように。フォモール領へ入る前に、リーナルはヴァンへ釘をさしていた。ケトと共にリーナルの後ろについているヴァンは、ニヤニヤと笑いながら雇い主の様子を眺めている。
「首領も、お元気そうで安心いたしました」
姫と呼ばれ、リーナルが否定しない事にケトは驚いた。相手はヴァンに限らず、騎士団内でも口にする者があれば目を吊り上げて反論する彼女だというのに。
「話は届いております。どうぞ、こちらへ」
乗ってきた馬をフォモールの若者へ預け、リーナル達は首領の案内で集落の中へと入り進むこととなった。
イーハは名こそ平原であるが、なだらかな丘陵地帯である。そのなかでも高台にフォモールは集落を構えていた。
首領の天幕は、全体を見渡せるような位置にあった。首領たち一団が出迎えてくれた場所からも、そことわかる。
初めての土地に、ケトは興奮を隠せない様子でキョロキョロ見渡した。
あちこちで夕空を照らすかがり火が焚かれ、夕餉の匂いの漂う様子は郷と似たようなものだ。しかし、身にまとう衣装や手にする道具などから、文化の違いが見て取れる。
竜が住まう洞窟があるという森は、丘を登りはじめてからも日暮れに紛れてか確認できなかった。
これまでは、ほぼ直線距離で移動してきたので全て野宿であった。
遠目に集落のものらしい灯りも見えたが、何故そこへ立ち寄らなかったのか、主人に明かされた二十年前の事実を知ってしまえばケトにも理解できる。
フォモールの男たちは皆、狩人であったり細工師であったり、力強い印象を受ける。武器を手にすれば、たちまち戦士へ変化できる者たちだ。多少の違いはあろうが、イーハの人々は同じような生活をしているのだろう。この地域は、生きることと戦うことが直結している。
二十年も前の事件であり、ヴァルフィルトの人間だからというだけで襲われるかどうか、といってしまえばそれまでだが、怨みつらみばかりは他人には推し量れない。
『軍隊』という圧力があればこその均衡であり、こんな三人程度で郷に入ろうものならどうなることか……。
そして襲われたとしても退けるだけの力が主人にも傭兵にも備わっているが、問題はそこではない。王国騎士団の人間が、イーハの部族に襲われた。その事実だけで、草原を焼き尽くす理由となり得るのだ。
『イーハの民に襲われることで、ヴァルフィルトによる粛清が再び起きるかもしれない』
――回避すべきことは、この点だったのだ。
イーハの嘆き。此度の件を、主人はそう形容した。
どういう意味だろう? 改めて、ケトは考える。
イーハ。圧倒的な武力により、制圧された平原。『血まみれの三日月』が沈む土地。
『王国の西方より災いが来る、それにより王都は血まみれになるであろう』
流行り歌は、そう解釈された。
民衆たちは得体の知れぬ怪物が棲みついたのだと言った。
国は討伐部隊の編成を命じた。古来より怪物退治は騎士の誉れである。形だけの『竜退治』であれ、それなりの部隊で臨んで然るべきで、異論は上がらなかった。
とはいえ。
弱冠二十歳のリーナル、未だ従騎士のケト、そして傭兵のヴァン。たった三人だけの『竜退治』を、なぜ騎士団長は許可したのだろう? 行く先は、装われた平和の下で必ずや王国に対する恨み、憎しみを抱いているはずの土地だというのに。
なにより、リーナルは王位を退いているが"三日月姫"なのだ。イーハの民たちにとって、忌まわしい記憶を名に冠する姫であることに変わりない。
そんな彼女を、この地へ。
『継承第一位の姫がド辺境へ竜退治なんざ、変な話だと思ってね』
ケトはヴァンの言葉を思い出す。
と、なると……どういうことだ?
