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少女と影編⑩『黒仮面の正体』

晴斗はキララを救い出し、そしてハッピーエンド……のはずであった。

その場面にとんでもない水を差した怪人:黒仮面の一撃。

連夜達は怒りと共にそれに対峙する。

少女と影編⑩『黒仮面の正体』


「……」

 空星さんの家の屋根の上に立ち、今まさにキララさんを手に掛けた怪人:黒仮面は、そのまま無言で右手のボウガンに矢を装填し、ある一点へ向ける。

「う、うぅ……」

 そこには、今まさに起き上がらんとしている空星さんがいた。

『まずい! 2人とも!』

「てあ!!」

「はあーっ!」

 陽さんの声が聞こえ始めるのとほぼ同時に、俺とよーちゃんは黒仮面と空星さんの間に両手を向け、力を込めていた。

「うわっ……!」

 直後、空星さんの驚きの声とともに、金属が何かに当たった音が響く。

 これは生成された岩の壁と氷の壁に、ボウガンの矢が当たった音である。

 壁は岩と氷の二重構造で、氷の面に矢が刺さっている。

(あっぶね……!)

 ここまで、本当に一瞬の間しかなかった。

 ボウガンが空星さんに向けられているのに気付いた瞬間、咄嗟に身体が動いていた。

 少しでも反応が遅れていたら、矢が空星さんに直撃していたに違いない。

 まさに反射的に身体が動くとはこのことだろう。

「……」

「させない!」

「っ! ……」


 黒仮面は無言で次の矢をつがえようとするも、そこはよーちゃんの石弾によって妨害される。

「……」

 矢による攻撃が阻まれたと見るや、黒仮面は屋根から飛び降りると、そのまますたっと着地する。

 さっきキララさんが風の魔術でゆっくりと着地した……普通の人間なら大怪我するであろう高さを勢いよく飛び降りたにも関わらず、奴は何の支障もないようだった。

(んだよこいつ……)

 よく見ると、体の表面にうっすらと白いオーラを纏っている。

 黒仮面は俺とよーちゃんの方を向く。

 俺はすかさず防御魔術をかけ直し、身体を構える。


 するとそこに……。

「許さねぇ……許さねぇぞ! おい!」

 着地した黒仮面に向かって、将軍が走り出す!

 右手の拳は固く握られ、前に突き出される。

「あ、おい将軍!」

 殺傷力がある飛び道具を持つ相手に無鉄砲に突っ込んでいく将軍を制止しようとするも、将軍は聞く耳を貸さなかった。

「黒仮面―――――ァ!!!」

 将軍の右拳から炎が噴き出し、黒仮面との距離が2メートルほどになったその瞬間。

「……」

 黒仮面はボウガンを左手に手早く持ち替えると、空いた右腕を握った状態で高く上げた。

 直後、不気味な音と共に黒い波紋のようなエフェクトが発生!

 将軍の一撃は残り1メートルの間合いで、黒仮面の右腕に付けられた腕輪から放たれた波紋によって阻まれた。

「ぐあっ!」

 波紋に阻まれた将軍の身体が仰け反り、そのまま後方に弾かれる。

「一橋君!」

『これも腕輪の力か!?』

 そしてそのまま、周囲の景色が歪んでいった……。


 気が付いたときには、周囲の景色は以前黒仮面と戦ったときと同様、俺が通う高校……慧真けいしんのグラウンドに変わっていた。

 慧真のグラウンドは前と同様に、安っぽいテクスチャの背景に囲まれている。

 以前とは違う点を挙げるならば、前に戦ったときの風景は朝だったが、今回は太陽が南中に高く昇ったお昼どきになっている点だろう。

 太陽が高く昇っているとはいえ11月の気温が反映されているのか、肌寒い風が吹いていた。

 俺の目の前には拳を構える将軍と、左手にボウガンを持った状態でそれに対峙する怪人:黒仮面の姿が見える。


 だが、今にも一触即発な雰囲気の中、のっぴきならない別の事態も発生していた。

「え……? あ……?」

 なんと俺の後方には、よーちゃんと共に空星さんの姿が。

 どうやら異空間の展開に巻き込まれ、俺達と一緒に入ってしまったらしい。

 突如異様な光景に巻き込まれた空星さんは周囲をキョロキョロと見回しており、口から漏れた声色には、明らかに動揺と困惑の色が混ざっていた。

『これはまずい! ヨウ! 昴さんを安全な所に! 連夜は一橋君の下へ!』

「っ! 了解しました」

「あ、ああ! 了解!」

 どうすればよいか逡巡する間もなく陽さんの指示が飛ぶ。

「こっちへ!」

「え? あ、ちょっと!」

 そして空星さんはよーちゃんに手を引っ張られ、グラウンドから離れた位置……校門の外側の方へと移動していく。

(さて、俺も!)

