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The Memoirs 30th (回顧録 第30部)「反逆の魔術師、あるいは彼と私と『わたし』の物語」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「序章、怪人:黒仮面編」
9/27

怪人:黒仮面編④『インタビュー・ウィズ・デュプリケーター』

これまで連夜と交流していた「陽」の正体は、家に引きこもる陽が自身の力で生み出した分身体、「ヨウ」であった。

ヨウから陽に会って欲しいと頼まれた連夜は、陽の家に足を運ぶ。

怪人:黒仮面編④『インタビュー・ウィズ・デュプリケーター』

 (あおい) (ひなた)という少女の真実を知った次の週末。俺は父に頼み込み、再び裾野駅まで車で送ってもらった。

「んじゃ頑張れよ。また終わったら電話しな」

「分かった」

 俺は車から降りる。父には友達と勉強会をまたすると伝えていたが、実際の目的は別だ。

(はぁ……)

 駅から去っていく父の車を見送った後、俺は周囲を見回す。彼女……ヨウさんはまだ来てないようだ。

(さて。当日になっちまった訳だが、どうしたもんか……)

 身体がこわばり、自分の息が大きく聞こえる。


 あの後、俺はヨウさんの頼みを引き受けたわけだが、例によって家に帰った後滅茶苦茶悶絶した。

(どうしようどうしようどうしよう!)

 今度は女の子の家に1人で行くことになってしまったのだ。しかも聞くところによると、彼女の保護者たる叔母さんはその日不在らしい。つまり、家には俺とヨウさん、そして陽さんの3人だけ。

(どうすんだよ、おい! こんなんヤバすぎんだろ! マジでどうすりゃいいんだよ!)

 沼津に遊びに行くことを決めたとき以上に困惑と不安、恐怖の気持ちがこみあげる。

 女の子の家に行った挙句、女の子2人に囲まれて過ごす羽目になるというのは、気が気ではない。粗相が無いよう神経を尖らせなければならない。

(つか、友達になればいいんだよな……?)

 ヨウさんの頼みは、陽さんと友達になって欲しい、という事であった。

(陽さん、どういう人物かも分からねんだよな。怖い人だったらどうしよう、拒絶されたらどうしよう……いや拒絶されるよな。常識的に考えて)

 そもそも悲惨な事故で傷心の人間にかける言葉なんて、俺は持ってない。

 引きこもりの女の子に対して高尚なことを言えるほど、俺は人間出来てない。

(ヨウさんは俺の事を信用してくれているみたいだけど、俺には荷が重すぎる……)

 自分に期待されている役割の重さと自己認識とのギャップを前に、暗澹とした気持ちになるほかなかったというのが、ここまでの俺であった。


 とはいえ、もう週末になってしまったのだ。腹を括るしかない。

(ええいままよ! なるようになるしかねぇ!)

 俺は周りの目を気にすることなく、駅舎の前で大げさな動作で腕を回し、深呼吸する。こういうときは腹式呼吸、腹式呼吸あるのみ。

(腹式呼吸、腹式呼吸。心を無に、心を無に……)

 そうして俺が腕を振り回していると。

「こんにちは、連夜君」

「うおっと!」

 突如真横にヨウさんが現れ、回していた腕が彼女に当たりそうになるが、すんでのところで押しとどめる。

「大丈夫ですか? 緊張……してますよね?」

「あ、ああ……」

 実際全身がこわばり、あちこちが凝っているような気がする。

「大丈夫ですよ。連夜君はいつも通りいけば大丈夫です。私もついてますから」

「わ、分かった」

 そうとは言ったものの、やはり緊張の糸はほぐれる気配が無い。

 俺は手足をロボットのようにぎこちなく動かしながら、ヨウさんと共に歩き出した。


 葵 陽の家は、裾野駅から歩いて5分ほどの所にあった。

(ここか……)

