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未来の私が破滅したので真相を暴いたらなぜか冷血王子に溺愛されてた

作者: ネペタ
掲載日:2025/11/07

 広大な王都の中心に、高く聳(そび)え立つクレイス城。


 その城内でも、より一層荘厳な雰囲気が漂う儀式の間に、多くの王族や貴族が集まり、上座にある大きな装飾鏡に注目していた。


 その鏡に、これから起こる未来を映し出すのが私の役目。


 国の主要人物が一堂に会し、来週起こる出来事を皆で共有する場であり、私が宮廷魔法使いになってから半年間、毎週行われている重要な儀式。


 そんな国の未来を左右する大事な儀式の主役が、恐れ多くも私なのだった。


 予知能力……ど田舎生まれの平民が、王都のお城勤めができる程の特殊魔法――信じられないことに、私はそれを持っていた。


 幼少期に発現して、無自覚に未来を言い当てまくったもんだから、当時田舎は大騒ぎ。


 奇跡の占い師として聖女扱いされつつも、普通の少女時代を過ごしていると、噂を聞きつけて田舎にやって来た魔法使いに『それ、幻って言われてる未来予知の魔法なのでは?』と指摘されて、紹介されるがままに王都の魔法院へ行って調べると、本当に未来予知魔法だと判明して、さらに大騒ぎ。


