Act 1 Scene 2
…きぃぃん…
「つァ……ッ!!」
彼の眠りを覚ましたのは、唐突に現れた頭の中を掻き回される激しい頭痛だった。
…きぃぃぃん…
「うぁ…ぁ……ァ……ッ!!」
音を引き連れた頭痛は、収まることなく脳髄を掻き回した。正確には『頭痛を引き連れた音』で、彼には音を認識する前に頭痛を感じていたのである。
…きぃぃぃぃん…
「うあぁ…ぁぁ…ァ…ッ!!」
音は、止むことも弱まることもせずに意識を掻き乱した。ぐちゃぐちゃに融かされそうになる意識を必死に掻き集めるが、それは無駄な行為で、意識は霧散していく一方だった。
…キィィィィィィィィン…
「アぁぁ…あ…ァ…ゥ…ッ!」
そして、一際強い頭痛は彼の意識を完全に融かした。どろどろに融解していく意識の果てに、彼は不思議な光景を観た。
そこには暗闇の中、月の光に照らされて辛うじて形を認識できる建造物があった。それを囲むのは、まるでこことその向こうの世界とを遮断するようにそびえ立つ山…。そしてその山の一つの頂上にいる誰か…。その風貌は異様としか言いようが無かった。
深く被ったフード、そして風に靡くマントの間にちらつく得体の知れない物質により形成された長い棒。その誰かは、山の中央にある平けた丘を見ていた。そこには教会があるハズだが、その誰かはソレを認識できずにいた。ただ何かを待つように、その場を動こうとはしなかった。
と、その時、待ち望んだ何かが訪れた。それは、昆虫の様なフォルムをしているが、全体に機械的な部分が目立ち、その後部には長い白髪のような細い糸が数本伸びていた。
「お疲れさま、アポルオン」
そう呼びかけ、アポルオンと呼ばれたモノを、差し出した右手の掌に乗せた。すると一瞬にして光の粒子になり、掌に吸い込まれるように消えてしまった。掌には夜の闇の中に、輝く紋章が浮かび上がり、その淡い光に照らされフードの中が露わになった。それに答えるように、強風がフードを取り払った。
そこに有るのは、風に靡く艶やかな金色の長髪。丘を見据える瞳は蒼。そしてバランスの取れた綺麗な顔立ちから、それが女性であることが解った。
「“不可視”(ステルス)、“不可視”、“不可視”、“不可視”…。ハァ…、単純な術だけどここまで自然的要因が重なると本当にややこしいわね……」
最初は何かから読み取ったように、後はそれに対する感想、と言うより愚痴を呟き、
「このままだとお手上げかなぁ…」
と、そのまま拗ねた子供の様に頬を膨らまし、座り込んでしまった。その姿は外見から見て取れる印象とはかなりかけ離れていた。視線の先に有るハズの教会を目指す彼女の目的は謎のままであった。