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ゴミ拾い令嬢と野蛮な鍛冶師  作者: 九葉(くずは)


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3/10

第3話 その「錆びた鉄くず」を炉に入れてください

翌朝。

私は、カァン、カァン……というリズミカルな金属音で目を覚ました。


「……いい音」


重く、芯のある響き。

一流の職人がハンマーを振るっている音だ。

私は借りた客室を飛び出し、音のする方へ向かった。


向かう先は、屋敷に併設された巨大な工房。

一歩足を踏み入れると、猛烈な熱気が肌を焼いた。


赤々と燃え盛る炉の前で、ヴォルク様が玉のような汗を流して鉄を打っている。

その背中の筋肉は、まるで鋼の彫刻のように盛り上がり、ハンマーを振るうたびに躍動している。


正直、見惚れてしまいそうなほど美しい肉体美だ。

けれど。

私の目は、彼の手元にある「素材」に釘付けになり――そして、絶望した。


(あぁ、ダメ……! それはダメです!)


彼が打っているのは、白く輝く美しい銀のインゴット。

王都では『聖銀ホーリーシルバー』と呼ばれ、魔除けの剣に使われる最高級素材だ。


でも、私の『構造解析』の目には見えてしまう。

その銀の結晶構造が、スカスカのスポンジ状であることを。


「チッ……!」


ヴォルク様が舌打ちをした。

焼き入れの水槽に刀身を突っ込んだ瞬間、ピキッという乾いた音が響く。


水蒸気の中から引き上げられた剣には、無数の亀裂が入っていた。


「クソッ! またか!」


ヴォルク様は叫び、作りかけの剣を床に叩きつけた。

美しい銀の剣は、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。


「温度管理は完璧だったはずだ。叩き方も間違っちゃいない。なのに、なぜ保たない!」


彼は髪をかきむしり、血走った目で炉を睨みつけている。

その姿は、怒りというより、悲痛だった。

自分の腕を信じたいのに、素材が応えてくれない絶望。


私は意を決して、工房の入り口から声をかけた。


「……素材が悪すぎます」


ヴォルク様がギロリとこちらを向く。

猛獣のような眼光に喉がひきつるけれど、私は言葉を続けた。


「その『聖銀』は、見た目を白くするために不純物としてすずが四割も混ぜられています。粘りがないから、急激な温度変化に耐えられないんです」


「……何だと?」


ヴォルク様が低い声で唸り、私に歩み寄る。

巨大な影が私を覆う。怖い。

でも、石の悪口……いいえ、素材への冒涜を許すわけにはいかない。


「王都の商人は、貴族に高く売るために『白さ』を最優先しています。強度は二の次なんです。そんな混ぜ物だらけの素材、ヴォルク様の神業を持ってしても、剣になるはずがありません!」


「じゃあどうしろってんだ!」


ヴォルク様の怒号が飛ぶ。


「俺だって薄々は勘づいてる! こいつが脆いことくらい、叩けば感触で分かる! だがな、王都から送られてくる素材はこれしかねぇんだよ!」


彼は悔しそうに拳を握りしめた。


「辺境の鉱山から掘り出した石は、どれも錆びてボロボロだ。使い物にならん。だから高い金払って、王都から精錬済みのインゴットを買うしかねぇんだ……!」


彼の苦悩は痛いほど分かった。

この国では「綺麗なもの=高性能」という常識が絶対だ。

泥や錆にまみれた原石の価値など、誰も教えてくれなかったのだろう。


「あります。本物が」


私は静かに告げた。

そして、工房の隅にある「ゴミ箱」へと歩み寄る。

そこには、昨日私が庭から拾ってきて、ヴォルク様に「捨てとけ」と言われたガラクタが入っていた。


私はその中から、赤茶色に錆びついた、ボロボロの鉄板のようなものを拾い上げた。


「これを使ってください」


ヴォルク様が呆れた顔をする。


「は……? ふざけるな。それは昨日庭に転がってた、ただの赤錆の塊だろ。そんなゴミを炉に入れたら、炉が汚れる」


「ゴミじゃありません。これは『緋色金ヒヒイロカネ』です」


「ヒヒイロ……なんだって?」


「神代の金属です。熱伝導率と魔力親和性は、ミスリル銀の十倍以上。錆びているように見えるのは、魔力を閉じ込めるために自ら強力な酸化被膜を作っているからです」


私は彼にその塊を突きつけた。


「騙されたと思って、これを打ってください。ただし、精錬の際にこれを一緒に混ぜて」


私がポケットから取り出したのは、昨日の夕食の残りのデザート――『酸漿ほおずきの実』だ。

強烈に酸っぱい、赤い木の実。


「……おままごとのつもりか?」


「本気です! この実の酸が還元剤になって、表面の酸化被膜と熱反応を起こします。温度は1300℃。今の炉の温度なら完璧です」


ヴォルク様は、私と、私の手にある「ゴミ」を交互に見た。

職人としてのプライドが、素人の指図を拒絶しているのが分かる。

けれど、その金色の瞳は揺れていた。


私の目を見ていた。

私が「確信」を持っていることに、彼も気づいている。


「……一回だけだ」


彼は乱暴に私の手から赤錆の塊と木の実をひったくった。


「失敗したら、お前をこの冬空の下に放り出すぞ。二度と俺の工房に口出しさせん」


「はい。構いません」


私は真っ直ぐに彼の目を見返した。

私の知識は間違っていない。

石たちが「早く輝かせて」と叫んでいるのが聞こえるから。


ヴォルク様は無言で坩堝るつぼに素材を放り込み、炉の中へと突っ込んだ。


ゴォォォォォ……!

