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ゴミ拾い令嬢と野蛮な鍛冶師  作者: 九葉(くずは)


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第6話 商人の来訪と、王都への逆輸出

騎士団達が魔物に勝利したとの報告を受けた数日後。


「おやまあ、なんて汚らしい場所でしょう。煤の匂いが服に移りそうだ」


その言葉と共に、屋敷の敷地に一台の馬車が乗り入れてきた。

金箔を貼り付けたような、悪趣味なほど煌びやかな馬車だ。

側面に描かれた紋章には見覚えがあった。


王都最大の武器商人、『ガストン商会』。


「……何しに来やがった」


隣で作業をしていたヴォルク様が、不機嫌そうにハンマーを置く。

馬車の扉が開き、降りてきたのは小太りの男だった。

最高級のシルクを着込み、指にはジャラジャラと宝石をぶら下げている。

香水の匂いがキツい。


「お初にお目にかかります、辺境伯閣下。ガストンでございます」


男は慇懃無礼に頭を下げた後、チラリと私を見た。

その目が、値踏みするように細められる。


「ほう……噂の『ゴミ拾い令嬢』もご一緒とは。婚約破棄されたと聞きましたが、まさかこのような煤けた場所で下働きとは。……ご実家の男爵様も嘆いておられましたよ?『借金を返すあてがなくなった』とね」


言葉の端々に、隠しきれない嘲笑と脅しが滲んでいる。

私は作業着の埃を払い、毅然と一歩前に出た。


「ご挨拶は結構です、ガストン様。実家の借金は法的に処理されたはずです。今日はどのようなご用件で?」


「単刀直入に申し上げましょう。あなた方が作ったという『黒い剣』……悪い噂を聞きましてね」


ガストンは鼻をハンカチで押さえながら、工房の入り口に置かれた出荷待ちの剣を指差した。

先日、騎士団に追加注文された『黒鋼の剣』だ。


「なんとも醜い。まるで炭のようだ。こんな『呪いの剣』のような代物、王都の騎士団規定には違反しています」


彼は大げさに嘆いてみせた。


「ですが、騎士団長様が騙されて使っているとか。……そこで、私が慈悲を持って買い取って差し上げようと思いましてね。市場に出回って、辺境伯の恥になる前に処分してあげましょう」


「買い取る?」


「ええ。一本につき、鉄屑相場で……銅貨五枚で」


私は耳を疑った。

銅貨五枚。それは、パン一個分の値段だ。

この剣には、希少な『黒鉄砂』と、ヴォルク様の神業が使われている。材料費にもならない。


「ふざけてるのか?」


ヴォルク様の低い声が響く。空気がビリリと震えた。

しかし、ガストンは涼しい顔で続けた。


「妥当な価格ですよ。このような黒ずんだ剣、市場価値はゼロです。私が買い取って溶かし、美しい『聖銀』の混ぜ物にすれば、かろうじて価値あるものにできますから」


(溶かす……ですって?)


私の頭の中で、何かが切れる音がした。


彼は、この剣を武器として評価していない。

ただの「安く仕入れられるクズ鉄」として見ているのだ。

ヴォルク様が汗水を流して打ち、騎士たちの命を守るために作った剣を。


「お断りします」


私はきっぱりと言い放った。


「この剣は、貴方のような審美眼のない方に売るつもりはありません。お引き取りください」


「はっ、審美眼だと?」


ガストンが嘲笑う。


「笑わせないでください。貴女こそ、ゴミ漁りで頭がおかしくなったのでは? 美しさこそが正義、輝きこそが価値。それがこの国の常識ですぞ」


彼は護衛として連れていた、強そうな剣士を振り返った。


「おい、お前もそう思うだろう?Sランク冒険者のバックス君」


話を振られたのは、背中に二本の剣を背負った精悍な男だった。

歴戦の戦士特有の、鋭い目をしている。

しかし、その表情はどこか退屈そうだった。


バックスと呼ばれた男は、無言で『黒鋼の剣』に近づいた。

そして、ヴォルク様に目で許可を求め、剣を一本手に取った。


「……汚い剣だ」


バックスが呟く。ガストンが勝ち誇った顔をする。


「だろう? そんなものはゴミ――」


「だが、重心は完璧だ」


バックスの言葉に、ガストンの笑顔が固まった。

剣士は剣を構え、空気を切るように軽く振った。


ヒュンッ。


風切り音が、あまりにも鋭い。

彼は切っ先を見つめ、指で腹をなぞった。


「……吸い付くような魔力伝導率。それに、この黒色は塗装じゃない。炭素焼き入れによる被膜か? これなら魔物の血脂がついても錆びないし、夜間の隠密行動でも光が反射しない」


