黒の皇子と黒の姫。 (ダークエルフの女王視点)
もう・・・もう何十年前だったのやら・・・長く生きていると、時間の感覚があやふやで困る。
そのくせ、昔の事はやたらと鮮明に美化されて思い出せる。
全く、年を取るのは考え物だ・・・。
静か集落。
一族の者達は、ほとんどがアルムの騎士団と一緒に行ってしまったか。
「本当に罪作りな一族だよ。ヴァンハイトの黒の皇子は。」
あの時だって・・・。
『やぁ。』
思えば痩せ我慢ばかりしておったな、あやつは。
そういう変な所ばかり似る。
最初に出会った時は、"生まれ変わり"とかいう人間の言葉を信じそうになったわ。
皇王としてのオマエでなく、一緒におった時のオマエとそっくりで・・・。
流石に笑顔と性格まで似とるとは、血とは恐ろしいの。
『困ったもんだね、もうほとんど起きていられないんだ。』
「全く、自業自得じゃ。公務公務、今日はやれこっち、明日はそっちと。オマエは根無し草か。」
横たわる人間という短命種族。
それに比べ、ダークエルフという種族の寿命のなんと無駄に長い事か。
「第一、嫁さんと息子はどうする。」
『あはは、そうだね。それと君も。』
何処までもお人よしな奴じゃった。
『妻はわかってくれている。息子は私を恨むかも知れないが、あれは私よりも賢いからな。一つ・・・君にお願いがある。』
「オマエの願いなんぞ、ロクな事がない。」
『酷いなぁ・・・。』
全く馬鹿者が・・・。
「ほら!さっさと言わんか!」
『これを・・・この"盾"を預かって欲しい。そして、何時か私と同じ黒髪・黒眼か、金髪・金眼でもいい。そして黒い剣を携えた者が来たら、私の代わりに渡して欲しい。』
黒い剣は、二人で一緒に見つけた剣だ。
自分には持つ事が出来ず、こののほほんとした間抜け面だけが持つ事が出来た。
最初はただただ癪だったが、それが神器、しかもこの男にとっては"呪われた剣"以外の何物でもないというのは、程なく判明する。
結局、それから狂ったように公務に打ち込み、今は寝床の上・・・。
「剣はどうした?」
『困ったコトに息子と私は"持つだけ"で精一杯でね。新しく造る城の地下に安置した。聞いて驚かないでくれよ?何と我が国の神器の台座にこっそり隠してみたんだ!』
馬鹿過ぎる。
何を子供のようにはしゃいでいるのやら。
「息子に頼めばよかろう?」
『少しでも危険や負担を減らしたい。幸い、秘密は息子と君しか知らない・・・から。』
「難儀だな。そのまま見て見ぬフリをするという手段もあったろうに。」
総じて不器用だ、この一族は。
『自分が生まれたのは偶然だったのかも知れない。それでも沢山の人の人生を捻じ曲げてしまった。妻も息子も、息子の妻になるであろう人も・・・そして、まだ見ぬ"選ばれし皇子"にも。でも、捻じ曲がってしまったモノは何処かで正さないといけないんだ・・・ごめんね。』
すまなさそうな微笑み。
こんな顔を何度もされたら、引き受けぬわけにはいかぬであろう?
『きっと怨まれるだろうね。』
「じゃな。」
『何度も辛い目に会い、絶望するかも知れない。』
「かもな。」
『蔑まれても、罵られてもいい。国を滅ぼす事になっても。でもね、信じてる。きっと私が、私達が残したモノで・・・それ以上の自分で手に入れたモノで、未来を切り開いてくれるって。』
「だろうな。オマエの子孫だからな。頑固で強くて不器用で・・・きっと優しいヤツじゃ・・・。」
『ありがとう・・・ごめんね。』
何故、礼と謝罪が同居するんじゃ、馬鹿者めっ!
『きっと幸せになってね、"アリアンジェ"。』
「あぁ!言われなくてもオマエの何倍も生きて、何十倍も幸せになってヤル!」
唐突に名前を呼ぶでない!
「ふんっ、根暗なオマエに一つ予言をくれてやろう。」
『予言か、当たるものね。』
「あぁ、いいか?よく聞けよ?"太陽は再び昇り、月は欠けてもまた満ちる"じゃ。」
『そっか・・・・・・良かった、少しは安心したよ。』
「全く、心配性じゃ。」
『ごめんね。大好きだよ、"アリア"』
「また随分と昔の呼び方を・・・そんなに気に入ったか?」
初めて会った時、彼の黒い髪の美しさに見惚れた・・・ダークエルフの黒い肌と同じ、いやそれよりも美しかった。
『あぁ・・・一緒に・・・ずっと一緒にいたかった。』
「オマエとずっと一緒にいたら、こっちが疲れる。そんなに気に入ったのなら、この名前、オマエにくれてヤル。他の者には違う呼び方をさせる!」
隣の・・・妃の席に座らせてもらっただけで満足だよ・・・。
『やった。呼び続けた甲斐があったかな・・・ん・・・少し眠い・・・ちょっと休むよ。』
「あぁあぁ、ゆっくり休め。」
『おやすみ・・・。』
「おやすみ、"エルリオット"いや・・・"エル"。」
それが最後の会話、最後のくちづけ。
でも、本当は予言には続きがあった。
"太陽と月が重なりし時、終末は照らし出されん"
さて、全てを背負う事にした皇子よ。
妾は汝の選択に従おうぞ。
なんたって、オマエは"愛しいエル"が全てを託す為に選んだ皇子だからな。
お婆様こと、アリアンジェが誰にも自分の名前を名乗らなかった理由はこれです。
彼女の名は、常にエルリオットと共に。
やっぱり、なんだかんだいって、ラミア達のお婆様ですよね(苦笑)