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ハイドアンドシーク

作者: 月城 柚

もういいかい?

まるで返事はない。

もういいかい?

やはり返事はない。

僕は訝しげに振り返り、辺りを見渡す。

人の気配のない裏山。

茜色に染まり、黄昏の空間に、ただ一人、佇む僕。

もういいかい?

誰も返事なんかしない。

ここには、誰もいない。薄らと気付きながらも、僕は叫ぶ。

もういいかい?

もういいかい?

もういいかい?

友達は、誰も答えない。









非道く空虚で、創り物の様な放課後の教室に、一人きりの僕。

あの時の様な黄昏色に包まれ、僕は窓からグラウンドを見下ろす。

野球部が、サッカー部が、陸上部が、今日も一生懸命に部活動に精を出している。

くだらない。

くだらない。

全くもって、非常にくだらない毎日だ。

同じ事の繰り返し。刺激のないループ。

家に帰っても親は

「勉強しなさい」

という。

「名門の私立高校に入れ」

という。最後は決まって

「木村さんの息子さんは……」

「田上さんの息子さんは……」

と続け、無意味でナンセンスな説教を愚かにも繰り返す。

目を閉じ、運動部の音だけを聞く。

汗を流して本人は爽やかなつもりかも知れないが、僕にはそれはノイズにしか聞こえない。

くだらないんだよ、何もかも。

不意に僕は屋上に行きたくなり、思うがままに足を動かした。

屋上に行って、あんなくだらない奴らを見下すのはさぞ爽快だろう。

そう思うと、勝手に口元が歪んだ――。









鍵が壊れている屋上は、一応、立ち入り禁止区域である。

誰もその事実を知る者はなく、利用者は僕だけだと思っていた。

違った。先客がいた。

「……君は誰?」

ゆっくりとした足取りで、金網の向こう側にいる少女に近付く。

何故、フェンスの向こうに?

屋上には危険防止の為、二メートル強の金網が張ってある。

しかしそのてっぺんには有刺鉄線すら這っていない。完璧な様で穴だらけな学校だ。

「そこで何してるの?」

少女の元に寄り、金網越しに、先程よりもハッキリとした口調で語り掛ける。

そうしたのは、彼女が二年生のリボンを巻いていたからだ。つまり、僕の後輩に当たる。

「……死の、イメージ……を、思い描いてる」

ボソリと、少女が呟く。

死のイメージ?何だそれは?

「……自殺したいの?」

「そんな事、考えた事もない……」

自殺はしたくないが、死のイメージを思い描いてる。

なるほど。ようするに、自殺に憧れているだけか。

「……先輩は、ここに何しに?」

「あれを見下しに」

僕が顎でグラウンドを示すと、少女は視線を下に移した。

顔が見えないので、表情が分からない。

ただでさえ声に抑揚がないから、何を考えているのかさっぱりだ。

……いや、何を考えているのかなんて、分かりきってる。

「くだらないよね、あれ」

金網越しに呟く。僕の嫌いな世界が一望できるここには、僕と少女の二人だけ。

「ああやって、自分は頑張っているんだと錯覚したいだけなんだ。ただの思い込み、自己満足だよ」

だから、僕はあれが嫌いだ。虫酸が走る。

少女も同じ考えなのだろうと視線を戻すと、少女はいなかった。

屋上を見渡す。どこにもいない。

「まさか……ッ」

自殺。

そのフレーズが頭をよぎる。

が、それは杞憂に終わった。

僕のすぐ横からタタンと、リズミカルな音が響き、振り返るとすぐ真正面に少女がいた。

何の事はない。フェンスを乗り越えてきただけだ。

「……脅かすなよ」

「……先輩が勝手に驚いただけ」

何の感情も籠もらない視線を僕に向け、少女が囁く。

次に視線が、グラウンドに向く。

やはり澄み切ったその瞳は、恐ろしく冷たく、まるで鋭利な刃のよう。

「……私は、先輩の考えには同意しかねます」

「えっ?」

「あれは、価値ある人達です。決してくだらない人間ではありません」

……何だよ。せっかく僕と同じ考えの奴に逢えたと思ったのに。興醒めだ。帰ろう。

少女に背を向け、僕が歩きだそうとした時、声が聞こえた。

歌声の様に、美しい声。

「くだらない、というのは価値がない物を指します。私や、先輩の様に」

ムカつく。くだらない。何だそれ。価値がない。僕が。君はともかく、僕に価値がない。気に入らない。

「私の名前は、音城(おとぎ) (かなで)です。いずれまたお逢いしましょう、倉田先輩」

知るかバカ。お前となんか二度と逢いたくないよ。勝手に死ね。

僕は、蝶番の軋む鉄扉を引き、屋上を後にした。

階段を降りていき、教室に置いた鞄を回収し、何かがひっかかった。

『いずれまたお逢いしましょう、倉田先輩』

倉田先輩。

僕は急いで屋上に舞い戻った。

どうして僕の名前を知っている。その一心で。

だが屋上には誰もおらず、僕と音城がいた痕跡すら残っていない。

「何で……」

彼女は僕を――倉田(くらた) 秋法(あきのり)を知っていた?

