第5話 辺境騎士団の驚愕
「作り直す……だと?」
泥だらけの騎士が、私の言葉に呆気にとられた顔をする。
彼は辺境騎士団の団長、ガルド様。
歴戦の戦士だが、今は愛剣を失い、疲労困憊で立っているのがやっとという様子だった。
「はい。その折れた剣、捨ててしまうのはもったいないです」
私は彼の手から折れた剣を受け取る。
断面を見れば一目瞭然。不純物の偏りが酷い。
「素材自体は悪くない『白銀』です。ただ、精錬が甘い。これを一度溶かして不純物を取り除き、あそこの山にある『黒鉄砂』を三割混ぜて打ち直します」
私は背後の「ゴミ山」の一部を指差した。
見た目はただの黒い砂利だ。
ガルド団長が眉をひそめる。
「黒い砂だと? そんな混ぜ物をしたら、剣が黒く濁ってしまうではないか。王都の規定では、騎士の剣は白く輝いていなければ……」
「命と見た目、どちらが大事ですか?」
私は食い気味に問いかけた。
ガルド団長が言葉を詰まらせる。
「……命だ。部下たちを、もう死なせたくない」
「なら、私たちに任せてください」
私はヴォルク様を振り返った。
彼はニヤリと笑い、新しいハンマーを肩に担いでいた。
その目は「面白い実験ができる」と輝いている。
「ヴォルク様。注文は『死なない剣』です」
「フン、容易いことだ。……おいルチア、配合比率は?」
「白銀七に対し、黒鉄砂三。黒鉄砂に含まれるチタンと炭素が、鋼の粘りを生みます。還元剤は『火トカゲの粉末』を使って。温度は1500℃でキープ!」
「了解だ!」
ヴォルク様が折れた剣の束を鷲掴みにし、工房へと入っていく。
すぐに炉の轟音と、凄まじいハンマーの音が響き始めた。
◇
剣が打ち上がるまでの約一時間、騎士たちは庭で待機することになった。
彼らは寒空の下、肩を寄せ合って震えている。
顔色は青白く、唇はカサカサだ。
(……酷い状態)
武器だけじゃない。彼ら自身の体がボロボロだ。
王都からの補給が遅れているのだろう。
これでは、どんな名剣を持っても振るう体力がない。
「何か、温かいものを……」
私は「ゴミ山(私の宝物庫)」を見回した。
厨房に行く時間はない。ここで手に入るもので、即効性のあるエネルギー源を作るしかない。
私の目が、庭の隅に自生している「雑草」と、綺麗な湧水桶の中でプルプル震えている「害獣」を捉えた。
「よし、これだわ」
私は簡易コンロに鍋をかけ、調理を開始した。
まずは、雑草――に見える『雪解け大蒜』を引き抜く。
これは雪の下で糖分とアリシンを蓄えた、滋養強壮の特効薬だ。
皮を剥いて、ナイフの腹で潰して鍋へ。
次に、水桶から『クリスタル・スライム』を掬い上げる。
「ピギッ!?」と鳴いた気がするけど無視。
このスライムは綺麗な水場にしか住まない種で、体内は不純物ゼロの純粋なコラーゲン水だ。
「えっ、嬢ちゃん、魔物を食うのか!?」
騎士の一人が悲鳴を上げる。
私は構わず、スライムを鍋に投入した。
熱湯に入れると、スライムは一瞬で溶け、黄金色の極上スープストックに変わる。
そこへ、保存食の干し肉と、砕いた岩塩を投入。
グツグツと煮込むこと数十分。
工房からのハンマー音に混じって、あたり一面に食欲をそそる濃厚なガーリックの香りが漂い始めた。
「……なんだ、この匂いは」
「美味そう……いや、でもスライムだぞ?」
騎士たちがゴクリと喉を鳴らす。
私は完成したスープを、木の器に注いで配って回った。
「どうぞ。見た目は透明ですが、栄養満点ですよ」
ガルド団長がおそるおそる器を受け取る。
空腹には勝てず、意を決して一口啜った瞬間――。
カッ!
