03 恋愛は書くが恋愛はしない。
家に帰って、軽く掃除機をかけての掃除を済ませて、三人で夕食を取った。
シャワーを浴びて、パジャマの格好で机に向かった。
日記に、兄妹の家庭環境も整えることを決めたことも書いておく。
あと、携帯電話を見つけた。懐かしいガラケーの赤い携帯電話だ。母親との連絡手段に持っていたことを、今更ながら思い出した。電話帳には、ちゃんと『辰也の家』と今カレの家電が登録されていたので、菜穂に教えてもらった電話番号と照らし合わせてみると、合っていた。よし。今カレをフろう。
部屋には妹がいたので、広いベランダに出る。そう言えば、私はよくベランダに出て辰也に電話していたなぁ、と一度目の遠い記憶を思い出した。
「もしもし、新田です。辰也くんはいらっしゃいますか?」
カレシに電話したいのに、家の固定電話に電話ってある種の罰ゲームだよなぁ、と思いつつも、辰也の母親らしき人から辰也に代わってもらう。
辰也ママも懐かしいなぁ……いい人だった。
〔もしもし? 新田さん?〕
辰也の声。昔はこの声を聴くだけで舞い上がっていたなぁ、と若かりし頃を遠い目で振り返る。
カレシだというのに、苗字呼び。仕方ない。まだ手も繋いでいないほどの距離感なのだから。
「久しぶり、辰也。急にごめんね……」
謝罪から入って、変に長引かせずに、本題に入ってしまうことにした。
「別れてほしい」
〔えっ……〕
「私達、学校は別々だし、部活もあって会えない……」
あとあなたから全然連絡もくれない。それは言わないけれど。
「付き合っている意味ないな、って思って……ごめん」
〔あ、うん……そう、だね……〕
「別れよう」
もう一度告げると、少しの沈黙のあと、辰也は「わかった」と言った。
私も曲げる気はないが、引き止めもしない辺り、私の方が一方的に好きだったのだろうなぁ、と思ってしまう。初めての交際だからしょうがないとは思うが、受け身で消極的な彼には呆れてしまい、残念だ。
私から告白して、私からデートに誘って、私からいつも電話していた。
私が冷めてしまったら、自然消滅もしょうがなかったと思う。
でもやり直しした今回、ちゃんと別れは告げた。スッキリだ。
「付き合ってくれてありがとうね。じゃあ、バイバイ」
〔こっちこそ、ありがとう。新田さん〕
「うん」
こうして、呆気なく人生の初めての恋人との交際に終止符が打てた。
一度目には出来なかったことがやれて、達成感がある。
そして本当にやり直したのだなぁ、という実感を味わう。
余韻に浸りつつ、ガラケーを使ってネット検索。小説投稿サイト『小説家になりましょう』。
ちょうど今年からオープンしたという。そうか、もうこの時期にはこのサイトはあったのか。
私がこのサイトの存在を知ったのは、高校生の時だ。五年後ぐらいかな。
今回はさらに古参になろうと、その場で無料登録をした。
アカウント名は、少し迷う。一度目の私は、適当にアルファベットの『N』にしていた。仁那のNだ。
そこから『にーな』というペンネームをつけて、書籍化デビューを果たした際には『三日月にーな』というペンネームをつけた。
今回はどうしよう、と刹那迷ったが、私は作家『三日月にーな』だ。それはやり直しても変わらない。
だから、アカウント名は『三日月にーな』と記入した。
部屋に戻って、机についてガラケーの小さな画面でランキングに載っている作品のタイトルを見て回る。
(ハイファンタジーだ……知らない作品ばかりだな)
流石に知らない作品ばかりなのは、しょうがない。これから人気作品が、徐々に投稿されるはずだ。
私も今から投稿すれば、古参の人気作品になれたりするのだろうか。
やり直しの機会を得た私は、ちょっとワクワクしてきた。
(待て待て。先ずは宿題を済ませてから、布団の中で読み漁っておこう)
学業も、ちゃんとすると決めたのだ。宿題やその日の内容が書かれた日誌を確認して、宿題を片付けたあとは、妹と布団を並べてガラケーで読書をした。
これはこの時代の人気作品は何か、それを調査するためでもあったが、楽しく読書が出来たのだった。
ファンタジー書きたいな。まだ数年先になるが、累計ランキングの上位に入るのは、ほとんどがファンタジーだ。
でも私が得意とするのは、恋愛モノ。恋愛をするのはもうごめんだが、恋愛を書く作家なのだ。
もちろん、ファンタジー要素も入れる。異世界が舞台だったり、魔法要素があったり。どちらかと言えば、異世界舞台で異世界転生モノばかり書いていた。この時代、まだ異世界転生モノは流行っていない様子。
異世界と言えば、異世界転移モノかなぁ……。
ちょっと頭の中で構想を練りつつも、私はガラケーを閉じて眠った。
翌朝。ガラケーのアラームで目が覚めた私は、下の兄妹の分も朝食を作る。
昨日いつの間にか帰っていた父親が顔を出して、不思議そうに朝食が並ぶテーブルを見た。
丸顔でややぽっちゃりした体型の無精髭の冴えないスエット姿の中年男。
なんでこんな人と母は結婚したんだろうか……。
内心、げんなりしてしまう。嫌いなオヤジと同じ家で生活するのは、流石に精神的にキツイものがあるな……。
我慢だ。私もそのうち、この家を出る。その前に、兄妹を躾けないと。
「奈緒、青介。忘れ物をしないで学校に行くんだよ? 先に行くね」
「「はーい」」