 そしてそれを見届けた俺も、今まさに黒仮面と戦い始めた将軍に加勢するべく、グラウンドの中心方向へ移動した。


「待った将軍! 考えなしに突っ込むのは」

「ぐあっ……」

「将軍!」

 戦いの舞台にたどり着いたとき、将軍は俺の目の前でボウガンに膝を貫かれて倒れ込んだところだった。

 俺は黒仮面の動きに注意しつつ、膝を押さえて倒れ込む将軍をちらりと見る。

「ぉ、ぐ……」

 膝のお皿が矢で貫かれ、血が流れ出している。

 どう見ても痛いどころではない。

「将軍! ちぃっ!」

 とはいえ、敵も悠長に待ってはくれない。

 俺が将軍に駆け寄ったときも、今まさに追撃の矢を放とうとしていたのである。

 俺は分厚い氷の壁を右手で生成して黒仮面の黒い魔弾と矢を防ぎつつ、将軍に左手で治癒魔術をかける。

 矢の刺さる音とその衝撃が、絶え間ない冷気を噴き出し、氷の壁を補強する右腕に伝わる。

 刺さった矢の先端はほんの僅かに氷壁のこちら側に飛び出し、まさに間一髪で防いでいる状態だった。

「ぐぉぁっ……!」

 治癒魔術をかけていくと、将軍の膝に刺さった矢がものすごい勢いで抜ける。

 その後、白いオーラが傷をすさまじいスピードで塞いでいった。

「っ……。将軍、大丈夫か!?」

 氷の壁が破られないよう渾身の力を右腕に込め、己の視線を氷の壁越しにぼんやりと見える黒仮面の方へこまめに向けつつ、将軍に声を掛ける。

 傷は跡形もなく消えたものの、矢が抜けた瞬間はものすごく痛そうであった。

「ぐ……。っ……すまねぇ碧! でも、あいつは、キララを!」

 将軍は左手で上体を起こすと、右拳を開く。

 開いた手には若干焦げ目がついたシュシュがあり、将軍は再度それを握ると、やるせない思いと共に握った拳を地面に叩きつける。


『キララさんなら大丈夫だ!』

「えっ?」

 すると、左耳から陽さんの声が聞こえる。

 その声は俺の左耳から漏れ出し、将軍の耳にも届く。

「連君! 昴さんを離れた場所に避難させました! 今、奴と交戦中です!」

 そしてそれに続くように、陽さんと同じく左耳からよーちゃんの声も聞こえる。

 氷の壁の向こう側を見ると、よーちゃんが黒仮面と魔術を撃ち合っている姿が見えた。

 壁に対する攻撃の手が止み、将軍に視線を向ける余裕ができる。

 そしてちょうどそのタイミングを見計らったかのように、陽さんはこう続けた。

『一橋君、聞いてくれ。分身体は、オリジナルが無事であれば死んだとしても復活する。昴さんさえ無事なら、何とかなる!』

「そ、そうなのか……? 本当なのか!?」

「陽さんの言う通りだ。実際よーちゃんも一度死んで復活してる。だからキララさんも!」

「ま、まじかよ……。わ、分かった」

 将軍は立ち上がると、右手のシュシュをズボンのポケットにそっとしまう。

 直後、目の前の氷の壁がボロボロと崩れだし、黒仮面とよーちゃんの戦いの様子があらわになった。

「てあーっ!」

「……」

 黒仮面とよーちゃんは互いの魔術を相殺しあい、戦況は膠着状態になっている。

「さて、落ち着きを取り戻した所で、今ヨウがあいつを足止めしている。2人共援護頼むぞ!」

「報告ありがとうございます、陽さん!」

「おうよ!」

 俺と将軍は、よーちゃんに加勢すべく、グラウンドの隅の方へと走り出した。


 グラウンドの西端、緑色の防球ネットが張られた高さ十数メートルほどのフェンスがある方で、2人の攻防が続く。

「たぁーっ!」

 よーちゃんは黒仮面目掛けて、召喚した石柱を発射! 

 黒仮面はそれを左に避けて回避する。

「ふんっ!」

 だが黒仮面が飛んだ方に直行するように黄色いサークル、そして少し遅れて山形の岩塊が次々と出現!