 すぐに王都に移住して、魔法院直属の学校に転入して、魔法石をあしらった装飾鏡に『未来の映像』を映し出せるようになると、さらに空前絶後の大騒ぎ。


 お城に呼ばれて、あっという間に宮廷魔法使いになってしまった。


 田舎の平民が宮廷魔法使いに就任なんて、もちろん前代未聞で史上初のこと。

 しかも、『幻の未来予知者』って事でさらに話題沸騰で注目の的に。


 王都のみならず、国中の田舎の隅々まで私の名が知れ渡り、めちゃくちゃ有名人になってしまった。


 もちろん、田舎から王都へ、王都からお城へと環境が変わる度に、筆舌しがたい苦労もしたけど、この魔法のおかげで国のために働けて、故郷の両親もとても喜んでくれていた。


「今週もよろしく頼むぞ、予知者リナリア」


「はい。国王の期待に応えられるよう尽力致します」


 国王の言葉に、気を引き締めて返事をする。

 国王は、威厳の中にも温和な人柄が滲み出ていて、国民からの信頼も厚い王様だ。


 予知能力を高く評価してくれていて、私に対してもとても優しくて、私の両親と同年代という事もあり、敬意と親しみを感じていた。


「皆揃った……さっさと始めろ」


 国王の子息・ジュネル王子が、冷たい声と目線で私に命令した。


 国王と違って、この王子は威厳のみだ。


 他人を寄せ付けない氷のような存在感で、容姿端麗な美貌も相まって、とても近寄れる雰囲気ではなく、私がお城勤めになってからも会話をしたことがなかった。


 一応頑張って挨拶しても全く無反応で、返事をされた事がない。

 誰に対してもその態度なので、『冷血王子』と巷で囁かれていた。


「かしこまりました」


 そんな王子の命令に従い、身の丈程ある装飾鏡の横へと移動すると、集まっている王族貴族に一礼した。


「さて、来週は何が起きるかな?」

「先週の『ビンガ強盗団が王都に現れる』って予知で、無事未然に撃退出来たのは本当に助かった」

「未来予知があれば、この国は安泰だな」

「予知者様々だ。若いのに大したものだ」


 貴族達の和やかな談笑が聞こえる中、動物の鳴き声のような切り裂き声が響いた。


「騙されてはダメッ! そろそろ田舎者下民の化けの皮が剥がれる頃よ!」


 貴族の1人……侯爵令嬢のバーベラ嬢が、ヒステリックな様子で騒ぎ始める。

 それに便乗して、王弟であるモンドル公も、同様に口角を歪ませている。


「なんせ予知者は平民出だ。どんな腹積もりか分かったものではない」


 貴族の中には、平民出身の私を良く思わない者も当然いる。


 中でも、バーベラ嬢とモンドル公は、飽きもせず毎度毎度ネチネチと嫌みを口にする人物だった。


 特にバーベラ嬢は、同い年のせいなのか、嫌みだけでなく、私への嫌がらせも執拗だった。


 それをスルー回避する度に、『なぜ貴族のお嬢様なのに、こんなにも余裕がないのだろう』と心底不思議だった。


「モンドル! いい加減にしろ! バーベラも、失礼な事を言うものではない!」


 国王直々に窘(たしな)められても、モンドル公とバーベラ嬢は、おどけたように歪んだ笑顔を崩さず、ヘラヘラした態度で反論した。


「いやいや、私は『平民は何をするか分からない』と、一般論を口にしたまでですよ」

「そうですわ! 田舎の下民が、何か企んでいないかと心配しているんです!」


「静かにしろ。退席させるぞ……おい、早く始めろ」


 冷血王子が場の空気を凍らせて場が静まると、私は言われた通り未来予知の魔法に入る。


「キャ―――! ジュネル様ぁ♡ 今日も素敵ぃ! クールでたまらなぁい♡」


 そんな中でも、お構い無しに感情発露するバーベラ嬢のメンタルに呆れつつ、鏡に向かって手を伸ばした。


 目を閉じてふうっと息を吐き、呼吸を整えてから再び目を開ける。


『未来予知開始―――』


 大きな鏡に、映像が浮かび上がる―――。


 ◇


 鏡には……私が剣を手にして……。

 その剣で、国王の胸を貫く様子が映し出された。


「え?」


 全く予期しない光景に、頭が真っ白になる。

 そんな……あり得ない……。


「キャ―――!?」

「なんてことだっ!」

「なんと惨い……!」


 その光景を目の当たりにした王族貴族達の悲鳴が、次々に響き渡る。


 鏡の中の映像は続き、国王の返り血を浴びて真っ赤に染まった私の前に、冷血王子が現れて『父の仇……死ね下民』と呟き、私の首を剣で切り捨てた。


 自分の首が飛ぶ様は衝撃的で、吐気と嫌悪感が込み上げる。


 そして、国王亡き後……ジュネル王子はまだ若いという理由で、モンドル王弟が王位につく事となり、宮廷魔法使いにはバーベラ嬢が就任していた。


 バーベラ嬢は、貴族の占い師として微弱の魔法は使えると知ってはいたけど、まさか王家に重用される宮廷魔法使いになるなんてあり得ないと思えた。


 しかし、これはジュネル王子の強い推薦によるものだった。


「バーベラの占いは、さすが貴族という華麗な魔法だ。どこの馬の骨かも分からん下民よりも遥かに素晴らしい。いずれは我が妻に迎える」


 冷血王子の婚約宣言に、国王となったモンドル公も快く承諾して、若い2人は王都中から祝福を受けていた。


 一方、私の頭部は王都広場で晒し首となり、多くの人々から憎まれ、唾を吐き捨てられていた。


 こんなにも私は王都民から嫌われていた……と、誇示するような光景と共に映像は終わった。


 私は、目眩と吐気が止まらなかった。


 ◇


「なんということだ……これが来週起こる出来事……」

「国王が、宮廷魔法使いに暗殺されるなんて……」


 儀式の場は、騒然となっていた。


 私は吐気を抑えて、出うる限りの声で叫ぶ。


「私が国王を手に掛けるなどあり得ません! 今のは予知された未来ではなく、でっち上げ映像です!」


「そうだ……! これは何かの間違いだ!」


 国王も私に同意してくれるのと同時に、冷血王子も冷静な口調で語り始める。


「その女に、剣で国王を殺害する腕力など無い。そもそも常に護衛がいる国王に、その女が普段持たない剣を手に近づくなど、すぐに取り押さえられて終わりだ」


 ごもっともな意見に、私は勢いよく頷いた。


 しかし、ここぞとばかりにバーベラ嬢とモンドル公が、嫌みたらしく捲し立てる。


「果たして、そうでしょうかぁ? 国王は随分と予知に心酔して、その下民女を大層お気に召しているご様子……愛人という噂があるのをご存知ですかぁ?」


「高貴たる王が、平民出のゲテモノ女とまぐわうなど王家の恥だ! 王弟として嘆かわしい限り!」


 わざとらしい表情と、身振り手振りで嘆いて見せる。


「親子くらいの年の差があるのに、お盛んですことぉ」

「それほど蜜月ならば、暗殺の機会などいくらでもあるのではないかな?」


「何を馬鹿な! 根も葉もないことを言うでない!」


 温厚な国王も、さすがに怒りを露にしている。


 まったく、空想をベラベラと当然のように喋っている、彼らこそが嘆かわしいと心から思った。


 そもそも、誰がゲテモノ女だ。

 私は一応、田舎では美人と評判なんだ……田舎では……。


「この薄汚い下民の女狐が、卑しくも王家の懐に入り込んでる状況が異常なのよ! いつかこうなると思っていたわ!」


 一方的に敵意を向けてくるバーベラ嬢に、私も敵意を込めて反論した。


「繰り返しますが、私が王を手に掛ける事などあり得ません! この未来は捏造されたものです!」


「適当な事をぬかすな! そんな証拠あるのか!」


 モンドル公の罵声に対して、国王は真っ直ぐに反論した。


「証拠など……これまでリナリアの予知で、我が国は救われてきた! それが何よりの証だ!」


 そう訴える国王に対して、申し立てるように貴族の1人が進言した。


「いえ、国王……その予知が、この血塗られた未来を示したのです」


 周りの貴族達も同意を示して頷いている。


「そうです。この鏡に映る未来が真実であることは、これまでの実績で証明されています」


 今まで1度も外した事のない未来予知……その信頼が国王暗殺の未来に、拭い難い説得力を与えている。


 それは、私自身気づいていた……。

 鏡に映った時点で、どんなに訴えても覆らないことを。


 しかし、それでも訴えなくてはならない。


「これは罠です! 鏡が偽物にすり替えられた可能性があります! 私だけでなく、王や国をも陥れる陰謀です!」


「黙れ! 見苦しい言い訳を吐きおって! 国王を暗殺など言語道断! 投獄しろ! すぐに処刑の準備だ!」


 モンドル公の命令で、警備兵が私を取り押さえると、バーベラ嬢が近づいて来て、私の顔に唾を吐いた。


「この神聖な儀式の間で、下民の臭い息を撒き散らさないでくださる?」


 全身に、不快感と嫌悪感が駆け巡る。


 絶望感と屈辱感に支配されて、なす術無く呆然と連行される私に、バーベラ嬢は侮蔑の視線を向けて勝ち誇った笑顔を見せていた。


「やっと目障りなゴミが視界から消えてくれるわ! せっかくだから、処刑は特等席で見ててあげる! 感謝しなさい!」


 歪んだ笑みを浮かべる令嬢を見据えながら、私はこの半年間、仕事場だった儀式の間を後にした。


 ◇◇


 城の地下牢に入れられた私は、国王の嘆願で処刑は免れて、1週間の投獄で様子を見る事になった。


 悪い予知が出た時は、それを起こさないように対策する事で、回避出来るのが未来予知の利点の1つ。


 私を隔離する事で、暗殺事件を回避する方針のようだ。


 とりあえず、命は助かった……国王には感謝してもしきれない。


 でも、国王暗殺未遂犯のレッテルは消えない。

 当然、宮廷魔法使いも解任されるだろう。


 もう王都には居られないし、こんな事知れ渡ったら田舎にも帰れない。

 故郷の両親の悲しむ姿が思い浮かんで胸が痛んだ。


 途端に、悔しさと苦しさが同時に込み上げる。


 仕事も故郷も、全て失ってしまう。

 あんな偽物の未来のせいで……私は嵌められた。


 明確に怪しいのが、バーベラ嬢とモンドル公だ。


 性格に難があるバーベラ嬢は、容姿だけは王都屈指の美女と名高く、貴族の特権意識も強いゆえにプライドが高い。


 だからなのか、平民出の私を過剰に憎んでいる節がある。


 モンドル公も王位に執着していて、以前クーデターまがいの事件を起こしたと聞いたことがある。


 その時は、国王による実弟への配慮で、寛大な処置に留まり、モンドル公も以降はおとなしくなったらしいけど……国王に重用されてる私に敵意を隠していない。


 でも、残念な事に、あの2人の仕業だという証拠がない……。


 ◇


 どうしようと頭を悩ませていると、ジュネル王子が接見に来た。


 冷血王子が、わざわざ地下牢に来るなんて何事だろう……。

 鉄格子越しにそう思っていると、氷のような視線を突き刺してきた。


「あの予知は何だ?」


 恐ろしく冷たい声。

 一瞬躊躇したが、正直に話す。


「鏡がすり替えられていた為に、正しい未来が投影出来ませんでした」


「……『鏡が偽物、あの未来は捏造』と言っていたな」


「はい……」


「なぜ、あれが捏造だと? 予知者も、鏡に映る時が初見ではなかったのか?」


「それは……」


 未来予知に関しては『鏡に映った時に、それを見て私自身も初めて未来を知る』と説明していた。


 しかし、こうなってしまった以上、話した方が身のためだ。


「申し訳ございません……事前に私が予知結果を知っていると分かれば、鏡に映す際に作為的な編集や改竄を疑われる可能性があると思い、言い出せませんでした」


 平民出の私の立場からすると、王族貴族達から無用な疑念をかけられたくない気持ちが強かった。


 特に、執拗に因縁を付けてくるあの2人を目の当たりにしてからは、この判断は正しかったと常々思っていた。


「国王にはお伝えしてあるのですが、この事は隠すように言われていたので……」


「当然だ。予知の原理は秘匿するのが得策だ。今回のような捏造も、簡単に見分けが付くからな」


 意外な言葉に、私はハッとした。


「あれが捏造だと信じてくださるのですか?」

「お前が『鏡がすり替えられていた』と言うなら、そうなのだろう?」

「それは、そうですが……」


 あの冷血王子が、こんなに素直に信じてくれたのを不思議に思っていると、私の思考を見透かしたように、その美貌を私に近づけてくる。


「予知者リナリア……お前のこれまでの功績は計り知れない。敵国襲撃や災害予知など、判明していたからこそ、対処して救えた命は数えきれない」


 初めて名前を呼ばれた……というか、私の名前知ってたんだと驚いた。


 女に全く興味なさそうだし、平民出の私の事なんて全く視野に入ってないと思ってた。


 それに『予知能力者が予知をするのは当然だ』と言わんばかりの態度だったので、ちゃんと評価されてるなんて思ってもなかった。


「何より、俺がお前を見殺しにして、あの無礼女を宮廷魔法使いにするなど絶対にあり得ない。まして妻にするだと? ふざけるのも大概にしろ。腸が煮えくり返って反吐しか出ない」


 バーベラ嬢との婚約が余程気に食わなかったご様子で、凄まじい威圧感を放っていた。


 そんな怖くて美しい……近寄り難い顔を近づけたまま、王子は私の目を見つめた。


「お前のことは……リナリアのことは信頼している」


 地下牢に入れられてる私の立場的に、王子にそう言ってもらえるのは本当にありがたい。

 けど、そんな怖い感じじゃなくて、もう少し優しく言っていただけると尚ありがたい。


「なんだその顔は? なにか不服か?」


 しまった、表情に出てしまったようだ。


「いえ、その……国王と違い、王子は孤高のお方なので……信頼と言っても実感がなく……」


 私の言葉に、王子は目を細めて眉間にシワを寄せる。


「父上は……国王としては優しすぎる。だから舐められる。クズ共がつけ上がる。王の威厳が損なわれてしまう。王の血筋の者ならば、孤高であるのは当然だ」


「でも、優しい王は素晴らしいと思います。国王は威厳と共に優しさをお持ちなので、国民に慕われる王様なんだと思います」


 素直な感想を言うと、王子はさらに怖い顔でギロリと睨んできた。


「……お前、まさか本気で国王におかしな感情を抱いているのか?」


「まさかっ! 違いますっ!」


 そんなわけないでしょっ!

