第7話 魔獣氾濫の前兆と、足りない素材
「おい、押すな! 俺が先だ!」
「ふざけんな、俺は王都から三日かけて来たんだぞ!」
辺境の鉛色の空の下、ヴォルク様の屋敷の前には長蛇の列ができていた。
並んでいるのは、歴戦の冒険者や、傷だらけの鎧を着た傭兵たち。
ガストン商会が王都で広めた噂――『辺境の蛮族が、黒くて汚い呪いの剣を作っている』。
それが、皮肉にも「命知らずの実力者たち」にとっては最高の宣伝文句になってしまったのだ。
「見た目はどうでもいい! 折れない剣をくれ!」
「キマイラを斬ったって本当か!?」
工房は大忙しだった。
ヴォルク様は嬉々として炉に向かい、私は持ち込まれる素材の鑑定と、完成品の検品に追われている。
目が回るような忙しさだけど、充実感があった。私たちの作る「本物」が、必要とされているから。
「次の方、どうぞー!」
私が声を張り上げると、列をかき分けて一人の客が入ってきた。
「…………」
その姿に、工房の熱気が一瞬冷えた。
深々とフードを被り、ボロボロのローブを纏った小柄な人物。
手には歪な木の杖。
背中には、干し肉や怪しげな薬瓶、動物の骨などをジャラジャラとぶら下げている。
(うわぁ……本物の魔女みたい)
(しかも、すごく焦げ臭い……)
ヴォルク様が手を止めて眉をひそめる。
「おい、ウチは剣屋だぞ。怪しい薬の材料なら他を当たれ」
「……剣はいらない」
フードの下から、鈴を転がすような、しかし威厳のある少女の声がした。
彼女は工房の中を見回し、私の後ろにある「素材置き場(元ゴミ山)」を指差した。
「私が欲しいのは、アレ」
彼女が指差したのは、庭の掃除で出た「枯れ木の束」だった。
あまりにボロボロで使い道がなく、焚き火の燃料にしようと思っていたものだ。
ヴォルク様が呆れた顔をする。
「薪か? ……金はいらん、勝手に持って行け。どうせ燃やす予定だった」
「違う。……貴方、目が節穴ね」
「あ?」
少女はヴォルク様を無視して、私の方へと歩み寄ってきた。
フードの奥から、妖しく光る紫色の瞳が私を覗き込む。
「貴女なら分かるでしょう? あれがただの枯れ木じゃないって」
試されている。
私は眼鏡の位置を直し、彼女が指差した「枯れ木」を凝視した。
表面は白く乾き、ひび割れている。虫食い穴もある。
どう見ても、ただの腐った木だ。
けれど。
『構造解析』を発動した私の目には、その「ひび割れ」が違って見えた。
「……リヒテンベルク図形?」
ひび割れだと思っていたものは、稲妻が通った痕跡(電流痕)だ。
しかも、内部の炭素繊維が螺旋状に変質し、魔力を増幅して循環させている。
「これ……『雷帝の枯れ枝』!? 雷に打たれて樹齢千年を超えた古木が、さらに落雷を受けて炭化せずに魔力だけを宿した奇跡の素材!」
「正解」
少女がニヤリと笑い、フードをバサリと脱いだ。
現れたのは、長い銀髪に、幼い顔立ちの美少女だった。
ただし、その目は数百年の時を経たような老獪さと、隠しきれない疲労感を帯びている。
「初めまして、鑑定士さん。私はエリーゼ。……一応、王宮筆頭魔導師をやってるわ」
「ええっ!?」
私が叫ぶと同時に、順番待ちをしていた冒険者たちがどよめいた。
「おい、『灰の魔女』エリーゼ様だぞ!」
「一人で要塞を吹き飛ばす、王都最強の魔法使いがなんでこんな所に!?」
どうやら本物らしい。
ヴォルク様も驚いて、持っていたやっとこを取り落としそうになっている。
「王宮魔導師が、なんでまたウチのゴミ……薪を?」
「王都の杖はダメよ。キラキラした宝石ばかり埋め込んで、魔力伝導率が最悪だもの」
エリーゼ様は吐き捨てるように言った。
「私が本気で魔法を使ったら、杖の方が先に爆発しちゃうの。……私が求めていたのは、こういう『汚くても、私の魔力に耐えられる本物』の素材なの」
彼女は愛おしそうに枯れ枝を撫でた。
その指先からパチパチと紫電が走り、枯れ枝が呼応して青白く発光する。
「それに……ただの買い物に来たわけじゃないわ」
エリーゼ様の表情が、急に真剣なものに変わった。
彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、作業台にバンと広げた。
それは、この辺境周辺の地脈図だった。
北の山岳地帯を中心に、禍々しい真っ赤な渦が描かれている。
「ルチア、貴女なら分かるわよね? 最近、地脈の鳴動がおかしいことに」
言われてみれば、心当たりがあった。
最近、鉱石を掘り出すたびに、微かな地響きを感じていた。
それに、拾った石が妙に熱を帯びていることも。
「……魔力溜まりが、臨界点を超えようとしています」
「ええ。このままだと、三日以内に起きるわよ」
エリーゼ様は静かに、しかし残酷な事実を告げた。
「『大氾濫』が」
工房が静まり返る。
スタンピード。
魔物が一斉に狂暴化し、雪崩のように人里へ押し寄せる災害。
辺境騎士団だけでは、到底止められない規模だ。
「原因は、北の鉱山の最深部で眠っていた『古代竜』の目覚めよ」
「古代竜……!」
ヴォルク様が呻く。
数日前に私たちが加工した『黒竜の爪』の持ち主とは別格の、生きた厄災。
「奴が目覚めれば、その魔圧だけで周囲の魔物はパニックを起こし、暴走する。……止めるには、奴を再び深く眠らせるか、討つしかない」
エリーゼ様は私とヴォルク様を見た。
「私の最大魔法なら、奴の動きを一瞬だけ止めることはできる。でも、トドメを刺す火力がないの。……今の私の杖じゃ、魔力を溜めている間に自壊してしまうから」
彼女は『雷帝の枯れ枝』を私に突きつけた。
「この素材で、私の全力に耐えられる『最強の杖』を作って。そして、ヴォルク。貴方は竜の鱗を貫ける『最強の剣』を用意しなさい」
「……無茶を言うな」
ヴォルク様が腕を組んで唸る。
「その枯れ枝は確かに凄い素材だが、加工するには硬すぎる。それに、竜の鱗を貫く剣だと? 今の『黒鋼』じゃ、表面に傷をつけるのがやっとだぞ」
「ええ、素材が足りないわ」
エリーゼ様があっさり認める。
「だから、採りに行くのよ。……鉱山のさらに奥、未踏破領域へ」
彼女の細い指が、地図の一点を指し示した。
「そこに眠る『星核』。星の海から落ちてきた隕石の核。それがあれば、物理無効の竜鱗だろうが、私の雷撃だろうが、全て受け止められる」
星核。
文献でしか見たことのない、神話級の金属。
硬度はオリハルコンを超え、融点は測定不能。
まさに、素材の王様。
「……なるほどな」
ヴォルク様が獰猛な笑みを浮かべた。
職人の血が騒いでいる顔だ。
「古代竜をぶっ殺すための、究極の武器作りか。……悪くねぇ」
彼は私を振り返った。
「ルチア。お前の『目』が必要だ。星核は、ただの岩に擬態しているはずだ。見抜けるのは、世界でお前しかいない」
「はい!」
私も即答した。
怖いけれど、ワクワクの方が勝っている。
伝説の素材をこの手で発掘できるチャンスなんて、二度とないかもしれない。
「行きましょう。私たちの手で、この国を……いいえ、この『宝の山』を守るために!」
◇
準備は迅速だった。
私は『解体道具セット』を腰に巻き、ヴォルク様は巨大なつるはしと愛用の黒剣を背負った。
エリーゼ様は、加工前の枯れ枝をとりあえずの杖として装備した。
「出発よ。……ああ、その前に」
エリーゼ様が、ふと思い出したように言った。
その顔に、性格の悪そうな笑みが浮かぶ。
「王都にいる『あのバカ王子』にも、招待状を送っておいたわ」
「……は?」
「『辺境で面白い花火(竜討伐)が上がるから、次期国王として視察に来れば? 来ないと臆病者だと思われるかも』ってね」
魔女様が悪戯っぽくウインクする。
「どうせなら、貴女を捨てたことを後悔させてやりましょうよ。……私、あの金ピカ野郎が大嫌いなのよね。私の研究予算を削って、ドレス代に回した恨み、ここで晴らさせてもらうわ」
どうやら彼女は、私の強力な(そしてかなり過激な)味方になってくれるらしい。
私たちは雪の舞う荒野へと足を踏み出した。
目指すは北の鉱山、最深部。
そこには、世界最高の素材と、最悪の危機が待っている。