真意は、誰が握っている。
「どういうことですか?」
リーナルの声に、ケトは思索から我に返った。すでに首領の天幕へと入り、腰をおろしている。かがり火の向こうに、首領、その後方に二人の青年が控えていた。案内の時より、首領の傍近くに控えていた者たちだ。
周りには、歓待の料理と酒が並べられているが、手をつける空気ではない……ヴァンだけが、構わずに飲み食いしている。
「えぇ、ですから……戦さの支度はできております。我らは、いつでも王国をお助けいたしましょう」
「ふえ?」
思わず、ケトが変な声を出す。隣のヴァンが、それを聞いて咽こんだ。
「王都が今、血で血を洗う状況であることは風聞で。その合間を縫って姫様が直接いらしたということは、答えは一つにございましょう」
「……私もよく、事情が呑み込めていませんが……続きを話して頂けますか」
リーナルも、動揺を抑えた声で首領に話を求めた。
「クラウ殿下……あるいはソラス殿下、どちらかに加勢して内乱を収めるということと、考えておりましたが。お違いでしたか?」
「なっ、ま、まさかそんな!」
これにはさすがに、リーナルも取り乱す。ヴァンは咳き込みから笑いへと変わっている。。
「竜が鱗を剥がれるかごとく、ヴァルフィルトの民らは圧政に苦しみ喘いでいると聞きます。それも全ては後継が定まらぬまま、陛下が病に臥せてしまったからだとか。イーハの地の平穏は、ナーザ陛下によってもたらされたもの。それが崩れては、この地も再び血にまみれましょうぞ。そのようなことは、決して……決して、繰り返されてはならぬのです」
「フォモール、あなたの気持はわかりました。けれど……」
この状況で、まさか王国はイーハの部族たちを脅威と見ていたとなど、言えるはずもない。
ケトは、リーナルの反応を息を呑んで見守る。
……、
…………、
流れた沈黙に、耳慣れぬ調べが乗ってきた。
歌だ
柔らかな男声に、鈴の音が絡みつく、美しい歌であった。
「あぁ、流れの吟遊詩人です。丘の下の広場で歌っているのでしょう」
リーナルがそれに気を取られたのを見て、首領が簡単な紹介をした。
「昼と夜の二度、彼は歌います。ヴァルフィルトのことも、彼が。邪魔であるようならば、止めてきましょう」
「いえ…… そう、ヴァルフィルトの吟遊詩人が、こちらに来ていたのね。聞いてみたいわ。フォモール、天幕から出ても?」
「やめとけ、ここで軍人が顔を出すなんて野暮だぜ。一曲終わってからにしておけ」
珍しく、ヴァンが口を挟んだ。しかし一理あるとリーナルも黙って従う。
暖かなリュートの弦楽、男の歌声。であるならば、鈴の音は舞い手によるものであろう。時に微かに、時に激しく、歌われる物語を彩る。
遠い遠い、砂の国の歌である。
名もなき国が失われてゆく歌である。
太陽と月を失い、星明かりだけを頼りに再興を願う王子と巫女が道をそれぞれに歩き出す。
「吟遊詩人は」
「え?」
静かに曲へ耳を傾けていたリーナルが呟き、ケトが彼女の横顔を見た。凛として美しい主人は、かがり火に照らされ、普段とはまた違う神秘さを帯びている。
「吟遊詩人は、何をしているのかしら」
どういう意味であろうか。
「フォモール、突然の訪問にもかかわらず、手厚い出迎えをありがとうございました。今回の件はヴァルフィルトとしても……どうやら、思い違いをしていることがあるみたい」
「リっ、リーナル様!? 何をおっしゃるのですっ!?」
国の名を持ち出して間違いを認めるリーナルへ、ケトは血相を変えた。こんなこと、騎士団長に知られたらとんでもないことになる。
「一晩、時間を頂けますか? それから、戦いの準備は必要ありません。今は……それだけ」
「姫様がそうおっしゃるのでしたら異論はありませんが……」
「ごめんなさい。それから、ケトへフォモールの話を教えてあげていただけますか。彼は私の従騎士で、王都から出るのは初めてなのです。たくさん、学ばせてあげたいの」
「えぇ、わかりました」
「ケト、その後に彼へ王都の話を伝えてください。あなたの言葉でいいから」
「ふぇ……っ? えええ、リーナル様!? そ、それってどういう」
「私は、あの吟遊詩人と話がしたいのです。ヴァン、あなたは自由にしていていいわ」
「言われるまでもない。が……俺も興味があるな。あの様子なら、舞い手がいるだろ。どんな別嬪か拝みたい」
