表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミ拾い令嬢と野蛮な鍛冶師  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 辺境の繁栄と、二人の指輪

長く厳しい冬が終わり、北の辺境にも遅い春が訪れていた。

雪解け水が小川となり、黒い岩肌の隙間から、力強い緑が芽吹いている。


「いらっしゃいませ! 素材の持ち込み鑑定は二番窓口へ!」

「『黒鋼の剣』の予約は三ヶ月待ちだ! 並べ並べ!」


かつて「死の地」「ゴミ捨て場」と呼ばれたヴォルク様の屋敷周辺は、今や大陸で最も活気溢れる「鉱石特区」へと変貌していた。


あの古代竜討伐と、魔女様による生中継の影響は凄まじかった。

「折れない剣」と「ドラゴンの素材」を求めて、世界中の冒険者、職人、そして商人たちが殺到したのだ。


工房の煙突からは絶えず煙が上がり、リズミカルな槌音が響く。

それは、この街の心臓の鼓動のようだ。


「ルチア様! 東方諸国の貿易商が、新しい『廃材リサイクル契約』を結びたいと!」

「分かったわ、すぐに規格書を持っていく!」


私は書類の束を抱えて走り回る。

目は回るほど忙しい。けれど、以前の王城での「やらされている労働」とは違う。

私の知識が、私の愛する石たちが、この街を動かしているという確かな実感がある。


ふと、工房の窓から外を見ると、一台の質素な馬車が帰っていくのが見えた。

王家の紋章が入っているが、金箔などの装飾は全て剥がされている。


「……お帰りになられるのね」


先日、国王陛下が直々にこの地を訪れたのだ。

名目は「古代竜討伐の感謝」だったけれど、実態は「土下座外交」だった。


王都の騎士団が逃げ出し、聖剣が折れ、辺境伯が国を救った。その事実は覆せない。

加えて、古代竜の素材を加工できる技術は、この工房にしかない。

国としては、ヴォルク様に頭を下げて「素材を卸してもらう」以外に生き残る道がなかったのだ。


結果、この地は王都の干渉を受けない「特別鉱石自治区」として認められた。

そして、全ての元凶であるジェラルド元王太子は――。


   ◇


(南方の石切場)


