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The Memoirs 30th (回顧録 第30部)「反逆の魔術師、あるいは彼と私と『わたし』の物語」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「序章、怪人:黒仮面編」
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序章③『怪人:黒仮面の噂』

怪人:黒仮面を知っているか。

沼津市の中高生の間で噂になっている、いじめ加害者に死をもたらす都市伝説「怪人:黒仮面」。

連夜は将軍からその噂を耳にする。

序章③『怪人:黒仮面の噂』

「――怪人:黒仮面を知っているか?」

「……は?」

 葵さんとの勉強会からしばらく経った日の昼休み。突然将軍……一橋 晴斗が俺に声を掛けてきた。そして開口一番に飛び出たのが、この問いだった。

「あ、いや、その様子だと知らねぇみたいだな」

「その……将軍。いきなりそんなこと言われても反応に困る。……怪人、黒仮面、だよな? 聞いたことが無い話だ。何なんだ、そりゃ」

「おれの友達が聞いた話だよ。沼津の中高生の間では有名な噂話……都市伝説なんだとよ」

「都市伝説か。どういう話なんだ?」

 沼津の高校に通ってから半年近く経とうとしているが、初めて聞いた噂話だ。裾野の中学に通っていた頃にはそんな噂なんて聞いたことが無かったので、尋ねてみた。

「えーっとだな……怪人:黒仮面ってのは……」

 将軍は怪人:黒仮面の都市伝説について俺に教えてくれた。


 怪人:黒仮面。全身をローブで覆い、黒い仮面を付けた謎の人物に関する噂・都市伝説のことだ。将軍曰く、数年前から急に沼津市の学生の間で広まり、語られるようになった話らしい。

 そして、伝わっている話の内容には大きく分けて2パターンが存在しているとのことだ。

 まず1つ目のパターンは、黒い仮面の男が人間を転落事故、もしくは交通事故死させているという話だ。黒い仮面をつけたローブの男が大通りや駅のホーム、ビルの屋上で被害者を捕まえ、そのまま一緒に車や電車に轢かれる、もしくは地面に激突する。被害者とローブの男が一緒に事故に巻き込まれたという目撃情報があるにもかかわらず、現場には被害者の死体しか見つからないのだという。

 そして2つ目のパターンは、黒い仮面の男が電撃を放って人間を感電死させたという話だ。被害者の前に黒い仮面を付けたローブの男が現れ、男が被害者に手をかざしたと同時に目の前が真っ白になるほどの閃光が炸裂する。被害者と一緒に歩いていた人が気付いたときには既に男の姿はなく、被害者は倒れ、死亡していたという。被害者の死因は身体に大電流が流れたことによる感電死。


「つまり、人間を事故死させる黒仮面と、感電死させる黒仮面がいるんだな」

「そうそう。おれの友達が言ってたのは前者の方なんだが、この前普通コースの奴が話していた話は後者の方だった。んで気になって最初に言ってた友達に聞いてみたんだが、どうやら後者の話の方も噂として他の高校でも広まっているらしい。話の細部は違うが、事故死させる奴と感電死させる奴の2パターンってのは間違いねぇ」

「なるほどな……話を聞く限りだとその黒仮面のせいで結構な人が死んでいるように思えるんだが、ニュースとかにはなってないのか?」

 ふと、疑問に感じたことを口にする。黒仮面のせいで何人も人が死んでいるなら、それがニュースとして報道され、全国区とはいかずとも県全体で有名な話になるはずだ。

「おれも当初はそう思ったんだがな……どういう訳かニュースを見てもその手の話が出てきたのを見たことがねぇんだよ。しかもこの話、『らしい』とか『だそうだ』みたいな表現が多いだろ? 面白い話ではあるが、まぁぶっちゃけ信憑性については怪しいんじゃねえかなって思ってる」

