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ゴミ拾い令嬢と野蛮な鍛冶師  作者: 九葉(くずは)


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第1話 泥だらけの婚約破棄

「……あった。間違いありません」


華やかな夜会の音楽が遠くに聞こえる、王城の裏庭。

手入れもされず鬱蒼としたその場所で、私は泥に膝をついていた。


先日の記録的な大雨で、裏庭の斜面が崩れたと聞いたからだ。

地層が動けば、眠っていた「歴史」が顔を出す。


私の読みは当たっていた。

崩れた赤土の中から、異質な黒い塊が顔を覗かせている。


腐葉土と油が混ざったような、鼻を突く強烈な異臭。

見た目は、ただの醜いヘドロの塊だ。

普通の人なら、触れることすら忌避するだろう。


けれど、私の目は誤魔化せない。


懐から取り出したルーペ越しに、泥の皮膜の奥を凝視する。

汚れた外見の下に隠された、幾何学的な分子構造。

内部に渦巻く、マグマのような熱量。


(炭素配列、特定。魔力含有量……計測不能。間違いないわ)


これはゴミじゃない。

竜輝石(ドラグナイト)』だ。


かつて神話の時代、ドラゴンが体内で生成したとされる伝説の鉱石。

この国境を守る「大結界」の動力源にもなる、国宝級の素材。


「殿下にお知らせしなきゃ……!」


私は重い塊を、両手で強引に引き抜いた。

ずしり、と鉛のような重さが腕にかかる。

ドレスの袖が泥で汚れ、爪の間に土が入るのも構わず、私はそれを胸に抱いた。


この石があれば、最近弱まっていると噂の結界を修復できる。

そうすれば、美しさばかりを重視するジェラルド殿下も、きっと私を見直してくれるはずだ。


「ルチアは地味で役に立たない」

「石ころばかり見ていて薄気味悪い」


そう陰口を叩かれる私だけど、これなら国の役に立てる。

私はヘドロまみれの石を抱え、煌びやかな光が漏れる大広間へと走った。


   ◇


大広間の重厚な扉を押し開けた瞬間、生温かい空気が肌にまとわりついた。


甘ったるい香水の匂い。

グラスが触れ合う軽やかな音。

洗練された弦楽の調べ。


そのすべてが、泥だらけの私の姿を見た瞬間に凍りついた。


「……なんだ、あれ」

「泥だらけじゃないか」

「臭うぞ、何の騒ぎだ?」


貴族たちの冷ややかな視線が、針のように突き刺さる。

ベージュ色の地味なドレスは泥で汚れ、髪も乱れている。

そして何より、胸に抱えた「異臭を放つ黒い塊」が、この場にはあまりにも異質だった。


けれど、私は足を止めなかった。

ホールの中央、シャンデリアの下に、その人はいた。


婚約者である、ルミナリス王国第一王子、ジェラルド殿下。

プラチナブロンドの髪が、人工的な光を浴びて輝いている。

その隣には、彼好みの華やかなピンク色のドレスを着た男爵令嬢が、ねっとりと寄り添っていた。


「ジェラルド殿下!」


私は人垣をかき分けて前に出た。


殿下が美しい眉をひそめる。

その青い瞳に浮かんだのは、心配ではなく、露骨な嫌悪感だった。


「……ルチアか。遅れてきたと思えば、なんだそのふざけた格好は」


「申し訳ありません! ですが、これをご覧ください!」


私は息を弾ませながら、両手の石を差し出した。

周囲の令嬢たちが「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさる。

石の放つ異臭が広がったからだ。


「裏庭の土砂崩れ跡で見つけたのです! ただの汚れた石に見えますが、これは『竜輝石』です! これさえあれば、国の防衛力は――」


「黙れ!!」


鋭い怒号が、私の言葉を遮った。

殿下が扇子で鼻を覆い、汚物を見る目で私を睨みつける。


「正気か、貴様……。私の神聖な夜会に、そのような汚らわしいゴミを持ち込むとは!」


「ゴミではありません! 解析すれば分かります。この醜い被膜は、魔力を逃さないための天然のシールドなのです!」


「言い訳など聞きたくない!」


殿下の苛立ちが頂点に達したようだった。

彼の手が伸び、私の手から乱暴に石を叩き落とす。


――ズドンッ!!!!