 国王に親しみは抱いてるけど、あなたには親しみが無さすぎるのが問題なんでしょうが!


「孤高過ぎるのも、どうかと思っただけです! 確かに敵にまで優しくするのはどうかと思いますけど、味方まで冷たくして遠ざけたら良くないと思ったんです。実際、私も王子に無視されてると思ってましたから……」


「無視などしていない」


「ですが、ご挨拶してもお返事をいただいた事がありません」


「何を言う……ちゃんと心で挨拶している」


 なんだそりゃ……孤高と言うか俺様気質が伺える。

 さすが王子様だ。


「言わせておけば、そちらこそ俺を信じていないようだな。随分父上に心酔しているようだが、予知者の噂を聞いてお前の故郷に使いを出したのも、魔法院から引き抜いて宮廷魔法使いにしたのも、父上に予知の秘匿を進言したのも俺なんだがな」


「えっ!? そうなんですか!? どうして教えてくれなかったんですか?」


 私に興味を示して重用してくれてるのは、国王だけだとずっと思っていた。


「孤高で居るためでもあったが、殊更(ことさら)言う必要はないと考えていた……だが、国王の愛人などという噂が立っているとは想定外だ。当のお前も満更ではなさそうなのが腹立たしい」


「滅相もない!! 私もそんなの初耳です! あり得ないので安心してください!」


 何を安心するのか分からないけど、必死に訴えた。


「そうだ、『あり得ない』で思い出した……話が逸れたな。あの捏造予知の件……何者かが鏡をすり替えて、あらかじめ仕込んでいた国王暗殺の映像を流したという事でいいな?」


「はい、間違いないです」


「分かった……もう少し辛抱してろ。その薄汚い牢から出してやる」


「は、はい……感謝致します」


 心からお礼を言って、ペコリと頭を下げると、王子はこちらに背を向ける。


「こんなところで、お前を失う訳にはいかないからな」


 そう言って、行ってしまった。



 一気に緊張が解けて、座り込んでしまう。


 国王に続いて、王子に信じてもらえたのは救いだ。


 それにしても、王子とこんなに会話が出来ると思わなかった。

 クールなのは変わらないけど、冷血という印象はなくなっていた。


 王子がああ言ってくれるなら、本当になんとかなるかもしれない。


 そう思っていた。


 ◇◇


 その日の夜――。


「出ろ……国王がお呼びだ」


 警備兵から告げられて、地下牢の扉が開かれる。


 もう解決したの?

 国王と王子が味方してくれてるんだから、早々に冤罪が晴れても不思議ではないけど……。


 でも、なぜこんな深夜に……。


 釈然としないまま警備兵の後に付いて行き、案内された部屋に入る。


 すると同時に、床に血塗れで倒れている国王の姿が目に飛び込んできた。


「国王……!?」


 急いで駆け寄って脈を確かめるが、既に息絶えている。


 国王は胸から大量の血を流していて、あの予知通り剣で貫かれた可能性が高い。


 一体誰がこんな事を……?


 混乱する思考の中、すぐに王子に知らせなければと考えた瞬間、背中に激痛が走った。


 え……?


 視線を落とすと、私の胸から剣の刃が生えていた。


 背後から串刺しにされたと悟ると同時に、剣が私の身体から引き抜かれる。


 強烈な痛みと共に、大量の血が溢れ出した。


「ぐっ……! なぜ……」


 流れ出る血を手で抑えながら振り向くと、地下牢から一緒だった警備兵が剣を携えていた。


 その警備兵の姿が歪んで、別人に変貌していく……。


 それは、先週投獄されたビンガ強盗団のリーダー、ビンガ本人だった。


 幻覚魔法で姿を変えていた……!?

 なぜ、投獄されたこいつが牢を出てる?

 それに幻覚魔法の使い手は、魔法院に収監されてるはず……。


 パニックになりながらも、意識はどんどん薄れていく……。


「せっかく王都まで来たってのに、予知者(おまえ)のせいで何もしないまま捕まっちまったからな。これで復讐完了だ。予定外の王殺しの仕事で、桁外れの報酬もゲット出来るし、怪我の功名ってやつだな」


 こいつが国王を……。報酬って……。


「さて処刑の時間だ。その首を飛ばして広場に飾ってやるよ!」


 ビンガが剣を振りかざした瞬間、王子が部屋に入って来て、一目散に剣を抜きビンガの首を刎ねた。


 その首が床に落ちるより早く、王子は血塗れの私を抱きしめていた。


「大丈夫か!? すぐに医師を呼べ!」


 誰かに指示をして、私の頬に手を添える。

 朦朧とする視界には、王子の綺麗な顔がいっぱいに映っていた。


 ああ……表情を全く崩さない人なのに、こんなに悲しい顔するんだ……。


 まさか自分が、男の腕の中で死ぬとは思ってなかった……。

 しかも、あの冷血王子の……。


 私の血で汚して申し訳ない。

 そんなことを、消えゆく意識の中で思った。


 何かを叫んでいる……でも、もう聞こえない。



 ◇◇◇◇



 目を覚ますと、私室のベッドの上にいた。


 胸に手を当てて、傷がない事を確かめてから、大きく息を吐いて呼吸を整える。


 とんでもない未来(ゆめ)だった。


 夢の中で死ぬのは、生まれて初めてだ。

 でも、まさか本当に自分が死ぬ時に王子の腕の中にいるとは思わなかった……。


 とか言ってる場合じゃない!


 次の儀式は明日だ。

 なんとかしないと、今見た未来(ゆめ)が現実になってしまう!