記憶が正しければ、弟達はこのマンションの他の小学生と一緒にグループになって登校するはずだ。私の出身校は東小学校だったけれど、このマンションの小学生は南小学校だったはず。
私はガラケーを持っていくわけにはいかないので机の引き出しに入れておいて、教科書やノートの入った革鞄と体操服や筆記用具が入ったスクール鞄を持って、ブレザー制服で登校した。
マンションを出て道なりに真っ直ぐ行き、踏切を超えて、さらに真っ直ぐ歩いていけば、市立中学校に到着。
いつも私は、余裕を持って早く登校していた。単に、家にいたくなかっただけだ。
教室に入れば、朝練習のない部活に所属している生徒がまばらにいた。窓際の自分の席について、鞄から荷物を取り出して引き出しの中に詰める。そして一限目の授業の用意をしておく。
チャイムが鳴る。これは予鈴だろう。
朝練を終えた生徒が、ジャージ姿でどんどん教室に入ってきた。
「おはよ、リカ。お疲れ~」
「おはよ~、仁那」
「あ、紗代ちゃんもお疲れ。おはよう」
「おはよう、仁那」
女子バレーボール部のリカと紗代ちゃんが、席についたので挨拶をする。
「聞いて~、私カレシと別れたよ~」
「早速!? 早いね! え? なんて言えばいい? 無事別れておめでとう?」
「うーん、そうかなぁ」
別れておめでとう、というほどでもないから、紗代ちゃんの発言に苦笑を溢してしまう。
「失恋には新しい恋だ、次はこの学校で恋しよ」
「え~、いいよ。恋愛はぁ~」
恋愛は書くだけで、お腹いっぱいだよ。
でもそう言われると、リアルタイムで学生恋愛を書くのも楽しいかもしれないなぁ。
まぁ、考えておこう。
一限目が終わった休み時間に、玉木さんに話しかけに行った。
「玉木さん、私イラストデザイン部に入部したいから、今日一緒に行ってもいい?」
「イラデザに入るの? いいよ、行こう」
私のテニス部のあとに入った部活は、イラストデザイン部だ。
絵も描く趣味がある。一度目では二年生の途中で入った部活だが、漫画などの絵を描くことが好きなオタク女子生徒が集まる部活だ。居心地もいいし、月に一度イラストを描いて提出するだけで、あとは自由。つまり、部室で小説をノートに書き綴っていても問題ない部活なのだ。
なんなら、顧問の先生の目を盗んで、鞄に忍ばせた漫画の貸し借りもしていた部活である。
小説ぐらい書かせてくれるだろう。
オタク仲間の友だちも懐かしいし、早く交流しようと思い、早速入部を決めた。
イラデザには、多分『小説家になりましょう』に投稿している生徒はいないと思う。どちらかといえば、『貴女は○○○番目のお姫様』とカウントするような自サイトを作って、そこに漫画の夢小説を載せている生徒が多かったと記憶している。
何を隠そう、私もそっちタイプだった。某少年漫画の忍者の夢小説を日記に書き始めたのはいつだったか……。
流石にそれを再び書くのは、恥ずかしい……。夢小説はいいや……オリジナル小説頑張りたい。
夢小説サイト作りは、今回はしないな。そんな暇はない。
あ、でも、昔読んでいた夢小説を、もう一度読むのは嬉しいかもしれない。気付いたら消されたり、なくなっていたりしてたもんね……。未来では見れない夢小説、再び。
得意な恋愛要素も入れつつ、ファンタジーものを書きたいと昨日調査がてらの読書をして思った。
もう少し熟考しておこう。
学業も真面目に取り組むし、学校生活の交流もちゃんとしておく。
せっかく中学生時代に戻ったのだ。大人になってから全然会えなくなった友人達とまた会って、こうして話せるのは楽しいものだろう。楽しんでおこう。
今日の授業が終わった放課後、私は約束をした通り、玉木さんと一緒にイラストデザイン部の部室に向かうことにした。
イラストデザイン部の部室は、美術室Aだ。美術室Bもあるけれど、Aの方が部室。
懐かしい~! 乾いた木の匂いが満ちた部室には、見覚えのない生徒もいた。
あ、三年の生徒かな。私は、初めて見る。というか、初めて会う。
こういうこともあるんだな、としみじみ思いつつ、玉木さんの紹介で現部長と挨拶をかわした。
「先日まで女子テニス部に属してましたが辞めてきたので、こちらに入部希望で来ました。よろしくお願いします」
ニコ! と外面よく笑っておく。
「いらっしゃい、歓迎だよ。顧問が来たら、入部届もらってね。今日は体験入部ってことで適当に絵を描いてて。コピックとか用紙とか、好きに使っていいから」
「ありがとうございます」
懐かしい~! とまた感想を抱く。
黒板前の教卓用の机には、コピー用紙がドーンと置かれて、コピックというお絵描きのペンもいっぱいある。コピックは自分で買え揃えると結構なお値段になるから、部活で使えるのは有難かったなぁ。懐かしい思い出だ。
なくなれば、部費で買ってくれるんだから、お描き天国の部活である。まぁ、そういう部活なんだけれども。
流石に初日から小説を書く神経は持ち合わせていないので、まだ初対面の友人達に挨拶をして「何描いてるの?」と話題を振った。
そこから今ハマっている漫画の話題になり、同級生だけではなく、先輩方も交じって盛り上がったのだ。
楽しい体験入部をさせてもらった私は、イラストデザイン部の顧問の先生から入部届をもらったので、それを書いて提出。無事、イラストデザイン部に入部した。