Obligation! 皇子は常に邁進する。
周りに危うく外出禁止令を出されそうになりながら、俺は今、図書館に来ている。
そりゃあ、ここに来て数日間で二回も倒れたってんだから、外出禁止にされそうにもなるよな。
ただ、前回の本の続きがどうしてもどうしても気になってな。
他にもいくつか気になって。
「これか。」
それは建築の本。
これに気になった単語があったんだ。
"水車"ってヤツな。
もし、これの大型のモノを作れば、水を効率よくリッヒニドスに送れる。
うまくすれば"公衆浴場"を造る目標に一歩近づける。
それどころか、天領の田畑にも水を供給し易くなる。
運河のあるリッヒニドスにうってつけだ。
国内にはいくつか水車があるんだが、詳しい構造は知らなかったし、こういのを製作する専門職の人間なんて一握りだ。
ならば!
「オレが図面と構造だけでも覚えないとな。」
安価になって費用が削減出来るに越した事はない。
本の中にある、大きな円のような図をじっくりと見る。
「意外と原理は単純なんだな。」
一度、人力で動かせばあとは水の力だけで動き続ける。
ある意味、永久駆動。
「ん?増水時はどうするんだ?」
洪水一歩手前の増水時に止められないんじゃ、大混乱というか被害が拡大するだけだ。
「その場合は、水車の軸を上げて川面に接しないようにすればいいのよ。」
「なるほど。そうすれば回転しないもんな。ありがとう、オリガさん。」
何で今日はこの人とこんなによく会うのかね。
ここは公共の施設てあるから、誰が居ても変じゃないね。
というか、何でちょっと訝しげにオレを見るんだ、この人は。
大体、オレが何を読んでたっていいじゃないか。
「あ、その目はアレか?オレが文官なんて有り得ないっていう視線ですか?」
オレの印象って・・・。
「い、いえ。」
慌てて否定するオリガさんだが、そう思ってるんですね?
「オレは少し特殊というか、オレの国から来たのはオレの従者を入れて三人しかいないから。」
ミリィは基礎教育の段階。
オリエは好きにさせているから、何の勉強をしているか知らない。
「優れたモノで使えそうなモノは、何でも覚えて持って帰らないとな。」
そういえば、ラスロー王子の剣術も速さ主体だから、オレの剣術の参考になるな。
特に突きは。
「まぁ、君が思った通り、優秀な方じゃないから必死に勉強しているってワケ。」
だから君の王子の誘いを断ったのさと続けようと思ったが、少し不誠実過ぎるのでヤメた。
誠実に対応してくれたんだから、オレも誠実に対応すべきだ。
「それで水車を?」
「ん?これもそうだね。その一つ。この技術があれば、国民の負担が減る。豊かになる。」
彼女の薄茶の瞳が本当に意外そうにオレを見つめる。
悪かったな。
オレだって真面目になる時はあるんだよ。
オリガさんの真面目さには敵わないかも知れないけどさ。
「為政者みたいな言い方をするのね。」
ギクリ。
近い。
近いよ、オリガさん。
少し掠った。
なんて惜しいんだ、恐るべし女の勘という事なのか?
「ほ、報告書を書かないといけないし、何よりオレの出身地は国の端っこて田舎なんだ。」
嘘はついていない。
リッヒニドスは国の南西端の田舎だ。
「・・・そう。」
どうやら、彼女の中で一定以上の整理がついて納得出来たらしい。
「それなら、水車を用いた粉引きも勉強するといいわ。じゃ、私はこれで。」
何?!
更なる技術があるのか?!
オレは去っていく彼女に目もくれず、本の項をめくっての学習を再開する。
この知識が、何時・何処で役に立つかわからない。
危機的状況に回避できる知識があるとないとじゃってコト。
だからオレは学べそうなコトは何でも学ぶ方だ。
「えぇいっ、何でここの本は貸し出し禁止なんだ!部屋に持って帰れませんかねってんだ、先生!」
平面の本に描かれた立体的な図面という理不尽さにイライラして、思わず声を荒げてしまった。
「流石にそれは・・その本は国の持ち物なので・・・。」
本棚の影から現れた先程の講義の講師に八つ当たり。」
「ですよね、ですよね。言ってみたかっただけです。」
「似たような本で宜しければ、私個人の物がありますから、お貸ししましょうか?」「本当ですか?!」
椅子から立ち上がり、猛然と彼女に詰め寄る。
「え、えぇ。私物ですから、お部屋に持ち帰られても構いませんし、施設を出る時にお返し頂ければ宜しいですから。」
そもそも文学作品以外の実用的な本の貸し出しが一切禁止とかいうのが間違ってんだよ。
太っ腹な理念の施設が、せせこましいったらありゃしない。
「何時頃借りられますか?」
その為なら何でもしちゃうぜ、今のオレは。
「私の部屋にありますから、来てだされば何時でも。」「行きます!すぐに行き・・・。」
先生の部屋にだって・・・え?
・・・一番の責任者、偉い人の部屋に?
「そうですか。では、今からでもどうぞ。」
「・・・あ・・・はい。」