何なんだよ……マジで。









みんなはいない。どれだけ探してもいない。観たいアニメが始まっても、僕は探し続けた。

すでに夕刻。山の中に街灯なんてある訳もなく、一面暗闇と化していた。

遊び心、出来心のつもりだったのだろうが、僕は一心不乱に探し続けた。

何故か、みんなと逢えない気がして。

木の枝が引っかかって腕や脚に傷が入るが、構わない。

何度も転び、服が汚れても構わない。ただ探す。

怖い。怖い。怖い。

でも探さなきゃ。

いないのは分かっている。だけど、僕はクタクタになるまで山を歩き続けた。

親が警察を引き連れて僕を発見したのは、夜の一〇時頃だった。









「また逢ったね」

翌日の放課後。僕は屋上に来ていた。

音城は相変わらずフェンスの向こうにいる。

「どうして僕を知っている」

「どうしてでしょうね」

「茶化すな」

「そうですね」

真面目に答える気がないのか、のらりくらりと掴み所のない返事しか返ってこない。

「今日も『死のイメージ』か?」

埒があかない。仕方なく、僕は話を変える事にする。

音城の視線はグラウンドに向いている。

僕なんか眼中にない、と暗に言われてる様で気に入らない。

「……今日は違います」

一度俯き、音城が振り向く。ベリーショートの黒髪が風になびく。

「倉田先輩。貴方を待っていました」

「僕を……?」

真っ直ぐに僕を見据える音城の視線に耐えきれず、僕は不自然に目を背け、グラウンドを見下した。

彼女の、澄んだ双眸が何故か怖かった。カラスと視線が絡んだ時に、印象は似ている。

様々な想いが僕の中で混ざり合い、絡み合い、はらみ合う。

それが何なのか。僕にも分からないのだが。

「飛びたい。そう思った事はないですか」

少女の不意の言葉に、僕は目を丸くした。

飛びたい?何を言っているんだコイツは?

「ないね」

「……そうですか」

なにやら残念そうに瞳を曇らせ、肩をうなだれる音城。

と――少女が信じられない事をした。自らの身体を傾けたのだ。

縁の外、何もない空間へと。

フワリと、音城の身体が宙に踊り出――

「音城!」

ガシャンと、僕はフェンスに食いつく様に金網を揺らした。

が、音城は身体を下ろし、ステンと縁に尻餅をついた。

落ちなかった。死ななかった。何故だか、無性にホッとした。

「何やってんだよ、お前」

「どうしてそこまで取り乱すのですか?昨日逢ったばかりの私相手に」

分からない。そんなの、自分でも分からない。

自分の目の前で死なれるのが嫌だ。寝覚めの悪い。

そう思ったが、声に出せない。

「……嫌だった」

ようやく声が出た。どのくらい時間が経ったのか分からない。

そう、嫌だった。

「また……僕の前から、だ、誰かが……き、消え……消える、のが、嫌だった……」

だが口から出た言葉は、僕の思惑から大いに外れていた。

視界が滲む。畜生。僕は泣いているのか。何故。情けない。カッコ悪い。

あぁ、でも……涙が止まらないんだ……。

「先輩の過去に何があったのかは分かりません。ですが――」

音城が、フェンス越しに、僕の手に手を添えてきた。

冷たく、しかし心地よい指先。

「私は消えません。絶対に、何があっても」









小さなイタズラから生み出された、大きな傷跡。

誰も信じられなくなった、幼い少年がいた。

泣いて、泣いて、泣き叫んで。

何もかも失った少年は、ただ一人きりだった。

ずっと、一人で過ごしてきた。ただそれだけの話。

だけど、少年に手を差し伸べる者がいた。

少女は、少年を救った。ただそれだけの話。










「ずっと、貴方を見てました。好きです。付き合って下さい」

微笑んで、少女は囁いた。

それは、とびきりの笑顔で。

少年が見た、少女の初めての笑顔で。

でも、泣いていて言葉が出せなくて。

返事を返したのは、それから一時間後の事だった。

あ〜……ちょっと思いつきで書いてみました。よく分からない話です。ぶっちゃけ自分でも分かりません。(ぇ

ジャンルは『恋愛』にしていますが、正直『恋愛』とは言い難いですねコレ。『その他』に入れるべきだったかな?

こんな変な作品ですが、もしよろしければ、動物園の猿に餌をやるつもりで感想を下さい。肯定の感想は大歓迎です。否定の感想も大歓迎です。

感想、お待ちしております。m(_ _)m


四月二一日・月城 柚

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも作品を読んでいただき、ありがとうございます。 本来ならば、世界の狭間(タイトルが魅力的で惹かれますね)を見たいのですが、少しずつあちらは読ませていただきますね。 では評価をします。 …
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