 ◇


 私の未来予知の方法は『予知夢』。


 眠っている間に夢で未来を知り、その夢を鏡に映し出す魔法だ。


 予知夢を見る日は週に1回の不定期で、翌週起こる未来を見ることが出来る。


 ただ、この予知夢は『私に関わる未来』しか見ることが出来ない。

 だから、子供の頃は私が住んでいる田舎の未来しか分からなかった。


 王都に来てからは王都の未来が、宮廷魔法使いになってからはお城の未来が、お城には国中の情報が集まるので、国の未来が必然的に予知出来るようになっていった。


 私の予知魔法の特性を知った国王が、積極的に私と関わることで、国の未来を予知出来るようになると考えたそうで、私を宮廷魔法使いにしてくれたのも、そういう経緯からだ。


 さらに、予知夢を鏡に映して他者に見せられるのも大きな利点なので、儀式化して国の重役達にも未来を見せて共有出来るようにした。


 その儀式の際、未来予知に重要なのは鏡の方だと皆に思わせた。


『鏡の代わりはあるが、リナリアの代わりはいない。リナリアの身と、機密を守るために予知夢の事は秘匿とする』


 そんな国王の配慮で、夢で未来を見ていることは公になっていない。


 でも、まさか国王じゃなくて、実は王子の指示だったとは、昨日寝るまで本当に知らなかった。


 国王暗殺なんて非常事態が起こったから、王子と話せて発覚したことだ。


 無視されてると思ってたけど、冷血王子にずいぶん大事にされてたんだと知って本当に驚いた。


 ◇


 とにかく、何もしなければ明日の儀式の時に、今見た夢が現実に起きてしまう。


 まずやるべき事は、鏡の確認だ。

 すり替えられているなら、元の鏡に戻さないと……。


 鏡のある儀式の間は、儀式以外の時は王族しか入れない。


 ゆえに、王弟であるモンドル公ならすり替えが可能……間違いなく犯人だろう。

 捏造の内容からして、バーベラ嬢も共謀していると考えていい。


 あの2人を、なんとかしないといけない。


 儀式の間に入れる王族で、2人に敵対してくれる人物となると王子しか思い浮かばない。


 無視されてると思ってたけど、そうじゃないって分かったし、王子の協力なくして解決は出来ないと思った。


 儀式まで猶予がない……急がないと。


 ◇◇


「ジュネル王子、おはようございます」


「…………」


 挨拶をするが、いつものように無視されてしまう。

 いや、心の中で返事してくれてる……はず。


「王子、折り入ってお話があります。少しお時間宜しいでしょうか」


 私からの申し出に意表を突かれたらしく、怪訝な瞳で私を見ている。


「…………」


 表情を変えず、無言のまま、じっと私の真意を窺っているご様子。


 王子は背が高いので見上げる形で眺めていると、改めて綺麗な顔だなぁと感心してしまう。


 だが、こうしてても話が進まないので、ここは単刀直入に協力をお願いするべきだと考えた。


「未来についてのお話です。王子は、私がどうやって未来を予知しているかご存じと思います」


「…………」


 無言を貫いている王子が目を細くした。


「私を田舎から王都に呼び寄せたのも、宮廷魔法使いにしてくださったのも、私の身を案じて予知に関する事を秘匿にしたのも、国王ではなく王子だと知りました。今までお礼を言えず、申し訳ございませんでした。心から感謝致します」


「…………なるほど。どんな予知夢を見たのか知らんが、俺がお前にそんなことを話す『何か』があったという事だな」


「はい……王子はお父上よりも『王の威厳』を重んじて、孤高であろうとしているため、私にはお伝えしなかったと伺いました」


 王子は目を見開いた後、妖しい表情で笑った。

 笑顔を見たのは初めて……あまりの妖艶さに鳥肌が立った。


「面白い。どんな未来を見たか話せ」


 ◇


「……次の儀式で『お前が国王を暗殺する予知』が捏造されて、本当に国王もお前も死ぬ……か」


 王子と共に儀式の間に移動して、予知夢の内容を説明した。


 儀式の日以外でこの部屋に入るのは初めての事で、当然密室に王子と2人だけという状況も初めてだった。


「はい……実行犯は強盗団のビンガで、報酬を貰って国王を手に掛けたと仄めかしていました」


 国王に続いて私を殺し、王殺しの罪を着せて、晒し首にする算段だったのだろう。

 あの予知の後に、本当に国王が殺されたとなれば、皆私がやったと信じて疑わないはず。

 私を殺して死人に口なしにすれば、難なく予知を再現できる。


「ビンガは投獄中だ。牢から出した人物がいるな。……鏡はどうだ?」


 鏡に予知夢を投影をするが、何も映らなかった。

 ということは……。


「すでに、偽物にすり替えられています」


 今週の儀式は明日なのだから、無理もない。


「では、この鏡に捏造された映像が仕込まれている訳か。しかし、これでハッキリしたな。この部屋に入って鏡をすり替えられる人物……捏造の内容からして、犯人はモンドルで間違いない。あの王家の恥さらしが……犯罪者を使って国王暗殺を企んでいるとは、父上の温情を仇で返しやがって……」


 叔父である王弟の愚行に、王子は怒りを露わにしていた。


 私はもう一つの懸案事項である、この鏡に仕込まれた映像についての指摘をした。


「予知の捏造には、幻覚魔法が使われたと考えられます。魔法院に収監されている犯罪者ネンバーが関与している可能性が高いです」


「あのド変態か……ちっ、だから捕まえた時に殺しておけば良かったんだ……」


 幻覚魔法使いネンバーは、王子と同い年で、同じ魔法院直属の高等学校に通っていたそうだ。


 王子とネンバーは当時から気が合わなかったらしく、ネンバーが希少な幻覚魔法の使い手となって以降も、王家で仕事を頼む事はなかったと聞いた。


 そんなネンバーは、何を思ったのか……私のフェイクヌード画像を幻覚魔法で制作、販売していた罪で先月摘発されていた。


 希少魔法をそんな事に使ったのにも呆れたが、『なぜ私?』と意味不明だった。


 供述によると、『未来予知の宮廷魔法使いで人気があったため、需要があり売上が見込めると思った』そうで、実際かなり儲けていたと聞いた。


 被害者の私としては、もちろん心外で嫌悪感も凄かったけど、所詮は偽物なので当事者意識は希薄だった。


 それよりも王子がブチギレたらしく、『ネンバーを処刑する』と言って聞かなかったそうだ。


 罪の度合い的に処刑は重いし、レアな幻覚魔法使いを失うのはもったいないと国王や魔法院に説得されて、ネンバーは実験体として魔法院に収監される事で決着した。


 あの時は同級生の不祥事に憤り、厳しい処分を求めてるのかなと思ったけど、今思うと私を慮っての事なのかな……とありがたく感じてしまう。


「奴なら捏造映像を作る事は可能だろうが……くそっ、あの変態まで絡んでいるとは……」


 ポルノ偽造のインパクトが強くて忘れてたけど、ネンバーの幻覚魔法なら変身を駆使して、あの捏造映像を作成出来るはずだ。


 ビンガが警備兵に化けてたのも、幻覚魔法で間違いない。

 モンドル公がネンバーと接触して、協力関係を築いたと見るべきだ。


「ですが、証明が出来ません……予知夢の中で、私も王子も国王も事前に気づけなかった事から、証拠を見つけるのは難しいと思われます。本人達を問い詰めても、絶対に白を切るでしょうし……」


 2人ともガバガバな性格だけど、さすがにこの計画は周到に実行したのが窺える。

 現に、今すり替えに気づいたくらいだ。


「再び鏡をすり替えれば、奴らの企ては阻止出来る。ビンガの牢の警備を厳重にすれば、父上とリナリアが死ぬことはないだろう。しかし、奴らを告発までは出来ないという事か……確かに、証拠がないから立証は難しい。今後も、クズ共は野放し状態になる」


 王子は悔しさを滲ませていた。


 私だってあんな目に遭わされているのだから、当然悔しくて堪らない。

 奴らのしたことを、白日に晒したい。


 私は覚悟を決めて、ある提案をした。


「……ジュネル王子、完璧な証拠を得る方法があります」


「なんだ? 言ってみろ」


「夢の深掘りです。予知夢にさらに潜る……『潜夢(サルベージ)』を行えば、事実が全て解ります」


「潜夢(サルベージ)? 詳しく説明しろ」


 怪訝な様子で問いかける王子に、緊張しながら語り始める。


「予知夢は、私に関係する未来を見る事が出来ます。逆に言えば、私視点で見聞きしたものしか知ることが出来ないという事です。潜夢(サルベージ)は、再度予知夢に潜ることで、客観的に事実を見ることが出来るんです」


「なるほど、奴らが何をやったか見れる訳か」


「はい。ですが、潜夢(サルベージ)は私1人では出来ません。夢に深く潜るため、命綱がないと戻れなくなり……眠りから覚めなくなってしまうんです」


「……かなりのリスクだな。命綱というのは何だ?」


「異性……つまり男性と手を繋いで寝る事で、再び目覚めることが出来るようになるんです」


「……男と? 試した事があるのか?」


 王子が目に見えて、厳しい顔になった。

 微かに、声も震えてる気がする。


「初めて潜夢(サルベージ)を行った時は無自覚だったんです。まだ田舎に居た頃で、私は3日間眠り続けたそうです。母が祈るようにずっと手を握ってくれたけど目を覚まさず、憔悴した母に代わって父が手を握ると目覚めたんだそうです」


 その時は異性というより、父が目覚めのトリガーなんだと思っていた。


「自覚的に潜夢(サルベージ)を使った事もあります……母が事故死する予知夢を見た時です。あの時は心臓が止まるかと思いました。私視点ではどのように事故に遭ったのか詳しく分からなかったので、絶対に回避する為に、詳細な未来を見たくて父に手を握ってもらい夢に潜りました」


