第4話 ゴミ屋敷の掃除と、伝説のナイフ
「ふふっ、ふふふ……素晴らしい。なんて愛らしい酸化被膜なのかしら」
冬の乾いた風が吹く、屋敷の裏庭。
私は作業着に革手袋、頭には手ぬぐいという完全装備で、うず高く積まれた「ゴミ山」の頂上に立っていた。
ヴォルク様が「捨てるつもりだった」と言ったこの山。
私にとっては、王家の宝物庫よりも輝いて見える楽園だ。
「よし、分別開始!」
私は目の前の「ガラクタ」を次々と放り投げていく。
腕はパンパンだけど、アドレナリンが出ているから疲れなんて感じない。
「これは『風魔石』の原石(Aランク)。風化してただの軽石に見えるけど、磨けば飛行船の動力になるわ。……キープ!」
「こっちは『深海鉄』のスクラップ。塩害でボロボロに見えるけど、還元すれば錆びない合金になる。……キープ!」
「あ、これはただの石ころ。……リリース」
キープ、キープ、キープ、リリース。
私の背後には、あっという間に「宝の山」が三つも出来上がっていた。
それを少し離れた場所から、腕組みをしたヴォルク様が見ていた。
その表情は、呆れを通り越して「虚無」になっていた。
「……おい、ルチア」
「はい! 何でしょう、ヴォルク様!」
「お前が『キープ』したその山……市場価格でいくらになる?」
私は眼鏡の位置を直し、パチパチと脳内で計算盤を弾く。
「ざっと見積もって、小国の国家予算三年分くらいでしょうか。特にあそこの『ミスリル銀』の山だけで、王都の騎士団全員の装備を一新してもお釣りが来ますよ」
「…………そうか」
ヴォルク様が天を仰いだ。
こめかみを抑えて、深いため息をつく。
「俺は……国家予算の上に腰掛けて、『金がねぇ』と嘆いていたのか……」
「灯台下暗し、ですね! でも大丈夫です、これからは私が全部資源に変えますから!」
私は満面の笑みでサムズアップした。
ヴォルク様は「頼もしいが、心臓に悪い」と呟きながらも、私の作業を手伝ってくれている。
重い鉱石を軽々と運んでくれる彼は、最高の助手だ。
作業が進むにつれ、ゴミ山の底から、ひときわ異質な物体が現れた。
「……あ」
それは、大人が二人掛かりでも抱えきれないほどの、巨大な黒い岩のような物体だった。
表面はゴツゴツとしていて、苔と泥がへばりついている。
ヴォルク様がそれを見て、露骨に嫌な顔をした。
「出たな、その『呪いの石』」
「呪い、ですか?」
「ああ。数年前に鉱山の奥で見つけたんだが……とにかく硬い。ハンマーで叩いても傷一つ付かず、逆にハンマーが砕けた。炉に入れても溶けない。文字通りの『お荷物』だ」
彼は忌々しそうに黒い塊を蹴った。
ドゴッ、と鈍い音がする。びくともしない。
「俺の親父は『山の主の呪いだ』と言っていたがな」
「いえ、違います」
私は駆け寄り、ルーペを取り出して表面を観察した。
岩に見える表面の凹凸。これは鉱物じゃない。有機的な積層構造だ。
そして、微かに漏れ出る強烈な威圧感。
私のオタク魂が震える。
「ヴォルク様、これは石じゃありません。……『黒竜』の爪です」
「……は?」
「しかも、ただの爪じゃない。数百年かけて地中のマナを吸収し、化石化して硬度が跳ね上がった『超硬化・竜爪』です!」
「竜の……爪だと?」
ヴォルク様が目を見開く。
無理もない。神話に出てくる黒竜の素材が、まさか庭に転がっているなんて。
「どうりで硬いわけだ。……だが、加工できなきゃただの漬物石だぞ。俺の全力の一撃でも砕けなかったんだ」
「力任せに叩くからダメなんです。竜の素材には『魔力の流れ』があります。それに逆らえば物理無効ですが、流れに沿って刃を入れれば……」
私はポケットから、先日彼が打った『緋色金』の短剣を取り出した。
茜色に輝く、私の宝物。
「ヴォルク様。この短剣なら、いけます」
私は彼に短剣を手渡した。
そして、黒い塊の表面に、チョークで一本の線を引く。
「ここです。このラインに対して、刃の角度を三〇度。腕力で切ろうとしないでください。短剣に魔力を流し込み、爪の結合を『溶かす』イメージで」
「……注文の多い鑑定士だな」
ヴォルク様は苦笑したが、その目には職人の真剣な光が宿っていた。
彼は短剣を逆手に持ち、巨大な爪の前に立つ。
空気が張り詰める。
彼の鋼のような筋肉が膨張し、膨大な魔力が短剣へと流れる。
