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&ロイド

作者: どM

「こんな時間まで何をしてたの!?」


-申し訳ありません。


「ったく、グズっぽいわね!」


-申し訳ありません。


「ロボットの癖に!」


-申し訳ありません。


「          」


-           。














僕の目の前で、顔の表皮と人工筋肉が引きちぎられたロボットが、その動きを止めようとしていた。

僕を、瓦礫から救ったせいで。


この街に、カクというものが落ちてきて50年が立つ。たしか遠い街のいくつか、そして他の国にも。

最初の10年は、はじめに騒いですぐに国が何とかしてくれるとすぐに落ち着いた。

次の20年で、みんな絶望した。

その次の10年で、みんな狂った。

そしてこの10年で、みんな、…。


表の街は随分復興して、いろんな人やアンドロイドが行き来してる。でも民家が多い地域はまだ復興が

進んでいない。治安も。


崩れる瓦礫から僕を救ってくれたのは、近所に住んでいたお姉さんのユリエさんだった。

二年ほど前に、友人の遺品を渡しにこの街までやってきたそうだ。…その友達の家族はもう全員死んで

たそうだけど。


猫にえさをあげたり、そのせいで近所のおばさんにフンのことで叱られたり。

小さな子をあやして、逆に泣かれて、子供のお母さんに苦笑いされてたり。

煮物を作りすぎて、差し入れてくれたり。


「あぶない!!」


トレードマークの、プラスチックで出来た花柄バレッタは、瓦礫の下で砕け散っていた。


「ゆうくん…おねがい、バレッタ…」


裂けた人工皮膚の隙間から、静音モーターの回転音が微かに響く。眼球運動で、ユリエさんがバレッタを

探していた。


「わかった、バレッタね」


今まで一度として見たことのない「呼吸行動」をしないユリエさんに、僕は戦々恐々としながら、瓦礫の

下から砕けたバレッタを拾い上げ、半開きのままだったユリエさんの掌に収めた。


きゅうん。という鼓膜を微かに揺らす音を立てて、ユリエさんの指がバレッタを握る。


「これはね、私の所有主。ユキエさんのバレッタなの」


「ユキエさんは猫が好きで…風邪を引いたときは、わざわざ私にエサを与える命令を下すほどの猫好き

 だったわ」


「あと、保母さんになりたくて、ずっとがんばっていたんだけど…なんでか子供に怖がられちゃう人で、

 それに、料理は作りすぎていつも冷凍庫がパンパンだった」


ユリエさんがふふっと笑った。まだ人工皮膚に覆われている顔の半分が、優しく微笑みを作った。


「周りの「同期」ロボットにも、私はユキエさんに買われてうらやましいというデータをもらったことが

 あるくらい。やさしいひとだった」


「ちょっと不良に絡まれて、家に帰るとね、ユキエさんは頭にツノが生えているのが見えるくらい、すごく

 怒る人だった…」






「こんな時間まで何をしてたの!?」


-申し訳ありません。


「ったく、グズっぽいわね!」


-申し訳ありません。


「ロボットの癖に!」


-申し訳ありません。


「心配したじゃない!」


-心配かけて、ごめんなさい。


「もう、次から気をつけなさい。…なにか、変なこととかされてない?」


-不良と呼ばれる方々に道を塞がれただけです。他には何もされていません。


「そう…でも、次にそうなったら連絡いれなさい?すぐに飛んでいくからね?


-……はい。


「…その間は何よ」


-不良と呼ばれる方々は、暴力を振るうことがあると言われています。それに関して、ご主人様をお呼びして

 支障がないか計算をしておりました。リスクよりも、ご主人様の命令のほうが重要度が高かったため、了解

 の返答を致しました。


「もう…しょうがない子ねぇ」






「ユキエさんは、5年前に暴漢に襲われ、亡くなりました。私に逃げてと叫んで、そのまま殴られて、性的暴行も

 受けて、そのまま死にました」


「ゆうくん、わたし。ユキエさんのマネをしてただけなの。ユキエさんのまねをして、ユキエさんがそこで…

 生きてるように振る舞いたかっただけなの」


「だってわたし、ユキエさんが大好きだった」


「ユキエさんのところに、いけるかな、ゆうくん」


その問いかけに、僕は頷くことも、首を振ることも出来なかった。ユリエさんが、アンドロイドだなんてずっと

気づかなかった。そして、ユリエさんが「ユキエさんが居る場所に」行きたがるという思考をすることも、判ら

なかった。


アンドロイドは、出来る限り自分を修復したがる(生き返らせたがる)ものだから。



「これね、ユキエさんのなの。それに、お部屋にあったもの、ほとんどユキエさんのものなんだ。いくつかは、

 後から私がユキエさんごのみのものを集め続けたの。…アレ全部、ゆうくんにあげるね」


「だって、あっちには持って行けないもの。…あ、視点エラーが出始めた…もう、ゆうくんの顔が認識できないや」


人間には出来ない、狂ったような早さでユリエさんの眼球が動く。


「きっと、ユキエさんも、ゆうくんにあげるなら許してくれる…たぶん最初は怒るけど…だからゆうくん、いつか

 あっちで会えたら、そのときはまた、仲良くしてね…きっとユキエさんも、ゆうくんのこと好きにな」



ばぢん。と派手な音を立てて、ユリエさんは「死んだ」。



僕は家に帰って、ユリエさんのことを「ダディ」に話した。ダディはそのチラチラと輝く光源をゆらめかせながら、

こうつぶやいた。


「有史以来、いえ、それ以前から、公式に人が「天国」などの死後の世界に行けたという記録は残っておりません」


「……そう」



「ですが」





「同じ機械として、「彼女」は「ユキエ」に会えたらいいと、思考結果がでています」


光源を「混乱」の輝きで一杯にした「ダディ」に、僕は笑いがこみ上げてきた。


「そうだね、会えたらいいね」







ダディ:円柱状の、昔のポストに似た浮遊式家事ロボット。男性ジェンダー。

    表面のモニターに、顔文字や文字、感情表現カラーを表示することが出来る。

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