 家を見る。普通の一軒家のようだ。家の大きさは……自分の家に比べると小さい。

「それでは、よろしくお願いしますね」

「ああ……」

 ヨウさんは家の鍵を開け、中に入る。

 家の中は静まり返っている。フローラルの香りが鼻腔に流れる。身体のこわばりがますます強まり、俺は右手を固く握り、左手をその握った拳に合わせて握っていた。

「こっちです」

 ヨウさんに連れられ、俺は家の奥へと向かっていく。俺は慎重に足音を殺しながら、ゆっくりと彼女について行った。

「ここです」

 廊下の奥に着いた所で、ヨウさんは小声で俺に告げる。

 目の前には、1つの扉がある。扉の表面には「立ち入り禁止」「Keep Out」といった張り紙がいくつも貼られており、ドアノブがあると思しき場所には何やら箱のような機械が取り付けられていた。機械にはスリットが入っており、カードか何かをスキャンすることが出来る構造になっている。

 ヨウさんはドアを軽くノックする。

「私です。入りますよ?」

 すると。

「ああ。分かった」

 中からヨウさんと全く同じ声色が聞こえてきた。

 その声を聞いたヨウさんは、財布から白いカードを1枚取り出し、ドアの機械に通す。すると電子音と機械音が響いた。

 ヨウさんは、ドアを開ける。俺も彼女の背後に隠れるように、部屋の中に入った。


 部屋は8畳間だった。照明はついておらず真っ暗で、シングルベッドと本棚、そしてテレビと大きな机があり、机にはPCが置かれている。床には物が散乱しており、ゴミ袋があちこちに置かれている。