「そうだったか……母親は無事に救えたのか?」


「はい、あの時ほど自分の魔法に感謝した事はありません……大切な人を救えた体験があったからこそ、王都からのお誘いを受ける事にしたんです。両親も、私の力が多くの人々の助けになると喜んでくれました。なので、王子には感謝しております」


 王子は怖い顔から一転、安心した様子を見せたので、私もほっとした。


「それにしても、今度は自分が死ぬ予知夢を潜夢(サルベージ)するとは思っていませんでした」


「それは……父親でなく、男であれば目を覚ます事が出来るのか?」


「試したことはありませんが、魔法院の話では父限定ではないそうです。ただ、私を眠りの世界から連れ戻すだけの引力が必要になると……」


 気まずくて、視線を合わせず説明したので、王子の反応が気になった。


 チラリと目を向けると、いつもの冷静な表情をしていた。


「つまり、リナリアに目覚めて欲しいと強く願えば良いという事だな。それなら問題ない」


 昨日までなら信じられなかったけど、あの夢を見た後なら、王子の言葉を信じられる。


「はい……私が死ぬ時、助けようとしてくれた王子を見ているので、信頼して夢に潜る事が出来ます」


 ピクリと、王子の表情がひきつった気がした。


「……癇に触る。見透かされてるようで気分が悪い……が、所詮予知夢の俺はリナリアを死なせてしまった愚図だ。この俺は違うという事を見せてやる。ついて来い」


 不敵な笑みを浮かべて、王子は私に命じた。


 ◇◇


 潜夢(サルベージ)は、なんと王子の寝室のベッドで行うことになった。


「安全性と機密性で言ったら、これ以上の場所は無い」


「ですが、私のような庶民が王子の私室に入ってよろしいのですか?」


「リナリアは、王家直属の宮廷魔法使いだ。不自然ではない」


 絶対に不自然だと思ったけど、当然のように言う王子に押し切られてしまった。


 でも、私の部屋に王子を招くわけにもいかないし、安心して眠れる所が他にないのも事実……。

 時間も無いし、腹を括って了承することにした。


 そうは言っても、王子のプライベート空間に入るなんて当然初めてで、しかも寝室なんて未知の領域だった。


 王子の私室に入り、寝室に通されると大きなベッドが目に入る。


 それまでは恐縮と緊張が強かったけど、ベッドを前にすると、一気に期待と高揚感が押し寄せてきた。


 私の予知夢は、眠りを生業にしてるので、田舎に居た頃から寝具にはかなり気を使っていた。


 王都に来てからは、質が高くて種類も豊富な寝具に感動しながら眠りにつき、両親の元を離れて1人で暮らす寂しさを埋めていた程だ。


 宮廷魔法使いになってからは、より良い眠りのためにお給金をつぎ込んで、上質で快適な睡眠ライフを築き上げていた。


 そんな私自慢の寝具より、遥かに気品がある……さすが王子の寝具だ。


 ベッドもシーツも枕も…………見た目や手触りで、どれも最高級品だと分かる。


 お店で売ってる物ではなく、オーダーメイドなのだろう。

 どれくらいの値段なのか、見当がつかない。


 恍惚としている私に、王子が寝間着(パジャマ)を差し出した。


「来客用のものだが、良かったらこれを着ろ」


 良い睡眠に寝間着(パジャマ)は必須なのでありがたく受け取り、王子が気を遣って寝室から出ている間に急いで着替える。


 なんという高級感溢れる肌触りと着心地……こんなパジャマ着れるなんて……と、うっとりしてしまう。


「ありがとうございます。着替え終わりました」


 寝室の外に声をかけると、王子が再び入って来てまじまじと私を見つめた。


「なるほど……そのような格好も良く似合うな」


 寝間着(パジャマ)姿を褒められたのは生まれて初めてで……しかも王子に言われるなんて、感じたことのない嬉しさと恥ずかしさを覚えてしまう。


「どうした? 時間がもったいない……遠慮せず寝ていい」


「は、はい……」


 促されるまま高級ベッドに入ると、全身がふわふわの感触に包まれた。


 ベッドも枕も柔らかくて、お布団は羽のように軽いのにとっても温かい。


 それにすごく良い匂い……心地よさに抱かれてるようで、安心感と睡魔に包まれていく。


 王子はベッドの横に椅子を持って来て座ると、お布団の外に出した私の左手を握った。


 冷たい印象とは正反対の温かい手のぬくもりに、より一層の安らぎを感じる。


「必ず俺が目覚めさせるから安心して眠れ。しっかり真実を見て帰ってこい」


「はい……必ず」


 王子の手をきゅっと握り返してから、私は睡魔に身を委ねた。


 まもなく意識は眠りへと落ちていき、夢の深くに潜っていった―――。


 ◆


 ……もう寝息を立てている。


 なんという寝付きの良さだ。

 仕事が早くて感心してしまった。


 自分のベッドで、すやすや眠るリナリアの寝顔を眺める。


 しかし……無防備にも程がある。


 それに、この手を離したら目を覚まさない……か。


 それだけ俺を信頼しているということ……俺は予知夢の中で、相当大立ち回りを演じたらしい……。


 まあ、こいつが国王暗殺の嫌疑をかけられて殺されるとなれば、なりふり構っている場合じゃないのは確かだ。


 握った手に、少しだけ力を込める。


「リナリア……必ず俺が助ける」


 ◆


 ―――温かい。


 そんな感覚と共に目を覚ました。


 目蓋を開けると、傍らに王子の顔がある。


「……大丈夫か?」

「……はい……戻って来れました」

「良かった……だから言ったろう? 安心しろと」


 これまでの冷たい表情とは真逆の……穏やかな微笑みを浮かべていた。


 ああ……こんな顔するんだ……。


 この人は冷血なんかじゃなくて、色んな感情を持っているんだなぁ……と改めて思った。


「どうだ? しっかりと真実を見てきたか?」


「はい……やはり、バーベラ嬢とモンドル公の仕業です。ネンバーとビンガに協力させて遂行していました」


「よし、関係者全員を拘束する。まずはネンバーとビンガの罪人から締め上げて、奴らとの繋がりを吐かせる」


 王子は握っていた手を離して、厳しい表情に戻り立ち上がる。


 私はベッドから起き上がって、もう一度その手を繋いだ。


「お待ちください。すり替えられた本物の鏡の隠し場所も分かりました。ここは彼らにやられたのと、同じ方法で挑みましょう」


 王子は私の顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと力強く、私の手を握り返す。


「なるほど……確かに、その方が話が早い。やってくれるか?」


「はい……! 返り討ちにしてやります!」



 ◇◇



 翌日―――。


 週に1度、未来予知を映す儀式の間には王族貴族が集まっていた。


「今週もよろしく頼むぞ、リナリア」


 国王が私に声をかけると、王子もいつもの様に冷静な声で命じた。


「皆揃った……始めよう」


「かしこまりました」


 鏡の横にゆっくりと移動する。


「さて、今週はなにが起きるかな?」

「先週の『ビンガ強盗団が王都に現れる』って予知で、見事未然に撃退出来たのは本当に助かった」


 そんな貴族達の和やかな談笑が聞こえる中、動物の鳴き声のようなバーベラの切り裂き声が響く。


「騙されてはダメッ! そろそろ田舎下民の化けの皮が剥がれる頃よ!」


 続けて、モンドル公も口角を歪ませて嫌みを口にする。


「なんせ予知者は平民出だ。どんな腹積もりか分かったものではない」


 ニタニタと笑う2人は、これから『国王が暗殺されて、私が晒し首になる』映像が鏡に映ると思っている。


 しかし、そんな偽物ではなく……私が映し出すのは真相――事実をここに居る皆に見てもらう。


 本来、この鏡に映すのはこれから起こる未来の出来事……でも、今回は特別に今日まで起こった出来事を白日に晒す。


 そうでないと、正しい未来が訪れない。


 王子とアイコンタクトを交わして、僅かに頷いたのを確認してから鏡に向かって手を伸ばした。


 予知夢の潜夢(サルベージ)で見た事を映し出す……!


