黎明と和議と年の功。
確かにそれは"片刃"だった。
炎の球に向かって振り下ろした剣。
オレの視界の片隅で、それはあの時に見た片刃の形になっていた。
剣が火球に激突して、二つに切り下ろした感触と炎がオレの腕を包む。
盾で身体は庇ってはみたが、計算通りなら右腕は黒く炭化している事だろう。
仕方ないか・・・。
あとでバルドに切り落としてもらおう。
バルドなら巧く切り落とせる。
これから不便になるな。
「あ、アルム様?!」
ホリンの声。
「気にすんなホリン。片腕くらいホリンの命に比べたら、痛くもかゆくも・・・?」
本当に痛くも痒くもないぞ?!
右腕を慌てて見ると、傷一つない。
何の変化も・・・?
「両刃に戻ってやがる・・・。」
見間違いだったのだろうか?
ディーンの剣は、両刃に戻っていた。
「どうなったんだ?」
首を傾げようとした瞬間、どさりと重い音がして術使いの男が落下してくる。
胸には矢が一本突き立っていて、即死だろう。
即死でなかったとしても、木の上から落ちて背中を打ったんだ、間違いなく重体。
「長く生きとると、ほんに色んなモノを見るのぅ。」
落ちた男を跨ぐようにして、年の頃は40代くらいの女性が現われる。
まぁ、人で言うとだ。
だって、そこにいたのはダークエルフの女性で・・・。
「お婆様!こんな危険な場所にまでのこのこと!」
責めるような口調をしたラミア姫の頭を、オレは思わず拳骨で叩く。
「ッ!何をする!」
「助けてもらった第一声がソレか!まず、ありがとうございました。だ!」
コイツ、どこまで自己中心的なんだ?
「ほぅ。」
お婆様と呼ばれた女性が呟く。
て、お婆様って事は・・・あれだよな、祖母って意味だよな?
何、この若さ。
「それにな年寄りは敬え!生き抜いてきた分、オレ達より確実に敬うに値する。」
世の中ロクでもない大人や年寄りは多いが、敬うべき先駆者達は沢山いる。
それにこの人は、少なくとも危険な場所に来て、オレ達をこうして助けてくれたんだ。
感謝と尊敬に値する。
「本当に色んなモノが見られるものじゃの。」
ラミア姫と同じ、金髪・金眼の熟女が笑う。
緩やかな波形に垂れた金髪、妖艶な笑みに、今までオレの周りにいた女性達以上に抜群の体形。
ラミア姫の祖母と言っても、やっぱりダークエルフ。
外見はどう考えても、オレの母上と同年齢くらいにしか見えない。
正直な話、年齢を聞くのは怖い。
「えぇと、助けて頂きありがとうございました。あと、同じ人間として今回はまことに申し訳ありません。」
オレは素直に頭を下げた。
皇族?皇子?
そんな使えない肩書きなんざ、土の中に埋めてしまえ。
これ以上、人間に悪い印象を与えてどうする。
と、いうか、謝るべき時に頭を下げられん人間の価値なんざ、ロクなもんじゃない。
「良い良い。人間も色々、エルフも色々。」
お?意外と理解がおありで。
ラミア姫、妹のみならず、祖母とも血が繋がってないんじゃないか?
「他の集落の方は?」
「襲われたのは、サァラの集落だけじゃ。今、配下の者が制圧しておる。」
んじゃ、大丈夫みたいだな。
「あの、もし良ければ一人だけ証人用にリッヒニドスの砦の方に送って頂く事は可能ですか?」
先程の自分の間抜けっぷりを大披露だ。
「妾の集落の配下で良ければ、兵も貸そう。」
へ?
何だ?この太っ腹ぶりは・・・。
怪しい。
ついつい勘ぐる。
だって考えてもみろ?
何の権力も人徳もなく(ほぼ)無名の初対面の皇子に無条件で力を貸すなんて・・・。
あ、無条件とは言ってはいないな。
「条件は?」
「ふむ。用心深いの?」
ニヤリと不敵に笑うお婆様。
腹の探りあいをしたところでオレみたいな小僧じゃ、圧倒的経験値が上のこの人に手玉に取られるよな。
「そうだの。配下とはいえ、人間にダークエルフが従うとなると、問題がある。」
言っている事はごもっとも。
「つまり、ラミアを連れて行けと?」
指揮をするのが同種族ならいいんだろ?
特に問題はないな。
「頭がいいのはいいが、話は最後まで聞くもんじゃの。ラミアは確かに孫じゃが、この直情娘に配下の指揮を任せるのはちと、な。」
「お婆様!」
冷静な判断ではありますね、えぇ。
「つまり、そなたが同胞になれば良い。」
「はひ?}
は?
またまた、聞き間違いしたんだよね、オレは今。
「誰が?」
「お主が婿になれば良いのだ。」
「誰と?」
「孫娘なら、誰でも良いぞ?」
「何て適当な!」
思わず声に出してしまったじゃないか!
「ラミアか、サァラか。」
いやいやいやいや!
サァラ姫は幼過ぎ!
・・・十二、三歳くらいだろ?彼女。
エルフのしきたりがどうだが知らないが、オレの国では成人年齢でも婚姻年齢にも達していない。
で、コトは・・・自動的に選択肢は・・・。
思わずラミア姫を見てしまった。
露骨に眼を逸らされたよ。
ま、普通はこんな反応になるよな。
「勿論、そこなホリンでも良いぞ?」
「ほへ?」
二発目の間抜な声と反応。
「あ・・・。」
それまで沈黙を守っていたホリンが、小さな声を上げる。
「知らなんだか?混血とは言え、ホリンも妾の孫娘ぞ?」
知らんよ。聞いてないし。聞く必要ないし。
ラミア姫も驚いた表情をしているってコトは、知らなかったんだろうなぁ。
ホリンは俯いてしまったし・・・うむ。
「まぁ、よぉわからんが、いいや。」
為政者としては間違ってんだろうなぁ。
でも、ほら、オレ、ダメ皇子だし。
「今回だって、ホリンの優しさとサァラちゃんの勇気に感銘を受けて来ただけだし。そもそも予定になかった事だ。」
この行動の解釈の仕方なんて人それぞれだろ?
歴史と同じで、そんなものはいくらだって捻じ曲げられるモノ。
そうだろ、ディーン?
「それに、相手の心を無視してまで、そんな力いらないね。」
故にヴァンハイトの血は呪われている。
直系のオレが滅んでしまえと願う程に。
「んじゃ、ま、失礼してホリン、帰るよ。」
「は、はいっ!」
嬉しそうに反応するホリン。
「アルムとやら?」
「まだ何か?」
「今しがた、報告があった。同胞の何人かが、人間の太守達に唆されたとな。」
一番必要だった情報だ。
さぁ、次で決着をつけよう。
「ありがとうございます。では、後始末はこちらで。」
「うむ。というワケでラミア、数名付ける。行くが良い。」
「はい。」
何だよ、このオレに有無を言わせない強行は。
「何、サァラを迎えに行くついでじゃ。」
年の功か・・・喰えないババァだ。
オレを試したつもりかね?
試したって何も出てこないってのに。
呆れながらも、オレは城に向けて彼女の前から走り去った。
「フンッ、耄碌ジジィもぽっくり逝った割りには、面白い血を残したじゃないか。ディーン様の黒曜の蹟剣使いとはね。」
この終盤で新キャラ登場とかをカマしてみるてすつ。
意外とラミア姫を書くのが面白い・・・何故だ?バカだからか?!