 そして広い部屋の片隅の机、明るく光を放つディスプレイの正面に彼女は居た。

「戻りました。オリジナル」

「あぁ、おかえり……っ!?」

 ヨウさんの声に反応するようにその人物は振り返り、そして驚きの声を発する。

 そして、『彼女』と目が合う。眼鏡は掛けていない。

 顔を見る。その顔はヨウさんと瓜二つで、髪型はロングヘアで、ボサボサだ。

 目つきを見る。パーツをよく観察する。目は大きく見開かれ、直後、口元が歪んだ気がする。

「何で連れてきた?」

 声はヨウさんと同じだが、そこに乗っている色が明らかに違う。

 何というか、ドスが効いている。

「……」

「……はぁ」

 すると、目の前の少女は観念したようにため息をついた。

「まぁ。お前ならそうするか。そうするとは思ってたよ」

「オリジナル……」

「ちょっと消えてくれ。彼と話がしたい」

「それは……」

「……消えてくれ」

 少女は絞り出すように声を発し、右手の指をパチンと鳴らす。

「連夜君! お願――」

 ヨウさんが首を回して後ろの俺に言葉を掛けようとした刹那、彼女は服を残してスッと消えた。着ていた服が床に落ち、布が床に落ちたときの音が響く。

 俺と机に向かう少女の間を妨げるものは、一切無くなった。

「っ……」

 実際に消えたのは2回目だが、消える様子を目視したのはこれが初めてだ。その様子を目の当たりにした俺の腕……拳を抱えている両腕はプルプルと震えた。

「さて。君が碧 連夜君だね?」

「はい、そうです。こんにちは……葵 陽さんですよね?」

 慎重に言葉を選んでいく。気が全く抜けない。

「そうだ。わたしが、葵 陽だ。その様子だと、わたしとあいつの関係は理解しているみたいだな?」

 俺は無言で頷く。

「君のことはあいつ、ヨウからよく聞いている」

「そうですか……」

 声色からドスは消えているが、全くもって油断ならない。

「まぁ、そう緊張しないでくれよ。君はあいつが自分の意志で招いた客人だ。わたしとしては、君を手荒に扱うつもりはないよ。あいつに悪いからね」

「……」

 緊張の糸はほぐれない。目の前には人を指パッチンひとつでサクッと消した存在がいるのだ。緊張しないでくれと言われても……という感じだ。

「その、ヨウさんは」

 さっき消えてしまったヨウさんのことが、気になって仕方がない。

「あぁ。君と2人だけで話がしたくて、ちょっとあいつには悪いけど、一旦消えてもらった」

「……そうですか」

 消えてもらった、か。

 分かっているのだ。それがおそらく彼女とヨウさんにとっては「当たり前」のことなのだと。

 だが、俺にはどうしても釈然としない気持ちが残った。

「で、何なんですか? 俺としたい話ってのは」

「そうだな……まず、色々聞こうかな。さっきも言ったように、君のことはあいつから沢山聞かされていたんだが、実際に会って話をするのは初めてだからな。イメージとずれが無いか、確かめたい」

「そっすか。分かりました。いいですよ」

 葵 陽の声色からは、まるで俺を試しているかのような感じが伝わってきている。

 おそらくここが正念場だろう。彼女のお気に召さない言動をすれば……間違いなく終わる。

 俺は緊張しながら、陽さんの「インタビュー」に臨んだ。


「まず、最初に聞きたいんだが、君はなぜあの高校に入ったんだ? あいつの話を聞くに、君はそこそこ頭が良くて、新しいことをどんどん取り入れていこうという向上心の高い人物のようだ。そんな君なら、それこそ沼津や御殿場の進学校にでも通っているような気がするんだが、なぜだ?」

 最初に陽さんが聞いてきたのは、「俺がなぜ今の学校に通っているか」であった。

「それは……いくつか理由があります」

「理由?」

「はい」

 俺は理由を話す。

「うちは両親と妹の4人家族で、両親が共働きだったんですけど、母親が癌で入院しまして、その治療費でお金がかかって、生活が苦しくなったんですよ」

「……」

「そのとき、この学校は特待生制度で授業料が3年間タダになるって知って、それで自分の学力的にも入るのが楽と言うのがあって」

「……」

「それと、中学の先生に言われたんすよ。『君は能力がとても高いけど、普通の進学校に行ったら、それは埋もれてしまう。ここなら、君のことをおそらく手厚くフォローしてくれるだろうから、ここに行ってもいいんじゃないか』と」

「……」

 陽さんは黙って聞いている。

「それで、最終的に受験して今の学校に入りました」

「なるほど。……金銭上の理由と、楽だと思ったのと、先生の勧めで入ったのか。入って後悔はしなかったのか?」

 PCを操作し、俺から聞いた話をテキストファイルに記録しながら、陽さんはさらに問いかけた。

「そうですね……入ってみて思ったのは、想像以上に『ヤバい』とこだなってのは感じました。自分の『正しさ』が通用しない、そんな場所で。実のところ、入って1ヶ月経ったときは後悔の気持ちを持ったこともありました」

 これは本心だった。周りにルールを破っている人間が当たり前のように存在していて、それに対して表向き先生達は異を唱えてはいるが、それでもなくなる気配が無い。八雲先生はその現状について『建前と本音』と言っていたが、正しさが存在しない、間違ったことがまかり通っている、そんな世界に強烈に違和感を覚えた。