「……。ご自由にしたらいいわ」
自由気ままな傭兵を半眼で睨み、それからリーナルは首領へ向き直った。
「明朝、改めてフォモールと話がしたいわ。それでいいかしら」
「わかりました。姫様たちの宿泊用の天幕は別に用意してあります。見張りの者が案内しますので、おやすみの際に申しつけてください」
「ありがとう。それじゃケト、ゆっくりしてね」
「リーナル様ぁ!?」
出て行った。
本気で、主人は出て行った。ついでに傭兵も出て行った。
イーハ最大勢力の首領の天幕に取り残された従騎士は、情けない声を上げるしかできなかった。
「ははは、緊張しないでください、ケト様」
「あ…… はぁ、あの」
「おれのことはフォモールと」
「いっ、いえ! わたしの方こそ、ケトとお呼びください……。まだまだ見習いの身分です。姫騎士様にも迷惑をかけてばかりで」
身をすくめるケトを、首領が暖かな眼差しで見つめた。父のような、と形容するには若いが、似た包容力を感じた。それが一族を纏める者の力ということか。
――二十年前の
そうだ。あの時に、当時の首領は……
世襲かどうかはわからないが、いずれにせよ早い世代交代だったのかもしれない。
ケトは、どんな顔をすればよいのか解らないまま、イーハの首領に向き直った。
「とりあえず、飯でも食べてください。姫様たちが来るということで、猟師たちが張り切ってきたのです」
それでも固まるケトへ肩をすくめ、首領は自ら適当に料理を手にし始めた。傍らの青年が、いくつかをとりわけてケトに渡す。もう一人は、恐らくリーナルとヴァンの分なのだろう、手にして天幕を出て行った。
「近くの森からの恵みで、フォモールは生きています。王都のような文化は無いが、生活は充分。刺激が無いと、娘は不満をもらしますがね」
「娘さん……が、おいでで?」
「えぇ、もうじき嫁に行っても良い年なのですが、跳ねっ返りでどうなることやら」
「リーナル様のようですね!」
ケトが言った瞬間に、首領は口にしていた酒を噴きだしそうになり、必死に堪えた。笑っている。
それを見て、ケトも己の発言の迂闊さに気付き真っ赤になる。どうフォローすればいいのかもわからない!
「はは、はははっ ほんとうに……本当に、姫様は飽きない御方だ。ケト君と言ったね。君は良い主人を持った。そして姫様は良い従騎士を持たれた」
「す、すみません、無礼な発言を……」
「いやいや、良いんだ……と、おれがいうのも変だがな」
涙の浮かぶ目尻を拭い、首領はケトの杯に酒を注いだ。飾らぬケトの姿に好感を抱いたらしく、口調も砕けた形に変わった。
「わたしはまだその、お酒は」
「なに、軽い果実酒だ。姫様の言葉から、ひとまず戦さはないのであろう? であれば構うまい」
ふうわりと、柑橘系の香りが漂う。オレンジはケトの好物だ。引かれるように、一口、含む。甘さと苦さが舌を焼いた。
「しかし嘘をつけない方だなぁ。……そんなリーナル姫だからこそ、我らフォモールは此度の訪問を受け入れたのだ」
舐めるように果実酒へ挑戦している従騎士を微笑ましげに見つめながら、首領は話を始めた。
「君も知っているだろうが、イーハは王国所領だが半ば自治を認められている。こうして自給自足で生活が成り立つゆえ、交易も少ない。王都の話を耳にすることが滅多にないんだ」
吟遊詩人だって訪れない。
そう言って笑う。
「ファリドと言ったかな、彼は実に何年かぶりの語り部でね。聞けば失われた祖国に関する秘密を求めて、大陸全土を放浪しているという」
「失われた……ですか」
「南の大山脈を越えた向こうにある、砂の国だそうだ。そんな話自体、聞くのも初めてで、煙に巻かれたようなものだが物語は面白い」
「へぇ……」
同じような話を、恐らくはリーナル達も聞いているのだろう。
「色々と聞くうちに、ここへ来る前にはヴァルフィルト城下に長く滞在していたという。そこでの歌を聴いて、解釈に悩んだ」
「……え!?」
「もともとは違う歌い手がいたそうだが、彼が継いだんだな。程なくして、集落を転々としながらフォモールへ来たそうだ」
「は、はなしがちがいます!」
「うん?」
思わずケトは口を挟み、しまったと思うがもう遅い。これはリーナルが、考えを整理して明朝に話そうとしていたのではなかろうか!