『おい新人! 石運びが遅いぞ! 腰を入れるんだよ!』

『は、はいっ……くそ、重い……!』


風の噂によると、彼は王籍を剥奪され、名前も捨てて平民として働いているらしい。

かつて「美しいメッキの剣」しか持てなかった手が、今は泥と石にまみれ、皮が剥けて血を流している。


エリーゼ様は言っていた。

『石の重さを知ること。それが彼にとって一番の教育よ』と。

自分の力で持ち上げられないものを、見栄だけで持とうとした代償。

彼がいつか、石の重みと労働の尊さを知る日が来れば……その時は少しだけ、鑑定してあげてもいいかもしれない。


   ◇


「ルチア」


背後から低く名を呼ばれ、私は振り返った。

作業着つなぎ姿のヴォルク様が立っている。

相変わらず顔には煤がついているけれど、その表情からは以前のような険しさが消え、穏やかな自信に満ちている。


「少し、休憩しないか。……お前に、見せたいものがある」


「はい? 新しい合金の試作品ですか?」


「……まあ、そんなところだ」


珍しい。仕事の鬼である彼が、自分から休憩を提案するなんて。

私はエプロンを外し、彼について行った。


連れて行かれたのは、屋敷の裏庭だった。

かつて私が初めてここに来た時、うず高く積まれた「ゴミ山」があった場所だ。


今は綺麗に整地され、私たちが最初に作った『緋色金』のスクラップや、『黒鋼』の試作品が、記念碑のように飾られている。

春の日差しの中、それらはゴミではなく、歴史の証人として輝いていた。


「懐かしいですね。あの日、ここが私には宝の山に見えたんです」


「ああ。……俺にはただの忌々しいゴミ捨て場にしか見えなかったがな」


ヴォルク様が苦笑する。

彼は立ち止まり、ゴソゴソとポケットを探った。

その動きが、妙にぎこちない。


「ルチア。俺は……不器用だ。気の利いた言葉も言えんし、王都の貴族のようなスマートな真似もできん」


「知ってますよ。それがヴォルク様の良いところです」


「……茶化すな。ガルドとエリーゼに脅されて、三日練習したんだ」


彼は咳払いを一つして、赤くなった耳を隠すように顔を背け、握りしめた拳を私に差し出した。


「これを、鑑定してくれ」


彼の手が、ゆっくりと開かれる。


そこにあったのは、親指ほどの大きさの、白く濁った石ころだった。

ゴツゴツしていて、形も歪だ。

道端に落ちていれば、誰もが蹴飛ばすような石。


けれど。


「……っ」


私は息を呑んだ。

震える手でルーペを取り出し、覗き込む必要すらなかった。

私の『構造解析』の目が、その石の正体を瞬時に見抜いたからだ。


「これは……『竜心金剛石ドラゴン・ダイヤモンド』……?」


古代竜の心臓の最深部。

数千年の間、ドラゴンの膨大な魔力と、超高熱、超高圧力に晒され続けた結果、炭素が極限まで圧縮されて生まれた結晶。

『星核』すら凌ぐ硬度を持ち、永遠に輝きを失わない、幻の宝石。


「討伐した竜の残骸を解体していた時に見つけた。……俺の目には、ただの濁った石ころにしか見えねぇ」


ヴォルク様が、真っ直ぐに私の目を見た。

その金色の瞳が、真剣に、そして少しの不安を帯びて揺れている。


「だが、お前なら。……お前の目なら、この中にある『本物の輝き』が見えるはずだ」


「……はい。見えます。世界で一番、硬くて綺麗な光です」


「そうか」


彼は安堵したように大きく息を吐き、そして一歩、私に近づいた。


「俺は、この石と同じだ。無骨で、泥臭くて、外側は傷だらけだ。中身なんて誰にも見てもらえないと思ってた。……お前に会うまでは」


彼の手が、私の泥だらけの手を包み込む。

大きく、ゴツゴツとしていて、温かい。

無数の切り傷と火傷の跡がある、働き者の職人の手。


「お前が俺を見つけてくれた。ゴミだと思っていた俺の剣を、技術を、人生を……『宝物だ』と言ってくれた」


「ヴォルク様……」


「だから、俺にはお前が必要だ。……俺の隣で、一生、俺という原石を磨いてくれねぇか」


それは、あまりにも彼らしい、不器用で実直なプロポーズだった。

完成された指輪を贈るのではなく、「原石」を渡し、「共に磨いていこう」と言う。

幸せを与えるのではなく、二人で汗をかいて幸せを作っていこうという誓い。


視界が滲む。

私は眼鏡を外した。

涙で見えなくなる前に、彼の不器用で愛おしい顔を、しっかりと肉眼で見たかったから。


「……はい。喜んで」


私は笑顔で、ボロボロと涙を流しながら答えた。


「私、石拾いが趣味ですから。……貴方のような素敵な原石、もう二度と離しません」


「ははっ、そいつは頼もしいな」


ヴォルク様が笑い、私を力強く抱き寄せた。

鉄と、火と、日向の匂い。

私が世界で一番好きな、安心する匂い。


彼は私の左手の薬指に、そのゴツゴツした『原石』をそっと乗せた。


「指輪にする加工は、これから二人でやるぞ。……世界最強の指輪にな」


「ふふっ、そうですね。この硬度だと、加工難易度はSランクですよ? 覚悟してくださいね」


「望むところだ」


私たちは笑い合い、そして春の柔らかな日差しの中で、長く口づけを交わした。

そのキスは、どんな完成された宝石よりも甘く、確かな温度を持っていた。


   ◇


数年後。

北の辺境は「職人の聖地」として栄え、その中心には一組の夫婦が営む工房があった。


そこには今日も、多くの人々が訪れる。

「ここに来れば、どんなガラクタでも宝物に変わる」

そんな噂を聞きつけて。


「ルチア! 新しい素材が入ったぞ! 鑑定頼む!」

「はい、あなた! 今行きます!」


私はエプロンの紐を締め直し、愛する夫と、石たちが待つ工房へと走る。

私の名前はルチア・ヴァルカン。

かつて「ゴミ拾い令嬢」と呼ばれ、全てを捨てられた女。


でも今は。

世界で一番幸せな、「宝探しの達人」だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