「だろうな」

 陽さんは同意するような声色で話す。カチャカチャと、キーボードを操作する音が響いている。

「でも、今はこれでよかったのだと思ってます。色々あるけど八雲先生にはよくしてくれていますし、何より……真白先輩と、ヨウさんに出会えたから」

 俺は素直に思っている感情を、陽さんに伝えた。

「……なるほど。ところで、病気のお母さんがいるという話があったが、お母さんは今?」

「去年の暮れに……。正直見つかった時点で転移があって、手術もしたんですが、まぁ、発見から1年もちませんでしたね」

 キーボードを操作する音が、途切れる。

「……そうか。すまないな。辛いことを聞いてしまって」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

 陽さんのことに比べればと言おうと思ったが、止めた。

「そうか。じゃあ今は3人暮らしなんだな」

「はい」

「お父さんは働いているとして、妹さんは?」

「妹は……小学生なんですけど、家に引きこもっています」

「引きこもり? 学校に行っていないのか?」

 妹、朝香が引きこもりだという話に陽さんは食いついたようだ。

「はい。俺も理由はよく分かんないんですけど。いじめとかはないようなんですけど、家でも体調が悪くて1日中寝てる時もあって」

「ふむ」

「正直、何で学校行かないんだよ! って最初は思ってたんですけど、今はまぁ、行きたくねぇなら無理して行く必要ないんじゃねぇかなって思って、そっと見守ってます」

「君は、本当にそれでいいと思うのか?」

 陽さんの問いには、何というか、俺を諭すような気持ちが見えた。

「人はそれぞれ事情があるし、行きたくないって言うのを説得できるほど、俺はできてないですよ」

「そうか……」

 陽さんは、俺の発言に納得したようだった。

「共働きだったところが片親になって、それで妹は引きこもり。わたしが言うのもなんだが、君も大変なんだな」

「まぁ。そうなのかもしれませんね」

 何とか伝え終えることが出来て、俺は少しほっとした。

「学校に進学した理由と、家庭環境についてはそんなところですね」

 いつの間にか質問が2つに増えていたが、何とか対応しきった。

 俺の話を聞きながらメモしていた陽さんの様子も、今のところは特に変化はない。

「分かった。じゃあ次の質問に行こうか」


 次の質問が始まり、俺は再び身構える。

「2つ目の質問は、君の持つ力のことだ」

「力?」

「ああ。君はその、真白先輩? に殺されそうになったところを、力で撃退したんだろう? 確か冷気や氷を出す力だっけか。他にもいろいろ力を持っているようだと、あいつからは聞いている。それをここで、見せてもらえないだろうか?」

 陽さんは、俺の力に興味があるようだった。

「分かりました。まずは……」

 俺は右手の手のひらを上に向け……冷気が噴き出す様子をイメージしながら力をこめる。

 すると右手からゆっくりと冷気が噴き出した。

「っ! ……本当にあるんだな」

 陽さんは興味深そうな声を発する。

「みたいです」

 正直、俺もこの力が何なのかはよく分かっていない。

「他には?」

「ええっと」

 俺は次に右手で左肩を押さえる。左肩は緊張で凝っている。

「こうやって、自分を守るような感じをイメージすると……」

 すると、右手から白い光が放たれる。そして同時に、凝りによる痛みが引いていく。

「こうやって光が出て、それで身体の痛みが和らぐんです」

 俺は自分の感じたものを上手いこと噛み砕いて陽さんに説明した。

「なるほど。これはあれだな……傷を癒す力かな?」

「傷を癒す効果があるのかは、何とも分からないですね……痛みが消えているだけで、傷が治っているかは分からないので」

 多分そうだとは思うが、これで傷を治したことが無いため分からない。確認するために自分で身体を傷つけるのは嫌だったため、試してはいない。

「あとは……」

 続いて俺は両手を握った状態で、両腕を後ろ向きにした状態で顔の前に置き、両腕で顔をガードするような構えを取る。

 そしてそのまま力をこめると、身体に青色のオーラが現れた。

「これは?」

「これを纏った状態だと、傷ができにくくなるみたいなんですよ。多分先輩の電撃で死ななかったのも、おそらくこれがあったおかげかなと」

 自分の力がどのようにして発現するかは、あの事件があった後、自室でこっそりと調べていた。冷気を出す力と痛みを消す力は簡単に再現できたが、青いオーラを出す力はその効果や出すための条件がよく分からず、特定するのにそこそこ時間がかかった。

「なるほどな。こっちはさしずめ防御力を上げる力、といったところか」

「多分そうだと思います」

 このオーラをまとった状態で晩御飯を食べに行こうとした際に転倒したことが切っ掛けで、俺はこの力の効果に気付いた。居間に着くころにはオーラはかなり見えづらくなっており、父も朝香もその存在に気づいていないようだったが、効果自体はその状態でも十分あり、それなりに長く続くようだった。

