僕の話
12/17(日)
人の記憶というものが、どれほど曖昧で不確かなものか。そんな事を考えるのは、記憶に振り回され、失敗し、後悔か反省を募らせる奴くらいだろう。
そう、僕だ。そして僕の場合、先の問の結論は「無価値と言えるほど頼りにならない」である。忙しなく更新され続ける情報を所狭しと小さな脳みそにぶち込んでいく。それが何年も続けば、バグったっておかしくない。そうならない為に片端から勝手に削除しているとしか思えない。
「なぁ、そんなに怒るなって。」
「怒ってない。」
もちろん、それは僕に限られた話では無く。他人に期待するのも無駄の極みという話で。つまるところ、確認を怠るというのはもっとも忌むべき問題だったという訳だ。この場合、僕の問題だ。
「ほんっとーにスマン! 昨日入れたと思ったんだけどさぁ。」
「言い訳は良いって。怒っても無いって言ってるだろ? 聞かなかった僕も悪いし、ただ無気力なだけだよ。」
非常に簡単な話。積もりに積もった物があるから僕の頭は機能していないだけで、起きた問題は小さな事だ。
彼の鞄に、財布も入場券も入っていなかった、それだけである。ウキウキで新しい鞄を引っ張りだしたのが原因だろう、移し忘れ。
僕の方だって、彼は大丈夫だと疑っていなかった……訳ではないが、確認するのもしつこいと思って黙っていたのだから同罪だ。
「まぁ、こうしてだべっていたって仕方ないし。取りに戻るにしろ別のところに行くにしろ? 早くしようよ。」
「戻る一択でしょ、お金無いし。」
「僕が出すけど?」
「いや流石にさぁ!?」
それは嫌らしい。それなら帰りなさい、と彼を押し出すのだが、数歩と行かないうちに足取りが覚束なくなる。
「どうしたの?」
「いやぁ、勇み足で出掛けた手前、戻るのが……」
「はぁ? 今更じゃない? 変なプライド持っちゃってさ。」
「ごめんって。はぁ……仕方ないか。」
トボトボと歩く彼の背中に哀愁が見える、この頼りなさが面白い等と思う、そんな僕も大概に性格が悪い。
慰めてやるようにポンポンと背中を叩き、彼の家へ二人で帰る。妹に嘲られる彼を見送って玄関で駄弁り……その後は、二人で水族館に行ったんだったか。
12/19(火)
やはり、人の記憶は宛にならない。ここからはぼんやりだ。楽しかったという事は覚えているのだが、他は断片的で……いや、僕の事はどうでもいい。
「おーい、大丈夫か?」
問題は彼だ。何故こんな風に問いかけられているかと言えば、僕が彼を放置して考え込んでいるからなのだが。
だってそうだろう? つい先週の事だったのに、まるまる全て「そんな事あったっけ?」等と言われれば。顔を見れば、冗談で言ってない事は分かる。
「おいってば。」
「あぁ、ごめん。思い返してた。僕の記憶違いかなっと思って。」
「ん? そうだったのか? まぁ、それならいいや。」
「そうだね、そうかも。」
「んでよぉ、次の休み、どっか行こうぜって話。どーする?」
「うん……放課後までに考えとくよ。」
違和感は、無い。あの一日だけが、ぽっかり消えているようだ。昨日の夕食は覚えているのに、と思うこの気持ちは、ヤキモチだろうか。
記憶なんて、無価値な存在感。あまりに証明に乏しく、根拠になり得ない雑念。そう、思っていたのだが……寂寥感というより、喪失感を感じる。僕の中で、思った以上に価値のあるものだったのかもしれない。
もしかして、期待が高いからこその、失望なのだろうか。記憶というものに、期待しすぎたから、頼りないと感じているのか。
そんな事をぼんやりと考えながら、窓を見る。流れる雲が、今日も白い……
「……部、織部!」
「うぇ!? は、はい!」
「珍しいな、考え事か? まぁ、それは後にして授業を聞きなさい。」
「あ、はい。すいません……」
バーカと口パクしてくるアイツについて、考えてやるのも馬鹿らしくなってきた。たかが一日程度、忘れる事だってあるだろう。
そんな事より、放課後までに行きたい所でも考えておこう。せっかく彼が誘ってくれたのに、何も無しでは格好が悪い事この上無いのだし。
「よ、さっきは災難だったな。」
「別に。慣れてるし。」
「うん? ……そっか?」
「それよりさ、土曜日のこと。ここの喫茶店とかいいんじゃないか? 今コラボ中だってよ。」
