乎古止点と本番と皇子の裁き。【後】
はい、これでⅡ章完結です。
長々とお付き合いくださってありがとうございました。
相手がスクラトニーの様なヤツで良かったと思う。
じゃなきゃ、オレのこんな穴だらけの推論や予測だけで、こうまであっさりと進むワケないよな。
カーライルの下準備が良かったのもある。
彼自身が直接手を下さなかったのは、彼の立場の問題であり正解だ。
下位の者が上位の者にするそれは、ただの反乱。
それに対して、上位の者が下位の者にするそれは、命令や権限の行使でしかない。
この二つには、明確過ぎる程の差異がある。
兎角、それが皇政なら尚更だ。
「全く、オレは狼の群れの中に迷い込んだ羊だな、こりゃ。」
それでも自分で判断して動いたんだから、今迄にない事だ。
この規模なんだから、そりゃそうか。
「よろしいですか?」
屋上への入口。
入った瞬間に黒コゲにならないのを祈る。
「ザッシュは左、ラミアは右な。」
オレは一番危険な正面を行く。
それくらいしてもいいだろう?
「行くぞ!」
オレを先頭に屋上へと繰り出す。
「消し炭になってしまえ!」
意外とスクラトニーは冷静だった。
これだけ追い込まれて、逃げ場がなくても持っている武器が有利だと思ったからだろうか。
炎の柱が真っ直ぐオレに迫ってくるのを、慌ててラミア姫が走って行った右側に転がって避ける。
「アルム!」
初めてオレの名を呼んだラミア姫が伸ばす手を掴み、すぐさま体勢を直して立ち上がって走り出すのを再開する。
「今だ?!」
誰もがそう思った。
これで凌ぎきった。
そう思っていた。
「二本目だと?!」
スクラトニーの余裕。
彼の背から二本目の大筒が。
屋上に逃げたのは、二本目を取りに行く為に・・・。
くそっ!炎術の原理じゃないのか!
「くそったれッ!」
オレは、何故か当然のように行動を選んで抜いていた。
頭の何処かで。
つまり、それはエルフの森での事は"必要だからやらせた予行演習"だったんだろうと。
だから、きっと今度も出来ると。
スクラトニーの大筒のぽっかり開いた穴。
それがオレとラミア姫を見詰めている。
「アルム!」
「若ッ!」
意識の何処か片隅で、アホクマの叫び声が聞こえた。
一発目よりも小さな"ただの火球"がオレに向かってくる。
エルフの森と大差ない。
それが何故か安心に繋がる。
憶測した原理もそう間違ってないのだという事もそれを助長した。
振りかぶる右手。
きっとこの腕の先は、"黒い片刃の長剣"になっているはずだ。
力任せに、この一撃で全部を変えてみせる。
それぐらいの勢いで。
ーーッ!
「アルム様!」
気づくとオレは剣先を床につけたまま、カーライルに抱き留められていた。
どうなったのかは解らないが、オレは生きている・・・それは事実だ。
見ればスクラトニーは腕をザッシュに極められて、組み伏せられていた。
「若ッ!何て無茶を!」
ドスドスと地面を踏みしめてクマ・・・バルドが歩いて来る。
「やらなきゃなんない状態だったろ?それにバルドだって同じような事しただろう?」
バルドだったら、誰かを庇って全身を焼かれながらでも、相手を斬り伏せている事だろう。
師匠がやるなら、弟子もやらないとな。
「それより例のモノは?」
耳鳴りがする頭を押さえ、バルドに聞き返す。
「御座いますよ。"兄上からのお返事"が。」
懐から取り出した紙を奪い取り、カーライルの手を払いのけスクラトニーに歩み寄る。
「リッヒニドス太守、スクラトニー。この州の人事権及び最終決定権は、このアルムに移譲された。これは勅命だ。」
オレはバルドから奪い取った紙切れ、兄上と父上の連名の勅命状を突きつける。
「人事権を行使する。現時点を以て現太守を更迭。太守の座は空位、カーライルを副太守兼太守代理とする!」