「いきます―――」



 ◆◆◆



「――鏡のすり替えだと?」


 モンドルが怪訝な表情で、バーベラに問い直す。


「そうです! あの下民が予知者なんて大袈裟な扱いを受けてるけど、実際は鏡に映すだけの小間使い! 鏡がなければ無能な田舎者に過ぎないわ!」


 嫌らしい笑みを浮かべて、自信たっぷりに言い放つ。


「確かに国王(あに)も、重要なのは鏡の方だと言っていたが……では、鏡を偽物にすり替えて、儀式で田舎者に恥をかかせようって算段か?」


 バーベラが、リナリアに嫉妬しているのは誰でも知っている。

 ささやかな嫌がらせをしたいのだろう、とモンドルは考えた。


「いいえっ! すり替えた鏡に『理想の未来』を仕込んでおくんです。私とモンドル様にとって理想のね……! そうすれば、その未来は現実になるんです!」


「……なるほど……王族貴族共はあの儀式を信じ切っている。それを逆手にとれば、鏡に映る未来は真実になるわけだ」


 バーベラの提案に、モンドルは感心した様に頷いた。


「儀式の間は、王族しか入れません。なので、鏡のすり替えにはモンドル様の力が必要なんです。もちろんお礼は致しますし、これはモンドル様の野望を叶える絶好の機会になるかと……」


 顔だけは王都有数の美形を誇るバーベラが妖しい笑みで囁くと、モンドルはゴクリと生唾を飲んだ。


「し、しかし……理想の未来を仕込むと言っても、一体どうやるんだ?」


「ネンバーの幻覚魔法ですよ。彼は私の言いなりなので、如何様な映像も作れます」


「あのフェイクポルノ犯が?」


「実は彼……私の事が好きで、私の裸体写真をこっそり作成してたんです。そのクオリティに驚いて、この魔法で下民女の卑猥画像をばらまいて辱しめれば、勝手に失墜すると思ったんです」


「そういう事だったのか……だが、目論見が外れて予知者の人気を浮き彫りにした挙げ句、本人はまったく気にしていない様子だったな」


「忌々しい……! あの時は、気が狂いそうでしたわ。ネンバーは捕まり、魔法院に幽閉されてしまった……そちらに手を回すのにも、モンドル様のお力添えが欲しいんです」


「鏡のすり替えと、ネンバーへの接触か……分かった、俺にかかれば造作もない」


「さすがはモンドル様♡ 次期国王は頼りになりますわ♡」


 バーベラとモンドルは不敵な笑みで顔を歪ませ合った。


 ◇


 2人はすぐに魔法院に出向き、幻覚魔法調査を理由にネンバーと面会。

 人払いをさせて、計画を持ちかけた。


「……どうだ? 出来そうか?」


「……予知を利用したクーデターですか……それはそれは……僕の幻覚魔法が大きな鍵を握る計画ですね……」


 2人の話を聞き終えたネンバーは、かけている眼鏡を光らせた。


「見返りは期待してくれ。こんな所からすぐに解放して、国王として宮廷魔法使い待遇で重用すると約束する」


「私からも成功した暁には、本物の私の裸体を見せてあげる♡」


「ほっ、本当ですか!? ぜひ、やらせてくださいぃ! 見る者が全て信じる完璧な映像を作ってみせます! ふひひっ!」


 2人からの提案に、ネンバーは興奮気味に返事をした。


「まあ、頼もしい♡ それじゃ、こんな感じの未来をお願いね♡」


 そう言って、バーベラは一枚の紙をネンバーに手渡した。

 すぐに内容に目を通すと、ネンバーはニヤリと笑う。


「やはり……バーベラ様は、予知者リナリアを猛烈に怨まれてますね」


「当然よ……! 未来を占うのは私の得意分野なのに、鏡がなきゃ何も出来ない無能女が未来予知で持て囃されるなんて異常だわ! しかも田舎の平民が、この私を差し置いて宮廷魔法使いなんて……狂ってる!」


 バーベラは歯を食いしばり、口角を歪ませて、感情を爆発させた。


「下民が主役になる儀式に吐き気がしたわ! こんなクソ茶番、さっさと終われと思ってた! だから、鏡に映る予知が大外れすればって思ってたのに、なかなか外れない……すぐに田舎者がボロを出すと思ってたのに! こんなマグレどうせ続かない。失敗したら恥を晒す下民を盛大に罵ろうと思ってたのに、どんどん評価されて……」


 悔しそうなバーベラの様子を見て、ネンバーがニタリと笑う。


「だから逆に、鏡に映る映像をこっちで作れば、それが本当の未来になると考えた……ナイスアイデアですね」


「これは罰よ。身の程知らずの下民が調子に乗った罰……国王も同罪、あんなのを宮廷魔法使いにした罰。その報いを受ける時が来たのよ」


「そうだ、奴が国王など間違っている。先に生まれただけの分際で偉そうに……やっと相応しい国王が誕生するという訳だ。頼むぞ、ネンバー」


「お任せください……」


 バーベラとモンドル……そしてネンバーは不気味な笑顔を浮かべた。


 ◇◇


 そして、儀式の日―――。


 ネンバーが作り上げた映像が、鏡に映し出されて、場は騒然となった。


 予知者リナリアは『これは捏造だ』と訴えながら地下牢行きになり、その様子を震える程の優越感でバーベラは見下ろしていた。


 なんという快感……!

 憎き相手に復讐を成し得た達成感と愉悦が湧き起こる。

 やっと、やっとやり返すことが出来た!


 しかし、国王の嘆願でリナリアが処刑を免れたのが納得出来ず、しかもジュネル王子がリナリアを庇うような言動をとったのも、バーベラとしては我慢ならなかった。


 ◇◇


「よし! 儀式は成功だ……! これで予知の通りに、王(あに)が死ねば計画通りになる!」


 王弟の私室で、モンドルが興奮しながら拳を握り喜びを表していた。


 一方のバーベラは不服な態度を露にしている。


「でも、下民女の処刑が見送られたのは納得出来ませんわ。晒し首を楽しみにしてたのに……」


 そんなバーベラを見て、モンドルは冷静になって、ある提案をした。


「ならば、王と一緒に始末してしまえばいい……暗殺の実行犯はビンガにやらせる予定だ。幻覚魔法で警備兵に化けさせて、王殺しの現行犯で殺した事にでもすれば問題ない」


 それを聞いて、バーベラの表情がパッと明るくなる。


「下等な強盗に殺されるなんて、下民に相応しい末路ですわ!」


「死体から首を切って、国王暗殺犯として王都広場に晒せば、バーベラの気分も晴れるだろ?」


「もちろんです! ああっ……! 早く下民の生首に、王都民が唾を吐く様が見たいです!」


 その光景を想像して、恍惚の顔をしている。


「……要注意なのが、ジュネルだな。何を考えてるか分からん高圧的な男だ……予知通りにバーベラを宮廷魔法使い推して、婚約するかは不透明だぞ。宮廷魔法使いには、新国王の俺の権限でしてやれるが……」


 モンドルが呟くと、バーベラはヒステリックに喚き出した。


「絶対私はジュネル様と結ばれるからっ! 絶世の美男美女同士だもん  国民全員が祝福してくれるんだからっ!!」


「……もちろん俺も協力する。国王として、父を暗殺された哀れな王子との仲を取り持ってやるつもりだ」


 その言葉で、バーベラは冷静さを取り戻して明るい表情に変わった。


「ありがとうございます……。未来予知で私と王子の婚約を周知させた今、新国王の協力があれば、外堀を埋めて断れない状況を作れます。あとは私の美貌でジュネル様を虜にしてあげるだけ♡ 気難しいお方なのは承知の上……心は無理でも、性欲を刺激して身体を重ねれば既成事実を作れる」


