Act 1 Scene 1
…世界を覆っていた闇が、少しずつ光に侵され始めた。
長い夜の闇は、新しい日を告げる光の前に為す術もなく掻き消されてしまった。
日は昇り、朝日を背に連なる雄大な山々が幻想的な村、クレームス。
国の東部に位置するこの村は、人の出入りが少なく、立ち並ぶ家屋も何処か寂しげな雰囲気が漂っていた。
もっとも、この村はかなりの過疎地域となっていた。
理由として挙げられる事は、中央部の都市に出稼ぎに行く者達の増加である。
この村では金になる仕事が殆ど無く、生活していくにはかなりの無理があった。
家族を連れて仕事を求め中央部に引っ越す者や、ただ単に何もないこの村に嫌気がさして出払った若者も少なくはない。
大抵はそのまま中央部に落ち着き、そこで一生を終える者達が殆どである。
そうしてこの村の人口は年々減少していった。
この時代においては決して珍しい事ではなかった。
現に過疎化の波に耐え切れず、その土地を放棄した集落もある。
しかし、この村の壊滅を防いでいる物があった。
それは、山の梺に建てられた教会である。
この教会はとても古く、外壁には所々に亀裂が生じていた。
それ以外の壁には無造作に成長した植物が、教会を飲み込むかの様に生い茂っていた。
これらの植物は花を咲かせる種類では無く、ただ身近にある物に絡み付き、養分を搾取するものであった。
この教会は孤児院として機能しており、神父が身寄りの無い子供を引き取って暮らしていた。
暮らしぶりは決して裕福とは言えず、基本的には"自分の事は自分でする"といった生活がとられていた。
それでも雨を凌げる屋根が有り、決まった時間に食事が取れると言う事でここに来た子供達は皆満足していた。
この孤児院にいる子供の数は七人いて、年齢の幅は広く、二歳に満たない子供から、十二歳ぐらいまでの幅があった。
もっとも、生まれて直ぐに捨てられた子供もいる為、性格な年齢が解らないのが殆どである。
昼過ぎになり、子供達が外に出て遊んでいた。
静かな山岳地帯に谺するのは子供達の元気な声だけだった。
この光景を見てこの子供達が皆、親から捨てられたなどとは思いもしないであろう。
それぞれが辛い過去をその小さな肩に背負いながらも元気に振る舞う子供達を遠くから眺めている人がいた。
その人は教会の部屋のベットにいた。
この施設にいる事から、孤児として引き取られた事となるが、それは周りの子供達と比べ、外見からして年上であると解る。
彼は窓の外で遊んでいる子供達を見ていた。
しかし、彼の目には何も映ってはいなかった。
彼の目は光を失っているのだった。
ただ声のする方向へ身体を向けた結果、あたかも外を見ている様に見えるだけであった。
孤児院でカイトと名付けられたこの少年は、ここに来た時点で既に視力を失っており、おまけに記憶さえ無かった。
それでも寝床と食事を与えてくれた事には感謝しつつ、何もできない無駄な時間を満喫していた。この個室にずっといる彼にとってする事は無く、眠るか様々な音に耳を傾けるぐらいであった。
(……もう少しぐらい…眠るか…)
常に暗闇の中にいる彼にとって夜という時間が解らない為、眠くなったら眠ると言う生活を送っていた。
昼夜に眠りに就いた彼が再び目を覚ましたのは、十時間後の深夜であった。