「なるほどな。冷気の力、痛みを消す力、そして傷つきにくくする力、か。君もそれなりに力を持ってるんだな」

「まぁ、手にしたのは最近ですけどね。それも、あまり思い出したくない出来事で、得ましたけど」

 正直、まだあの日のことは整理しきれていない。この力のことも、十全に受け止め切れているとはとても思えない。

「それでも、その力のおかげで助かったんだろう? 興味深い出来事だと思うよわたしは」

「そうですか……」

 力についての質問を経て思ったことだが、陽さんは何というか……研究者気質っぽい。気になることを調べて……整理して。今この瞬間だって、現在進行形で俺から話を聞きながらPCを操作し、テキストファイルにタッチタイピングで聞いた話を細かくメモしている。

 ふと、彼女の背後を見ると、机には本とノートが置かれている。本は物理の参考書で、開かれたノートにはきれいな文字で勉強したであろう内容が細かく整理されている。ノートには文字が書きかけの場所があり、これがヨウさんではなくさっきまで陽さん本人が書いていたものであるということを如実に示していた。

「その。……勉強、してるんですね?」

「ん?」

 陽さんの手が止まり、音が途切れる。

「あっ! ごめんなさい! 今は葵さん……が質問してるのに、俺から聞いてしまうのは、駄目ですよね……」

 しまったと思った。ふと思った疑問が口に出たのであるが。

「いや……そうだな。わたしが聞きたいと思ったことはもう全部聞けたんで、次は君からわたしにいくつか質問してもらおうかな」

 だが、陽さんは気にしていない、と言いたげな声色で俺に逆に質問するよう求めてきた。

「え?」

「何というか、わたしばかり聞くのもあれだからな。君だって知りたいことがいくつかあるはずだ。顔にそう書いてあるように見えるが?」

「あぁ……」

 どうやらバレていたようだ。実際、彼女には言いたいこと、聞きたいことはある。目的のために、それは必要だと思っていた。

「あと、葵さんと呼ばなくていいぞ。陽で良い。その代わり、わたしも君のことは必要に応じて『連夜』と呼ばせてもらう」

「え……でも……」

 いきなり名前呼び、しかも呼び捨てなんて、いくら何でもあれすぎやしないか? と思った。

「葵さん、だとわたしとあいつ、どっちの事を指しているのか区別できないだろう? それに、君のイメージは今のところ、わたしが抱いているものとそう違いが無いように見える」

「……それはプラスの評価、という意味ですか?」

「さぁ? それは君の質問次第かな。まぁとりあえず、一旦はそう呼んでくれ」

「分かりました……陽、さん」

 流石に呼び捨ては躊躇われるため、さん付けはした。

「……まぁ、それでもかまわんよ。連夜、君? さて、何が聞きたいのかな?」

 ここからは逆質問のフェーズのようだ。


「そうですね。まず聞きたいのは、あなたの力について。知っていることを教えていただけませんか」

 とりあえず、自分の目の前で繰り広げられている現象についての知識が欲しいと感じ、思ったことをそのまま質問した。彼女なら当然知っているだろう。

「……それを聞きたい理由は好奇心からか?」

「はい」

 俺は知りたかった。だから正直に答えた。

「なるほど。まぁ君の力について聞いたことだし、そのお礼として、わたしも自分の力について、知り得ることを教えよう」

 そう言うと、陽さんはマウスを操作し、1つのテキストファイルを開く。テキストファイルには「分身体の性質について」というファイル名が付けられている。

「わたし自身があいつに協力を頼んで調べたこと、そして君が遭遇した真白先輩の事例を基にまとめたものだ。まぁ殴り書きしたようなものなのできれいに整理されてはいないし、一部はわたしの推論も含まれるので、これが正しいかどうかは分からないが……君が知りたいことはおそらく分かるだろう」

