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いつもより少し良い朝

 スカーは身動ぎしようとして目を覚ました。

 見慣れた大きな樽の中に日の光が射し込んでいる。

 体を起こすと直ぐに天井代わりの蓋が頭に当たる。蓋を外して立ち上がり、大きく伸びをした。体の筋が伸びて、朝の空気を一杯吸い込んだお陰で、気持ちが良くて体だけでなく頭もすっきりした。

 スカーの体は小さく、狭い樽の中で夜を過ごすこと自体には慣れていた。しかし、どこでも寝られる子供の体と言えど、寝返りが打てないのは辛い。体の節々に無理が来始めていた。

 樽は雨風を凌ぐのに丁度良い位置に置いてあり、人目につかないという点では良い。スカーのような家の無い子供にとって、非常に捨て難いアイテムだ。しかし体の事を考えれば、そろそろ別の寝床に移るのが妥当なところだろう。

 樽から程近い大きな街路では、ちらほらと人が通り過ぎていく。そろそろ活動を始める頃合いで良いだろう。少し身なりを整えよう。

 着替えなど勿論持っていないのだが、先日良い物を拾った。樽から出ないまま、その拾い物である濃紺のローブを羽織る。質の良さそうな生地で、これを着て身なりを覆い隠せば人前になんとか出られる位にはなる。フードを被り、それでも見えてしまう髪に手櫛を何度か通してから樽を出た。

 空を見上げると綺麗な薄い青で、ここからは雲は見えない。今日も一日晴れてくれると良いと願いながら、裏道から街路に出る。

 こんな朝早くから、子供が一人で裏路地から出てくる。その意味がわからない人はそう居ないのだろう。皆見て見ぬ振りをする。時折、憐れんだ目を向けられるがそれだけだ。


 いつもの道順で目的の場所を目指していると、似たような境遇の子供がゴミ箱を漁っている様子が視界に入った。自分も少し前までしていたことだ。力もなく、知恵もない。働けないなら、他人が不要としたものを利用するしかない。ゴミ箱は宝の山だった。

 でも、もうしたくない。やりたくてやっていたのではないし、何より買うことを覚えてしまったからだ。自分のような子供でもこなせる仕事を見つけたのだ。そうなると、ゴミ箱に入っているのはゴミでしかなかったと気付いてしまう。宝とは程遠い。


 暫く歩くと、一番要領良く稼げる場所に着いた。ここは人通りの多い辻だ。後は何をするでもない。ただひたすら声を掛けられるのを待つ。

 どれ位そうしていただろうか。立ち始めた頃と比べると影の位置が随分と変わり、そろそろお腹が空いたな……という頃合いで目の前に人が立った。


「そこの少年、水の教会はどこかわかるか?」


 客だ。しかも、少し説明の難しい場所に行きたいらしい。案内をすれば駄賃が多く貰えるに違いない。

 見るからに旅人だ。燃えるように赤い髪と目は珍しいし、自分が着ているのと同じようなローブの下には旅人がよく身に付けている簡素で動きやすそうな鎧をしている。おまけに帯剣までしている。服が薄汚れているので、この街に着いたばかりなのかもしれない。

 場所の説明をした後、分かりにくいので道案内することを申し出ると笑顔で快諾してくれた。こんなみすぼらしい自分を相手に笑顔を見せてくれる人は少ない。少し困ったように微笑む位で終わる。なのにこの人は優しそうな表情で相手をしてくれている。

 今日の1番目がこのような素敵な人と分かり、心が浮き立つ。ツイてる。

 でも、まだ油断は出来ない。たまにケチな人が居て、駄賃を払わずに去っていくのだ。そういう人ほど人の良さそうな笑顔で近付いてくると経験で知った。追い縋ると振り払われ、蔑んだ目で見られ、漸く良い人ではなかったのだと気付き、落ち込んだことが何度かある。あんな失敗はもう繰り返したくない。

