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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「臆病源兵衛」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「臆病源兵衛おくびょうげんべえ


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (3:1:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


源兵衛:とにかく臆病な男で、夕暮れ時になると夏でもかまわずに

    戸も障子しょうじもすべて閉め切り、蚊帳かやまでってその中で布団ふとんにくる

    まって夜を過ごす。おかげで夜ははばかり(トイレ)にも行けな

    い。だけど助平すけべい

    …というか、夏にそんな事してたら熱中症にならんかな?


八五郎:源兵衛げんべえの友人。

    あにぃと共謀きょうぼうして臆病な源兵衛げんべえおどかして、目を回すのをさかなに酒を

    もうと悪い趣向しゅこうを考え付く男。


兄貴:八五郎はちごろう源兵衛げんべえの兄貴分。

   八五郎はちごろうの誘いに乗って源兵衛げんべえおどかそうとたくらむ。


寺男:多分、不忍池しのばずのいけということなので、不忍池辯天堂しのばずのいけべんてんどうのことではないだろ

   うか。池を荒らしている八五郎はちごろうを注意しただけなのに、鬼に間違わ

   れる。1セリフのみ。


酔っぱらい:仲之町なかのちょうみに行っていた男。いい気分で酔って歩いていた

      が、源兵衛げんべえ八五郎はちごろうのせいでとんだドッキリに。

      3セリフのみ。


男1:根津ねづへ女を買いに行っていた二人連れの片方。1セリフのみ。


男2:根津ねづへ女を買いに行っていた二人連れのもう片方。1セリフのみ。


男3:根津ねづ八五郎はちごろうが出会った男。地獄か極楽か問われ、女郎買い的な

   意味で極楽と答える。1セリフのみ。


女性:八五郎はちごろう根津ねづで出会った女性。おそらく女郎だと思われる。

   2セリフ。


老婆:八五郎はちごろう根津ねづで出会った、にわとりめてさばいている老婆。

   いくらなんでも、もろ肌脱いでるのはやりすぎでは?

   4セリフしかないが、オチを言う役なのでとても重要。



●配役例


源兵衛・寺男・男2:

八五郎:

兄貴・酔っぱらい・男1・男3:

老婆・女性・枕:




枕:昔と今とでは、あらゆる点でいろいろ違っておりますが、なかでも

  照明、あかりでございますな。これが大変に進歩いたしました。

  日が落ちて夜になりましても、街灯やらネオンやらが周囲を明るく

  照らしている。さらに平成中期にはLEDなるものが登場し、

  よりいっそう明るくなりました。

  ま、世の中が明るくなってもまだまだすべてを照らすには至りません

  な。組織団体、人の心しかりでございます。

  ところが明治より昔なんてのは街灯すらありゃしませんから、

  月が出てなかったらもう真の闇、たとえ目と鼻の先に誰かいても

  分からないというぐらいなもんです。

  息遣いきづかいとかで分かるだろなんて野暮やぼは言いっこなしで。

  そんなわけですから、昔は大人であっても夜が怖いなんて人はすいぶ

  んとあったようで。


八五郎:ちわー、こんちわー!

    あにぃいますかい!


兄貴:おう、はちじゃねえか。

   こっち上がんなよ。


八五郎:どぉ~も。

    いやぁ暑かったねえ今日は。

    日が暮れてようやくホッとしたよ。

    いやぁあんまり暑いんでね、仕事に出たって頭のしんがぼーっと

    しちまって仕事にならねえ。

    しょうがねえからいい加減で仕事を切り上げてね、

    家へ帰って余ってた酒ェんで、カーッと寝ちまった。

    で、日が暮れるってえと起きてくるって塩梅あんばいなんだね。    

    仕事しねえから家にゃ一文いちもんぜにも入れてねえ。

    おかげでかかあが文句ばっかり言ってやがんだ。ははは。

    だからこうして涼みがてら出てきて、あにぃんとこに寄ったってわ

    けで。


兄貴:そうかい、俺んとこだって同じだよ。

   まあ上がんな。ちょうど一杯やり始めたとこなんだ。

   どうだい、おめえもみなよ。


八五郎:ぅほほっ、そうですかい?

    こりゃどうも、恐れ入りやすねェ。

    じゃ、ご相伴しょうばんにあずかって!


兄貴:冷やだけどかまわねえかい?


八五郎:ええもう、あっしァ冷やの方がよろしいんで。

    じゃ、頂戴ちょうだいいたしやす。どうも。

    んっ…んっ…


    いやァ結構けっこうですねえ!