「あ、あの…… わたしたちは、城下では、西方から流れてきた歌だと」
「歌…… 『血まみれの三日月』が?」
「はい」
「なるほど……それで"思い違い"か。ふむ」
何か思案するように、首領はまばらな顎髭に手をやった。
「あの、あの、このことはきっと、明日に主人からきちんと話があると思うのです。ですから、わたしが言ったとは……」
「はは、わかっているよ。思い違いは我らもだ……。リーナル姫は、きっと違う考えを持ってここへ来たのだろう」
「そのようです……。わたしにも、わからないのですが」
「それでも、彼女に付いているのだろう?」
「はい!」
迷いなく答えるケトへ、首領が目を細めた。
「だったらそれでいい。彼女は、イーハにとってもなくてはならない方なのだ」
「……それは、どうしてでしょう?」
「"三日月姫"だからさ」
答えは、その一言だけだった。
首領は杯を一気に煽ると、それからはフォモールに纏わる伝承などを、ポツリポツリと話し始めた。
*
*
丘の下の広場では、老若男女とわず人々が円となり吟遊詩人と舞い手を囲んでいた。
パチパチとはぜるかがり火に照らされ、舞い手がしなやかに踊る。
砂の国の歌。
東国の歌。
諸国連合に纏わる歌。
神々の世代から現代へと、時間を翻弄するように様々なサーガが歌われる。
その中には『血まみれの三日月』もあった。
リーナルは、全てに聴き入った。最初は隣に付き合っていたヴァンだが、届けられた食事を平らげるとフラリと姿を消していた。
「はじめまして。私はリーナル」
歌が終わって人々が散って行く頃合いを計り、リーナルは二人へ歩み寄った。
「ファリドだ。えーと、見ない顔だね」
「フォモールへは、知人を訪ねて着いたばかりなの。そうしたら、素敵な歌声が聞こえてきたから」
「あはは。それはどうも」
薄闇の中でも、ファリドの顔立ちは近郊の民族のものではないとわかる。髪の色こそ同じようだが質は全く違い、癖がなくサラリとしている。女性であれば誰もが憧れるだろう。
「舞いも、とても素敵だった。初めて見たわ。振りはどこかの伝承なの?」
「アラ、いいのよ、ファリドが目当てだって素直に言って。アタシ、女の人に褒められるのは慣れてないの」
「面白い人ね。でも、素敵だったのは本当なんだから訂正しないわ」
予想外の反応にリーナルは目を丸くし、それから微笑んだ。自分とは違うタイプで「気が強い」相手なのだと理解する。
「ありがと。アタシはレイティア。ん、お邪魔なら外すケド」
「いいえ、ふたりから聞きたい事があるのよ」
ヴァルフィルトの吟遊詩人。彼らは今回の騒動の発端だ。
たかだか歌ひとつで国が動くこともない。
歌う時期、場所、全てに理由があり、彼らは動いたのだとリーナルは考えていて、その狙いを知らなければ行動など取れないと解っていた。
王国とイーハが争う必要などどこにもなければ、王国が軍隊を動かす必要自体が無い。であれば、そう差し向けるよう、誰かが裏で動いていると睨むのが筋で、そこを叩くことが肝要である。
噂を流した当人たちに会えたのは僥倖だった。でなければ、フォモール首領と話を突き合わせての推論を基にしなければならないところだったのだ。
「聞きたいと言われても、僕は歌で伝えることしか」
ファリドが苦い表情で答えた時、ふとレイティアが顔を上げた。リーナルの後方に視線をやっているようだ。
「ゴメン、やっぱり退散するわ。あとは若い二人でドウゾ」
「え? あ、レイティア!」
リーナルが振りむき呼び止めるが、彼女は風のようにすり抜け、闇に消えて行った。
「ごめんね。彼女、いつもあんな感じなんだ」