「それで身籠り、婚姻を結んで、徐々に心も手に入れるという算段か?」


「……なんでしたら、身籠るのはジュネル様の子でなくてもいい。妊娠を理由に結婚さえしてしまえば、後にジュネル様の子を孕む機会はいくらでも出来ますから……身体も心も人生も、ジュネル様のすべては私のモノになる♡」


「……子作りの際は、俺も協力させてもらおうか。最初に言っていた計画成功の際の『お礼』……楽しみにしてるからな」


「もちろんです♡ たっぷりとサービスして差し上げます♡」


「ほほっ、たまらんな……さて、そのためにも王と予知者には、さっさと死んでもらおう……ビンガとは話をつけてある。変身させるために、ネンバーも手配済みだ。さっそく今夜実行といこう」


「さすが新国王! 楽しみです♡」


 ◇


「……チッ、若作りジジイがきめぇんだよ! でも、あれが国王なら動かしやすい。ジュネル様を落とすための必要経費だと思えば安いもの。何より、これでやっと忌々しいゴミが死んでくれる……身分が低い下民の分際で宮廷魔法使いに居座るカスが。あんなのが私より偉くなったつもりで、ジュネル様の近くにいるなんて地獄のような半年間だったわ」


 一人になると、バーベラは普段とは打って変わって低い声の独り言を呟いた。


「やっと……やっと終わる。死ぬ……無様に死んでくれる……」


 顔を歪ませてほくそ笑み、その笑い声はどんどん高く大きくなっていく……。


「ふふふっ……はっはっはっ……あーはっはっはっ―――はあ―――っ!!!」


 その夜……国王と予知者リナリアは命を落とした―――。



 ◆◆◆



 鏡に映し出された映像が終わると、静まり返っていた儀式の間は騒然となった。


 もっとも、バーベラ嬢とモンドル公だけは、映像が流れてる最中から喚いて、鏡に突進したので、ジュネル王子の近衛兵に取り押さえられていた。


「なんということだ……モンドルとバーベラが共謀して謀反を……」

「犯罪者を使って、国王と予知者を暗殺するなんて……!」

「その上、ジュネル王子を色香で惑わせ、ひいては托卵を計画するとは……!」


 鏡の前で拘束されている2人に、王族貴族達の視線が集まる。


 その2人が凄まじい形相で睨んでいる私の元に、王子が歩み寄っていた。


「俺がこんな女に惑わされる訳がない……にしても、国王とリナリアが愛人関係などと戯れ言をほざいていたが、貴様らがそうなのではないか。親子ほどの歳の差があるのに、お盛んな事だ」


 バーベラ嬢は顔を真っ赤にして、ワナワナと震えながら叫び出した。


「ジュネル様! 信じてはいけません! こんなものデタラメです!」

「そうだ! これは捏造だ! 予知をでっち上げるなどと、愚劣な事をしやがって!!」


『それをやったのはあんたらだろっ!』と思うと同時に、隣にいる王子がすでに口に出していた。


「それをやったのは貴様らだ。予知を捏造した罪、言い逃れできると思うなよ」


 王子が近衛兵に、偽物の鏡を持ってこさせる。


 私は儀式と同じように、その鏡に魔力を送ると、魔法石が反応して映像が浮かび上がり、『私が国王を殺害して処刑され晒し首になる』映像が流れた。


「昨日ここに来たら、この偽鏡に置き換わっていた……だから本物に戻しておいたのだ」


 その言葉で、2人は「それでか」という顔をしていた。


 用意した捏造映像ではなく、自分達の実録映像が流れた事でパニックを起こしていたから、疑問が解けたのかもしれない。


 しかし、別の疑問が浮かんだようで、モンドル公が怒鳴り散らした。


「なぜだっ……! どうして鏡のすり替えが分かった!?」


「……お忘れですか? 私は未来予知者ですよ?」


 諭すように言うと、2人は恐ろしいモノを見るように私を凝視した。


 その私の横で王子が合図を送ると、儀式の間の扉が開き、近衛兵に引きずられてネンバーとビンガがボロボロの状態で入って来た。


「貴様らの依頼で捏造映像を作った事、暗殺を持ちかけられた事を含めて全て吐いたぞ。報復の意味も込めて、大分痛めつけさせてもらったがな」


 表情を変えず、残酷なほど冷徹に王子は言い放った。


「そっ、そんな薄汚い犯罪者の自白を真に受けるとは滑稽だ!」


「そうです! それに国王に媚び売って、宮廷魔法使いになった詐欺女の捏造なんて信じてはダメです! 目を覚ましてジュネル様! 私を信じて!」


 潤んだ瞳で、甘えた猫なで声を発しながら、バーベラ嬢は王子に訴えかけていた。


「……貴様、何を勘違いしている? リナリアを田舎から王都に呼び寄せて、宮廷魔法使いに推したのは俺だ」


 王子の言葉に、バーベラ嬢は目を見開いて絶句した。


「なっ……そんな……ジュネル様が下民の名など口にしてはいけません! 私だって名前で呼ばれた事ないのに……! そもそも私を差し置いて、下民をわざわざ側に置くなどあり得ない! なぜ……そんな裏切りを……?」


 ぶるぶると身体を震わせて、心底理解出来ないという顔で問いかける。


「裏切り? 意味が分からん……貴様など最初から眼中にない。リナリアは能力が特別だから招いたが、本人も非常に優秀で人柄も良い。国王が気に入るのも納得だ。女としてだけでなく、人として美しい……醜悪な貴様と違ってな」


 ものすごく過大評価に褒めてもらったけど、バーベラ嬢を追い詰めるための方便にも聞こえたので、話半分に受け取ることにした。


 一方バーベラ嬢は、凄い形相で歯を食い縛り、口角を歪ませている。


「絶世の美女の私が醜いですって!? 目が腐ってんの?! 取り消して謝りなさいっ! それが幼い頃から、ずっとあなたが好きだった私への態度かぁっ!!」


「知るか。気分が悪い。自己評価がねじ曲がった犯罪者ほど害悪なものはない」


「ぐっ……! ふざけんなっ! 私の想いを踏みにじった裏切り者がぁ――!! 本当は私に欲情してる癖にぃ! 本当は性交したいんでしょ?! 照れなくていいから正直になろ? 素直になれば許してあげるからぁ!!」


 涙目でヒステリックに捲し立てるバーベラ嬢を、王子はうんざりした様子で見下していた。


 そんな王子の態度に、必死に訴えていたバーベラ嬢は何かがキレたように、一瞬沈黙してから切り裂き声を上げた。


「あああぁぁぁ―――!! クソがぁ! 親だけでなく子までゲテモノ狂いか! 下民に洗脳された無能王子がっ! 血も涙もない冷血野郎ぉ! 私の心を弄びやがってぇ! 許さないっ! 絶対許さないっ!!」