兄貴:ほれ、さかなもあるから遠慮なくやりな。


八五郎:こいつァありがてぇ!

    さかなまでいただけるなんて、おっ、こいの洗いじゃありやせんか!

    結構けっこうでござんすねえ、へへ!

    んむ。


    【二拍】


    うん!シャキシャキと歯ごたえが良くっていいやね!

    …おや?

    そこに掛かってるかたびら、いいですねェ!

    あにぃのですかい?


兄貴:おう、まあな。

   薩摩上布さつまじょうふってやつよ。


八五郎:へえェいいなあ!

    あっしもそういうのを着て歩いてみてェもんだなあ!


兄貴:なあに、それほどのモンでもねえがな。

   そういや、源兵衛げんべえの奴もそんなこと言ってやがったなぁ。


八五郎:へえ、源兵衛げんべえもですかい?

    そりゃあそうでしょう、誰だって欲しがりますよそりゃ…って、

    え、源兵衛げんべえが来たってまさか、日が暮れてから来たわけじゃねえ

    でしょうね?


兄貴:いや、昼頃に来たよ。


八五郎:ははは、そりゃそうでしょうね。

    あの野郎が暗くなってから来るわけがねえや。


兄貴:そういやうわさには聞いてたがよ、そんなに臆病おくびょうなのかい?


八五郎:臆病おくびょう臆病おくびょうで、あんな臆病おくびょうあるもんじゃねえや。

    このクソ暑いのに日が暮れるってえとね、みぃんな戸を閉め切っ

    ちまうんで。

    で、聞いたところによりゃ、その上さらに蚊帳かやってその中で

    布団ふとんを頭から引っかぶってガタガタガタガタ震えてやがってるっ

    てんだね。


兄貴:おいおい、そりゃ相当なもんじゃねえか。


八五郎:今ここに来る時もね、うちの前を通ってきたんだ。

    そしたら、まだ辺りがすっかり暮れてるわけでもねえ、

    ぼんやり薄明うすあかるくって子供らがまだおもてで遊んでやがるのに、

    すっかり戸を閉め切ってちまってんだ。

    きっと中で震えてやがるにちげえねえよ。

    しかも、あれだけ臆病おくびょうだってのに助平すけべいときてやがる。

    いやあ、あんな助平すけべいはありゃしませんよ。

    ちょいとぜにが入るってと、すぐに女を買いに行っちまう。


兄貴:ほお、源兵衛げんべえがそんなに助平すけべいとはなあ。

   吉原よしわらに出入りしてるとこなんざ想像できねえなあ。


八五郎:いやいや、吉原よしわらなんてそんないいとこへ行きゃしませんよ。

    根津ねづとか深川ふかがわとか、世間でもって地獄なんて言いますよ。

    ああいうとこへ行って、「昼遊びの源兵衛げんべえ」なんて呼ばれてます

    ね。


兄貴:ははは、昼遊びの源兵衛げんべえたぁよく付けたよ。

   確かに夜は行けねえだろうからな。


八五郎:そうだ、あにぃにご馳走ちそうになりっぱなしじゃ悪いから、

    ご趣向しゅこうって事で源兵衛げんべえの奴を今から呼びましょう。


兄貴:呼ぶ?ははは、なに言ってやがる。

   あんな臆病おくびょうが来るわけがねえ。


八五郎:ところが来るんですよ。

    さっきも言った通り、源兵衛げんべえは女好きだ。

    あっしはあいつの女の好みを知ってるんでさ。

    年が24、5でもって、色の白いぽっちゃりとした一重ひとえまぶた、

    目尻めじりがクッと上がってるような女が好みなんで。


兄貴:ほお、源兵衛げんべえ年増好としまずきかい。


八五郎:まぁそういう女があにぃの遠縁とおえんにいるって事にしてね、

    野郎の事を見初みそめて一晩ゆっくり話をしたいと言ってるんだが、

    ちょいと来てくんねえか、とこう話を持ち掛けるんで。

    野郎の事だ、すぐに来ますよ。

    それで兄ぃ、源兵衛げんべえ連れてきたらすぐにあっしに何か一つ用を

    言いつけておくんねえ。

    それで外へ出たふりをして、あっしは台所に先回りする。

    そしたら野郎を台所へよこしてくださいよ。

    ガタガタガタガタ震えながら野郎が来たところを、

    あっしがうわーっとおどかす。

    野郎がきゃーっと目を回したのを見て、そいつをさかなに一杯やろう

    って話でさ。どうです?


