05 夏の授業と期末テストと夏祭り。
私は、運動神経がいい。最初に、運動部のテニス部を選ぶくらいだ。自信はあった。
体力テストだっていつも、順位をつければ上位に君臨するくらいだ。
それもこれも、半分私の中で流れているアジア系外国人の遺伝子のおかげだと思う。
ただ、走ることは苦手。持久力はないかもしれない。
そして、泳ぐことが不得意だった。
もう七月に入った中学生の夏の体育の授業は、プールでの水泳。
私は、げんなりした。一度目は、苦手意識からサボりにサボりまくった。仮病を使いまくった。
学校一厳しい体育の先生も、無理に水泳をさせるわけにも行かず、何も言わなかった。
しかし、やり直しをしている私は、サボるわけにはいかない。逃げちゃだめだ!
そういうことで、私は嫌々スクール水着を着て、水泳の授業に挑んだのだった。
「新田、大丈夫? 死にそうな顔してない?」
「……大丈夫、生きてる」
ゴーグルの水を出していた田辺が話しかけてきたので、死にそうな顔のまま返す。説得力はなさそうで、田辺は引き気味だ。
「無理すんなよ?」
ポン、と手を私の頭に置いたものだから、目を丸めてしまう。
(こんのリア恋製造機がぁああ!!)
水泳で疲労困憊な私は、内心で憎悪を叫んだ。
(なんで頭ポンしてくるんだよ! それだからお前モテるんだよ!! モテ男がクソが!!)
そう言えば、このサッカー部の未来のエースで生徒会長のモテ男は、水泳部でもあったんだったっけ。
鍛えている長身の身体は、うっすら筋肉が見えている。中学一年生だから、まだ身体は仕上がっていないけれど、その片鱗は見えてきていた。
(コイツ、絶対少女漫画のヒーローだろうが)
そのあとも授業が終わって、ポヤポヤしている私に田辺は話しかけてきた。
「体調は大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫だってば」
なんでそんな気にするのだか、よくわからないと首を捻りつつも、泳いだあとの疲労感に耐えつつも、私は新しい小説を書き始めた。
続いて、長編の投稿のために何を書くかを考えてはいたんだけれど、初めてもらった感想の”長編を読みたい”が効いていたので、この前投稿した短編の長編版を書きたい気持ちが沸いている。
長編バージョンのあんなエピソードやこんなエピソードも思いついた。
せっかく何人かフォロワーもついたし、大事な数少ないフォロワーの要望に応えてみるのもいいかもしれない。ファンは、大事。ファンサも、大事。
一話五千文字前後のボリュームで、毎日更新出来るまで書き溜めようかな。
熱がある今のうち、書き綴っていこう。
そう意気込んで書いたのは、十万文字近くの長編。なんと、学校が夏休みに入る前に書き上げられたのだった。執筆がノリに乗ってしまったわ。
日中の学校の授業の合間の休み時間と、部活動の一時間未満、さらには夜寝る前まで。そして、土日を丸々使った。期末試験のテスト期間で部活が休みになったので、その時間も使ったけれど、ちゃんとテスト勉強もしてある。
ノートに書いては、ガラケーに打ち込む手間もあったのに、私ってばすごい。
長編バージョンの異世界転移の聖女モノも、投稿を始めた。毎朝、手動で一話ずつ投稿だ。
そんな毎日更新をしている間に、一学期の期末テストが来た。
正直、真面目にテスト勉強をしたのは、生まれて初めてかもしれない。
不真面目な不良生徒だったから、いきなり百点を取れる自信はないけれど、そこそこ解答を埋められて満足した。
そして、答案用紙が返される時。
「新田……カンニングしてないよな?」
「へ?」
「あ、いや、してないよな。いいんだ、今のは気にするな」
担任の先生が微妙な表情でボソッと言ってきたから、ポカンとしてしまった。
平均点を取っただけなのに、カンニングを疑われた件。前回のテスト、相当悪い点数だったのだろうなぁ……遠い目。
勉強していなかった前回と違って、期末テストは勉強したんです。カンニングではありません。
一度目ではさっさと返された答案用紙はしまっていたけれど、平均点なら恥ずかしくないと机の上に出して眺めてみた。
帰る時、チラッと後ろの席の田辺のテスト用紙が見えたけれど、九十点台だった。
クソ……頭もいい。隙のないイケメンである。
私の隣の小林くんは、私と同じくらいの平均点だった。なんか安心する。
リカ達に「どうだった?」と聞かれたので、隠すことなく見せて、それぞれ残念がったり喜んだりしたのだった。
「テスト終わったし、夏祭り、皆で行かね?」
田辺が私達にも向かって提案してきたものだから、なんで夏祭りに誘うんだコイツ??? という疑問は沸いたのだけれど、それよりも夏祭りに気が大いに逸れる。
(この時期の夏祭りって……気合入っていた!!)
