Eager! 皇子は意外に気に入られる。【中】
「か・・・・・・。」
か。
"か"なんだよ、なんです。
「か、可愛いーっ!」
オレは思わず目の前にいた美少女を抱き上げた。
相変わらず軽いまんまだけれど。
純白に黒の編み上げで縁取られた絹の服を着たお姫様。
そんな姿のオリエにオレは完全に心臓を打ち抜かれた。
なんなら、ずっきゅーんっとかどきゅーんっという音をつけてもいい。
肌は白く頬はこけていたが、風呂上りのせいかほんおりと赤味がかっている。
薄汚れていて黒っぽかった髪の色もわかった。
灰色に近い銀の髪だ。
栄養が足りなかったせいか、髪の房の間に白髪が目立つ。
髪型も適当に刃物で切られたのか、段違いでぼさぼさだったけれども。
「うん、可愛いぞ、オリエ。」
これから、何回も言ってやるからな。
「これから美味しいもん沢山食べて、ミリィに髪を切り揃えてもらってもっと可愛くなろうなー。」
オレ、絶対に親バカになるな。
・・・訂正、"バカ親"だな、うん。
既に初期の自覚症状アリだ。
髪と同じ色の銀色に近い灰色の瞳がオレを見つめる。
何か、オレの偽善っぷりを責められてる感じで苦しい。
弁解のしようがないけれどな、例え直接責められたとしても。
「とりあえず、オレはちょっと荷物整理があるから、三人で先に食べてて。」
そう促して女性陣を部屋から出した後、オレは寝台にうつ伏せで倒れた。
倒れて・・・。
そして、久々に泣いた。
ディーンの事を思い出して、トウマを思い出して。
そして、シルビアとオリエの事を思い出して。
ただただ涙が溢れた。
そうやってしばらくじっとしていたら、お腹が鳴る。
「こんな時でも結局、腹は減るんだよね・・・。」
まぁ、明日からは好きな食事も摂れないだろうからな。
明日から、オレはとある施設に入る。
砂漠地帯のこの地を通るのは、商人と旅人だけ。
政治の空白地になりかねない国境線という、到底有り得ない状況。
この状況を回避する為に、多数の国家間共同で施設を作るに至ったのだ。
多数の国家間といったが、ほとんどが神器を継承し続けている通称"英雄国家"だ。
勿論、ヴァンハイトも例外じゃない。
そこに兄上に頼まれて入ると、そういうワケだ。
流石に他国との関係を考慮して、大っぴらに拒否出来なかったらしい。
嫌だな、こういう大人の事情みたいなの。
ちなみに主導国家は永世中立とかいうアホな思想を掲げ、祈りを習慣づけているような国家なのでイマイチ信用したくないんだがな。
兄上には、兄上なりの思惑があるのはアリアリだ。
とりあえず、建前上は地位的差別(平民と貴族)とか教育の適切さを見て来いという事らしいが。
まー、楽しそうに『潜入捜査だ。』と微笑まれては致し方ない。
あんまり、邪険に出来ないのが弟の立場というモノだ。
そうしておけ。
オレはもう深く考えたくない。
平民出身でも貴族の推薦があれば入れる施設だから、今回は設定上はオレも平民出身というコトで。
今回のは受けた理由も様々ある。
面白そうだというのは、ちょっぴりあるのも否めないが。
教育が受けられるのが良い。
ミリィにさ、ちゃんとした教育を受けさせてやりたかったんだ。
他は皆、きちんと一定以上の教育を受けていたから余計に。
何でも一人の推薦者につき、二人の従者までは許可されているらしく、従者も教育を受けられるらしい。
「で、貴族のボンボンの面倒を見ると。」
オレの頭の中では偉そうな貴族のお坊ちゃんと、それを取り巻く腰巾着な二人の従者の図。
「あー、ヤダヤダ。」
それでも、ここに来る事を決心した最大の理由。
"国境" "砂漠" "がく"
教育を受ける場所、"学舎"とか"学者"とか"学園"とかだったら?
でなけりゃ、オレはこんな面倒なコトになるとわかっている兄上の頼みなんか受けない。
絶対に。
二人目の従者にレイアやミランダを選ばなかったのは、優秀過ぎるのと年齢の問題だったのは、ナイショの話だ。
「今頃、すげぇ怒ってんだろうなぁ・・・。」
残してきたミランダとレイアの怒ったような困った顔が浮かぶ。
済まない事をした。
あぁ、ダークエルフは施設に入る対象外な。
さっさと情報を集めて帰ろう。
シルビアがここにいると限らないだろうし。
そうしたら、皆にオリエを紹介して、また一からシルビアを探し出そう。
「あ、オリエにも教育受けさせられるかな?」
従者が二人までという規則だったから、彼女をそのまま連れて来たんだが・・・。
問題は彼女の現段階の教育状況だ。
あとでオリエに聞いてみよう。
読み書きと初歩の計算が出来れば、何とかなるだろうし・・・。
「て、あれ?オレは何を勉強しに行けばいいんだ?」
文学・天文・政治・経済・法律令・算学・・・あれ?
ほとんど、城でやったんじゃね?
歴史もディーンの剣を手に入れてから、勉強しまくったし・・・弱いのは・・・。
「地理とそれ以外の専門学だけじゃん。」
しかも、専門学って、農学、建築学、考古学くらい・・・。
深く考えるのは、向こうの講義科目を見てからにすればいいか。
「はい?」
ふいに扉が叩かれる音。
「トウマ様?遅いから食べ終わっちゃいましたよ?取り分けて貰いましたから、持ってきました。」
ミリィの声だ。
「あ、ごめん。入っていいよ。」
扉を開けて入ってきたミリィとオリエのお揃いの夜着姿に、オレは再び奇声をあげて二人が可愛いを連発するのだった。