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The Memoirs 30th (回顧録 第30部)「反逆の魔術師、あるいは彼と私と『わたし』の物語」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「序章、怪人:黒仮面編」
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怪人:黒仮面編③『陽の秘密』

陽、そして真白先輩。

2人の身近な人を一度に失った連夜は、失意のなか学校へ向かう。

そして放課後、自習室に向かうと……。

これはある少女の真実。

怪人:黒仮面編③『陽の秘密』

 次の日の朝、俺は学校を休……まなかった。結論から言う、休めなかった。正直傍から見ると休んでもおかしくないような精神的なショック、そして肉体的なダメージを受けたにもかかわらず、俺は朝何事もなかったかのように家で振る舞い、そして学校に向かった。己の真面目さが恨めしかった。

 学校への道のりを歩く中、昨日できた、もう痛みも無くなっているはずの傷が、しきりに自己主張をしていた。


 学校に着くと案の定朝礼があり、そこで真白先輩が亡くなったことと、事件に巻き込まれた可能性があるということが伝えられた。

 その朝礼ではどういう訳か、葵さんについての言及はなかった。先輩によっておそらく殺されてしまったはずなのに。後から思えば違和感をおぼえるべきだったはずなのだが、その時の俺は先輩のことで頭が一杯で、それ以上の悪い話を聞きたくないということばかり考えていたため、気にも留めなかった。

 そして校長からはメディアの取材には応じないこと、今日は部活終了後速やかに下校することを伝えられ、朝礼は終わった。


「ねぇ、真白さんが亡くなったって」

「噂によると、近くに黒仮面が落ちてたらしいぜ?」

「ってことは、例の怪人:黒仮面? 真白さんも、いじめの加害者だったのかな」

「うっそー! 全然そんな感じには見えなかったんだけどなぁ」

「でも狙われるのって、いじめの加害者なんだろ? 正直、幻滅したわ……」

「悪は裁かれたってことだな。あんな良さそうな見た目でそんなことしてたんだろ?」

「正直、あいつ気に食わなかったんだよね~」

 教室に戻る廊下で、次から次へと不愉快な雑音が聞こえる。

 俺は歯を噛みしめ、両耳をふさぎながら教室へ戻った。


 その日の授業は、まったくと言っていいほど集中できなかった。視界はモノクロに染まってしまい、時間が止まったかのようだった。耳に入ってくる教師の言葉は言語としての体をなしておらず、不快な金属音に聞こえる。黒板の文字はミミズが蠢いているような何かに見えた。

 昼休みには食堂でいつものようにカ◯リーメイトを食べたものの、昼休みが終わる前に吐き気に襲われ、吐き戻してしまった。正直、何も食べれたものではなかった。


「よう……碧」

「将軍……」

 午後の休み時間、俺の様子を見かねた将軍が声を掛けてきた。

「何か、ひでぇ顔してるぞ。まぁ、その、なんだ。今のお前には、何を言っても気休めにもならねぇ気がするが、これだけは言っておく。……本当につれぇときは、遠慮なく言えよ?」

「……あぁ」

 将軍なりの慰めのつもりだったのだろう。実は彼も真白先輩を知っている側の人間だ。動揺していないことはないはずなのに。それでも人一倍先輩に懐いていた俺を気遣って声を掛けてきたのだろう。……その思いが、その時はただただうれしかった。


 そして放課後、俺は重い足取りで自習室に向かう。

(……)

 俺はポケットから焦げ目がついた白いリボンを取り出す。

 その白いリボンは俺に語り掛ける。

『昨日のことは、現実だぞ』、と。

(はぁ……)

 残酷な現実が、ますます俺の足取りを重くする。正直全く行く気が起きない。八雲先生に体調が悪いことを伝え、帰ってしまうというのもありだっただろう。

(でも……)

 だが、俺には3年かけてでもやらねばならない目標がまだあるのだ。

 その思いだけが、俺を何とか自習室へ突き動かしている状態であった。


「こんにちは……」

 俺はそう声を発しながら、誰もいないであろう自習室の扉を開いた。

「……碧君?」

「……え?」

 モノクロだった視界が、突如カラーに染まる。

 そこには、普段通り机に向かう葵さんの姿があった。いつも通り三つ編み眼鏡で、ブレザーを着た葵さんの姿だ。

 俺は咄嗟に再度ポケットからリボンを取り出し、リボンと目の前の葵さんを何度も何度も見比べる。

「碧君、だよね?」

「あ、ああ……」

「碧君! 無事だったんですね! 良かった……!」

 立ち上がり、俺に近づいてくる葵さん。葵さんは両手で俺の手を取る。

 ……質感がある。幽霊や幻覚の類ではない。

 何だこれは?