兄貴:なるほどな、そいつはおもしろそうだ。

   よし、じゃ、ひとっ走り行ってきてくれ。


八五郎:へへへ、ご座興ざきょう座興ざきょう!そう来なくっちゃ!

    悪い相談がまとまったってやつだ。

    それじゃ、ちょいと行ってきやす!


    【三拍】


    はあぁ、これだよ。

    このクソ暑いのに戸をいう戸を閉め切りやがって。

    何してんだかね。

    【戸を叩く】

    おぉい!

    【戸を叩く】

    源兵衛げんべえの!

    【戸を叩く】

    源兵衛げんべえェ!!


源兵衛:うぅぅ…ど、どなたでございますか…!


八五郎:おう、俺だ俺だ!はちだ!


源兵衛:は、八五郎はちごろうさんですか…!?

    こ、こんな遅くに、何の大声でございましょう…?


八五郎:いやおそかねえよ。まだ日が暮れてそんなにってねえじゃねえか

    。

    ちょいと用があってな。

    すまねぇけど、これからあにぃんとこまで来てもらいてえ!


源兵衛:じょ、冗談言っちゃいけません…!

    こんなに暗くなってからあにぃのとこなんて行けやしませんよ…!

    明日の朝早くにうかがいますから、そうおっしゃって下さい。


八五郎:明日じゃダメなんだよ。

    ちょいとわけがあるんだ。

    話があるからここ開けてくれよ。


源兵衛:とと、とんでもございません…!

    うっかり開けたら、何が入って来るかしれません…!

    そこで聞こえますから、どうぞそこでおっしゃって下さい…!


八五郎:しょうがねえな…実はよ、あにぃの遠縁とおえんにあたる、

    年のころは24、5でもって色の白い、ぽっちゃりとしてて

    一重ひとえまぶた、目尻めじりがこうクッと上がってるおつな女がいるんだ。

    これがどっかでお前の事を見初みそめたらしいんだな。

    で、一晩ゆっくり源兵衛げんべえさんと話がしてみてえと、こう言うんだ

    よ。

    明日になるとさとへ帰らなくちゃなんねえから、今晩じゃなきゃ

    いけねえってんでね、俺が片棒かたぼうかついでおめえを呼びに来たと、

    こういうわけだ。 

    だから一緒に、あにぃんとこまで来てくれ。


源兵衛:ぇ、えぇ…?

    年のころは24、5で、色の白いぽっちゃりとした、一重まぶた

    で目尻の上がった、そういう女があたしに会いたいと、

    そういうんですか?


    あ…行きます。


八五郎:お、来てくれるかい?


源兵衛:ぃ、行きます、行きますけどね…

    一人じゃ怖くて行けないんです…!

    八五郎はちごろうさんも一緒に行ってもらいたいですが…!


八五郎:お、おぅ、乗り掛かったふねだ。

    一緒に行ってやるよ、な。


源兵衛:っそっ、そこ、動かないでくださいよ、いいですか…!?

    動いちゃいけませんよ、動いちゃ…!

    いま、開けますから…。


    【ゆっくり怯えながら戸を開ける】


    大丈夫ですか…?

    何かいやしませんか…?


八五郎:大丈夫だよ、なんもいやしねえ。

    俺がいるだけだよ。


源兵衛:っは、はい…いま、しまりをしますから…。

    う、動かないで下さいよ…いいですか…!

    っあ”ーーーーッ!


八五郎:っな、なんだよ!?


源兵衛:動いちゃいけないって、言ったじゃないですか…!


八五郎:まだ三分さんぶも離れてねえよ!


源兵衛:ぃっいいですから、こっち、こっち来てくださいよ…!

    うっうぅぅ…ぅぅうう…!


八五郎:なんだよおい、そんなに怖がるこたぁねえだろ。

    って着物を引っ張るなよ、破けちまう。

    なんだか俺まで気味きみが悪くなってきたよ…。


源兵衛:ぅぅう…こ、怖い…。


八五郎:大丈夫だって!

    ほら、もうあにぃんとこまで来たぞ。


    あにぃ、行って来やした!

    源兵衛げんべえの野郎連れてきやしたよ。


兄貴:おう来たか。

   よぉ源兵衛げんべえ、よく来たなあ。

   こっち上がんな!


源兵衛:【人がいるので怯えてない】

    あぁどうもあにぃ、昼間はお邪魔様でございました。


    うぅ…!あぁ…!