スマホの画面を向けながら話を仕向けると、キョトンとした顔の彼が此方を見上げてくる。
「あれ? なに、ガチャでも外れたの?」
「いや場所はいいんだよ、俺もそのゲーム好きだしさ。だが、お前さんがそんな、探してくるなんてな……」
「はぁ? 分かんないこと言ってないで、予約お願い。」
「あ、いつものお前だわ。へーへー、仰せのままに、っと。」
面倒な事はす〜ぐコレだ……とボヤきながら、電話番号を確認している彼を横目に、心の中で舌を出す。おっちょこちょいな誰かさんが、何も出来てないとボヤくから花を持たせて上げていると言うのに……ニブチンめ、なんて。
「おーい、トリップオバケ。予約取れたぞ〜。」
「なんでオバケさ。」
「や、最近は珍しくぼーっとしてること多いから。」
「いつも通りじゃない? ずっとこうだよ。」
「そうだっけ? ……そーかね、そーかも。」
若年性アルツハイマーか? と少し疑いつつも、深刻と言えるものでは無さそうなので置いておく。それより、と彼の持つスマホを覗き込む。
「そうだよ。で、何席?」
「ナイト。」
「僕ウィザードなんだけど!?」
「うるせぇ、タンクこそ至高! 人類みな盾を持て!」
「は? 魔法こそロマンだが? ロジカルでミラクルな多様性を誇れ!」
「代償強化固定砲は黙っててください〜。」
「鈍足なのはどっちも同じだろ、出歯亀ヤロー。」
「まて、それ関係ない。言葉の意味変わってんだよ!」
事実しか言ってないのに、怒られる謂れなんてない。掴みかかってくるバカから逃げ回り、机の間を走り回る。
「またやってる、バカコンビ。」
「おいバカ、こっちくんな!」
「俺の弁当、倒したら承知しねぇからな!」
「煩い……眠い……」
僕らに負けず劣らず騒がしい教室で、ケラケラ笑いながら走る。うん、悪くない。椅子を蹴っ飛ばしてしまった脛は痛むが、何より楽しい。
結局、巻き込んでいって教室中が大騒ぎとなり、僕らはしこたまに怒られた
12/21(木)
楽しい、などと言っている場合では無いかもしれない。彼の記憶がまた、僕と食い違う。一年も前のこと、おかしくは無いのかもしれないが……
でも、流石に色々と覚えているものだろう? 初めて二人で県外に飛び出した逃避行だったのだから。まぁ、結局は路銀が尽きてスゴスゴと帰ったし、ただの2泊3日の旅行みたいになったけど。
「ねぇ、ホントに覚えてないの?」
「去年の11月だろ? ん〜……山登りなら行った気がするけど。」
「それは翌週だねぇ……」
あの後、結局なんどか同じようにやってはこっぴどく怒られてるし、そっちに意識を持っていかれちゃっているのかもしれないけど……モヤモヤする。
言いしれない不安感がやってくる。何となく、僕の知っている彼と目の前の彼が、違うように見えた。
「ねぇ、本当に君……」
「ん? どした?」
「やっぱり、なんでも無い。」
「なんだ、そりゃ。まぁ良いけどよ。」
ゴロン、と転がった彼から少し離れれば、飛んできたボールが見事に顔にゴールを決めた。うーん、スリーポイント。
「いってぇ!?」
「わりぃ、鏡見! それパス!」
「てんめぇコノヤロー! ドタマにダンクしてやろーか!」
「うわ、サボりがキレた!」
「逃げろ!」
あっという間にバスケがドッチになってしまった……バスケットボールって痛い気がするんだけど。男子ってバカだなぁ。
あんな風に騒いでいると、いつも通りの彼だと思う。僕といる時だけなのだろうか、彼が彼じゃなくなるような……不思議な感覚になるのは。
12/23(土)
何となく分かってきた気がする。彼の記憶が無くなっているんじゃない、彼が変わっているのに、変わってないフリをしているのだ。いったい何者なのだろうか……なんて
顔も声も歩き方も、ちょっと抜けてる所も、お調子者で子供っぽいところも。でも、なんだかんだ一緒に居てくれる優しいところも。彼なのだ。それで良いじゃないか。
それに、思い出が合わないくらいで離れるような腐れ縁でもない。互いに互いを認識出来ているなら、それで良いような気がする。僕らは変わらない、積み重ねる事は無くても……今もこれからも、たくさんの時間があるから。
とりあえず、明日を楽しみにしよう。きっと素敵な日になるから……