「……!」

 横に跳躍した黒仮面は出現した岩塊を避けきれず衝突! 右方向にふっ飛ばされる!

「てーいっ!」

 そこによーちゃんが石弾を撃って追撃しようとするも、黒仮面は吹き飛ばされながら体勢を変えると、そのまま右手に魔力でできた黒い刃を生成し、横薙ぎで飛んできた石弾を全て叩き落とす!

『いけっ!』

「うおぉぉりゃーっ!」

 俺が氷弾で黒仮面を狙ったのはまさにそのタイミングで、陽さんの声を合図にバスケットボールサイズの氷弾を黒仮面に飛ばす!

 黒仮面はそれを魔力の刃でバッサリ叩き落とすと、地面に着地した。

 そして左手に持っていたボウガンを右手に持ち替え、俺目掛けて発射!

「あっぶね……」

 氷弾を飛ばした後すぐに氷の壁を生成。矢を間一髪で止める。

「うおーっ!」

 だがそんな攻防の隙を見て、将軍が黒仮面の左方向から炎を纏った右拳で攻撃!

「……!」

 黒仮面はボウガンを持った右手でそれを防ごうとする。

「ふんっ!」

 だがその直後、将軍は右手を引っ込めると、そのまま右後方に腕を向けて火炎放射!

 そして左脚を軸足に左回りに回転すると、そのまま今度は炎を纏った右脚で回り蹴りを繰り出した!

「……!?」

 回し蹴りは黒仮面の右手に命中し、ボウガンが手元から地面に落下する。

「はぁーっ!」

 俺は地面に落下したボウガンに右手を向けて渾身の力を込め、生成された氷の中にそれを閉じ込めた!

『よし! ボウガンは封じた!』

「……」

 ボウガンを拾おうとするも、氷漬けになるのを見て即座に手を引っ込める黒仮面。

「隙有りっ!」

 直後、よーちゃんから石弾の追撃を受け、黒仮面は左手から黒い魔弾を発射してそれを相殺するも、一発が黒仮面の脇腹に命中!

「こっちも隙有りだぜ!」

 更に将軍はその隙を見て再度炎のパンチを繰り出すも、黒仮面はバックステップで回避。

「うぉぉぉぉっ!」

 だがその方向に、俺は雹混じりの吹雪を発射!

 吹雪が黒仮面に命中した途端、爆発音とともに白い爆風が発生!

 黒仮面は俺から見て後方のフェンスのネットに激突!

『連夜! 一橋君に炎の様子を聞いてくれ!』

「了解! 将軍! 奴の炎は?」 

 俺は将軍に尋ねながら、黒仮面の方へ走る。

「そこそこ弱まってる! 最初が強火だとすると中火くらい!」

 将軍も俺から見て左側から黒仮面に接近!

「大体半分くらいってことですね!」

 そして俺の右前方にいたよーちゃんも、同じく黒仮面の方へ。


「……!!!」

 だが黒仮面の下にたどり着く間際、黒仮面のいるフェンス近くの地面に半径2メートルほどの黒い魔術陣が生成される。

『まずい! 回避!』

「「「っ!」」」

 各々が急ブレーキをかけて後方に飛び退くも、直後黒いサークルからドーム型の黒い爆風が発生!