「だよな……」

 よくある怪談話といったところだろうか。

 そう思ったところで、将軍は何かを思い出したような声色でこう続けた。

「あ、そうだ。話の最後の部分、めっちゃ重要なとこ話すの忘れてた」

「ん? 何だ?」

「2つパターンがあるって言ったろ? 実はこれ、共通点があるんだよ」

「共通点?」

「怪人:黒仮面によって命を奪われた奴は、『昔、いじめをしていた奴』らしい」

「いじめ……」

 急に社会問題めいた単語が飛び出てきたため、思わず口に出てしまう。

「ああ。『いじめをすると、黒仮面に殺される』って」

「ほーん……」

 いじめをすると殺されるということは、さしずめこの黒仮面はいじめ被害者に代わって裁きの鉄槌を下す、代行者といったところか。

「怪しい話ではあるが、最後のいじめをしている奴が殺されるって話が心に引っかかってな。だからずっと気になってて……今日お前に振った」

 将軍にとっては相当印象深い話だったのだろう。

「なるほどな。前半部分だけだとまさにザ・都市伝説! 怪談! って感じなのに、その一文が加わるだけで妙に生々しいというか、そんな感じになるな」

 中学校時代にからかわれて嫌な思いをした経験があるため、俺は何とも言えない思いを抱く。

「だろ? あと、いじめられっ子にとっては、この黒仮面は天罰を与えてくれる存在ってことになる。いじめられてる奴なんでこのご時世どこにだっているだろうし、噂が無くならないのは、その辺が影響してんのかもな」

「ふむ……」

 得体のしれない、正に現代の妖怪か何かのような存在だが、虐げられている者にとってはヒーローたりうる存在。考えらせられる噂話だ。

「あと怪人! って表現がまたいいよな。怪人だぜ? 怪人!」

「確かに。怪人なんちゃらって表現だけで古風と言うか、いかにもカッコつけた感じになるな」

「だよな~!」

 怪人○○というと、怪人二十面相や、かい人二十一面相を彷彿とさせる。前者はフィクションの怪盗の名前、後者は劇場型犯罪の犯人が名乗った名前だ。

 というか、謎の人物が元いじめっ子をターゲットに殺人行為を繰り返し、それが中高生の間で噂になっている……って書くと途端に劇場型犯罪っぽくなる。仮に殺人なんてやるなら絶対にバレない方が良いのに、わざわざあからさまにそいつだと分かる手口で繰り返し、それが噂として広まっている。

 この噂が広まっているのは、そういうフィクションめいた面白さを持っているからなのしれないと、俺と将軍は結論付けたのだった。


「怪人:黒仮面ですか……」

「葵さんは、何か知ってます?」

 放課後、俺は早速将軍から聞いた噂話を葵さんに振ってみた。

「……ネットで噂になってる、ってのは言って……いや……聞いたことがあります」

「ネットですか……」

 確かに噂話ならインターネットで広まっていてもおかしくはない。家に帰ったら調べてみようと思った。

「碧さんは、なんでこの話を?」

「いや。将軍に聞いて、印象に残ったことだったので。俺、中学校時代にしつこくいじられたりからかわれたりして嫌な目にあって。いじめをしている奴をって……のがどうしても心に引っかかったんです」

「……そうですか」

 葵さんは少し複雑そうな声色を発した。

「あ、すみません。なんか辛気臭い話になっちゃいましたね」

 俺がそう言うと、葵さんは首を横に振る。

「いえ。面白い話、だと私は思いました。いい話が聞けました」

「そうすか……ならよかったです」

 俺は胸をなでおろした。


「こんにちは~」

 俺達が怪人:黒仮面について話をしていると、自習室に若い女性が現れる。

「先生、こんにちは」

「こんにちは。八雲先生」

 現れたのは俺のクラスの担任である八雲(やくも) (めぐみ)先生だ。

「二人とも、様子はどう?」

「まぁまぁ、できてます」

「……私も、まぁまぁ」

「そう。今度実力を試せるテストを用意するから、期待しててよ~」

 そう言うと先生は右肩をグルグルと回す。

「楽しみにしてます」

「よろしくお願いします」

「はい。んじゃまたね~」

 そう言うと先生は自習室から出ていく。先生は何というか、のんびりとした人だ。だが、自習室を俺達が使えるよう、学校に便宜を図ってくれており、頼りになる人でもある。

「先生、様子を見に来たみたいですね」

「ですね……しっかしテストかぁ」

 学校の授業は受けているが、正直レベルがかなり低いため、試験はすさまじく簡単としか言いようがない。1学期の期末試験は俺も葵さんも全教科満点だった(俺と葵さんはコースが違うので、問題自体は異なるのだが……)。国公立への進学を考えると、学校のテストの結果はあまり意味をなさないだろう。別途自習しているが、その実力を測れる機会と言うのはあるにこしたことはない。