悲しいことに地元の夏祭りは年々過疎っていき、規模が縮小されていったが、中学時代の夏祭りは盛り上がっていた。神輿は何個も通っていたし、ソーラン節も披露していたし、祭囃子の太鼓の音も響き渡っていたのだ。過去の夏祭りは、熱気がすごかった。
そんな夏祭りに、もう一度行きたい。
そう思った私は、すで「行くー!」と返事をしていたのだった。
夏祭りにクラスメイトと行くイベントが記憶にないのは、なんでだろう。
ルンルン気分で席について、授業を受けていた間に、思い出した。
(私、カレシがいたから断ったんじゃね???)
もう別れたけれど、一度目はカレシと夏祭りデートをするからと断った可能性が浮上。
なるほど、それでここで違うルートに入ったのか。
そう言えば、カレシと仲のいい友だちである菜穂達のグループで夏休みデートをしていたら、田辺グループと遭遇したことがあったっけ……ぼんやり記憶にあるような……。
まだ付き合っていた夏祭りデートでは、暗い小学校の中に侵入しては、二人きりになってやっと初めての手を繋いで、暗い学校にドキドキしたし手を繋いでいることにドキドキもしていたっけ。甘酸っぱい記憶だ。
もうやり直しの今回、経験することはないけれどね。
今回は友だちグループでエンジョイしておこう!
あ、兄妹にはちゃんとお小遣いを使えすぎないように言っておかないといけないね。多分、弟達も学校の友だちと、夏祭りに参加するはずだ。
イラデザでも仲良くなった同級生と先輩から、夏祭りの誘いを受けたのだけれど、先約があるので残念ながら断った。
「クラスメイトのグループで参加かぁ、眩しいねぇ」
オタクな陰キャと自負している先輩方が、眩しそうに目を細める。
陽キャグループと夏祭りにいくオタクは眩しいか、先輩。
あ、陰キャとか陽キャとか、まだ流行っていないワードだっけ?
迂闊にそういうワードを使わないようにしないとね。
「浴衣は着るの?」
「浴衣は着ないね」
妹は着たいと騒ぎそうだけれど、と思いつつ、私は面倒だからとそう答えた。
なのに、家に帰ると母がいて、夏祭りの話を妹としていた。
そして。
「浴衣あるから、奈緒と一緒に着ていきなさい」
(マジか。紗代ちゃんに着ないって言っちゃったのに……)
私と妹の奈緒の分も浴衣が用意されていたので、着ることは決定事項になってしまう。
(いや、待てよ……? 一度目も夏祭りデートで、浴衣着てたな? 私)
甘酸っぱい記憶の中の自分に浴衣を着せておく。
二十年前の母は、やっぱり若い。そして美人である。私はその美人な母の遺伝子を受け継いでいるから、美人だ。妹も、である。
そういうことで、夏祭り当日は母が着付けしてくれて、簪まで差してくれたのだった。
「ほら、仁那。口紅も」
「え、いいよ! 私まだ中学生だよ!」
「いいから!」
母が自分の口紅を出して私に塗ろうとしたものだから、ギョッとしてしまう。
(中学生にはまだ早い! 毎日スッピン登校だよ!? デートでもないんだからやめて!)