兄貴:っど、どうした?


源兵衛:【また怯えだす】

    戸や障子しょうじが…開けっ放しでございます…!!


兄貴:そりゃそうだ、暑くてしょうがねえんだから。

   開けっ放しとかなきゃいけねえだろ。


源兵衛:!ひっ、うぅ…!


兄貴:今度はなんだよ…。


源兵衛:ぶ、仏壇ぶつだんの扉が開けっ放しでございます…!


兄貴:いいじゃねえかそれくらい。

   ~~わかったわかった、閉めてやるよ。


   ほれ、これていいだろ。


源兵衛:ぁぁはは…恐れ入ります…。


兄貴:よし、じゃけ付け一杯やんな、ほれ。


源兵衛:ぁっ、じゃ一杯、頂戴ちょうだいいたします…。


    んっ…んっ…ぷはぁ…。

    あ、それで、その…あたしに会いたいという方は、どこにいるん

    でございます?


兄貴:あ?あぁそれがな、今ちょいと使いに行ってるんだ。

   すぐ帰って来るからよ、一杯やって待ってな。


源兵衛:えっ使い?この暗い中を!?一人で!?

    いい度胸どきょうなすってる方ですねえ…まるで夜叉やしゃみてえな女だ。


八五郎:あ、そうだあにぃねーー


源兵衛:【↑の語尾に喰い気味に】

    ひゃあああ!

    おどかしちゃいけませんよ八五郎はちごろうさん!


八五郎:おめえがおどかしてんじゃねえか、源兵衛げんべえの。

    いやね、酒が足りなくなるといけねえから、店が閉まらねえうち

    にちょいと買い足してこようかと思いやしてね。


兄貴:おぅそうかい。

   じゃあまねえが、行ってきてくれ。


源兵衛:ええぇ!?八五郎はちごろうさん行っちゃうんでございますか!?

    そりゃあちょっと、気味きみが悪いなぁ…。


八五郎:あにぃがいるから大丈夫だろ。


源兵衛:あにぃは前にいるでしょ。

    後ろに誰もいなくなっちゃうじゃないですか。


八五郎:臆病おくびょうもここまで来ると感心だな…。

    大丈夫だって、すぐ戻ってくるからよ、な?


源兵衛:わ、わかりましたよ…早く帰って来て下さいよ?

    怖くてしょうがないから…んっ…んっ…。


    あ、あにぃすいません、怖くてしょうがねえんで、もう一杯いただ

    けますか…?


兄貴:おういいぞ…って、あ、こりゃしい事したな…

   さっきのでみ切っちまった。

   あ、いや、まだあったな。

   台所行きゃ流しの下に一升徳利いっしょうどっくりがあってな、その中にまだ二、三合さんごう

   残ってるはずだ。

   ちょいと取って来てくれ。


源兵衛:ぇっ…あ、あたしが行くんですか…?


兄貴:そりゃあおめえがむんだから、おめえが行かなきゃダメだろ。


源兵衛:いやだって…台所は真っ暗ですよ。


兄貴:いいじゃねえか、暗くたって。

   こえぇと思ったらあかり付けりゃいいじゃねえか。


源兵衛:あかりつけたらなんか出た時に、よく見えて余計よけい怖いですよ。


兄貴:それじゃどうしたって怖いんじゃねえか…。

   いいから行ってきな!


源兵衛:っわ、わかりましたよ…。


    ッ怖いな…怖いな…。


    だ、台所は…ここだな…うん。


    な、流し…うう…真っ暗だぁ…たしか下に…


    !あ、あった。

    あにぃ、ありました!一升徳利いっしょうどっくり、ありましたよ!


八五郎:【声を落として】

    へへへ…あにぃがうまくやったね…。

    やっこさん、ガタガタガタガタ震えてやがるよ。

    ようし、この白い布をかぶって……そらァッ!


源兵衛:!!!ッッぎゃあああああぁぁぁーーーッ!!!

    くっ来るなあぁぁぁぁ!!!


八五郎:う、うぉっちょっ、そんなに振り回しっ、うげっっ!!


源兵衛:うあぁぁぁぁッはぁ、はぁ、はぁ……


兄貴:お、おい、なんだ今の騒ぎは!?

   どうした、源兵衛げんべえ


源兵衛:た、大変でございますあにぃ!

    ゆ、幽霊っ、幽霊殺しちゃった…!


兄貴:はァ?幽霊殺したぁ?