『緋色金』の特性で、刃がカッと赤く発光した。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、銀閃が走った。
――ザンッ。
衝撃音はなかった。
豆腐を切るような、あまりにも軽い音。
巨大な黒い塊が、音もなく上下にズレた。
次の瞬間、断面から鮮烈な魔力の光が溢れ出す。
「すげぇ……」
ヴォルク様が思わず声を漏らす。
切断面は、まるで黒曜石のように美しく、濡れたように輝いていた。
中身は劣化していない。最高品質の竜素材だ。
「成功です! これだけあれば、最強の防具も、魔法の触媒も作り放題ですよ!」
私は切り出された爪の欠片を抱きしめた。
重い。でも、温かい。
「ヴォルク様、お願いがあります。この爪を使って、私の『道具』を作っていただけませんか?」
「道具?」
「はい。この山には、まだまだ未知の素材が眠っています。今の私の道具じゃ、刃が立たないんです」
私は自分の使い古した道具袋を見せた。
王都から持ってきた安物のノミやナイフは、すでにボロボロだった。
ヴォルク様は、切断された竜の爪と、私の顔を交互に見た。
そして、ニヤリと口角を上げた。
「いいだろう。俺の工房に出入りする奴が、そんなナマクラを使ってるのは我慢ならねぇ」
彼は切り出したばかりの爪の一部を拾い上げた。
「最高の鑑定士には、最高の道具が必要だからな。……任せておけ」
◇
それからの三日間は、まさに戦争だった。
ヴォルク様は工房に籠もり、黒竜の爪を加工した。
炉の温度を限界まで上げ、緋色金のハンマーで叩き、私の指示通りに魔力を編み込む。
そして完成したのが――。
「……何ですか、これ」
私が手渡されたのは、七つ道具が入った革のベルトだった。
小型のハンマー、数種類のタガネ、万能ナイフ、ピンセット。
その全てが、漆黒の『竜爪』と赤き『緋色金』の合金で作られている。
見た目はシックな黒と赤のツートンカラー。
持ってみて驚いた。
驚くほど軽い。私の手のひらに吸い付くようにフィットする。
「……私の手のサイズ、測りました?」
「あ、あぁ。寝てる間にちょっと借りた」
ヴォルク様が気まずそうに目を逸らす。
試しに庭の岩をナイフで突くと、まるでチーズのようにサクッと刺さった。
ハンマーで鉄骨を軽く叩くと、一撃で飴細工のようにひしゃげた。
「やりすぎです! これじゃ解体道具じゃなくて、兵器ですよ!」
「頑丈さが取り柄だ。文句あるか」
ヴォルク様は腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。
「それに、お前は無防備すぎる。いざという時は、そのハンマーで魔物を殴れば護身用になるだろ」
「なりませんよ! ……でも」
私はベルトを腰に巻いてみた。
心地よい重みが、私の腰を支えてくれる。
彼の職人魂と、不器用な優しさが詰まっている気がした。
「ありがとうございます。一生、大切にします」
私が照れくさそうにお礼を言うと、ヴォルク様はふいっと背を向けた。
耳の先が真っ赤だ。
「……おう。さっさと仕事に戻るぞ。まだゴミ山は半分も残ってるんだろ」
「はい! 徹底的にやりましょう!」
私は新しいハンマーを握りしめ、再びゴミ山へと向かった。
最強の素材を見抜く目。
それを加工できる神の腕。
そして、何でも切れる最高の道具。
今の私たちに、加工できないものなどない。
そう思っていた矢先。
屋敷の門を、慌ただしく叩く音が響いた。
「ヴァルカン辺境伯! 緊急事態だ! 開けてくれ!」
現れたのは、泥だらけの鎧を着た騎士だった。
その手には、無残に刃こぼれし、中程から折れた剣が握られている。
(あれは……王都製の剣?)
騎士は切羽詰まった表情で叫んだ。
「魔獣の群れが活発化している! 砦の武器が全滅だ! 頼む、何か売ってくれる武器はないか!? ガラクタでも構わん!」
ヴォルク様と私が顔を見合わせる。
ヴォルク様が、獰猛な笑みを浮かべた。
「ガラクタ、だと?」
彼は顎で、私の後ろに積み上がった「分別済みの宝の山」をしゃくった。
「あいにくだが、ウチにはガラクタなんぞねぇよ。……世界最強の武器なら、売るほどあるがな」
私の出番だ。
眼鏡をキラリと光らせ、私は騎士の前に進み出た。
「ご安心ください、騎士様。貴方たちのその脆い剣、私たちが最強に作り変えて差し上げます」