「ぐあっ!」

「ちっ!」

「ぐぅっ!」

 直撃こそ免れたものの、衝撃を受けてそれぞれが後方に弾き飛ばされた。

『皆! 大丈夫か!?』

「な、何とか……ぐっ」

 突如、体の節々にズキズキと痛みが走る。

 直撃こそ免れたとはいえ、見えない部分にダメージが入ったのかもしれない。

 よーちゃんと将軍を見てみると、立っているものの、2人共苦しげな顔をしているように見えた。

「みんな! これっ!」

 そんな様子が見えた刹那、よーちゃんは右腕を高く掲げる。

 すると俺、将軍、よーちゃんの真下に白いサークルが出現し、そこから白く光った粒子状の何かが各々の身体に流れ込む。

「ぐっ……ありがとうヨウさん!」

 体の痛みが消えていく……。

「どういたしまして!」

 よーちゃんの治癒魔術によって再起した俺達はフェンスから少し離れた一箇所に集まると、再度黒仮面の方を見る。


「……」

 黒仮面は魔術で俺達を攻撃したものの、ダメージが大きいのか、その場でじっとしている。

「……!!!」

 だが数秒後、いきなりその場で大きく跳躍する。

 ジャンプで跳び上がった高さは十数メートルほどで、そのまま防球フェンスの支柱の上にすたっと着地した。

『何だあの跳躍力は!? 人間、いやあんな高く跳べる生物なんて……』

「ノミかよ……。これも魔術の力だってのか?」

 ノミなんかは、自分の体長の数倍の高さをジャンプするらしいが、人間サイズでそれは重力を無視しているとしか思えない挙動で、現実的にはありえない。

「分かりません。でも、さっきの飛び降りといいあり得ないことばっかりやってるので、まぁ魔術としか言いようがないでしょうね」

「だよな……」

 よーちゃんの考えに、俺も同意する。

「いずれにせよやっつけるだけだ。行くぞ碧! ヨウさん!」

 将軍がそう言った直後、黒仮面は俺達がいる地面に右手を向ける。


「……」

 すると、先ほどと同じ黒いサークルが奴の右掌に出現! 

『離れろ!』

「「「っ!」」」

 それを見た俺達は陽さんの言葉とほぼ同時に、サークルが向いている先から離れる。

 直後、黒いサークルから、これまた黒いビームが発射! 

 ビームは俺達が居た場所に着弾し、その場に黒い爆風を発生させる!

「ビームだと!?」

 更に黒いビームの射線は地面を薙ぎ払うように移動し、何と俺の方を追尾してきた!

「うおあっ!」

 走る、走る、走る――――。

 喉の奥から血の香りが漂ったとこで、ビームは消滅する。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 俺は治癒魔術を急いで掛けつつ、背後をちらっと見る。

 ビームが通った箇所のグラウンドの砂は黒く焦げ、植物が焼けたような匂いが周囲に漂った。


 だが、休んでいる間もなく、黒仮面は再度右手から魔術陣を展開し、再びビームを撃ってくる!

「うわっ! やっべ!」

「あっぶな!」

 今度のビームも俺狙いであったが、危うくよーちゃんと将軍が巻き込まれかけた。

「っ、すまねえ!」

 ビームが消えると、またビームが出てくる。

 俺が治癒魔術をかけながら走ってビームを避ける中、よーちゃんと将軍はビームの射線に入らないよう慎重な移動を強いられていた。

『ちっ! あんな上から撃ってくるなんて!』

 将軍は火炎弾をフェンスのポールの上にいる黒仮面に放つ!

 だが黒仮面は人間らしからぬ跳躍力とバランス感覚で、ネットが張られている鋼鉄製のポールの間をひょいひょいと飛び跳ねて移動。発射された火炎弾をすべて避けてしまう。

 避けられた火炎弾の一部が当たったことで、ネットが焼け落ち炎と煙が広がるも、黒仮面はまるで意に介さない。

 燃えたネットの残骸がフェンスの外側にある生け垣に落下し、生け垣もパチパチと燃え始めた。

「ふんっ!」

 よーちゃんも走りながら石弾で追撃したようだが、ビームに気をつけながらの攻撃では狙いがうまく定まらないのだろう。それらはポールを飛び移る黒画面には当たらなかった。

「駄目です! 当たりません!」

 3発目のビームを避けながら、よーちゃんは全員に治癒魔術を掛ける。


「これじゃ防戦一方だな……碧! 秘策はねぇか!?」

 ビームがグラウンドの端にある運動部の施設に直撃する。

 ビームが直撃した箇所は一面がえぐられた様に消し飛び、白い煙が上がって焦げ臭い匂いが周囲に広がる。

「あの支柱を攻撃するってのはどうだ?」

 ビームの発射が終わったところで、俺は大急ぎで対応策を考える。

 奴が乗っている場所はかなり小さい。支柱を攻撃してバランスを崩させれば……。 

『それなら、奴が逃げる方向の支柱も叩いた方が良いな。連夜は奴の攻撃を避けて、ヨウと一橋君は、支柱に攻撃を!』

「了解陽さん! 将軍! 俺が奴を引きつける。その間に、柱をぶっ叩いてくれ!」

「分かった!」

「私も一橋君をアシストします!」

 2人は俺の近くから離れ、ポールの方へ。

「助かる!」

 そして俺は2人から離れ、黒仮面から距離を取る。


 刹那、ビームの4発目が発射。

 黒い射線がグラウンドを炙りながら俺を追尾してくる。

「どりゃぁぁぁ!」 

「てぁーっ!」

 そんな中、将軍とよーちゃんの2人がかりで黒仮面のいる柱に攻撃を仕掛ける!