「なっ、何を言っているバックス君! そんな薄汚れた剣など……!」


「ガストンさん」


バックスが静かに商人を見下ろした。

その目には、明確な侮蔑があった。


「俺は、あんたの商会で買った『飾り剣』のせいで、仲間を二人亡くした。……だが、この剣なら、ダンジョンの深層でも仲間を守れたかもしれない」


彼はヴォルク様に向き直り、深々と頭を下げた。


「辺境伯。この剣、俺に売ってくれませんか。言い値で払います」


「な……っ!? 気でも狂ったか貴様! 誰が雇ってやってると思っているんだ!」


ガストンが顔を真っ赤にして叫ぶ。

自分の雇った護衛に、商談の場で裏切られたのだ。


「ええい、黙れ! 私は商会長だぞ! こんな違法な武器、私がギルドに報告して流通を止めてやる! 実家ごと潰されたいのか!」


その時だった。


「ガハハハハ! 凱旋だー!!」


屋敷の外から、豪快な笑い声が聞こえてきた。

地響きのような足音と共に、門をくぐってきたのは、遠征から戻った辺境騎士団の一行だった。


先頭を行くのは、団長のガルド様。

そして、彼らが馬で引きずっている「戦果」を見て、ガストンが腰を抜かした。


「ひっ、ひぃぃぃっ!?」


それは、巨大な『キマイラ』の死骸だった。

獅子と山羊と蛇が合体した、災害級の魔獣。

しかも、その首は見事に切断されていた。


「よう、嬢ちゃん! 旦那! 見てくれ、この切れ味!」


ガルド様は馬から飛び降りると、愛用の『黒鋼の剣』を掲げた。


「こいつの首には強力な『魔法障壁』があるんだが、この剣は障壁ごと鱗を斬り裂きやがった! おかげで怪我人ゼロだ!」


「俺たちの剣もだ! 岩場に叩きつけても刃こぼれしねぇ!」


騎士たちが口々に叫び、剣を掲げる。

その光景は壮観だった。

黒い剣が、辺境の太陽を浴びて鈍く、しかし力強く輝いている。

それはどんな宝石よりも「実戦的」で、美しい輝きだった。


「ば、馬鹿な……キマイラだと……? 聖銀の剣ですら弾かれるはずなのに……」


ガストンがへたり込む。

自分の扱っている「美しい剣」が、ここでは玩具以下の役立たずであることを、現実として突きつけられたのだ。


私は冷ややかな目で見下ろした。


「ご覧の通りです、ガストン様。これが貴方の言う『ゴミ』の威力です」


ヴォルク様が一歩前に出る。

巨大な影が商人を覆う。


「ウチの商品は、命知らずの現場主義だ。お前のような、安全な場所で見た目だけ気にしてる奴に売るもんじゃねぇ」


彼は親指で門を指差した。


「二度と来るな。……俺の鑑定士を侮辱した罪で、その高そうな服をボロ雑巾にする前にな」


殺気を含んだ声に、ガストンは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、転がるように馬車へ逃げ込んだ。


「だ、出せ! 早く出せぇぇ!」


馬車が逃げるように去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、残されたSランク冒険者のバックスが苦笑した。


「あーあ、クビになっちまったな」


「ウチで雇ってやるよ」


ヴォルク様が即答した。


「剣の試し斬り役が必要だったんだ。歓迎するぞ」


「……へっ、ありがてぇ。給料は現物支給(この剣)で頼みますよ」


バックスは嬉しそうに黒剣を抱きしめた。


   ◇


騒動が落ち着いた夜。

工房で、ヴォルク様と二人、帳簿をつけていた。


「……ルチア」


不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。

ヴォルク様が、珍しく真剣な表情で私を見ていた。


「今日は悪かったな。嫌なことを思い出させた」


ガストンが言った『実家の借金』や『婚約破棄』のことだ。

それを気にしてくれているのだ。


「いいえ。むしろスッキリしました」


私は微笑んだ。

強がりじゃなく、本心だった。


「あの人が『汚い』と言ったこの場所が、私には世界で一番輝いて見えますから。……それに」


私はヴォルク様の目を真っ直ぐに見つめた。


「ヴォルク様が怒ってくれたのが、嬉しかったです」


私のために、あんなに本気で怒ってくれた。

家族すら守ってくれなかった私を、この人は全力で守ろうとしてくれる。


ヴォルク様は少し目を見開き、それから不器用に顔を背けた。

耳の先が赤い。


「……当たり前だ。お前は俺の……一番のパートナーだからな」


「パートナー……」


「お前がいない工房なんて、もう考えられん。だから、誰にも渡さん」


心臓が大きく跳ねた。

それは、どんな熱烈な求婚の言葉よりも、私の胸に深く突き刺さった。


「……はい! 明日も頑張りましょうね、ヴォルク様!」


私たちは笑い合った。

王都では得られなかった「確かな絆」が、ここにはある。


だが、私たちはまだ気づいていなかった。

逃げ帰ったガストンが「辺境にキマイラをも殺す魔剣がある」という噂を王都で広め(悪評のつもりで)、逆に王都中の「実力主義の変人たち」を呼び寄せることになるなんて。

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