 理解できない。

「何で……何で……」

「……何で生きてんだよ、ですか?」

「なっ……」

 葵さんは俺の問いを見透かす。

「それより、あの後何があったんですか? 先輩……死んじゃったらしいじゃないですか」

 葵さんは俺の問いをスルーし、逆に俺に問いかけてくる。

「あ……ああ……」

 葵さんの言葉で、俺はあの時の……先輩の最期を思い出す。

『私のようになっちゃだめだよ、碧君。……さよなら』

 先輩の言葉が頭の中に響く。そして頭が潰れた先輩の姿が脳裏に浮かぶ。

「う……うぅ……!」

「碧君?」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁんl」

 視界がぼやける。身体の力がふっと抜ける。

 抑え込んでいた想いの、堰が切れる。

 俺は床にうずくまり、ただ大声で泣き喚くほかなかった。


 いったい何分泣いていただろうか。

 しばらくして、俺は落ち着きを取り戻す。

「……落ち着きましたか?」

「……っ、はい、すみません」

 女の子の目の前でうずくまり、大声で泣くなんてみっともない。

 だが、そうと分かっていてもせずにはいられないほど、俺の精神は消耗していたようだ。

「その、みっともないところを見せて……すみません」

「いえ。気にしないでください。……話してくれませんか? 何があったのかを」

「はい……」

 俺は、葵さんに何があったのかを全て話した。話している間も時折涙が止まらなくなり、話が止まってしまうことがしばしばあったが、それでも葵さんは、気にすることなく俺の話を聞いてくれた。

「もう訳わかんねぇよ! 先輩が2人になったと思ったら変な力は使ってくるし、そんで……死んじまうし……」

 丁寧語が維持できない。というか、そんなことを考える余裕もなかった。

「……そうだったんですか。先輩の件は……残念ですね。でも、碧君が無事でよかった! そのことが私にとって、気がかりでした」

 葵さんの顔を見る。おそらくほっとしているのだと思う。

「……俺や、先輩が不思議な力を持っているってことに、驚かないんだな?」

「……」

 葵さんは無言で首を縦に振る。

「そうか。……それで、俺が無事なのはそんな感じなんだが、何で君はここにいるんだ? 俺の目の前で、消えたよな? 真白先輩の電撃?を食らって、服と荷物だけ残して消えたよな? 葵さん、君は一体、どういう存在なんだ……?」 

 もうこの時点で分かっていることがある。葵さん……彼女は「普通」の存在じゃない。そもそも消えるような存在が普通な訳ないのだ。先輩や俺が面妖な力を持っていることに驚きを見せない、というのもそう考えると変な話じゃないだろう。

 だから俺は、改めて問いかけた。

「……はぁ」

 すると、葵さんは諦めたような声色で、ぼそぼそとこのように呟いた。

「だから話すしかないって言ったのに。もう話しちゃいますからね」

「え?」

「ああ、すみません。独り言です。そうですね……まず、私は確かにあの時、『死に』ました。一瞬だったので何があったのかは覚えていませんが」

「……」

 やっぱりそうなのか、と思った。姿が消えたのを見た時点で、もしかしたらそうじゃないかとは思っていた。でもその事実をいざ耳にし、その当人が何事もなかったかのように目の前にいる現実を見ると……どうしようもなく違和感を覚えた。

「ですが、私はどうやら死なないようです。オリジナル、陽が無事であればという条件付きだとは思いますが」

「オリジナル? そういえば真白先輩が言ってたな。オリジナルがどうとかって」

 先輩の言っていた意味不明な言葉の意味が、分かってくる。

「はい。私は、厳密には葵 陽『本人』ではないです。彼女の影、ドッペルゲンガー……まぁ決まった呼び方なんてものは無いのしれませんが、とりあえず、『分身体』と言ったところでしょうか」

「分身体……」

「はい。陽の分身体、それが私の正体です」

 分身体……先輩でいうところの『モエ』か。それが目の前の「葵さん」ということか。

 もうほぼ答えが出ているようなものなのだが、俺は念のため確認する。

「君は、先輩が言ってた『もう1人の自分を生み出す力』で生まれた存在、で合ってるか?」

「先輩の力とオリジナルの力が全く同じものかどうかは分かりませんが、仮に同じとするならば、そういうことになるかと思います」

「そうか……」

 葵さんの説明で、ようやく彼女の正体、そして先輩の言っていたことを納得できる形で理解できた。

 本物の葵 陽は自分の分身を生み出す能力を持っており、それで生まれたのが今目の前にいる「葵さん」。そして分身体である「葵さん」はあの時先輩の電撃によって1度死んだが、オリジナルである葵 陽本人が無事だったために復活し、こうしてここに再び現れている……ということだろう。彼女の在り方は明らかに一般の生命を逸脱しており、オカルトめいているが、実際に目の当たりにした以上、信じざるを得ないだろう。

「私の正体と、なぜここにいるかの理由についてはこんな感じなのですが、分からない点とかはありますか?」

「いや、今ので大体分かっ……っ! 分かりました」

 俺はここで自分の口調が砕けているのに気づき、慌てて丁寧語で取り繕う。

「もう、そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ? 友達……でしょう? 普段通りでお願いします。碧君が話しやすい喋り方で問題ないです」