 先に将軍の炎を纏った蹴りの一撃が柱に炸裂!

 柱が揺れ、黒仮面はビームの発射でバランスを崩すも、即座にグラウンド側から見て右隣の柱へひとっ飛び。

 ビームの射線は、引き続き俺を追尾してくる。

「てぁーっ!」

 とはいえ、ここまでは想定の範囲内だ。

 よーちゃんは少し遅れて攻撃に加わり、黒仮面が移動したのを見てから即座に右前を向くと、移動した柱に黒仮面が着地した瞬間を狙って柱の根元を地割れで陥没させる!

 黒仮面が乗る柱が振動し、奴は一本足の状態でゆらゆらとバランスを崩しかける!

 柱もゆっくりと手前側に傾き始め、このまま倒壊すると思われた。

「……、……」

 だが柱はほんの僅かに傾いた程度で動きが止まってしまい、黒仮面も一本足で元居た柱へ跳躍!

『あっ!』 

 加えて移動と同時に将軍とよーちゃん目がけ、空いている左手から無数の黒いキューブをばらまく!

「ぐあっ!」

「くっ……!」

 2人はフェンスから離れるも、直後黒いキューブは空中で次々と爆発!

 黒い爆風の一部が後ろに跳躍する2人に接触し、2人はうめき声を上げる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ビームの追尾が終わったのは、それから数秒後のことであった。

(だーっ! 疲れる……)

 やっとビームが止み、僅かな一息が入れられる。

 2人が攻撃を受けている最中も、シャトルランの如く全力であちこち走り続けなければならない。

 しかもただ走ればよいのではなく、2人を巻き込まないようビームの射線に気を付けなければならなかったため考えることが多く、脚や肺だけでなく集中力も消耗した。

(ちっく……)

 急ぎ次の攻撃に備え、治癒魔術をかけ、防御魔術をかけ直す。

「っく……。後ちょっとでバランスを崩して落ちそうだったのに」

 将軍は苦しそうな様子で左肩の付け根を押さえている。

「そうやすやすと落とされまいと手を打ってますね。というか支柱を全部地割れで倒せないかと思ったのですが、予想以上に深く地中に刺さっていて、倒せそうにないですね……」

 よーちゃんも苦しそうな様子だったが、自分と将軍にそれぞれ治癒魔術をかけていた。


 そうこうしている内に黒仮面は再度黒いサークルを展開、ビームを発射し始める。

 今度は左手から絶えず黒いキューブをフェンスの直下に落とし、2人を近寄らせまいとしてくる。

『なぁ連夜。あのビーム、避けずにその場で受け止められないか?』

 俺がフェンスから離れるようにビームを躱して走る中、陽さんは息を入れている俺に対しとんでもない提案をしてきた。

「はぁ、はぁ……えぇっ……あれを受け止めろと……?」

 建物の様子を見るに、直撃すればただでは済まないだろう。

 たった今も、ビームの直撃を受けたグラウンドのサッカーゴールポストが跡形もなく消えた様子を目にしていた。

 もし氷の壁を貼っても貫通されたら……。

 ビームを魔術で防げた経験がないため、当然、俺は躊躇う。

『君が回避行動を取っていると、それに合わせて2人も動かないといけなくなるから狙いも上手く定まらないし、何よりずっと走っている君自身も大変だろう?』

「はぁ、はぁ……た、確かに……」

 将軍とよーちゃんは、ビームの射線とキューブの爆風が外れる領域に上手く入り込んでいる。

『それに攻撃を受け止められたとなれば、奴は君への攻撃に集中せざるを得ないだろうから、その分足元に隙が生まれるかもしれない』

「……」

 ビームから逃げるようにグラウンドを縦に往復しながら、ちらちらと黒仮面を視界に入れる。今の奴はビームを片手で撃ち、追加で足元を魔術で攻撃する余裕がある状態だ。

(逃げてばかりではどうにもならないか……)

 俺は「ビームを防げなかったら」と心配していたが、逆に「ビームを防げた」のであれば、移動に体力を使われることも無くなり、一転悪くない作戦に変貌する。

 あわよくばビームを逆に押し返すことができれば……なおのこと奴に大きな隙が生まれるに違いない。

『もっとも、ビームが防がれると分かれば、奴は別の手を使ってくるかもしれない。使えるとしても1度きりだろうな。……どうだろうか? 君に無茶させることになるから、他の手が良いなら……』

 ーーとはいえ、それはあくまで仮定に過ぎない。

(でもなぁ。うーん……)

