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白竜伝説  作者: 原秋穂


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2.名前を持たない約束

 過ごしやすいキャロティア領での月日はあっという間に流れていった。



 僕の名前はルドセラフ・クロニクル。幼馴染のアルにはルドって呼ばれているんだ。

 もうすぐこの土地に来てから一ヶ月が経とうとしている。つまり、僕の入学する魔法学園の入学式のために王都へ帰らないといけないということ。

 馬車の前に立ったとき、彼女はすごく寂しそうな顔をしていた。アルには兄弟もいないから、一人じゃ退屈なんだろう。


「ルド...。たまには手紙とかも送ってよね。」


 彼女は顔を俯かせる。長い髪がさらさらと彼女の顔を隠すものだから耳にかけてやった。


「もちろんさ!来年アルが来るのを待っているからな。」


 うん、うん、と頷くアル。悲しそうな顔を見ていると僕まで行きたくなくなってしまうじゃないか。だが、時間はあまりないのでそろそろ出発しなくちゃいけない。


「元気でね。」

「アルも元気で!」

 

 いつもは余裕そうな顔をしているアルもこの時ばかりは年相応の笑顔で僕を送り出してくれた。


 だんだん離れていくお屋敷をぼうっと見つめながら、「一ヶ月前の歓迎パーティの夕食はすごくおいしかった...。」なんて考えていた。アルのお母さんがすごく奮発してくれたみたいで、デザートのケーキなんか今までで見たことないくらいの大きさだったのだ。はあ〜また食べたいな。

 学園は寮生なのでここに落ち着いて戻ってこられるのも、卒業する3年後とかになるのだろうか。

 アルの顔を思い出す。あんなに悲しそうな顔をされるなんて思っても見なかったから実のところ結構驚いた。僕のことなんてなんとも思ってなさそうだったのに。

 馬車の揺れに身を任せながら、僕はぎゅっと拳を握る。不安がないわけじゃない。それでも、行かなきゃいけない理由がある。

 それはもう、とうの昔に誓ったこと。


 竜騎士になる。


 もう何回口にしたかわからないこの言葉。しかし言葉にすればするほど、家族や友人に語れば語るほど僕の決意は揺るがないものになっていく。

 魔法学園を好成績で卒業すれば、騎士団に推薦してもらうことができるらしい。

 竜騎士になれば、もっと伝説を知る権利を得られる。しかしそれは騎士として、国に命を賭けるものだけが踏み入る世界だ。


「またアルに怒られちゃいそうだなあ。」


 でも彼女はドラゴンを否定しても、僕の夢を否定したことは今まで一度もない。そんなところが本当に優しい子だなと思う。

 僕は頑張らなくちゃいけない。それは伝説に生きるドラゴンのため、そしてなにより“僕”のためでもあるから。






 楽しい時間はいつも一瞬で終わってしまう。今日は、ルドが王都へ帰る日だ。


「ルド...。たまには手紙とかも送ってよね。」


 一度入学すれば、今までのように気軽に会うことはできなくなってしまうだろう。そろそろルドも縁談がたくさん入ってきているだろうし。

 寂しさなのか、悲しさなのか。自分でも判然としない。だけど今ルドの顔を見たら泣いてしまいそうな気がして、下を見てしまった。

 ルドは優しく髪を耳にかけてくれる。いつもは頼りないのに今日に限ってすごく大人っぽく見えた。


「もちろんさ!来年アルが来るのを待っているからな。」


 何度も頷いた。泣きそうになるのもがまんして、ルドとちゃんと向き合う。

 今日はルドの小麦色の髪が一層輝いて見える。どうせなら精一杯の笑顔で送り出してやろうじゃないか。


「元気でね。」

「アルも元気で!」


 遠ざかっていく馬車をぼんやり眺めながら、そっと胸に手を当てる。

 この気持ちの正体はまだわからない。友情なのか、憧れなのか、それとも。

 でもなんとなく、まだ知らなくていいような気がして。

 ただただ今日ルドと交わした約束はなんとしてでも果たさなきゃいけない。

 そう心に決めたから。



 ルドの馬車が見えなくなってからしばらくして、私は公爵家のお屋敷に到着していた。

 公爵家の私設図書館を使わせてもらうためである。


 私の家と公爵家は馬車で一時間ほどの距離なので、移動にそれほど時間はかからない。三大貴族の一角である公爵家の蔵書数は、王室図書館と比べても大差ないと聞く。

 何度か訪れたことがあるため、屋敷の中へも比較的すんなり通された。


「魔法史の本と……精霊学の本と……。」


 ルドとの約束。

 魔法学園に入学するためには、まだまだ勉強が必要だ。

 小さい頃から貴族としての教養は身につけてきたが、それだけでは足りない。

 私が目指そうとしている学校は、そういう場所なのだから。

 山積みになった本を抱えて図書室を出ようとしたそのとき。足元に落ちていた一冊の本を踏んでしまった。


「わっ......!」


 反射的に目をぎゅっとつぶった。バランスを崩し、体が後ろへ傾いていく。しかし、背中が床に触れることはない。誰かが受け止めてくれたようだ。

 真っ先に目に入ったのは、その人の髪の鮮やかな赤だった。


「ご無事ですか?レディ。」


 

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