「分かりました。ありがとうございます」

 俺は開かれたテキストファイルの中身を見る。

 そこにはこのように書かれていた。


――――――――――――――――

分身体について 

・分身体を出せる力を持つ存在をオリジナルと呼称する。

・オリジナルが精神的に何らかの変調をきたすと、分身体を出す力が発現する可能性がある。


オリジナルが出す分身体は、以下の性質を持つ。

①分身体はオリジナルの意志で自由に召喚でき、自由に消すことができる。

②召喚できる分身体は、オリジナル1人につき1体である。

③召喚された分身体は物理的な実体を有しており、他者が触ることが可能。

④分身体の姿は、召喚されたときのオリジナルと全く同じ姿になる(服装なども同様に再現される)。意図的に姿を変えるなどしない限り、オリジナルと外見上一切見分けがつかない。

⑤分身体はオリジナルが持っている肉体の状態を引き継いで召喚される。一方で分身体の肉体の状態がいくら変化しても、オリジナルに一切の変化や影響はない。

⑥分身体は召喚されている間、オリジナルと別に食事や睡眠、排泄が必要。

⑦分身体が消える場合、分身体と一緒に召喚された衣服などは同時に消滅する。一方で分身体が別に着た衣服等は消滅後もそのまま残る。

⑧分身体はオリジナルとは別に独自の自我を有し、人間らしい振る舞いをする。

⑨分身体はオリジナル同様に五感や痛覚を有する。食べ物を与えるとおいしそうに食べ、損傷を与えると痛みを感じるような仕草をする。

⑩分身体は召喚された時点までのオリジナルの記憶を有しており、それとは別に分身体独自の記憶を有する。分身体が持つオリジナルの記憶は再召喚されるたびに最新のものに更新される。

⑪消されている間の独自の記憶を、分身体は持たない。

⑫分身体は死なない。生物学的に死亡する損傷を受けた場合は消滅するが、オリジナルが健在であれば、おそらく何度でも再度召喚することで復活可能。

⑬オリジナルが死亡した場合、分身体は即座に消滅する。


特記事項

・分身体が異能の力を持っている場合があるらしい?

・分身体がオリジナルの制御を受け付けなくなる場合があるらしい?(オリジナルの意志で消せなくなる?) 事実上の暴走状態?

――――――――――――――――


 テキストファイルの内容を見る限り、俺の知りたいと思う情報は、全て書いてあるように思える。③④⑥⑦⑧あたりの性質は俺が考えていた推論と一致していた。

「何か、分からないことはあるか?」

 陽さんは聞いてきた。

「⑤のルールだけど、これってどういう意味なんだ? 例えば、本体へのダメージのフィードバックはないとかそういう話?」

 ちょっと分かりにくいと感じた⑤のルールについて、質問してみる。

「あぁこれは……ちょっと抽象的な書き方をしていてすまない。分かりやすく言うと、わたしの身体にある傷はあいつにも当然現れるし、わたしが空腹の状態であいつを召喚すると、当然あいつも空腹の状態になる。だがその逆は起こらない。あいつがいくら傷つこうが、お腹が空こうが、わたしには何の影響も起こらない。君はダメージのフィードバックという観点で捉えているようだが、まぁ合ってると言えば合ってるな」

「そうか。ありがとう、理解できた」

「どういたしまして」

 陽さんの声の調子が何だかよさげになっている。その調子はまるで自分の見つけたこと、調べたことを自慢したい子供のようだった。

「他には?」

「⑩と⑪のルール……これも詳しく知りたいんだけど」

「分かった。えーっとだな……なんて説明すればいいか」

 陽さんは少し考えるような仕草をする。

「まず、分身体独自の記憶っていうのは、あいつ自身が見聞きして経験した記憶……例えば学校での出来事や、君と一緒に行ったであろう勉強会や遊びに行ったときの記憶のことだ。これはあいつに聞いたりしない限り、わたしには認識できない。あいつの記憶は、オリジナルたるわたしとは独立しているんだ」

