第7章:届かぬ想い
「幸子さん、今日も一緒に体操をしましょう」
かすみが声をかけると、幸子は首を振った。
「……今日は、いいわ。少し疲れているの」
日を追うごとに、幸子の体は衰えていった。
かすみは精一杯寄り添おうとした。
食事を工夫し、会話を増やし、体に触れる時間を大切にした。
けれど、幸子の微笑みは次第に薄れ、やがて「ありがとう」すら遠慮がちにしか口にしなくなった。
「……私のことは、もういいのよ」
そう言われるたび、胸が痛んだ。
本当は弱さを見せてほしいのに。
本音を聞かせてほしいのに。
かすみの願いは、届かないままだった。
夜。
かすみは思い切って、幸に連絡を入れた。
「……幸さん。お母様の容態が、思った以上に――」
だが、電話は繋がらなかった。
留守電に切り替わり、空しく声が響くだけだった。
焦りが胸を締めつける。
かすみ一人の力では、幸子の心をほどくことができない。
母と娘の絆がなければ、最後に光を灯せない。
そう痛感しながらも、どうすることもできなかった。
それでも、かすみは諦めなかった。
翌朝は柔らかい粥に野菜のすり流しを添えてみたり、昼には思い出話を切り出そうと古い写真を広げてみたり、夜は手を握りながら「眠れるまで隣にいます」と囁いた。
ときには歌を口ずさみ、ときには静かにただ寄り添った。
けれど――。
どんな工夫をしても、幸子の心に届いたという手応えは得られなかった。
「ありがとう」の言葉も、次第に遠のいていく。
その姿を見つめるたび、かすみの胸に焦りと虚しさが募っていった。
そして数日後の早朝。
幸子の息は、静かに止まった。
かすみは最期までそばにいた。
しかし、幸子の瞼は重く閉じられたまま、言葉は一つも残らなかった。
その手を握っても、何も返ってはこない。
「……幸子さん」
かすみは小さく名を呼ぶ。
涙は流れなかった。
ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が残る。
――私は結局、何もできなかった。
――心を通わせることも、和解のきっかけを作ることも。
悔恨だけが、かすみの胸を支配していた。
そしてその思いは、この先も彼女の心に深く刻まれ続けることになるのだった。