   っておい、こりゃはちの野郎じゃねえか!


源兵衛:ぇっえっ、は、はちの野郎って…八五郎はちごろうさんの幽霊を殺したって事

    は…八五郎はちごろうさん二度死んだって事なんですか…!?


兄貴:そうじゃねえよ!

   おめえが怖がりだからってんで、ひと芝居しばいうったんだよ。

   それではちおどかそうとしたら、おめえが徳利とっくりで殴って殺しちまった

   んだ。


源兵衛:こ、こここ殺しちゃったって…あたしは知らなかったんです…!


兄貴:あたしは知らなかったっておめえ、そりゃ世間では通用しねえぞ。

   おかみんとこへ行って、「なぜ殺したんだ」「あたしをおどかそうとし

   たから殺しました」なんて、こんなバカな事は通らねえ。


源兵衛:と、通らないったってあたしは、ほんとに知らなかったんです…

    !

    じゃ、じゃじゃどうすればよろしいんですかぁ…!


兄貴:そうだなあ、このはちの死体を人目ひとめにつかねえところに捨ててくるん

   だな。


源兵衛:あ、あたしが捨てるんですか…!?


兄貴:そうだよ。

   しょうがねえよ、やっちゃったものは。

   このまんまじゃいけねえから、元結もっといをさばいてやって…あ、そうだ

   。

   おい、紙とすずりを持ってこい。


源兵衛:か、紙とすずりって、何に使うんですか…?


兄貴:あ?こうやって三角に折ってな、三角の所に「死」という字をさか

   まに書いてよ、おまんまのつぶでもっておでこにこうり付けるんだ

   。

   あ、それと俺のかたびら持ってこい。


源兵衛:は、はい。


兄貴:はちの野郎、欲しがってやがったからな。

   せめて冥土の土産みやげに着せてやろうじゃねえか。

   こいつも供養くようってやつだ。

   …これでよし。

   おい、そこにつづらがあるから持ってこい。


源兵衛:つ、つづらなんかどうするんです?


兄貴:早桶はやおけの代わりだよ。

   この中に入れるから、おめえ頭のほう持て。


源兵衛:【途中から泣き笑い】

    あ、あぁぁ頭のほうぉおぉおっはっはっははは……死んでる…!


兄貴:おめえが殺したんだよ。


源兵衛:っか、みつかれる…!


兄貴:みつきゃしねえよ。

   いいか、しっかり持ってろ。

   よっ…こらしょ……よいしょっ、と…!


   ようし入ったな。

   ほら、どっか捨てて来い。


源兵衛:捨ててこいって…、どこへ捨てて来ればいいんですか…!


兄貴:そうだな…ここらあたりだったら、上野の不忍池しのばずのいけのほとりにでも

   捨ててくるんだな。


源兵衛:ぁ、あ、あたし一人で行くんですかぁ…!?


兄貴:あたりめえだろ、おめえが殺したんだから。

   このままだといずれ、縛り首か遠島えんとうか…そんなの嫌だろ。

   ほれ、しっかり背負せおって…行ってこい!


   【二拍】


源兵衛:う、うぅぅ…怖い…暗い…怖い…暗い…、


酔っぱらい:うぅ~い、仲之町なかのちょうで引っ掛けてェ…っとォ!?


源兵衛:うぅぅわわわああぁぁ!!?

    ででで出たあああぁぁぁあ!!


酔っぱらい:ぺいッ!ちきしょう!

      なんでェあの野郎、いきなり人にぶち当たりやがっといてェ

      !でけェ声出しといて逃げやがった。


      …うん?なんだあ?

      こりゃあ、つづらか?

      ははぁ、さてはあの野郎、泥棒だなア?

      どっかで盗んできやがったのを俺にめっかったからって、

      放り出して逃げやがった、ちきしょうめ。

      中にゃ、何が入って…


八五郎:うぅ…なんだ、ここは…せまっくるしいとこに閉じ込められてん

    ぞ…どれ…!


酔っぱらい:!!ぎゃあああああああぁぁ人だァァァァ!!!


    【二拍】


八五郎:な、何だァ今のは…!?

    でけェ声出しやがって、俺の方が驚いたよ。

    にしても…あれ?

    俺ァいったい、どうしちまったんだ?

    何でこんなことになってんだ?

    たしか、源兵衛げんべえの野郎をおどかそうとして台所に隠れてて、

    いざ目の前に出たら…あっ!


    そうだよ、野郎に徳利とっくりでぶん殴られたんだった!