「実力を試せる、いい機会ですね」

「そですね。頑張りましょう。葵さん」

「はい」

 俺達はテストを楽しむことにした。


 ほどなくして、部活の終わりを告げる鐘が鳴る。

「あの、葵さん。今日は一緒に帰りませんか?」

 俺はここで、葵さんに声を掛ける。

「はい……いいですよ。ちょっと待ってくださいね。荷物を片付けます」

「……はい!」

 こうして、2人で学校を出て、帰路につくことになった。


 学校からの帰り道。歩道を歩く俺と葵さん。

「……」

「……」

 葵さんは俺の後ろを歩いている。間隔は1mほどで、この前の勉強会の時と同じような感じであった。

「あっ! 碧君と葵さんじゃん! こんちわ~」

 後方から声がする。振り返ると、そこには真白先輩がいた。

「真白先輩!?」

「おやおや? 2人共一緒に帰るなんて、いつの間にそんなに仲良くなったの~?」

「あ、いや……これは……」

「……碧君に一緒に帰らないか、って言われて」

「ほほ~。そうなんだ。ま、仲良くやるのはいいことだよね~」

 真白先輩はいつものように明るい口調で答えた。

「んじゃ2人共、頑張ってね。お先~!」

 そう言うと先輩は駅の方へと走っていった。

「……行っちゃいましたね」

「そうだな……」

 あっという間に現れてあっという間に居なくなる。

 そんな先輩の様子を見て、俺達は少しだけ穏やかな気持ちになった。


 それから十数分後、俺達は沼津駅のホームにつき、電車の到着を待っていた。

「……」

「……」

 葵さんは俺の右隣に立ち、右手で携帯端末を何やらいじっている。彼女が持っている携帯端末は板状のもので、いわゆるスマートフォンっていうやつだ。ちなみに俺が持っているのは二つ折れのフィーチャーフォン、いわゆるガラケーってやつだ。本当は俺もスマートフォンが欲しいのだが、父から欲しければお金貯めて自分で買ってと言われてしまい、貯金もそれほどないため仕方なく使っている。

「……」

「……」

 無言のまま、時間が流れる。時計を見ると電車の到着まで、まだ時間がある。

 目を閉じて深呼吸する。……甘いフローラルな香りがする。耳を澄ますと風の音と、遠くの喧騒の音が聞こえる。……しばらくすると電車の到着を示すチャイム音が鳴る。音は少し小さく聞こえる。おそらく向かい側にある、東海道線のホームだろう。そして上り電車の到着を表すアナウンスが流れ、電車がホームに入ってくる音が……と、そこまで耳を澄ましていたときであった。


 突如、キーッという金属が擦れる音が長く響いたかと思うと、何かがぶつかったような音がした。

(んん!?)

 立ったまま目を閉じて瞑想に浸っていた俺は、通常の停車音とは異なる不自然な音を聞いて、思わず目を開ける。

 ……不自然な位置で停車している上り電車。騒然としている向かいのホーム。そして電車の正面の線路上に見える、なんか……薄橙色と赤色が混ざったもの。

 少し離れているためはっきりとは視認できないが、これはあれだ、人身事故という奴だろう。実物を見るのは……始めてだ。

 ほどなくして駅員がブルーシートを持ってやってきて、その光景が見えないよう覆い隠す。

 救護作業中を知らせるアナウンスを聞いて、俺ははっと我に返り、隣の葵さんを見た。

「……」

 葵さんは、その光景を目視し、口を開けて呆然としていた。

「あ、葵さん?」

「あ……碧、君」

 声が震えている。目を閉じていた俺と違って、その瞬間を直視してしまったのかもしれない。

「だ……大丈夫ですか?」

 俺は思わず彼女の前に立ち、ブルーシートがかけられた向かいのホームを覆い隠す。

「怪人:黒仮面……」

「え?」

「ローブを着た、黒仮面の男が、男の人に後ろから掴みかかって、そしてそのまま一緒にホームに飛び込んで……」

「そ、その……。それ以上は話さなくていいです。話さなくていい」

 ヤバいと思った。それ以上彼女に話をさせたらヤバいと思った。

「そう、ですか?」

「あー、その、なんだ……」

 言葉がまとまらない。俺自身、グロにはそれなりに耐性があるつもりだった。興味本位でグロ画像を検索したこともある。だが葵さんはどうだろうか?