「あっ……はい。そうします」

 俺は繕うのをやめた。

「私の事……そんなに驚かないのですね?」

 葵さんは、不思議そうな声色で俺に問いかける。

「まぁ、実物を見ちまったからな。……本当に声と姿が、全く同じだったんだ」

 『萌衣』と『モエ』のことを思い出し、そして少し憂鬱な気持ちになった。

「真白先輩……私も話を聞いて驚きました。オリジナル以外にも、同じ能力を持っている人が居るなんて」

「だろうなぁ」

 こんな力というか、不思議な力を持っている人なんて、見たことないだろう。

「あと話を聞く限りだと、おそらく私達に会っていた『真白先輩』って、多分分身体……『モエ』さんの方のように思います」

「あぁ……確かにそうなのかもしれない」

 『萌衣』と『モエ』は姿や声こそ同じであったが、口調、というより声から受ける印象が異なっていた。自分が思い浮かべる「真白先輩」に近いのは『モエ』の方であった。

 俺達によくしてくれていた先輩は、実は本人ではなかったのかもしれない。

「もっとも、それを確かめる術はもうないんだが……」

「そうですね。先輩……」

 俺達は、先輩の死を改めて悼んだ。

「先輩のことで気になったんだが、君が分身体だとして、オリジナルの葵 陽ってどういう人なんだ? というか俺、そもそも会ったことある?」

 ここでふと、俺は浮かんだ疑問を口にした。先輩が仮にそうなのだとすると、葵さんももしかしたらそうなのではないか。

「オリジナル……陽は学校に通っていません。2年前から、ずっと家に引きこもっています。4月の入学式からずっと、私はオリジナルの代わりに学校に通っていました」

「そうなのか」

 俺が知っている「葵さん」は、最初から目の前の女の子で間違いない訳だ。

「はい。あと、オリジナルがどういう人物かについては一言で言うと……哀れな人です」

「哀れな人……?」

「はい。2年前に起きた交通事故で両親と弟を失い、自身も心と体に大きな傷を負って」

「……」

 真白先輩の過去もやばかったが、こちらも大概なレベルで壮絶な話が聞こえてきた。

 葵さんは顔の傷跡に手をやっている。あれは事故の傷跡だったのか。

「事故にあうまでは容姿端麗の天才少女で通っていて、裕福で恵まれた暮らしを送っていたようですが、裾野に住んでいる叔母に引き取られたことで沼津の住み慣れた家から引っ越さざるを得なくなって、元居た沼津の中学からも転校しなければならなくなって、それで、新しい家と学校の環境に、馴染めなくて……」

「それで引きこもりになった、と」

「はい。この学校に来たのだって、引きこもっていたせいで内申点が取れず、受かる学校がここしかなかったからです」

「なるほど、そういうことか」

 葵さんについて、頭がよさそうなのに、なんでこんな学校に来たんだと疑問に思ったことがあったが、確かにそれならここにしか来れないだろう。

「彼女は入試こそ頑張って行って受けたようですが、それでもやっぱりこの学校には行きたくなかったようで」

「でしょうね……」

 そのまま事故にあっていなければ、おそらく沼津の偏差値の高い進学校にでも通っていたのだろう。だが現実は偏差値最底辺クラスの治安の悪い、塀で囲まれた刑務所みたいな学校。

 恵まれていたかつての過去とのギャップ。到底受け入れられるものではなかったはずだ。

「それで、入学式の日。最初に学校に行く日。学校に行きたくないと強く思った時……オリジナルは『力』に目覚めた」

「……それで、君が生まれたと」

「はい。そしてそれ以来、私はこうしてオリジナルの代わりに学校に通い、陽はずっと引きこもりという訳です」

「そういうことだったのか。うーむ……」

 俺はまだ見ぬオリジナルの葵 陽の憫然たる現状を想像し、何とも言えない気持ちになった。

「葵さん……その、君のことをなんて呼んだらいいのか分からないんだけど……結構話してくれるんだな」

 今までの無口気味な様子に比べ、今の葵さんは、饒舌に感じる。

「治安が悪い学校だから、目立たないように過ごした方が良い、とオリジナルにアドバイスされていましたので。まぁもう貴方には正体がバレちゃったので、その必要もないかと」

「そうか……」

 葵さんは飄々とした様子で答えた。おそらくこの様子が、彼女の「素」なのだろう。

「あと私の名前ですが……『ヨウ』、でいいです。オリジナルは私をそう名付けました。もっともこの名前で呼ばれたのは1回だけで、大体は『お前』呼びなんですけどね」

 葵さん、もとい『ヨウ』さんは少し笑っているような声色をした。

「そうですか。じゃあ、そう呼びます。ヨウさん」

「はい。碧君……いや、連夜君」

 葵さん改め、ヨウさんのと絆が一段階深まったような気がした。


「それで、早速ですが連夜君」

「はい、何ですか、ヨウさん」

「友達である連夜君に、私から頼みがあります」

 かしこまった口調で、ヨウさんは頼みをしてきた。彼女からこんな風に頼まれるのは初めてだったため、俺は少し身構える。

「頼みってのは、何ですか?」

 すると、彼女は俺に目をきっちりと合わせ、毅然とした声色で一言こう告げたのだった。

「私のオリジナル……陽に会ってもらえませんか。彼女にも、友達が必要だと、私は思うのです」

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