と、彼の目が大きく見開かれた。
「――――ッ!?」
「団長!?」
「う、うまい……!!」
ガルド団長が叫んだ。
「なんだこれは! 体の中から熱が湧いてくるようだ! 凍えていた指先に、感覚が戻ってくる!」
他の騎士たちも次々とスープを口にする。
「うめぇぇぇ!」「なんだこのコクは!」「疲れが吹き飛ぶぞ!」
当然だ。
スライムの高純度タンパク質と、雪解け大蒜の成分が結合し、即効性のスタミナ回復薬(天然のポーション)になっているのだから。
「嬢ちゃん、これポーションか!? 王都で一本金貨一枚の『ハイ・ポーション』より効くぞ!」
「いえ、ただの庭の雑草とスライムですけど」
「雑草だと……!?」
騎士たちは涙を流しながら鍋を空にした。
その顔には、先ほどまでの死相が消え、紅潮した生気が戻っている。
「胃袋の掴みも完璧だな」
タイミングを見計らったように、工房からヴォルク様が出てきた。
全身から湯気を上げ、汗だくだが、その表情は晴れやかだ。
手には黒い布に包まれた束がある。
「食ったら働け。注文の品だ」
彼が布をバサリと取り払う。
そこにあったのは、十本の剣だった。
「……黒い」
ガルド団長が息を呑む。
それは、夜の闇を固めたような、艶消しの黒い剣だった。
王都のキラキラした剣とは対極にある、無骨な鉄塊。
「炭素を浸透させた『黒鋼』だ。見た目は地味だが、粘りと硬度は白銀の比じゃねぇ」
ヴォルク様が一本を団長に投げる。
団長は慌てて受け取り、その重さに目を見張った。
「……いい重心だ。手に吸い付くようだ」
「試してみろ」
ヴォルク様が顎で、庭にある訓練用の大岩をしゃくった。
大人が三人隠れられるほどの硬い花崗岩だ。
ガルド団長は頷き、黒い剣を構えた。
スープで回復した体力が、剣を通して漲るのを感じているようだ。
彼は大きく息を吸い、振りかぶった。
「ふんっ!」
裂帛の気合いと共に、黒い剣閃が走った。
――ズンッ。
岩を叩く音ではない。
肉を断つような、低く重い音が響いた。
一瞬の静寂。
やがて、巨岩の上半分が、ゆっくりと斜めにズレて地面に落ちた。
ズズズ……ドォォォォン!!
「な……」
騎士たちが絶句する。
ガルド団長は、恐る恐る手元の剣を確認した。
「傷ひとつ……ない……」
刃こぼれどころか、歪みひとつない。
岩を豆腐のように両断しておいて、まるで何事もなかったかのように黒く沈黙している。
常識ではありえない性能だ。
「ど、どうなっているんだ……。王都の聖剣ですら、こんな芸当は……」
ガルド団長が震える手でヴォルク様を見る。
ヴォルク様は鼻を鳴らし、親指で私を指差した。
「礼ならそいつに言え。配合を決めたのはそいつだ。俺は叩いただけだ」
騎士たちの視線が、一斉に私に集まる。
その目は、先ほどの「スープのお姉ちゃん」を見る目から、完全に変わっていた。
畏怖。尊敬。そして崇拝。
ガルド団長が、その場に膝をついた。
それに続いて、部下たち全員が跪く。
「……貴女は、何者なのですか」
ガルド団長が震える声で問う。
「死にかけていた我らに活力を与え、折れた剣を神剣に変えた。……もしや、伝説の女神ルミナの使い、聖女様であらせられますか?」
「えっ!? ち、違います! 私はただの鑑定士で……!」
私が慌てて否定しようとすると、騎士たちが口々に叫び始めた。
「いいや、聖女様だ! あのスープは奇跡の味だった!」
「この黒き剣は、我らを救う聖なる武具だ!」
「聖女ルチア様万歳!!」
「ちょ、ちょっと!?」
困惑する私に、突然、大きな手が伸びてきた。
ヴォルク様が私の腕を掴み、自分の背中へ隠すように騎士たちとの間に割り込んだのだ。
彼の金色の瞳が、不機嫌そうに細められている。
「おい、テメェら。調子に乗るなよ」
低い声に、騎士たちがビクリと肩を震わせる。
「こいつは女神でも聖女でもねぇ。……ウチの専属鑑定士だ。勝手に崇めて連れて行こうとするんじゃねぇぞ」
その言葉には、明確な独占欲が滲んでいた。
彼は私の手を取り、無骨な指で私の指先を確かめるように撫でた。
火傷がないか、確認してくれているのだ。
(ヴォルク様……)
彼の掌の熱さが伝わってくる。
彼は私を見下ろし、ぶっきらぼうに言った。
「お前もだ、ルチア。安売りするな。お前の技術は、俺が一番高く買ってやるって言っただろ」
「は、はい……!」
顔が熱い。
騎士たちの崇拝の視線と、ヴォルク様の熱い視線に挟まれて、私はどうしていいか分からなくなった。
ガルド団長は立ち上がり、黒い剣を天に掲げた。
「行くぞ野郎ども! この『黒鋼の剣』があれば、魔獣など敵ではない! 聖女様と辺境伯に勝利を捧げるのだ!」
「「「オオオォォォォッ!!!」」」
士気を取り戻した騎士団が、嵐のように出撃していく。
その背中を見送りながら、私はホッと息をついた。
「……ふぅ。なんとかなりましたね」
「ああ。だが、目立ちすぎたな」
ヴォルク様が苦笑いする。
「『岩斬りの黒剣』と『スライムスープの聖女』か。……すぐに王都まで噂が届くぞ」
「えっ、それは困ります!」
私が悲鳴を上げると、彼は私の手をギュッと握り直した。
「安心しろ。面倒な連中が来ても、俺が追い返してやる。……その代わり」
「か、代わり?」
「今日の晩飯も、あのスープにしてくれ。……俺も食いたくなった」
私は真っ赤になって頷くことしかできなかった。
辺境の冬は寒い。
けれど、握られた手の温もりは、王都のどの場所よりも心地よかった。
だが、私たちはまだ知らなかった。
この噂を聞きつけた「銭ゲバ商人」が、王都から血相を変えて向かっていることを。




