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01 回帰した作家は中学生へ。

2025/07/11



 アラサーになって、マイホームをローンで購入して新居を得て、仕事も途切れることなくやってきて、年収は一千万を超えている順風満帆な人生を送っていた。


 作家の新田(にった)仁那(にな)


 そんな私は余計な選択をしてしまい、不幸な目に遭った。


 結婚願望がそんなになかったくせに、気まぐれに夫を得ようと婚活を始めたのだ。そこで出会った顔よし年収よしの男と結婚をした。


 自分自身の面倒は見れる程度の年収がある男なら、結婚してもいいと思ったのだ。当然、私が買った家に迎え入れた。

 けれども、私の方が収入が高いことを僻み、なんなら私に寄生する気満々で「主夫になる」と仕事を辞めてしまったのだ。


 こちとら年収一千万はあれど、ローンは私が払っているし、税金は洒落にならない額だし、急に養えと言われても困る。

 顔がよくとも、寄生虫は許せない。


 主夫になるとは言ったが、ずっとゲーム三昧。食事も掃除もしてくれない。



 結婚を間違えた。離婚しよう。



 そう思っていた矢先、運動不足解消のために通っていたジムの帰り、車に激突されて暗転。


 絶対に死んだと思う。



 けれども、目を開くと私は中学校にいた。

 窓際の席。微睡むにはちょうどいい日向。私は机に突っ伏していた。多分、寝ていたのだろう。ビクンと震えて起き上がった。寝ている時に痙攣するアレみたいに、目覚めたのだ。


(死んで……過去に戻った……?)


 死に戻りネタも書いた経験のある私は、休み時間で談笑しているクラスメイトを横目に見つつも、冷静に受け止めた。


 ブレザーの制服は、夏だからベスト姿の夏服。背中まで伸ばした黒髪は、おさげにしている。窓に映る姿は、昔の……。いや、うーん。なんか、変わらないなぁ。


 私って童顔すぎて、あんまり変わったように感じないのよね。

 この頃から、顔がね。アラサーになっても、中学時代から変わらないのは、私がハーフだからなのが強いと思う。外国人顔なのだ。

 実の父親がアジア系の外国人だった。記憶にはないけれど。

 私にとって、変わってない、は褒め言葉には感じていなかった。成長していない、と遠回しに言われていると思えたからだ。


 キーンコーンカーンコーン。


 休み時間が終わるチャイムの音が、懐かしい。


 生徒が席につく。次の授業はなんだろう。前の壁にある時間割りを見てみたが、今日が何曜日かわからない。隣を盗みみて、国語だとわかったので、机の引き出しから取り出した。


 あ、この席順……まさか、中学一年? 国語の先生が担任だった……。


 懐かしいなぁ。


 そういう気持ちにはなるけれども、なんでこんな時代に戻ってきたのか、わからない。戸惑いが強い。


 別に中学生時代からやり直したい願望はなかった。結婚生活は失敗したが、アラサーで家も買い印税生活を送っていたのに、特段やり直したいことはない。やり直すなら、婚活を決断したあの日にやり直したかった。コミカライズの仕事もどんどん来ていたのに……未来に戻りたいくらいだ。


 黒板の文字をノートに書き写しつつ、どうしようかと考えた。


 死に戻りをしたのだから、未来に戻れるわけがない。死んで終わりよりも、やり直しが百倍マシだろう。

 中学生から人生やり直しかぁ……。


(ん? このノート……あ、日記か)


 担任の先生が授業内容から脱線した話をし始めたから、何かないかと机の中をこそこそと漁っていたら、授業用のノートではないノートを見つけた。この時期ぐらいに始めた日記ノートだ。


 日記と言っても、日常のことを一ページ未満だけ書いたあと、何故かそのあとに二ページ近くの小説を書くというもの。私が初めて書いた小説だ。


 ヒロインは、王国のお姫様。魔法を使う溌溂な女の子で、冒険に憧れていた。ある日、両親、つまりは王妃や国王が殺されてしまい、犯人を見つけるために旅に出るという長編。ヒーローは、実はとある国の王子なのだが、呪われていて分裂しているというよくわからない設定。分裂して複数いるヒーローは、ヒロインを助けていくのだが、好意を持っている。ヒーローは実質一人だが、逆ハーレム状態の旅になるという。