「ふたりは、ずっと一緒に旅をしているの?」
諦めて、リーナルはファリドの隣に腰をおろした。ちょうど、かがり火が暖かい位置にある。
「いや、即興だよ。会ったのは……三つくらい前の集落かな? 彼女が歌っているのを聞いたんだ」
「彼女も歌うの!?」
「昔はね……。今は、歌わないっていってた。無理をして、喉を壊したらしい。子守唄程度の、静かに声を出す分には構わないが、広く聞かせることはできないって」
綺麗な声なのになぁ。残念そうにファリドは言った。
「じゃあ、歌は全て、あなたが拾い集めたものなの?」
「そうだね。行った先々のことを歌にすることもあるし、出会った吟遊詩人から教えてもらうこともある」
「それじゃあ……ヴァルフィルトで歌っていたのは」
「……あぁ!」
「え?」
「ん、あ、ごめん、なんでもない。そっか……。えぇと、なんの話だっけ」
「ヴァルフィルトで、半年ほど前に歌っていたのはあなた?」
突然、大声を出したかと思えば一人で相槌を打つファリドへ、リーナルは問いを続ける。
「うん、そう。うーん、半年……そのくらいかな? 先に入っていた人が居てね、それをレパートリーの一つに加えさせてもらったんだ」
「それが、あの、竜の歌?」
「そう。君はヴァルフィルトの人なのかい?」
「あっ、えぇ、そうなの。その、すごい……噂になっていたから。でも噂ばかりで私は聴きに行くことができなくて」
「そうだったんだ! それがこんなところで出会えるなんて、神様は悪戯好きだな」
「ふふ……そうね」
ファリドは嘘をついている。リーナルは知っていて、笑って濁した。
あの頃、『血まみれの三日月』を歌う吟遊詩人に関してもまた、一つの噂となっていたのだ。異国の風貌をした、金髪の青年。
人目を引く容姿で、恐ろしげな物語を歌う。
物語自体は、確かに他の詩人から教えられたものかもしれない。しかし、あの頃、城下にはファリド以外の吟遊詩人はいなかった。
大陸の中でも辺境と笑われる地へ訪れる、酔狂な旅人は少ない。それゆえに、そこで暮らす人々の記憶に強く残る。
彼は何故、嘘をつくのか――……
その褐色の瞳の奥に、リーナルは真実を覗こうとした。
*
*
見張り番以外の、集落内のかがり火が消されてゆく時間。
馬を繋ぎとめている小屋の裏側に、男女の影があった。
「おかえり、それともイラッシャイ?」
「ふ。どーも、ハジメマシテ」
「そっちで行くのね。オーケー」
「チビ姫は、どうした?」
「王国騎士団サマの登場にショックを受けて、早々に寝たみたい」
「なんだそりゃ」
「大層な軍勢がやってくると思ってたみたいよー? アンタが焚きつけるから」
「ははは、姫ってのはドコの国でも可愛いもんだな」
「シャレにならない言い方、止めてくれる? 生々しいのよ。もしかしてアンタ、その調子でヴァルフィルトの」
「そっちこそ止めろ、人聞きの悪い。子供は趣味じゃねぇよ」
「よく言うわー ま、ヴァルフィルトのお姫様が綺麗なら、アタシはそれでいいわ」
「ふぅん? 珍しく気に入ったのか」
「そうね。チビ姫様の次くらい。アタシ綺麗なお姫様は好きなの」
「……睨むな。言っておくが今までのは全部不可抗力だからな。むこうから―― は、今はいいか。で、そっちの首尾は?」
「上々じゃないカシラ。今頃、ファリドが良い感じにボロを出してると思う」
「どうも、お前に絡むと男は駄目になるな……あの若造も気の毒だなぁ」
「自分を含めての評価だったら花マル上げるわ」
「要らねぇよ」
小気味のいい掛け合いに、男は終始機嫌が良かった。
女もまた、男に腕を絡ませからかうように顔を近づけた。