まるで鉄塊を落としたような、重く、腹に響く音が広間を揺らした。


石は割れなかった。

その代わり。

石が直撃した最高級の大理石の床が、蜘蛛の巣状に砕け散り、大きく陥没していた。


「あ……」


私はとっさに石に駆け寄った。

悲鳴を上げる周囲など目に入らない。

震える手で表面を撫でる。


(よかった……ヒビひとつ入っていない)


床を粉砕しても無傷。

その異常な硬度こそが、本物の証だ。


ほっと息を吐いた私に対し、頭上から絶対零度の声が降ってきた。


「……床を壊したな」


顔を上げると、殿下が氷のような目で見下ろしていた。


「ルチア・アースマイン。貴様の奇行にはもう耐えられん」


殿下が広間に響き渡る声で宣言する。


「その薄汚れた感性。常識のなさ。そして何より、未来の王である私への度重なる不敬……。もはや限界だ」


殿下は隣の男爵令嬢の腰を抱き寄せ、勝ち誇ったように告げた。


「貴様との婚約を、今ここで破棄する!」


会場がざわめく。

けれど、誰も私を庇おうとはしない。

「当然だ」「あんな泥まみれの女」「やっとか」という嘲笑だけが聞こえる。


私は砕けた床に膝をついたまま、殿下を見上げた。


「……本気、なのですか」


「ああ、本気だ。父上の許可も得ている。貴様の実家も同意済みだぞ。『金輪際、縁を切る』とな」


実家の家族の顔が浮かんだ。

借金を王家に肩代わりしてもらう条件だろう。

私という娘より、目先の金を選んだのだ。


胸の奥が冷えていく。

悲しみよりも、虚無感が広がった。


「さらに、王命として言い渡す」


殿下は扇子の先で、私と、私の抱える石を指差した。


「貴様を国外追放とする。北の辺境……あの野蛮なヴァルカン辺境伯領へ行け。あのような呪われた土地がお似合いだ」


北の辺境。

魔物が跋扈し、火山灰が降り注ぐ過酷な地。

生きて帰った者はいないと言われる魔境だ。


それは、実質的な死刑宣告だった。


周囲の貴族たちが、憐れみと優越感の混じった視線を向けてくる。

この場で泣き崩れ、縋り付くのを期待しているのだろう。


けれど。


(北の、辺境……?)


私の脳裏に、ある情報が閃いた。

昨日解読したばかりの、古代語の文献だ。


『北の火山地帯こそ、神代の鉱脈が眠る揺り籠なり』


そして、噂に聞くヴァルカン辺境伯。

王都では「煤まみれの鍛冶屋崩れ」と馬鹿にされているが、彼の領地から出荷される鉄には、奇妙なほど不純物が少ないというデータがあった。


ここにはないものが、そこにはあるかもしれない。


少なくとも。

国の宝であるこの石を「ゴミ」と呼び、中身も見ずに床の心配しかしないこの人たちの側にいるよりは、ずっといい。


「……かしこまりました」


私はスカートの泥を払い、静かに立ち上がった。

涙は出なかった。

ただ、腕の中にある石の、確かな重みだけが私の味方だった。


「その処分、謹んでお受けいたします」


深く一礼する。

殿下が少しだけ驚いた顔をした。

私が泣き叫ばなかったのが意外だったのだろう。


「ふん、強がりを。……さっさと失せろ、このゴミ拾い女が」


殿下の罵倒を背中で受け流し、私は踵を返した。

重い扉へ向かって歩き出す。


足取りは、不思議と軽かった。

失ったものは大きい。

家も、地位も、婚約者も。


けれど、私の腕の中には、世界で一番硬くて、可能性に満ちた原石がある。


(待っていてね。いつか必ず、あなたを輝かせてあげるから)


私は石を強く抱きしめ直した。

背後の煌びやかな光よりも、この泥だらけの闇のほうが、今の私には希望に見えた。


私は城を出る。

目指すは北。

「ゴミ溜め」と呼ばれる、宝の山へ。

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