表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五章 社長の判断


翌朝。

かすみは臨時交代の職員に一時的に幸子を任せ、事務所に向かった。

夜の出来事が頭から離れず、どうしても社長に相談しなければならなかった。

ノックをして社長室に入ると、永吉は既に机に向かって書類を整理していた。

「……古林か。契約はまだ継続中のはずだが、現場を離れてここに来た理由は?」

冷徹な声音に、かすみは深く頭を下げた。

「昨夜……利用者の娘さん、藤本幸さんが、契約の解除を言い出しました」

永吉は手を止め、視線だけをかすみに向ける。

「経緯を話せ」

かすみは正直に話した。

幸が酔って帰宅したこと、母娘の言い争いになったこと。

そして、幸子が感情的に「アンタの世話にはならない」と口走り、激昂した幸が契約解除を叫んだこと。

一通り聞き終えると、永吉は腕を組み、表情を崩さずに言った。

「……依頼人は娘の藤本幸だ。依頼人が契約解除を望むならそれで契約は解除される。」

かすみは喉に言葉を詰まらせながら答えた。

「……はい」

少しの沈黙の後、永吉が口を開いた。

「......だが、正式に解除の一報はまだ届いていないな?

ならば、契約は有効だ。古林、まずは持ち場に戻り、自分の職務を果たせ」

永吉の言葉は淡々としていたが、そこに揺らぎはなかった。

「ですが……!」

かすみが思わず声を荒げると、永吉は手で制した。

「心配するのは分かる。だが、感情で仕事を放り出すのは職務放棄に等しい。君は介護士として、利用者の生活を守るのが役目だ」

かすみは唇を噛んだ。

「……はい」

永吉は淡々と続ける。

「幸さんへの対応は私が行う。こちらから正式に連絡を入れ、依頼人としての意思を確認する。必要ならば、契約の継続に向けた条件を提示することも考える」

「……社長が、直接?」

かすみの瞳に驚きが走る。

永吉は冷ややかに答えた。

「それが上に立つ者の責任だ。会社に不利益を生じさせぬよう、最も確実な方法を選ぶだけだ」

そして視線を落とし、書類にペンを走らせながら、言い放つ。

「古林。君はまず現場で結果を出せ。感情で語るのではなく、職務で示せ。それが唯一、会社にとっても利用者にとっても意味のあることだ」

かすみは深く頭を下げた。

「……承知しました」

社長室を出た瞬間、かすみの胸に冷たい緊張が走った。

永吉の言葉は徹底して冷徹で、感情を一切排したものだった。

けれど同時に彼が上司として、この契約の舵取りを確実に担ってくれることも理解できた。

「……社長なら、なんとかしてくれる」

そう思えた瞬間、かすみの肩から重荷が少しだけ下りる。

だからこそ、自分がやるべきことがはっきりと見えた。

――私は、幸子さんの心に寄り添おう。

――この人が抱える寂しさや不安を、少しでも和らげたい。

その決意を胸に刻み、かすみは足早に幸子の元へと戻っていった。

次回、第6章は9月9日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