 ビームが直撃し、あのゴールポストのようにグラウンドの黒いシミになってしまう可能性も十分ある。


 ここでちょうどビームが止まり、攻撃の手が止む。

(うー……。うー……)

 迷っている間も、敵は再び攻撃の態勢に入ろうとしている。

 即座に決断しなければ。 

「……ええい、ままよ! 陽さん! その手で一旦行こう!」

 俺は逡巡した末、最終的には心の中に浮かんだ「それでも、陽さんのことを信じたい」という直感的な考えに従い、リスクのある作戦を引き受けることを決めた。

『っ……すまない……』

 危険な囮作戦を志願した俺に対し、陽さんは申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。


 そして再びポール上の黒仮面による、極太蒸発ビームと爆弾キューブによる輪舞が再び幕を開ける。

「気にしないでください。皆! 今陽さんと話したんだが、これから俺はあのビームを待っ正面から受け止める! 将軍とよーちゃんは、奴が攻撃に気を取られている隙を見つけて、再度攻撃を頼む!」

 陽さんとの2人だけのやり取りに終わらせず、俺は走りながら将軍とよーちゃんに意見を求める。

「俺は碧と陽さんの判断に従う! あれこれ考えても、俺の頭じゃ他に良い手も思いつきそうにないからな!」

「もしヤバそうならすぐ言ってください! 加勢します!」

 落下してくるキューブから上手く距離を取りながら回答する2人。

「ありがとう、将軍、よーちゃん! それじゃ行くぞ!」


 およそ1分半にも満たない作戦会議が終わった直後、黒仮面のビームが止まり、場に静寂が生まれる。

「……」

「うぉーっ!」

 俺はすかさずグラウンドの反対側の、黒仮面の真正面に陣取る。

 背後と右側にはビームの直撃によって残骸と化した運動部の建物群が、左側にはネットフェンスと慧真の校舎群が低解像度のポリゴンモデルの見た目でそれぞれ鎮座している。

 そして正面にネットがすっかり焼け落ちたフェンスと未だ炎上する生垣があり、中央のポールの先端に黒仮面が立っていた。

 ポールの下方、フェンスと俺の中間地点辺りのグラウンドによーちゃんと将軍が立っている。

「……」

「……」

 黒仮面と俺の視線が一瞬だけ、合った気がした。

 そして直後、黒仮面は俺に右手を向け、黒いサークルを展開。

 俺はすかさず両腕を黒仮面の方、斜め上方に向け……。

「はぁーっ!」

 そしてあらん限りの力を込める!

 すると青色のサークルが両手の先から展開される。

 そして黒サークルから黒いビームがサークルから発射されるのとほぼ同じくして、青サークルから巨大な氷塊が吹雪と共に出現!

 ビームと氷塊がぶつかり合う!

「ぐぅぅぅぅぅっ!!!」

 氷塊は……ビームを防ぐことに成功している!

 ビームは氷塊が当たったところ……俺と黒仮面の中間地点辺りで止まっている。

 ビームを氷塊と吹雪が防ぎ、氷塊がビームを押した格好になっている!

『よし! 止まったな! 連夜、その状態を維持してくれ!』

「わーった! うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 力を込めると、身体全体が押されるように両手から斥力が働く。

 咄嗟に地面を向き、自分の脚が氷漬けになっている様子をイメージする。

 すると自分の足元に氷が現れ、俺の脚をグラウンドに固定する。

「っ……」

 ビームが相殺されているのを見るや、黒仮面は左手でキューブを撒くのを止める。

 そして、右手に合わせるように左手も合わせ、両手で力を込めてくる!

 するとビームがそれまでよりも一層太くなり、氷塊がじわじわと押し返され始める!

「ぐおっ! ぐぅぅぅぅっぅぅ!」

 地面に脚を固定しているため、身体が後ろに逸れ、腰が痛くなる。

 それでも何とか押し返されまいと、身体を前に倒そうと抵抗する。

『やっぱり集中させてきた! ヨウ! 今だ!』

「了解、オリジナル! 一橋君! 今です!」

「あいよっ!」

 そんな中、よーちゃんと将軍が奴に向かっていくのが脇からちらりと見えた。

 というのも、今の俺の視界は黒いビームと半透明の白い氷塊でほぼ染まっており、2人の様子をはっきりと確認できないためだ。

 こうなったら、2人がやってくれるまで耐え続けるしかない!

(頼んだ2人共!)