「ふむふむ」

「そしてあいつはそれとは別に、わたし自身が見聞きして経験した物事の記憶も全部持っているようなんだ。ただしこれには条件があって……」

 そう言うと、陽さんは別にメモ帳を開き、何やら書いていく。

「例えば、8月31日の午後6時にわたしがあいつを一旦消して、そのあと9月1日の午前6時にもう1度あいつを召喚した場合、あいつが持っている記憶は『8月31日の午後6時までのあいつ自身の記憶』と『9月1日の午前6時までのわたしの全ての記憶』の2つになる」

「うん」

「そして、そこからわたしとあいつが9月1日の午後6時まで別行動をとった場合、あいつ自身の記憶は新しく増えるが、わたしから引き継いだ記憶は午前6時までのままで止まった状態になる」

「なるほど」

 メモを書きながら、陽さんは説明を続けていく。

「その後、9月1日の午後6時にあいつをわたしが消して、9月2日の午前6時にわたしが再びあいつを召喚した場合……あいつが持っている記憶はどうなるか、分かるか?」

 まるで数学か算数の問題のように、陽さんは俺に問いかける。

「……えーっと、⑫のルールでヨウさん自身の記憶は消されている8月31日と9月1日の午後6時~午前6時の間は無くて、んで召喚されるときにそれまでの陽さんの記憶を引き継ぐから、『8月31日の午後6時までのヨウさん自身の記憶』、『9月1日の午前6時~午後6時までのヨウさん自身の記憶』、そして『9月2日の午前6時までの陽さんの全ての記憶』を持っている?」

 俺は頭の中で時系列を整理し、何とか回答する。

「……正解。ルールを理解したみたいだな」

「合ってたか。良かった」

 問題の答えがあっているのは気分が良い。ヨウさんと一緒に自習しているときも、こんな気分になった気がする。

「だからこの後、仮にわたしがあいつをもう1回呼び出した場合、あいつはわたしと君がどういう会話をしていたのか、全部分かるということになる」

「そうか。そうなるのか」

 後でヨウさんに説明する手間が省ける、と考えると便利な性質だと思う。性質と言うのはちょっとあれな気もするが。

「あと、⑫と⑬は」

「あぁ……これか……。これは君と真白先輩との顛末で分かったことだな。正直、こんな形で知ることになるとはな……」

 複雑な気持ちが声色に現れている。フィードバックが無いとはいえ、自分と同じ顔をした存在が殺されたとなると、やはりくるものがあるのだろう。

「⑫の『何度でも復活する』っていうのの根拠は?」

「怪人:黒仮面の話……は知ってるよな? あの片方、事故死の方を考えると分かる」

「事故死……あぁーっ! そういうことか!」

 俺は陽さんにそれを言われて根拠が理解できた。あれはおそらく、分身体の『モエ』さんがやっていたのだ。『モエ』さんが被害者と一緒に事故死して、後で『萌衣』に再召喚される。『モエ』さんは消えるので、現場には被害者の死体しか残らない。事例が複数ある以上、何度でも復活できると考えないと説明が付かない。

「おそらく彼女は、分身体の性質を理解していたんだろうな。それを利用して、殺人を……」

「……」

 しかも⑨のルールを考えるに、『モエ』さんはその度に死の苦痛を味わっていたはずだ。復讐のためとはいえ、考えるだけで身の毛がよだつ。

「あと、最後の特記事項も、真白先輩の事例から推測したものだ。まぁこれはもうちょっと事例を見てみないと何とも言えないんで、特記事項の方に入れてある」

「なるほどな……」

 本体の制御を受け付けなくなるというのは、最後の『モエ』さんのアレだろう。彼女が『萌衣』に消されまいと抵抗した結果、俺の命は救われた。

「はぁ……」

 そう考えると、『モエ』さんは最後の最後まで、俺を助けてくれていたんだな。

 『萌衣』は俺のことを「『モエ』のお気に入り」って言っていた。

 もしかしたら彼女は、俺のことを……?