「……大丈夫ですよ。碧さん」

「本当に?」

「はい。記憶にあるものよりは……その……ましだったので。どうか、お気になさらず」

「そうですか……」

 そう言われてしまうと、返す言葉が無かった。葵さんの声色は落ち着きを取り戻しつつあるようだが、無理をしているような気がした。


 その後俺達は「救護作業」の影響によって20分遅れでやってきた御殿場線の電車に乗り、帰路に就いた。

「……」

「……」

 混雑する車内の中、俺達は無言だった。だがそれは、駅で電車を待っていたときとは違い、気まずい、何とも言えない雰囲気が漂うものだった。

 そして十数分後、電車は裾野駅のホームに入っていく。

「碧君。……また明日」

「また明日、葵さん」

 別れの挨拶を交わし、葵さんは電車を降りた。

(……はぁ)

 電車が発車する。葵さんと別れた直後、俺は強い脱力感と疲労感に襲われた。

(最悪だな……せっかくいい感じに帰れると思ったのに)

 想定外の事態に見舞われた俺は、ひどく動揺していた。


 そして、電車は岩波駅に着いた。到着は20分以上遅れており、バスはもうない。電話で父を呼ぶしかないだろう。

 俺は父に迎えの電話を掛けた。


「遅くなったみたいだけど、どうした?」

 家に帰る車内で、父が聞いてきた。

「沼津駅で人身事故があって、それで遅れた」

「人身事故?」

「そう。最悪だよ。まぁ御殿場線の方じゃなくて、向かいの東海道線の方だったんだけど、俺の目の前で起きたんだよ? 人が電車に撥ねられてさ。線路に飛び散ってるの見ちゃったんだけど俺!」

「あそうなの!? あぁ……そりゃ大変でしたねぇ」

 俺の話を聞いておどけた、あるいは笑うような声色で話す父。正直俺は笑えない。

「しかも俺の隣に友達がいたんだけど、その子は飛び込んだ瞬間見ちゃったらしくて……」

「友達って……あの女の子?」

「そう。おかげで電車の中、まじで葬式ムードだったんだけど……」

「あそうなの……そりゃちょっと、可哀想だねぇ……」

 葵さんのことを聞いて、父も思う所があったようだ。そこから帰宅するまで、俺に話を振ってくることはなかった。


 家に帰った俺は晩御飯を食べる。晩御飯は肉じゃがだった。

「連夜遅くなったけど、どしたの?」

 帰ってくるのが遅れたことについて、朝香が聞いてきた。

「電車に人がぶつかってミンチになって、その片付けがあって電車が遅れた」

 俺はにべもなく事実を並べ立てる。正直、とても疲れていた。

「へぇ~」

 分かってるんだか分かってないんだか、いまいち分からないような声色で朝香は返してきた。

「もう俺は記憶から消して、さっさと飯食いたいよ」

「分かった~。自分で取ってね~」

「ああ」

 俺は食器を取りにいったのだった。


 夕食を終え、風呂に入った俺は、自室でPCを起動し、インターネットに接続した。

(葵さん、黒仮面が出たって言ってたな……)

 検索エンジンに『沼津駅 黒仮面』と入力し、電子掲示板を検索する。すると葵さんが言った通り、黒い仮面を付けた人物が、男性と共に列車に飛び込んだという書き込みが何件も見られた。だがいずれも文章による情報だけで、肝心の黒い仮面の男が映っている画像などの情報は見つからなかった。

(書き込みだけで画像や映像は無いか……目を閉じてたせいで実物見れてないんだよな。うーん気になるなぁ……)

