1.紅茶とクッキー、それから流星。
『赤のドラゴンはあの子に太陽の温もり、光の抱擁を教えた。』
『青のドラゴンはあの子に水の美しさ、空の輝きを教えた。』
『緑のドラゴンはあの子に大地の優しさ、生きるものの逞しさを教えた。』
ーあの子が知りたいのはそれではなかった。ー
「アル〜。ドラゴンって本当に実在すると思う?」
お昼過ぎのティータイム、緑の瞳を輝かせながら15歳の少年、ルドセラフ・クラロニルは満面の笑みで目の前の14歳の少女、アルトラク・キャロティアになかなか物騒なことを問いかけた。
「そんなものいるわけないのよ!」
自信満々に答える私は西の辺境地を代々治めているキャロティア子爵家の一人娘のしがない美少女である。
ルドセラフも物凄い美貌をもっているのだが、私の珍しい黒髪と青い瞳は彼に劣らぬインパクトを放っていた。
「なんでだよお。歴史の本にはいるって書いてたんだぞ。」
情けない声でこの美少年は反論の声を上げる。じゃあなんで聞いてきたんだ。とおもいつつ、貴族令嬢さながら優雅な微笑みで彼に告げる。
「私が見たことないからに決まっているでしょ〜。」
実際に見たことないのだから仕方がない。そう結論づけるのは、少し乱暴だと教本には書いてあった気がする。
それでも私はそう思った。御伽話に出る悪〜い魔女だって悪戯をする私を懲らしめにくることはなかったのだ。世界の破壊と創造を司る伝説の生き物なんかいるわけがないだろう。
「そんなの暴論じゃないか。」
ルドは納得できていない様子。不満げな顔で私に文句を垂れている。それを横目にカップに残った紅茶と母お手製のジャムクッキーを頬張った。
「僕、ドラゴンを一目見るのが夢なんだあ。できれば
話したい、背中に乗りたい…。」
なんて真面目に言っている変なやつだがこれでも公爵家、しかも名門の三大貴族の次男なんて信じられるだろうか。
クラロニル公爵家とキャロティア子爵家は千年続く交流があるらしく両親同士の仲も良いため、身分の差はあるものの私たちは幼馴染のようなものだった。私が彼に軽い口を叩けているのもこれが理由だ。
そのルドも誰にでも平等に接することのできるなかなかの人格者で、気遣いもできるからかこの家のメイドにもチヤホヤされている。
「ドラゴンがいても特にいいことなんかないじゃない」
かつては魔法が生活を支えていたけれど今は魔力を持たぬものでも生きられる時代だ。人間がそういうふうな仕組みを造った。創造を司る生き物がいなくたって、世界はいつだって人による創造と破壊で溢れている。
「ドラゴンが人にもたらすものはいつも人智の力を超えているものばかりだ!それはアルも知っているでしょ?」
ドラゴン伝説に出てくるものの中には実際にこの世界にまだ残されているものも多く、それらを信じる人々の根拠にもなっているのだ。
しかし500年前からドラゴンの出現情報は一切残されておらず、絶滅しただとか、ドラゴンたちの国にいるとか色々憶測が飛び交っているのだが確かめようがない。ただドラゴンがいろんな国において信仰の対象であることに変わりはない。
「地底ラビリンスみたいに恩恵ばかりもたらすわけじゃないわ。」
彼らは、この世界の魔法の源ーーアリシスの世界樹の下に迷宮を造った。欲を持つものを世界樹に近づくことができないようにするために。一度足を踏み入れればたとえ抜け出せたとしても、いずれ必ずなんらかの死に辿り着く。
「欲が深い人間が悪いんだ!ドラゴンは悪くない!!」
さっきの私と五十歩百歩の暴論をかましている。そんなことなんかどうでもいいとでもいうように彼はその緑の瞳をキラキラと輝かせて、それがいかに素晴らしい存在なのかを長々と語っている。毎日のように力説するものだから、私までドラゴン博士になってしまいそうだ。いつか「ドラゴンの国を探しに旅に出てきます。」とか言いかねない…。
「そういえば、あなた魔法学園に入学したんじゃなかったの?」
ドラゴン博士になる気はないので、今朝ルドが家に来た時から気になっていたことを聞いてみた。魔法学園とはこのアリシス王国唯一の魔法を学ぶことのできる学園のことである。魔術師と栄えてきた家はもちろん三大貴族や王族までもが通うエリート学園だそう。もちろんルドも例外ではない。
ルドは残念そうな顔をして言う。
「王都に流星が墜落したことによる被害が学園にも及んだそうなんだ。復旧工事の影響で入学式が5月に延期になったんだよ。」
流星が落ちたのは知っていたが被害がそんな大きいだなんて知らなかった。5月になるまでの間特にすることもないからキャロティア領まできているのだそう。
「それにしても残念ね。かの有名な学園にせっかく受かったのに一ヶ月もお預けだなんて。」
「ほんとだよ…。なんせ長期休みのせいで宿題が2倍に増えたんだ!!それでなくても多いのにさ〜。やりたくないよう〜。」
なるほど。だから今日は珍しく私をお茶会に誘ったのか。現実逃避っていうわけだ。
そうこうしているうちに空は夕焼けの淡い橙色に染まり、春の心地よい風に肌寒さを感じる。
ルドはというと、小一時間ほど紅茶と読書を嗜む私の隣で宿題をしている。宿題からは逃げられないということに気がついたのだろう。たびたびちょっかいをかけにくるが、それを軽くあしらい最後のクッキーを手にとった。
「知ってる?王都の流星の話。」
遠くからメイドたちの話声が聞こえる。なんだか気になったので、私は思わず注意を向けていた。
「ドラゴンの怒りをかったんじゃないかって。」
「最近はあまりよくない噂も流れているものね。」
流星。確かに王都に落ちるのは少し不自然だ。世界樹の加護があるこの国で、よりにもよって王都に流星が落ちるなんて。黙々と考えていると、
「アル〜。寒くなってきたから家に戻ろお。」
ルドがわざとらしく身震いさせていう。かくいう私もそろそろお腹が空いてきた頃だったので、仲良く2人で家に戻った。今日は歓迎パーティーなので豪華な料理が待っているのだ。そろそろ完成する頃合いだろう…。
その時の私は流星のことなんか頭の隅に追いやられていたのだった。