 懐かしすぎる処女作は、小説らしい文章にもなっていなかった。セリフが多い。間に擬音が入っているばかり。恥ずかしすぎる……。


 私は日記ノートをこっそり机の上に広げて、授業でノートを取りつつ、小説を書くのが日課だった。もちろん、授業なんてまともに聞いちゃいない不良生徒である。勉強なんて真面目にやったことがない。


「……」


 でも、正直。勉強はやった方がよかった。そう思うことは、度々あった。


 特に国語。やった方がよかった。……今日は、ちゃんと聞いておこう。


 いそいそとノートを取り、授業の内容に戻った担任の話を聞いた。

 休み時間になってから、私は日記を書き始める。


【私、新田仁那は二十年前に巻き戻ってしまった】


 という書き出し、アラサーだったことや印税生活をしている作家だったことを書いた。そして結婚は失敗して離婚しようとした矢先に事故死をしてしまったことも。気付いたら、中学一年、二十年前に戻ったこと。


 これからどうしよう、と書いて日記ノートを閉じた。


 給食の時間なので、机を隣とくっつけて六人一組のグループに分かれる。そうして、当番の生徒がワゴン運んできた給食を容器によそったりするのだ。懐かしい光景だ。


「新田~」

「ん?」


 呼ばれたから反応をすると、中学時代好きだった田辺(たなべ)祐大(ゆうだい)だった。


「ほれ」と言って、パンを投げてくるので、ポンポン受け取って六人分を机に並べる。


 なんだ、このやり取り。

 と思ったけれど、そういえばやっていたなぁ、と思い出す。


 田辺は、満足げに笑って次の席に配りに行った。


 罪深い男だ。彼はそのうちサッカー部のエースとなり、生徒会長にもなるイケメンである。

 正直、学年一のモテ男だ。


 私も中学在学中に三回は告白した。一回目は忘れたけれど、一年の秋くらいだったかな。二回目は二年のバレンタインデー。三回目は、修学旅行。


 言い訳をさせてもらうと、私は恋に恋をしていたのだ。


 サッカー部のエースで生徒会長のイケメンだぞ? 少女漫画のようなヒーローだ。夢中になってもしょうがないじゃないか。

 ハッキリ言って、肩書きと顔が好きだった。最低だけれど、冷静に考えるとそうだと答えるしかない。

 多分、田辺もそれをわかっていて、冷たく断っていた。


 今はまだ私も田辺も、普通の友だち関係なので、特に意味のないやり取りをしたというわけだ。


(ん……!?)


 私はあることに気付いた。気付いてしまった。


(私……今、カレシいるんじゃね!?)


 中学一年生の春から夏まで。私は人生初めての彼氏がいたことを、思い出した。


(そうだよ……いるよ。他校だけれど、初カレの辰也(たつや)が……!)


 あちゃー、と額に手を当てて俯く。


 名前は、原宮(はらみや)辰也。

 小学一年生からの同級生だったけれど、二年生の時に引っ越しによる転校でボロ泣きして見送った男子生徒だ。それから二年経つ度に偶然再会して、小学生卒業したあとに私から告白して交際が始まった私の初恋。


 当時、私は運命だと思っていた。二年ぶりに偶然再会するなんて運命だと思っていたのだ。実際、彼は隣の小学校に転校しただけの距離だし、再会するのはおかしくもなんともなかった。


 付き合ったはいいが、中学も別々。部活動もあって、土日に遊ぶ予定も立てられず、そもそも彼から連絡をしてくれず、冷めてしまった私は自然消滅を決めた。夏休み明けには終わったな、と勝手に思っていたっけ。


(別れておこう)


 私は、スンとした顔で決意した。


 やり直し人生に、カレシはいらない。結婚だって失敗したのだ。独り身でも、幸せになれる。


 もちろん、サッカー部のエースで生徒会長のイケメンを攻略する気も、サラサラない。


(恋愛は要らない。でもやり直しの機会をもらったんだ。一度目よりもいい印税生活を送ってみせる!!)


 そうだ、そうしよう。


 私は再び日記ノートを取り出して、決意を書き綴っておいた。



 

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