このロクでもない世界で。
「予言か・・・。」
元々、オレはそんなのは半信半疑というか、信じない方だ。
以前にホリン達のお婆様にもそれは言った。
だが結果として、予言は完全には外れなかった。
解釈によって、取り方も対応の仕方もまちまちだったけれど。
でも、ヴァンハイトは皇王にはなれたけれど、世界を統べる事は出来なかった。
ただ、確かにヴァンハイトの皇子は今、双つ剣を持っている。
今は皇太子の方の皇子ではなくて、第二皇子の方だが。
祖皇だって、こんな事態、予想だにしなかっただろう。
オレが聞いた予言の"太陽"と"月"だって、この二つの剣の事かも知れないし、"オレ"と"トウマ"の事かも知れない。
今なら、"ディーン"と"ディアナ"の魂の事だったのかも知れないとも思う。
そんなの受け取った側の持っている情報によってだって、変わっていく。
たださ・・・。
「ドイツもコイツもそんな不確定なもんに踊らされやがって・・・。」
それよりも、自分の傍にいてくれる人達、目の前の現実の方を見るべきじゃないのか?
目の前の息巻いている相手を見る。
「オマエもオレも、何も知らなければ、何も持たなければ、もっと楽になれたのにな。」
事実を知っても、見て見ぬフリが出来ていれば、こんな事を背負おうと思わなければ、違ったかも・・・そう思うけれど、それ以上は意味がない。
考えたところで、今更変わるわけでもないから。
結局、"この世界はロクな世界じゃなかった"って事だ。
ロクでもないけれど、オレには大切な世界だ。
「さぁ・・・。」
オレは誰ともなく呟き、そして先程と同じように突進する。
オレが選んだ道は結局、コレで。
アイツの選んだ道は、ソレだった。
オレの動きに痛み堪えて投げられた無数の短剣を見て、更に速度を上げる。
円盾を前面に構え剣で弾き落とす事はしない。
次に振るう左右の一撃ずつが最後だろうから。
甲高い金属音がして弾かれていく短剣、その内何本かが、身体に突き刺さる。
だが、痛みは一瞬で出血もしない。
【黎明の如き慈愛の光剣】
"ディアナの剣はその慈愛で傷すらも黎明の中に消し去る。"
「ヤァッ!」
左足の蹴りを相手の膝めがけて蹴り出す。
一瞬にして姿が掻き消え見失うも、それは"見る"という事においてだけだ。
気配はしっかりと追えている。
その気配の方向に身体を向けると、ヤツは剣を一振り握っていた。
武器を手に取るのが目的だったらしい。
「死ネッ!」
怨嗟の声を上げ、姿を小刻み消しながら距離を詰めて来られると、距離感を見失いそうになる。
だが相手の剣は、今度はただの剣だ。
オレの真正面からの刺突。
・・・と、見えたのは一瞬だけで、その姿のまま姿を消して、左側から突っ込んで来る。
きっと、相手の真正面からブツかるということをした事がないんだろうな。
身体も心も。
突き出された剣の下から盾を滑り込ませ、身体を沈ませる。
そのまま下から相手の腕ごと上へと弾く。
上がった左腕。
ディアナの剣を上段から、さしたる力を籠めず振り下ろす。
オレに突きを繰り出していた剣と一緒に宙を舞う腕。
これで、もう相手は武器を持てない。
詰んだ。
「バァーカ、燃えちゃぇっ!」
チリッという音がした後、剣を振り下ろしたオレの脇の辺りで、熱く光る球体が!
「チィッ!」
その火球は、一瞬でオレの頭部より大きく膨張する。
術使いであるヤツには、これくらいの芸当は造作も無いという事か。
そうだよな・・・空間に干渉出来るんだもんな。
肉薄したこの状況じゃ、回避しても間に合わない。
互いにただでは済まないだろう。
ただ大事な事を忘れている。
【宵闇の如き無慈悲な黒剣】
"ディーンの剣はソレすらも宵闇の彼方に消し去る"
「アァァァァーッ!」
今までに出した事のない咆哮を発しながら、渾身の力を籠めて火球ごと奴の胴を逆袈裟に薙ぎ払った。
盛大に飛び散る鮮血。
そして、その後にどちゃりという音。
オレの足元に赤い池が広がってゆく。
即座に命を絶つ一撃ではなかったが、間違いなく致命傷だ。
そう確信してオレは息を整える。
身体は剣の能力もあってか、大した傷を負っていないから、体力的には何ともない。
だが気力・精神力はかなり消耗している。
・・・神器二本の同時発動とか前代未聞だもんな。
そういう意味で、もうそんなに動きたくないというか、動けない。
ふと、オレの足元でうつ伏せになっている人間を見る。
「結局、オレもオマエも器用には生きられなかったってコトだな。」
我ながら呆れ果てるしかない。
だって、オレは殺し合いをしている相手の名前すら知らないんだから。
知ったら、決心が鈍りそうだったからというのも、お粗末な話だけれど。
「さて・・・。」
オレはずっと気にしないように、視界に入れないように努めていた、"ソコ"を見る。
拳大くらいから成長を始めた穴。
それが今や、人一人が入れるくらいの大きさになっていて、そして"更に成長を続けて"いた。