    けどそれからどうなったんだ…って、俺が着てんのかたびらじゃ

    ねえか!

    なんで着て…っておでこになんか付いてんな…おおッ!?

    っこ、これっ、三角の、死んだときにやるっ、っお、俺、っし、

    死んじまったのか!?


    冗談じゃねえあの野郎ぉぉ…!

    何してんだよぉぉ…!


    …待てよおい、死んだとなるってえとここは地獄かい、それとも

    極楽かい?

    生きてる時ゃろくな事しなかったから、地獄だろうな…。

    えれぇことになっちまったよ…。

    ん?こっちに池があるな…でけえ池だ…っ、血の池地獄か…!?


    いや待てよ、…あっ、はすの花が咲いてら。

    極楽だよこりゃあ…!

    よぉし、あのはすの花の上で成仏じょうぶつしようじゃねえか!

    ってあれ、これ、乗れねえぞ?

    たいていっ、絵の中じゃはすの花にっ、乗ってるもんなのにっ…!


寺男:こらァッ!そこで何をしておるかァッッ!!


八五郎:うわわわッッ!


    はぁ、はぁ…な、何ださっきのは…あっ、きっと鬼だ…!

    じゃやっぱり地獄か…。


男1:いやぁ、どうだよええ?

   世間じゃあそこの事を地獄だって言うけどよ、

   よくさがしゃあ、あれだけの極楽だってあるんだぜ?


男2:なぁるほどなあ、地獄極楽じごくごくらく紙一重かみひとえって言うけどよ、

   地獄の中でもあんな極楽があるんだな!


八五郎:…どっちなんだよ、わからねえじゃねえか。

    あぁ、だんだん明るくなってきちゃった。

    それにずいぶんにぎやかになって来たよ。

    人が大勢いやがんね。


    あの、すいやせん。

    ここは、地獄でしょうかね?極楽でしょうかね?


男性3:何をおっしゃいますかね。こんな極楽はまたとありはしませんよ。


八五郎:極楽!極楽かあ、ありがてえありがてえ…!

    あー、綺麗きれいな女の人が並んでるよ。

    きっと弁天様だな、いやぁありがてえありがてえ。

    弁天様、弁天様!


女性1:な、なんだいいきなり?

    弁天?なんの事だい?


八五郎:ここは極楽でございますよね!


女性1:何を言ってんだい、地獄のまんまんなかだよ。


八五郎:地獄!?

    やっぱり地獄かよ…えれぇ事になっちゃったなおい。


    【二拍】


    はあぁ…どうしたもんかね…ってうぉっ!


老婆:ふんっ…!ふんっ…!

   ずいぶんイキが良かったけど、こうなっちまえばおしまいさね…!


八五郎:ひいぃ…もろはだいでしなびたおっぱいしたババアが、

    白髪しらが振り乱しながらにわとりめて、

    はねむしってやがる…鬼婆おにばばだァ…!

    や、やっぱり地獄だァ…!


老婆:誰だい、そこにいるのは!?


八五郎:ひいい、ご、ごごご勘弁かんべんを!

    た、食べないでェ…!


老婆:はあ?なに言ってんだいお前さん。

   とって食うわけないだろ。

   なにか用かい?


八五郎:うぅぅ…おばあさん、やっぱりここは地獄でございますか?


老婆:なに言ってんだい。

   娘のおかげで、極楽さね。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


五街道雲助(六代目)



※用語解説


一文いちもん

現在の価値でだいたい42.5円。


薩摩上布さつまじょうふ

沖縄県宮古・八重山の諸島に産する上質の麻織物。

苧麻からむしを手紡ぎにして織ったもの。

もと琉球からの貢納物で、薩摩藩が販売した。


根津ねづ

東京都文京区にある地名で、根津神社や古い街並みが残るエリア。


深川ふかがわ

東京都江東区の町名。

現行行政地名は深川一丁目および深川二丁目。以前の亀住町、万年町、

冬木町一丁目、和倉町一丁目に当たる。


三分さんぶ

五センチほど。


・かたびら

帷子かたびらとは、主に夏に着る裏地のない単衣の着物のこと。

特に麻で仕立てられたものを指すことが多い。

また、経帷子きょうかたびらのように、死装束として故人に着せる

白い着物も帷子かたびらと呼ばれる。


早桶はやおけ

棺桶の粗末な物。


遠島えんとう

刑罰の島流し。この場合は喜界島とか八丈島とか。




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