 バーベラ嬢の顔からは涙が飛び散り、唇を噛んだせいで血が流れている。


 皆、その姿を呆然と眺めるしかなかった。

 バーベラ嬢の両親である侯爵夫妻は、暴露映像が流れてる時から、ずっと項垂れて泣いていた。


「自分達が甘やかしたせいで……」

「申し訳ございません……」


 か細い声が、小さく響いていた。


 しかし、バーベラ嬢の絶叫は止まらず、私と王子に罵詈雑言を浴びせ続けた。

 それに同調してモンドル公も、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。


 こんな言い逃れをしても、醜態を晒すだけなのに……。

 きちんと罰を受けて、自分の罪を自覚しなければならない立場なのに……。

 プライドが高く、性根がねじ曲がっている2人には、それが難しいんだろうけど……。


 これまでの王族貴族生活から転落して、汚い地下牢での囚人生活を生涯過ごす事になれば、自分が犯した罪の重みを嫌でも理解する時がくるだろう。


 まあ、その時に後悔しても遅いけどね。


 王子は埒が明かないと判断したようで、近衛兵に指示を出して2人は連行された。


 国王は哀れみを込めた視線で、弟であるモンドル公を見送っていた。


 国王には、儀式前に王子が今回の顛末を話してあるので、こうなる事は知っていたそうだけど、実際目の当たりにすると堪えるみたいだった。


「私が甘かった……国王として情けない……。息子(ジュネル)にがっかりされるわけだ……」


 肩を落とす国王に、王子が歩み寄る。


「いや、父上を見習おうと思う。少なくとも、味方には優しくした方が良いらしいからな」


 王子は、私を見ながら微笑んだ。


 その綺麗な笑顔を見て、最悪の未来を回避出来た安堵感に包まれていった……。


 ◇◇


「今夜から、俺と一緒に寝てもらう」


 事件が解決してからまもなく、王子に呼び止められたと思ったら、とんでもない命令をされた。


『……マジなのかー』と考えていると、王子は不服そうに腕組みをした。


「その反応……俺がこう言い出すと知っていたな?」


「は、はい……」


 実は潜夢(サルベージ)した時に、この未来予知も見てしまっていた。


 王子のベッドで、王子と一緒に眠る光景を……。


 めちゃくちゃ夢っぽかったので、本当にただの夢だと思いたかったけど……どうやら現実だったみたいだ。


「おかしいな……儀式の時、鏡には映ってなかったが……予知夢の作為的な編集はしないのではなかったか?」


「いえ、そうは言っても、王子と私の同衾(どうきん)映像なんて流したら大騒ぎになります」


「なにが同衾だ、人聞きの悪いこと言うな。同じベッドで、身体を触れさせて眠るだけだ」


 それを同衾と言ってるんだけど、まあ要するに添い寝をしたいという提案だ。

 なぜ、王子がこんな事を言い出したのかは予想がつく。


「それは、予知のためでしょうか?」


「無論だ。今回は最初から潜夢(サルベージ)で予知夢を見ていれば対処は容易だった。ゆえに共に寝れば、より確実な未来予知が可能になる」


 要は、常に潜夢(サルベージ)の予知夢を見れるようにしたいという事だ。

 深い未来を見る事で、予知の精度が増すという算段だろう。


「確かに、それなら私視点だけではなく、広く深く正確に未来を知れると思いますけど……」


 特に今回のように回避すべき未来を見た時に、また潜夢(サルベージ)する2度手間を省けるし、毎度の予知が詳細に分かるのは、国にとっても間違いなくプラスになる。


「ならば、俺と共に寝れば良い。安心しろ、寝相は良い方だ」


 うーん……本当にいいのだろうか……仮にも未婚の男女が寝床を共にするなんて……。


 私だって一応女で、田舎では美人だって評判だったから、両親からは『王都には誘惑が多いから、貞操はしっかり守るように!』なんて、田舎者特有の言い聞かせを受けたっけ……。


 でも……さすがに王子なら大丈夫かなと思い直す。


 だって王子は、上流貴族のご令嬢を選び放題だろうし、私など歯牙にもかけていないはず。


 私を大事に思ってくれてるのは宮廷魔法使いだからこそ……未来予知あってこそだ。

 そもそも高貴な王子様が、平民の私に劣情を催すはずがない。


 王族としての意識が高いから、国の未来のために身を捧げる覚悟なのだろうと思った。


 つまり、これは公務だ。

 睡眠というプライベートな時間を犠牲にしてまで国の未来を思う精神は、さすが孤高の王子様だと感銘を受けた。


 私も宮廷魔法使いとして、その職務を全うして、国の未来に貢献したい。


 ……それに……あのベッド……。


 潜夢(サルベージ)の時に包まれた、あの心地良さは至福だった。

『あのベッドで毎日眠れたら夢みたい♡』と妄想していたぐらいに……。


「……承知致しました。眠りを共にさせていただきます」


 ◇


 その日の夜から、王子の寝室に出向いて一緒に寝ることになった。


 予知夢を見る日は週1度の不定期なので、いつ見てもいいように、これから毎日共に眠る事になる。


「せめて予知夢を見る日が分かれば、週1回だけで済むんですけど……毎日王子の寝床にお邪魔し続けるなんて申し訳ないです」


 これは本音だった。


 私としては、最高品質の寝具で眠れるからありがたいけど、王子は寝る度にベッドに他人が居るのだから、どう考えても気が休まらないはず……いくら公務でも、辛いのではと心配になる。


「俺が希望した事だ。気にする必要は無い。このベッドは、1人で寝るには大き過ぎると思っていたから丁度いい」


 本音かどうかよく分からないけど、迷惑そうな雰囲気は一切ないのでお言葉に甘えることにして、前回と同じパジャマを着ると、王子と一緒にベッドに入る。


「やっぱり、ふかふかでいい香り……あったかくて、とっても心地良いです」


 今回は隣に王子がいるせいか、さらに温もりと良い匂いが伝わって来る。


「それは俺のセリフだ。お前から、心地良い香りと体温を感じる……癒される感覚だ」


 お世辞でも、それは嬉しい。

 失礼がないようにと、念入りにお風呂に入っておいて良かった。


 並んで仰向けになると、王子の左手が私の右手を握った。

 前回とは違って、同じベッドに寝てる状態での手繋ぎは、経験した事のない感覚に包まれる。


「『繋いだ手を離さない魔法』をかけた。これで睡眠中に離れる事は無い。安心して眠っていい」


 王子は魔法院の上級学校卒なので、さすが色々な魔法が使えるエリートなんだなーと実感する。


「ありがとうございます。私は予知魔法以外は、まったくなので尊敬します」


「これくらいは、魔法をかじっていればすぐに出来るようになる。未来予知という唯一無二の魔法を使うリナリアにこそ、俺は尊敬の念を抱いている」


 魔法で離れない手を、さらにギュッと強く握る王子の声はとても優しかった。


 ついこの間まで冷血王子だと思っていたのに、今ではこうして手を繋いで同じベッドで優しく微笑んでいるなんて、これこそ夢を見てるみたいだと思った。


「ジュネル王子……改めまして、私をお引き立ていただき、ありがとうございます。お役に立てて嬉しいです……それに、こんなに良いベッドで寝かせてもらえるなんて……しあわせ……」


 あまりの心地よさに、幸福感の中で眠気に包まれていく。


「……だから、それは俺のセリフだ。遠い故郷から来てもらって感謝している。リナリアには本当に助けてもらってるんだ……予知だけじゃない。だいたい女と言えば、俺に奇声を上げるばかりで会話する気にならん。だが、リナリアは……」


 ◆


 そう言いながら横を向くと、リナリアは気持ち良さそうに、小さな寝息を立てていた。


 ……本当に寝付きが早い……早すぎる。

 色々立て込んだから、疲れてたのかもしれないな。


 それにしても、相変わらず警戒心がない……。

 今回は俺もベッドに居るってのに……いくらなんでも、俺を信じ過ぎだ。


 相手が俺だから、こんなに無防備なのか?

 本気でこの添い寝は、未来予知の為だけだと思ってるのか?

 俺だって男だぞ……全く男だと思ってないのか?


 喜んでいいのか、悲しむべきなのか……。


 そんなことを考えながらも、屈託のない寝顔を見ていると、やはり喜びが勝る。


 そっと指で頬に触れると、やわらかな感触と体温が伝わって来て、身体が熱くなり、胸が高鳴る。


 俺がこんな感覚になるなんて……。

 自分で提案しておいてなんだが、こんなの眠れる訳がない。


 握った手を優しく握りしめる。


「……しばらくは、寝不足になりそうだ」


読んでいただき、ありがとうございました。


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