 海老反りの姿勢で奴のビームを抑え込む。

 腰が悲鳴を上げる。治癒魔術をかけている暇がない。

 ビームを受け止めている巨大な氷塊に、少しずつひびが入り始める。

(やばい!)

 限界を感じ、脚が凍るイメージを頭から振りほどく。

 すると脚を固定していた氷が失われ、身体が仰向けに倒れ込む。

「ぐうっ!」

 頭を打たないように姿勢を気を付け、防御魔術もかけていたが、腰から落ちて激痛が走る。

 だがそんなことを気にする間もなく、仰向けの姿勢で必死に押し返されないよう踏ん張る!

(ぬぅぅぅぅぅっ!)

 斜め上に向けた両手両足で魔術陣を支える格好を取る。手足と接地面である背中に力が加わる。

(間に合ってくれーっ!!!)

 氷のヒビが広がり、限界に達しようとしていた正にそのときだった。


『っ! 今だ、2人共!』

 ようやく、奴の動きに隙ができたのか、陽さんの声が左耳から聞こえた。

 そして――。

「はぁーっ!」

 直後、よーちゃんの声が聞こえ、何かがぶつかるような音が響く。

 それだけでは何も変化が見られなかったが……。

「てあーっ!」 

 さらに将軍のシャウトが聞こえた直後、爆発音とともにビームの出力が僅かに弱まり、身体への抵抗が減弱!

 加えてそれまで入っていく一方だった氷塊のヒビが瞬く間に塞がり、一つの巨大な塊に戻る。

 ついには、そのままじわじわと前へと押し出されていく!

「喰らえーっ!」

「はぁーっ!」

 再度の2人の声と共に再び爆発音が響き、氷塊がビームを押し戻すスピードが加速!

「こんのぉぉぉぉぉっ!」

 死ぬ気で声を張り上げ、四肢に力を入れると氷塊はさらに押されていき、そして……。


「……!!!」

 直後、ビームを完全にかき消したかと思うと、吹雪と共に黒仮面に直撃!

 そのまま爆発音とともに、白い爆風が発生!

「――」

 その直後、ポールの頂上を包んだ白い煙から黒仮面が飛び出し落下していき、そのまま地面へと叩きつけられ、強い衝撃が走った。

(ぁ……)

 その光景を見た瞬間。

 俺の脳裏には、真白先輩の最期の光景が一瞬浮かぶ。


 だが、その光景をはっきりと認識する間も与えられず――。

「……」

 なんと頭から地面に叩きつけられたにも関わらず、黒仮面は仰向けに倒れた状態から両手を前に向けると、そのまま何かに引っ張られたかのようにむくっと正面を向いて立ち上がる!

「あ……?」

 その様子は、まるでキョンシーのようだった。

 無論、身体に怪我や傷らしきものは一切見当たらない。

 身体には相変わらず、白いオーラが纏われている。

『なっ、こいつ……』

 その異様な光景に、陽さんは驚愕の声を上げた。

「頭から落ちたのに無傷だと!?」

 俺も、思わず声が出てしまう。

「そんな……。しぶと過ぎじゃないですか……?」

 あんな落ち方したら、常人なら即死。……先輩だって死んだのだ。

 にもかかわらず、こいつは生きている。

 さっき屋根の上から飛び降りて無傷だったことといい、ノミもびっくりな跳躍力といい、そしてこの耐久力。

 身体能力だけ見るなら、もはや地球上の生物とは信じられない。

「ぐ……炎はだいぶ小さくなってんのに……。こいつホントに人間か……?」

 ここにきて、俺達はとんでもない存在を相手にしていることを実感する。


 こんな化け物としか言いようがない相手、どうやって倒す?

 治癒魔術も、後何回かけられるか……。

 先が見えない不安が俺達に広がる……。


「……、……」

 だが、黒仮面は両手を突き出した姿勢から右膝をついた姿勢になり……。

『ん……?』

 そして、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 倒れた直後、体を覆っていた白いオーラも消失した。

