憂患と捜査と声。【後】
息切れ感もありますね・・・いや、本当。
「言ってくだされば、皮くらいお剥きしましたのに~。」
「ん?」
昼食代わりに齧ろうとしていた林檎を見て、シルビアが声をかける。
「あぁ、そうだね。ありがとう、シルビィ。」
彼女の気遣いにお礼を言って、林檎を齧る。
下から。
「うふふ。面白い食べ方ですのね~。」
「オレだけのとっておきの食べ方だ。」
思いっ切り胸を張ってみた。
あぁ、ちなみに下から齧っても、特別に美味く感じるとかないからな。
真似しても意味ないぞ。
「私も次に食べる時は~やってみますわ~。」
にっこりと微笑むシルビアの表情はやっぱり癒される。
何度見ても飽きる事はない。
「シルビィはホント、綺麗だな。」
「恥ずかしいです~。」
それでも、彼女は微笑みを止めない。
「シルビィには、オレの横でずっと笑っていて欲しいな・・・。」
「アルム様・・・。」
ちょっぴり困った顔をするシルビアだったが、すぐに微笑みをまた作る。
オレはその様子に思わず赤面してしまった。
「さ、さて、さっさと探すかな。」
シルビアと一緒に来たのは、以前の夜から何となく気になっていたからだ。
勿論、部屋の探索はするぞ?
大体、20部屋程度かな。
少ないと言っても、部屋の壁という壁に張り付いて探す様は、非常に滑稽である。
というか、間抜け。
地層階はこれに加えて床もだ。
「ん?床に這いつくばる侍女・・・。」
・・・言ってみただけだ。
変な妄想・・・もとい、想像はしていない。
人間ってね、意外と理性強いもんなんだよ?
まぁ、完璧ではないから、人は法を己の枷として作ったんだが・・・。
ちなみに2階以上は床を調べる理由が完全になくなったのは、一階の部屋の天井が皆、同じ高さだったから。
もし高さが違って天井が低い部屋があれば、その上の階の床に収納領域がある可能性がある。
それが無かったから、床を調べる必要性がなかった。
きちんと床の厚みの計算も合っていたしな。
お陰で、シルビアがお尻を振りながら床に・・・いや、ごめん、悪かった。
「アルム様~、昼間からえっちなのはいけませんよ~。」
やっぱり心読んでるよな、うん。
「我慢出来なくなったら~きちんと雰囲気を作って言ってくださいねぇ~。」
いや、それは違うだろう。
などと会話をかわしながら、二人で次々と部屋を漁る。
「これは・・・。」
「寸法ぴったりなので~いただいてしまいましょうか~?」
幾つ目かの部屋に入って見つけたのは、オレの部屋にもあった騎士の鎧像だ。
「寸法合うか?」
どう見てもオレの身体よりデカい。
「いえいえ~、部品がです~。これ、多分、元々違う鎧同士の継ぎ接ぎみたいですから~。」
そう言われてみれば、胴体部が足や腕に比べて一回りは大きい。
最初は、馬上用の鎧かと思ったが。
よく見ると表面も細かい傷が沢山あるのを、塗装して無理矢理に傷を隠蔽したようだった。
「では、失礼して。」
手早く解体。
「右手の篭手が一番いいものみたいです~。」
シルビアが自信満々で差し出して来るのだが、それはどう見ても鎧の部品の中で一番古くてボロく見える。
大丈夫かなぁ・・・。
「大丈夫~です~。」
また読まれたし。
「他に合いそうなのは・・・。」
膝下の足と甲の部分に左手の篭手の部分を装着。
「お、確かに悪くない。」
この城にあるんだから、オレ、使ってもいいよな?
いいよね?
使っちゃうぜ?
残った部品は・・・すまん、あとで何処かに片付けるから。
他にも何か使えるモノはないかなぁと、主旨の違ったウキウキ感で他の部屋も漁ってみたが、そうそうあるワケもなく・・・。
大抵が飾るの専用の美術品であったり、槍やら斧やらで、オレが求めているようなモノは無かった。
短剣とか投擲用の剣とか欲しかったんだけれどなぁ。
「しかし、内装無駄だな。」
上の階から、シルビアと順々に降りて行ったが、何の収穫もない。
ここまでが調子良く行き過ぎたからなぁ、世の中そんなに甘くないよね、そりゃ。
うまく行かない方が多い、多いのはわかっているけれど・・・わかっていたんだけどなぁ。
「アルム様!」
「ん?ミラ?」
あ・・・起こすの忘れてたな。
まじぃ・・・。
「あ、ミラ、その気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのも悪いかなぁ~って・・・。」
ヤバい、どう誤魔化そう。
相手はミランダだぞ?大抵の嘘ならバレる。
自信あるゾ。
昨日の出来事を見れば、一目瞭然くらいに。
「それはそれで・・・じゃなくて!一大事です!」
一大事?
「何か見つかったのか?!」
意外と世の中うまく行っちゃったりしてる?
「違います!表に!表に傷だらけのダークエルフが!!」
血相を変えているミランダを前にして、オレの脳裏に昨日の出来事が浮かぶ。
こりゃ、最悪の展開か?
こういうのは流れっていうもんがあって、一度傾くと元に戻したり逆転するの大変なんだよな。
「ミラ、そのエルフをオレの部屋に。シルビィ、ザッシュとレイアを呼び戻して外の警備に。その後、厨房で病人食を。」
オレは階段を駆け下りながら、二人に指示を出す。
「ミリィ!怪我人だ!薬を持ってきて!!ホリン!今すぐにオレの部屋に!」
力の限り一階に向かって叫ぶ。
遠くで微かに二人の返事が聞こえたのを確認すると、自室へと踵を返す。
頭の中では、考えうる限りで最悪の事態を想定して予測。
対処法に考えを巡らす。
今、一番最悪な展開は人とエルフの間の紛争だ。
これは皇子としても出張らなければならない。
ただ、昨日の事もあるのにエルフがわざわざこの城に来たのが、引っかかる。
政治に関しての事は、州府に行くはずだ。
単に傷の具合から、近い城の方に来たのか・・・それとも・・・。
「オレがここにいるからか?」
いや、昨日、オレは名乗ってはいないハズ。
ん?ホリンがオレの名前を呼んでいたんじゃないか?
「あ・・・。」
オレは、自分の考えに自分の頭を小突いた。
それでも足りなかったので、壁に頭をぶつけてみた。
痛イ・・・。
「そうじゃないだろ、オレ。」
今はもっと大事な事がある。
何を考えていたんだオレは。
この考え方はオレという人間の考え方じゃない。
為政者の考え方だ。
しかも、自分達に利を得る為だけの。
「何でこうなんだ?オレは。」
今、一番大事なコト、それは・・・。
「傷ついたエルフの安否の方が、断然大事じゃないか・・・アホらし。」
オレは一切考えるのをヤメて、エルフがオレの寝台に薬や食事と共に運ばれてくるのを待った。
もし、エルフが話せる状態ならば聞けばいいし、ダメなら誰か人を遣らせればいい。
それからでも遅くない。目の前の命の対処を疎かになんて、愚の骨頂だ。
願わくば、"彼女"の怪我が浅いものでありますように。
オレはとにかく、まずそれを想った。