返事が恋しい弟の気持ちを理解してくる兄上を持って、本当に良かった。
ま、スクラトニー自身がホロを出さないで隠し通せば、こんな一方的に更迭出来なかったんだけどな。
「カーライル。税率を一定期間変動制にし備蓄食料を配給しろ。天領の開墾・治水作業を公共事業にし、働き手の民に手当てを出せ。」
言える今の地位のうちに言えるだけ言っておくことにしよう。
「また作物の苗を行商人から購入して、民に貸し付けろ。返却猶予期間は二年以上だ。出来るよな?」
出来ないとは言わせない。
出来ないなら、今度はオマエをクビにするだけだ。
今のオレにはソレが出来るという脅迫にも似た圧力。
「仰せのままに。」
カーライルは、跪いて最敬礼をとる。
「スクラトニーの一族の処罰はどう致しましょう?」
彼は、それすらもオレに委ねてきた。
一番難しい問題だな。
ぶっちゃけ、一方的な更迭ではあるから、そこまで重い刑を科せられないんだよな。
だから、さっきもオレが一番危険になるだろう正面を選んだんで・・・最悪、反逆罪とか適用出来るし。
けどなぁ・・・他の領地の太守は貴族の場合が多いから。
皇族と貴族の間の関係がこじれても困る。
そうだなぁ・・・。
「財産は全て没収、州の金庫に入れろ。一族はこのリッヒニドスから追放。張本人のスクラトニーは・・・。」
カーライルが試すような目で見ている気がする。
対応が遅れたのは、国の責任だしなぁ。
刑を重く出来ないのが歯がゆい・・・というか、怒りが込みあげてくる。
カーライルの視線が全てを物語っているよな・・・この国の腐りっぷりを。
「・・・ふむ。スクラトニーは森へと追放とする。」
我ながら名案だぞ、これは。
「森に・・・ですか?」
意図が計りかねるといった様子のカーライル。
「うむ。このリッヒニドスからも同様に追放とする。」
この州から森に追放すると、地理的にこの州を通らずに森から出るのは、非常に大変な労力を要する。
何たって、城は砦として使っていたくらいだ。
いわゆる森は、その砦の天然の要害を形作る一部だ。
「それからは好きにするがいい。逃げるもよし、獣の餌になるもよし。」
ちらりとラミア姫を見る。
「ダークエルフに捕まるも良し、か?」
楽しそうにニヤリと微笑み返しながら、呟く。
そんなラミア姫の様子に得心がいったとばかりに頷くカーライル。
「寛大だろ?あ、きちんと背後関係等は、調べてけよ?ザッシュ。」
「自分っスか?」
「あー、明後日付けで、オレの近衛兵の任を解き、リッヒニドス警備隊長に任命する。現隊長は統括官としてカーライル付きとする。」
「最後まで人使い荒いっスね。でも、明後日?」
「宴会に付き合え。」
そう言うとザッシュは、白い歯を見せて笑った。
「若?」
「どうしたバルド?」
屋上から外を見て、バルドが指をさす。
「あれを・・・。」
土煙の中に旗が翻る。
双剣を掲げた白い獅子の旗。
「どう見ても、兄上の第一近衛師団だな・・・。」
「どう見ても先頭にいらっしゃるのは、シグルド皇子ですなぁ。」
兄上の返事は待ち遠しかったが、兄上自身が待ち遠しかったワケではなかったんだが・・・。
この国平和みたいだなぁ。
大丈夫か?
何だか目眩してきたよ・・・って・・・。
「あら・・・?」
景色がぐんにゃりと歪む。
「ヤバっ・・・。」
しかりと言い終わらないうちに膝からすとんと力が抜ける。
糸の切れた操り人形のように。
真後ろに身体が傾いた。
「アルムッ!!」
ラミア姫の悲鳴のような叫び声の後、オレは視界が真っ暗闇になって、意識が完全に途切れた。
次回、改革をしたリッヒニドスと意識を失くした皇子のその後のお話。
エピローグタイムに突入します。