 だが、だとしても……。

「全ては後の祭り……か」

「ん?」

 ここで俺の独り言を聞いた陽さんは、不思議そうに尋ねてくる。

「いや……真白先輩、『モエ』さんの事を思い出して」

 大好きだった先輩、人間じゃなかった先輩、俺の目標にして……命の恩人。

「そうか。……あいつから聞いたぞ。君は彼女のことが好きだったそうだな」

「……気づいてたんですね。ヨウさんは」

 先輩への恋心を同じ自習室の仲間に察せられていたと知った俺は、恥ずかしい気持ちになった。

「『彼が先輩に見せる反応は、明らかに違う』って言ってたからな。もしやとは思っていたが」

「そうでしたか……」

 失われてしまったものの重さが、後から後から心にしみてくるような気がした。


「そういえば、『分身体』という名前は?」

 悲恋に終わった初恋について感傷に浸ったのち、俺は陽さんに尋ねる。

「まぁ、いろいろ呼び方はあると思うぞ? ドッペルゲンガー、影とか……。ただ、それらを一括できる、汎用的な呼称を付けた方が良いと考えたんだ。だから『分身体』。まんまだろ?」

「なるほど……」

 確かに、わざわざ変に造語を作るよりは、既にある言葉で表現した方がシンプルで良いだろう。ノートのことと言い、陽さんは真面目で几帳面な性格のようだ。その辺はヨウさんに似ているな、と俺は思った。


「さて、わたしの力について、わたしが知りうるのはこのくらいだ。……他に何か聞きたいことは?」

 陽さんはすっきりしたのか、すがすがしい声色で俺に次の問いを求めた。

「そうですね。ご家族については、ヨウさんから聞きました。叔母さんと一緒に住んでるんですよね?」

 俺が次に聞こうと思ったのは家族のことだった。だが、かつての家族について聞くのはさすがに憚られたため、今の彼女の家庭環境について聞いてみることにした。

「ああ、そうだが」

 声色に変化はない。問題なさそうだ。

「叔母さんは、陽さんの力のことは?」

「教えていない。多分、知らないだろうな。あいつが生まれて以来、叔母さんと会話してるのはほぼあいつの方なんだが、あいつ曰く入れ替わってることに気付いていないらしい」

「気付いていない? 本当に? 俺はすぐに違うって分かったのに、気づかないなんてあるもんなのか?」

 陽さんとヨウさんは声色が明らかに違う。違和感を覚えないことはないと思うのだが……。

「実際に2人いるのを目の当たりにした君のような人間でもない限り、普通人が2人に増えてるなんて思わないもんさ。それに、叔母さんがいるときは一応バレないよう対策してるからな……」

「んー、そんなもんなんか……」

 俺はもう知ってしまっている側なので、知らない人間にとって彼女達がどう見えているのかは分からない。

「叔母さんが入ってこないよう、部屋に鍵を付けたし、見つからないよう、昼間はこそこそ過ごしているよ」

「……ん? こそこそ過ごしている? 叔母さんのこと、嫌い?」

 今、おかしな言葉が聞こえた気がする。

 陽さんは、家に居場所が無いのだろうか。

「いや。あの人はいい人だぞ? わたしのことを文句言わずに引き取ってくれたし、未成年後継人になっているが、わたしが両親から引き継いだ大きな遺産を、わたしの方で自由に使えるようにしてくれたからな。おかげで今、引きこもりながらこうして生活には困っていないという訳さ」

「じゃあ何で?」

 陽さんの声色は明るい。

 だがその明るさに、薄ら寒い恐怖を感じる。

「何でって、そりゃあわたしはもう、あいつに根こそぎ全部あげるつもりだからな」

「……え?」

 陽さんの口から飛び出した言葉に、俺は絶句した。

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