魔石を燃料にした炎が、坩堝を包み込む。


「温度よし……。還元剤投入!」


私の合図で、彼が木の実を潰して投げ込む。


バチバチバチッ!!

激しい音と共に、白い煙が噴き上がった。酸っぱい匂いと、金属の焼ける匂いが混ざり合う。


「おい、変な色の煙が出てるぞ! 本当に大丈夫なのか!?」


「続けてください! 今、被膜が置換されています! あと十秒……五、四、三、二、一……今です! 取り出して!」


ヴォルク様がやっとこで坩堝を引き上げ、中身を鉄床アンビルにぶちまけた。


その瞬間。

工房内の空気が、赤く染まった。


「な……っ!?」


ヴォルク様が絶句する。


そこにあったのは、赤錆の塊ではなかった。

内側から燃えるような茜色の光を放つ、美しい深紅の金属。

不純物は一切ない。

とろりとした液体状の金属が、冷えるにつれて硬質な輝きを帯びていく。


「なんだ、この色は……。鉄じゃない。ミスリルでもない……」


「叩いてください、ヴォルク様! 冷える前に!」


私の叫びに、彼の職人本能が反応した。

彼は無意識にハンマーを振り上げた。


カァァァァァァァン!!


先ほどの銀を打つ音とは、まるで違う。

空気を震わせるような、高い共鳴音。

叩くたびに、赤い火花が舞い散る。


「軽い……いや、重いのか? なんだこの反発力は!」


ヴォルク様の目が驚愕に見開かれている。

ハンマーが吸い付くようだ。

彼の意思が、そのまま金属に伝わっていく。

「素材が応えてくれる」感覚に、彼の手が震えている。


彼はもう、私のことなど忘れていた。

ただ夢中に、一心不乱にハンマーを振るう。

汗が飛び散り、筋肉が躍動する。


私もまた、その光景に見惚れていた。

私の見つけた素材が、彼の手によって「命」を吹き込まれていく。

それは、どんな宝石よりも美しい光景だった。


数十分後。

一本の短剣が完成した。


装飾はない。

ただ、刀身全体が夕焼けのような茜色に輝き、揺らめくような波紋が浮かんでいる。


「できた……」


ヴォルク様は荒い息を吐きながら、その短剣を持ち上げた。

そして、辺りを見回し、手近にあった分厚い鉄板(テスト用の盾)に視線を止めた。


「試し斬りだ」


彼は短剣を軽く振りかぶり、鉄板に叩きつけた。


――スゥン。


金属音はしなかった。

まるで水を切るような、静かな音。


次の瞬間。

分厚い鉄板が、音もなく斜めに滑り落ちた。

切断面は鏡のように滑らかだ。


それだけではない。

短剣は鉄板を切り裂いた勢いのまま、その下の鉄床アンビルにまで深々と食い込んでいた。


「っ、俺のアンビルが!」


ヴォルク様が慌てて叫ぶ。

職人にとって命より大事な鉄床だ。

だが、彼はすぐに言葉を失った。


抜いた短剣の刃には、刃こぼれひとつなかったからだ。

それどころか、斬った摩擦熱でさらに赤く輝き、鋭さを増している。


「これが、『緋色金』です」


私は震える声で告げた。

予想以上の仕上がりだ。ヴォルク様の腕が良すぎるせいもあるけれど。


「魔力を通せば通すほど硬くなり、熱を持つ特性があります。これなら、極寒の屋外でも凍りつくことはありません」


静寂が支配する工房。

ヴォルク様は、手の中の短剣を、信じられないものを見る目で見つめていた。

そして、ゆっくりと私の方を振り返った。


さっきまでの「邪魔な素人」を見る目は消えていた。

そこにあるのは、底知れない化け物を見るような、畏怖と好奇心。


「……お前、何者だ」


彼は私に歩み寄り、煤けた手で私の肩を掴んだ。

至近距離で、金色の瞳が私を射抜く。


「ただの貴族の娘じゃないな。この知識、この素材を見る目……王都の錬金術師ですら、こんな芸当はできんぞ」


「わ、私は……ただ、石が好きなだけです」


「好き、で済むレベルかよ」


彼はハッと短く笑った。

それは初めて見る、職人としての歓喜に満ちた笑顔だった。


「ルチア。……と言ったな」


「は、はい」


「採用だ。宿代などと言わず、正規の給料を払ってやる」


彼はガシガシと私の頭を撫でた。

力強くて、首が縮むほど痛い。でも、手のひらは大きくて温かかった。


「俺の工房には、お前の目が必要だ。……頼む、俺に最高の素材を教えてくれ」


その言葉は、私がずっと欲しかったもの。

「役に立たない」「気持ち悪い」と言われ続けてきた私が、初めて誰かに必要とされた瞬間。


胸の奥が熱くなる。

私は眼鏡の奥で滲む涙をこらえ、精一杯の笑顔で答えた。


「はい! 任せてください、ヴォルク様! この屋敷のゴミ山全部、私が国宝に変えてみせますから!」


こうして。

「ゴミ拾い令嬢」と「野蛮な鍛冶師」。

世界を変える最強のコンビが、ここに誕生した。

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