 この人はどうなのだろうかと疑いながら、それでも自分なりの笑顔を頑張って向ける。無表情より笑顔の方が客も機嫌が良くなる。怒られることも減る。

 案内では、なるべく大通りで危険の少ない道を選んで歩くようにしている。自分の身もそうだが、何かあってお金が貰えなくなるのも困る。でも、水の教会は少し奥まった所にある。建物が面する道は広いのだが、そこへ行くまでの道が細くて分かりにくい。

 後ろから付いてくる客を何度か振り返り見ると、よくきょろきょろと見回している。たまに首を傾げているが余計な口は開かない。聞かれた時にのみ答えれば良いので無視だ。余計な世話を焼こうとすれば手痛い目にあうかもしれないのだから。


 目的地に着き案内が終わると、感謝の言葉と共にお金を手渡してくれた。これも珍しい。大抵は「案内はもういい」とだけ言って地面に投げ捨てられる。それを拾い集めて漸くこの仕事は完了するのだ。

 自分の手を取り、上に向けられた手の平にお金を乗せられた。こんなに自分に触れて大丈夫なのかと怖かったけれど特に気を悪くした様子もなく、別れの挨拶と共に手を振り、教会へと入っていった。

 拾うことなく手に収まった綺麗なお金を見ると、いつもに比べて金額が多い。偏見もなく太っ腹だなんて、なんて好い人だろうか。今日はもう案内をしなくても良さそうだ。お金を持ち過ぎても怖いだけであると教わったから、むしろやらない方が良いのだ。


 そんなことを考えながら見上げた先にある水の教会は名前の通り、水の神が奉られているらしい。所詮大人の話を盗み聞きした程度の知識なので詳しくは知らないが、今の人は信者というやつなのだろう。他所の街に来て、装いを整える間も惜しんで参拝するなんて、きっと信仰心が篤い人なのだろう。信仰したら安らぎが得られるらしいし、是非あの人には幸福が訪れて欲しい。そしてまた恵んで欲しい。

 水の教会の外壁には白が多く使われているが、入り口の扉の上部に付いている宝石のような輝きを持つ石は碧色で、いつ見ても綺麗に光り輝いている。水の神とやらはさぞ美しいに違いない。一度で良いから見てみたいものだ。信仰はどうやってするのかわからないから出来ないけど、見るくらい許してくれるだろう。


 そんなことを考えながら教会の入り口を眺めていると、視界の端に動くものが見えた。ボーッとしていたせいで、つい見てしまった。教会の脇で道行く人を物色している小さな存在を。

 そして、目が合った。


「しまった」


 自分にしか聞こえない程度の小さな声で悔いる。

 慌てて目を逸らすがもう遅いに違いない。それでもとこの場を去ろうと駆け出すが間に合わなかった。


「おい。逃げ出す奴があるか。失礼な奴だな、相変わらず」


 頭の上から声がする。瞬間移動でもしたのかと言いたくなる速さだ。


「頭から降りろ。お前と居ると変な目で見られるから嫌なんだ」


 心の底から思っているんだという意思を込めて強く言うが、一笑に付された。

 頭の上で寝転がり、肘を付いて寛ぎ始める。


「それは俺が悪いんじゃない。お前が本当に変な奴なのさ」


 頭から降りそうにない。話は続きそうだ。

 急いで裏道へと入り、人目を避ける。

 実際問題、本当に自分が変な奴らしいのが悔しいところだ。皆にはこいつが見えないらしい。だから話していると独り言を言っている危ない奴になってしまうのだ。今日の好い客でも、さすがに避けるんじゃないだろうか。


「俺はお前と会えて良かったよ。言いたいことがあったんだ」

「なに?」


 まだここは人通りの多い道から離れていないが、行く当てがある訳でもない。家としている樽は人目につきたくないので昼間に入るのは止めている。手っ取り早くここで終わらせるのが一番良いと判断したから手の平に移動して貰って先を促すが、なぜか黙りこんだ。

 そして手をお腹に当てる動作をする。


「腹が減ったな」

作者の癖に「そういえばこんな話だったな」と思いながら加筆しつつ投稿をしてます。

10年の歳月は長いですね。

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