婚約者はすでに逃げました
神隠し(人工的に)
「聖女は所詮神嫁。結婚出来ない相手なのだから大事にする必要なんてない」
わたくしの夫がバッサリ言ったのを聞いてああ、彼女たちは同じような言葉を告げられて、希望を打ち消されたのだと悟った。
我が国に数年前に聖女が見つかったと報告があり、すぐさま神殿に保護された。それを知った我が夫――この国の君主は神殿に先を越されたと喚いていたが、聖女を手元に置いても聖女は息子たちの結婚相手にはならないので別にいいのではないかと諌めたのはわたくしだ。
他の国では王族が囲い込む目的で聖女と結婚するところもあるが、聖女は神の妻。生涯人間の夫を持たないものとなっている我が国では神殿から無理やり聖女を奪うよりも神殿の意思を尊重して協力体制を取った方がいい。
政治的利用価値はあるかもしれないが、わざわざするまでもないことだ。
そんなことで聖女の教育に対しての寄付という名の支援は時折行いつつ不干渉を貫いていたところ。その聖女が神殿で暮らしていたら世間のことを知らないままになってしまうと神殿の上層部の判断のもと、国立の学園に入学することが決定したと報告が上がった。
息子である王太子とその婚約者と同じ学年になるそうで、二人には神殿との関係を悪化させないように慎重に接しなさいと入学前に伝えた。
「キアラ。どうかしましたか?」
王太子の婚約者であるキアラは王太子妃教育が終わった後はわたくしと復習を兼ねてお茶会を行うのが日課になっている。
淑女として、王太子妃として恥じない程度に日ごろの報告を兼ねているそのお茶会で、キアラはたまに意識がどこかに行くのか普段見せない溜息を吐く様が気になって尋ねる。
「申し訳ありません……」
溜息を吐いていたことを咎められたと思ったのか謝罪をするキアラの肩をそっと叩き、
「いつも熱心すぎる貴女がそんな状態になるなんてどうしたのかしら。未来の母としては相談に乗ってもいいでしょう?」
だから気軽に話をしてと少しだけ気安さを出して伝えると、少しだけキアラは笑って、
「実は……」
と学園での様子を話し出した。
聖女は白金色の髪をまっすぐに伸ばし、スミレのような綺麗な瞳を持つ可憐な少女だった。
神殿以外で生活をした事が無いという彼女のためにキアラを中心に貴族令嬢が様々なことを教えていった。貴族としての嗜みや淑女としての行動など。
最初は聖女もそれを必死に学ぼうとした。その愛らしいさまについ微笑ましい気持ちになっていた。だが、不慣れな感じがする聖女の行いが貴族令嬢を見慣れている貴族令息にとっては新鮮なモノになっていき、気が付くと聖女は貴族子息に囲まれるようになっていた。
「フィルトもですか……」
息子の名前を出すとキアラが泣きそうな表情で頷く。
フィルトを含む男性陣は聖女の慣れていない様が愛らしく思えるらしく、それを直すために厳しい口調で告げる貴族令嬢らを聖女を冷遇するつもりなのかと罵ってくる者、さらには聖女と二人きりになっている者もいた。
聖女には婚約者のいる男性と二人きりになってはいけない。いや、そもそも男性と二人きりは危ないと注意すると。
『それでは相談にのれません』
聖女からすれば男性に話し掛けられるのは神殿の務めにある告解、懺悔の一環でしかなく。それがいけないことだという認識がないのだ。
その認識を改めさせるために話をしたのがどう伝わったのか、気が付くと聖女を貴族令嬢が寄ってたかって冷遇するようになっていく。
どんどん関係が悪化していき、婚約者である男性たちがお詫びとして、自分の婚約者のために用意されていた資金を神殿の寄付に回していく。お茶会などの誘いも断ってきて聖女に時間を使う。
そして、それに対して苦言を呈すと。
『聖女は神に仕えて恋愛の対象にならないのにそんな女性にも嫉妬か』
と返事が来たのだ。
「わたくしが間違っているのでしょうか……婚約者のいる男性と二人きりになるのはおかしい。わたくしとの時間を減らして聖女さまと接しないでほしい。わたくしは貴族として注意するべきことを伝えているだけのつもりだったのに……」
確かに難しい内容だ。貴族としての当たり前と神殿育ちの聖女では当たり前だと思っていることにも大きな隔たりがある。