 その後俺はもやもやした気持ちを抱いたまま、夜を過ごしたのだった。


 次の日の放課後……。

「碧知ってるか? 沼津駅で人身事故があって」

「……黒仮面が現れた、って話か?」

 自習室に行く前に、将軍が話しかけてきた。

「そうだよそう! ネットでも話題になってる。……まぁ相変わらずニュースにはなってねぇんだけどな」

「なんか、葵さんが飛び込む瞬間見たらしくて……俺は見てねぇんだけど」

「え? マジ? 葵さんって、自習室でよくお前といる子だよな? まじかぁ。おれも見たかったな~」

「人身事故の瞬間なんて、見て気分のいいもんじゃねぇだろ」

 将軍が不謹慎なことを言ってきたため、ついムキになってしまった。

「だけどよぉ、つまるところ、黒仮面ってマジでいるってことなんだろ? あのいかにも真面目そうな葵さんが見てるってんなら、嘘なんかじゃねぇだろ」

「まぁ、確かにそうなんだけどさぁ……」

 正直、あの時の葵さんの様子を思うに、あまり掘り返したくない話題ではある。ただ興味が無いと言ったら嘘にもなる。

「だろぉ? この街にマジで怪人的なのがいるなんて、ワクワクするって思わねぇか?」

「確かにそういう気持ちになるのは否めないけど、人が死んでんだよなぁ……」

 将軍はおそらく非日常的な、刺激的なものを求めており、それゆえにこのようにワクワクしているのだろうが……不謹慎なことに対してワクワクするようなノリは、正直苦手だなと俺は思ったのだった。


 将軍と一通り会話した後、俺は自習室に行き、葵さんと合流した。

「葵さん……こんにちは」

「こんにちは……碧君」

 声色はいつもの調子に戻っているようだ。

「その……昨日のこと……」

「……」

 葵さんは俺の話を黙って聞いている。

「その……すみませんでした。俺が誘っちゃったから……」

 これは俺の本心であった。帰るタイミングがずれていれば、とは思う。

 だが、葵さんはその言葉を聞いて首を横に振る。

「ううん。碧君は悪くないよ。まぁ……ちょっと驚いたけど……一晩経ったら、まぁ大丈夫」

「でも……」

「それに、君と一緒に帰って、楽しかった。確かに最後はちょっとあんなことになっちゃったけれど……でもいい経験になったから。だから気にしないで?」

「……分かりました」

 葵さんは明るい、宥めるような声色で話す。

 俺は葵さんの顔を見る。相変わらず上手く読み取れないが、多分穏やかな表情……なんだと思った。

「そういえば、前に勉強会やりましたけど、次はいつやるつもりですか?」

「え?」

 葵さんの方から話を振ってきたのは珍しかったため、つい素っ頓狂な声が出てしまった。

「っ! ああ、勉強会ですね。うーん……」

 携帯端末を開き、予定をチェックする。今週末は空いている。

「今週末……日曜日はどうでしょうか?」

 俺が空いている日を伝えると……。

「でしたら……この日はどこか一緒に、遊びに行きませんか?」

「え? 遊びに?」

 葵さんの口から出てきたのは、予期しない回答であった。

「はい。勉強だけではなく、たまには息抜きが必要だ、って言っ……思いますので」

「……」

「それに……私も今ちょっと気分転換したい気分で……その、昨日のことがあったので」

「ああ……」

 昨日の光景を思い出す。確かにあんなのを直視したともなればストレス満載だろう。彼女の言い分にも一理あった。

「分かりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 かくして、週末の日曜日に葵さんと遊ぶことになった。


(どうしよう……)

 家に帰った後、俺は約束の事を思い出していた。約束した当初は楽しい気持ちでウキウキ気分であったが、家に帰る頃には不安や恐れの気持ちで満ち溢れていた。

(よくよく考えたら、女の子と遊ぶとか、どうすりゃいいんだよ……)

 言うまでもないが、不純異性交遊は校則で禁止されている。当然するつもりもない。というか、そういうのを「遊ぶ」というのは絶対に違う気がする。

(つか、勉強会の時以上にこんなん実質デートじゃねぇか! こんなんアウトだアウト!)

 不安や恐怖と共に、羞恥心がこみあげてくる。

(さらに言えば、どこで何すりゃいいんだよ?)

 一応沼津駅近くで遊ぼうということになったが、実際問題あの辺の地理にあまり詳しくない。どういう施設があって、遊べるのかも分からない。

 加えて友達と一緒にどこか行って遊ぶという経験自体が無いため、こういうとき何をすればよいのかが、全くと言っていいほどイメージできなかった。

(どうしよう……行くのやになってきたな……)

 とはいえ、せっかくの葵さんの誘いを断るのは、それはそれで嫌であった。

(もう手を振り払わない、って決めたのにな……)

 自分に付いてきた女の子を突き放した、小学校時代の後悔が頭によぎる。あの後悔があるからこそ、彼女の誘いを断るわけにはいかないのだ。

(はぁ……)

 結局この日は悶々とした気持ちを抱えながら、夜を過ごしたのだった。


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