抵抗したが、髪型が崩れないように頭をがしりと掴まれて、塗られてしまった。
むっすりしつつも、妹と一緒に家を出発。下駄でカラカラ歩いていき、屋台が並ぶ中山道へ。
もうすっかり夏祭りの音が響いていた。
妹は今日一緒に夏祭りを楽しむ友だちを見つけたので、私もリカ達との集合場所へ向かう。
最初に見つけたのは、田辺と小林くんだった。
「お待たせ~、リカ達はまだ?」
「お、浴衣じゃん。似合ってる。戸田達はまだ来てないな」
田辺は、サラッと褒めてくる。モテ男め。
小林くんは無言。ただし、私の浴衣姿を凝視。なんか言ってくれよ……。
もう一人の男子生徒は、男子テニス部で部活仲間と夏祭りを回るとのことだ。
ちなみに、田辺と小林くんはサッカー部である。リカと紗代はバレー部。私だけ文化部だ。
「待たせた? ごめんね」
「仁那の浴衣も可愛い〜」
「二人の浴衣も可愛い〜!」
「あれ? 仁那、口紅塗ってる?」
「そうなんだよぉ、お母さんが塗れって無理矢理……」
浴衣を着ることになってしまったから、どうせなら女子は浴衣を着て行こうと言う話になった。
浴衣姿のリカと紗代が来たので、すぐに褒め合う。口紅が塗られた唇を尖らせて不満です、と態度を示す。
「早速食べ物買おっか!」
「何食べる?」
お昼は過ぎている時間帯。いい匂いが鼻に届くし、帯で締められているお腹が鳴っている。早速、屋台巡りに乗り出した。
屋台の食べ物って、なんで美味しく見えるんだろうねぇ。
唐揚げを一つ購入して、女子で分け合って歩いていれば、型抜きをしている妹を発見。
「おーい、奈緒。ムキになってお金使いすぎないでね」
念のため、使いすぎないように注意しておいた。
私に気付いた奈緒は「はーい」と手を振る。
「……妹?」
「そう、妹」
小林くんが訊いてきたので、私は答えた。
「へぇ、似てる……」
ボソッと話す小林くんは、なんで私と話す時は寡黙な感じなんだろうか。
「似てるかな? 妹は父親似だけれど」
私は母親似だし、父親違うから似てないよねぇ……。目が母親似だから、そこが似ているのかな。
「……」
「……」
田辺もリカ達も型抜きをやっている友だちを見つけて話しかけて行っているので、私と小林くんが取り残された。
「新田は、いつも何書いているの?」
「ん? えっと、なんのこと?」
「休み時間の度に、何か一生懸命書いてるじゃん」
「ああ、小説だよ」
「なんの小説?」
「んー、恋愛ファンタジー」
「そっか……」
「うん」
「……」
「……」
前々から隣でガリガリ書いているのが気になってずっと聞きたかったのだろう。
それに答えるだけで、自分からは話を広げないから、沈黙。
「小説家になりたいの?」
「あ、うん。小説家になるよ」
初めて訊かれたことに、私は初めて”小説家になる”ということをケロッと答えた。
小説家になりたいわけじゃない。
小説家になるのだ。
ここ大事。
「そっか……」
「うん」
「……」
「……」
また沈黙。
……なんだろう。この時間は。
「応援してる」
「ありがとう!」
夢を応援されたのなら、笑みにもなる。
そういえば、私が小説を書いていたのなら、小林くんは漫画を描いていたな。漫画と言っても、四コマ漫画。仲のいい男子だけに見せていたっけ。私は隣の席だから、そんな書いている姿を横目で眺めていた。
小林くんは、漫画家になるのだろうか。将来の小林くんのことは全く聞いていないから、どうなったか知らない。
今訊ねてみたいけれど、まだ小林くんが隣で漫画を描いていないので、どう言い出せばわからない。
そのまま、リカ達が戻ってきたので、夏祭りの屋台巡りを再開した。
「あ、新田さん……」
「……辰也」
端まで行くと、そこで元カレの辰也とエンカウントしてしまったのだった。
隣の学校だから、近所。もちろん、辰也も地元。夏祭りに参加していたのだった。
昔の方が夏祭りが盛り上がっていた記憶があり、
今は規模が小さくなり過疎っていたよ……。
あの活気が懐かしい……。
よかったら、ブクマ、ポイント、リアクションをよろしくお願いいたします!