「そうね……。難しいわね……」
そこは折り合いをつけるしかないと伝えると、その通りですねと少し悲しげに目を下に向けて微笑んでいる。
聖女自身はただの困っている存在を助けたいだけ、だけど……。
「婚約は契約よ。婚約者のために時間を使うこと。お金を使うこと。それらは一種の契約を大事にする証。それを必要以上使うことも問題だけど、必要経費を削るのは間違っているわね」
説得してみますと告げたとたん嬉しそうに安堵したように微笑むキアラの姿。
だけど――。
「母上。何を言っているのですか? 聖女は所詮聖女。浮気でもないですし、結婚はキアラとするのですから問題はないはずです。――ああ、聖女の説法がそろそろ始まる時間なので」
言っている矢先にそんなことを告げてその場を後にする息子。
「こちらの忠告に全く耳を貸していないじゃない……」
通じていない。キアラとは政略とはいえ、共に家族になり、国を民を守る協力者なのだ。なのにそれを蔑ろにしていると言っているのに浮気ではない。なんでそんな返しが出来るのか。
「陛下に相談するしかないわね……」
大事にしたくなかったが、ここまでのことを黙っているというわけにはいかないだろう。
いくら聖女と……神殿関係者と良好な関係にした方がいいとはいえ、これで婚約者を蔑ろにするのなら問題だと諭してもらおうと――。
だが、その結果が。
「聖女は所詮神嫁。結婚出来ない相手なんだから大事にする必要などない」
それくらい大目に見ろと告げる声が、自分の知らないモノにしか思えない。
大事にする必要がない?
婚約者との交流を深める時間を聖女に使われて、寂しい想いをしているのに?
婚約者との交流費を聖女に寄付しているのに?
それに注意したら心が狭いと言われているのに?
確かに、聖女と親しくなると国にとって有効だというのは確かよ。だけど、それを疎かにしていいものではないでしょう。
「――そちらがその気なら。こちらも好きにさせてもらいます」
「母上!! キアラが居なくなったのですっ!! いえ、キアラだけじゃなく他の令嬢も」
フェルトが慌てたようにノックもせずにわたくしの私室に入ってくる。
今頃気づいたのねと呆れつつ、持っていたお茶を一口飲む。
「彼女が居なくなったのは三か月ほど前よ。見聞を広げるために留学すると半年前に報告してくれたでしょ」
婚約者とのお茶会の時間にキアラが説明したというのはお茶会の時に控えていた侍女が聞いていた。どうせ聖女に渡すプレゼントを考えて話を聞いていなかったんでしょう。
「で、ですが……。そんなの……明日は私の誕生日なのに婚約者がいないのは……」
情けない。キアラ含む女性陣は自分の誕生日を忘れられて聖女に時間を使われているわ。誕生日プレゼントを贈られていない状況を在学中味わい続けていたのに。
「見聞を広げるために留学をするのは長い目で見れば国のためになるのよ。それを誕生日に一緒にいられないからという理由で切り上げられるわけないでしょう」
聖女と親しくなれば国のためになると婚約者を蔑ろにしていたあなたが言えるわけないでしょう。
(まあ、戻ってこない可能性もあるでしょうけど)
女性陣のことを蔑ろにした国など、家同士の関係を悪化させる事態にも気づかずに大事にするなと言っていた王のいる国など見捨てても構わないと留学手続きをした時にこっそり伝えた。
望めばわたくしの個人的なお金で留学をさせてあげた。王妃のお墨付きという名目があれば家族に反対されても無事に脱走出来る。
今、貴族令嬢で残っているのは婚約者との仲が良好な者たちばかりだ。
(蔑ろにしてもいいと思った罰よ)
王妃としては間違っていると思われても仕方ない。だけど、あのままだったら女性陣の心が限界だった。
「そんな……」
「つべこべ言っているだけなのかしら」
留学の意図に気付いた聡い者はすでに婚約者に誠心誠意謝罪に向かっている。
この馬鹿息子はどうするだろうかと思いつつも、わたくしも夫に三行半を突き付けることにするのであった。
婚約者を蔑ろにするのだからそれくらいしてもいいよね。(ハーメルンの笛吹ENDも一瞬考えた)