「あっ!? し、死んだ……?」

 ふらっと倒れた黒仮面を見て、俺はやっちまったのではと一瞬焦る。

「ん、いや……これは……気絶してるだけだ。生きてはいる」

「そうか。ほっ……」

 だが、炎の様子を見た将軍の言葉で、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。

 ……いや、本当はほっとするのはよくないのだろうが。

「……」

「あっ……」

 そんな中、よーちゃんは無言ですたすたと倒れている黒仮面に近寄って行く。

 思わずそれを止めようとするも、彼女は迷うことなく黒仮面の側に着くとそのまま腰を下ろし、奴の仮面を剥ぎ取った。


「……え?」

『なっ……』

 仮面の下の素顔があらわになった途端、瓜二つの2人の驚きの声が両耳に流れ込んでくる。

 そして驚愕しているのは俺と将軍も同様であった。

「は……? え……」

「なっ、女の人、だと?」

 気絶している黒仮面の素顔をじっと見つめる。

 それは濡れ羽色のロングヘアの、可愛い顔つきをした若い女性であった。

 目を閉じた状態で、眠るように息をしている。

「この顔、見覚えがあります」

「え? こいつって、確かえーと……」

 目の前の女の顔にはぼんやりと見覚えがあり、名前の候補もいくつか思いつくのだが、どうにも目の前の存在と上手く脳内で結びつかず、確証が持てない。

(いや、うーん……?)

 まるで思考にロックが、あるいは靄がかかったかのような感覚に襲われ、目の前の人物の正体に関する回答が出力されない。

 ……やっぱり名前と顔を覚えるのは、どうにも苦手だ。

『九十九、晶……』

「えっ? あっ……」

 しかし陽さんの言葉が耳に入ったことで、脳内で最後のピースがハマったような感覚が生じる。

 そしてようやく、目の前の存在についてはっきりと確信が持てるようになった。

(沼津の、市長……)

 以前、沼津の駅前で演説をしていた……。

 まるでライトノベルかアニメから出てきたような、可憐で若々しい黒髪ロングの女性の顔が、目の前で気絶している女の顔とピタリと脳内で一致した。

「この街の市長……? あっ、確かにそうじゃんこいつ! いやでも、嘘だろ……?」

 このタイミングで将軍も気付いたようだが、同時に訝しんでもいたようだった。

「これが、黒仮面のオリジナルの正体……? うーん?」

 よーちゃんが疑問の唸り声と共に首を傾げたその瞬間だった。


「なっ!?」

「姿が消えた!?」

 素顔を晒した黒仮面の正体と思しき人物は、俺達の眼前で忽然とその姿を消した。

 ……服も何一つ、残らずに。

 2人の驚きと動揺の声が耳に入る。

「っ……陽さん、この消え方って」

 奴の消え方は、さっきも見たものだった。

 キララさんとは違い服も消えているが、これは。

『……分身体、ってことか?』

 陽さんがそう口にしたところで、周囲の景色が歪んでいき……。


 俺達は、空星さんの家の庭に帰還を果たす。

『「「「……」」」』

「っ……。ここは……」

 ふと見ると、離れた場所にいたであろう空星さんも一緒に戻ってきていた。

 彼女はさっき同様、周囲を見回している。

(さっむ……)

 潮の香りでも、焦げた匂いでもない新鮮な夜風が左腕の素肌に突き刺さり、鼻腔を刺激する。

(疲れた……)

 どっと、疲れた。

 長い……長い夜の戦いが、ようやく終わった。



 正直、この後は死ぬほど大変だった。

 特に制服がボロボロになってしまったことへの言い訳がヤバかった。

 家庭科の授業で制服を焦がした(と言い訳した)ときとは違い、原型をとどめていない。

 原型をとどめていないのは将軍のときもそうだったが、あのときは自分のお金で買った私服だったし、何より替えの服を将軍から借りていたから、自分で新しく買った服だの何だの言ってまあ誤魔化しはできていた。父は小遣いで買ったものの処遇について、あれこれ言ってきたりはしないからだ。

 だが学校の制服、しかも2回目ともなれば話は別だ。怒られるを通り越して、確実に追及される!

 そうなったら隠し通せる自信が、ない!

 そんな訳で、俺は事が終わってすぐに頭を抱えたのであるが、そんな俺に助け舟を出してくれたのが、またもや将軍だった。

 彼は何とブレザーの予備を貸してくれたのである。サイズも同じくらいだし、これなら父も凌げる。

 ほんとマジで助かった。ありがとう将軍!


 ……まぁ、帰りが遅くなることについて連絡を入れず、父からのメールにも気付かなかったので、その件で結局怒られてしまった。これは盲点だった。


 なお制服は後日、自腹でこっそり沼津の商店街にある店まで行って注文し、買い直した。

 お年玉含めた数年分の貯金が丸々消し飛んでしまったが、仕方がない。

 めっちゃ高い授業料だった……特待生でも授業料がかかるとは思わなかったな。

 今度からは何かしらの戦いに備えて、私服持ってくかなあ……とほほ。

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