少女と影編⑨『ペルソナ・プレアデス(後編)』
キララが変貌した「仮面の怪物」に連夜達は立ち向かうも、怪物に連夜達の攻撃は当たらず窮地に陥る。
そんな中、ヨウが新たな力に目覚め……。
さあ、反撃の時間だ。
少女と影編⑨『ペルソナ・プレアデス(後編)』
赤黒い空の下、突然のよーちゃんの治癒魔術と白い発光現象。
それにより俺達は危機を脱し、加えて怪物の動きが止まる。
それに続くように、陽さんとの通信が回復した。
『連夜! ヨウ! 一橋君! ああ良かった……! 通信が突然切れたもんだから……っ!? っ……』
俺達の安否を気遣う陽さんの声が、突然息を呑むような様子に変わったかと思うと、直後苦し気な呻き声に変わる。
「陽さん……?」
『あ、いや……問題ない、大丈夫だ。何だこの景色は……』
だが、そんな不穏な声色は、すぐに何事も無かったかのように消え失せた。一体何だったのだろうか?
「っ……」
そのとき、よーちゃんが苦しそうな声を上げながら、浜辺に両手をつく。
「よーちゃん!」
急いでよーちゃんの下に駆け寄り、そのまま四つん這いの姿勢で苦しんでいる彼女に治癒魔術をかけた。
「あ、ありがとうございます、連君」
よーちゃんは立ち上がり、そのまま服の汚れを払った。
「大丈夫?」
「ええ、ちょっと、さっきので体力を消耗したようです」
そして軽く深呼吸するような仕草をした後、落ち着いた様子で背伸びしていた。
「そっか……それにしてもさっきの力は一体? 治癒魔術、だよね?」
「はい。でも、あれほどの力を出したのは、さっきが初めてです……」
治癒魔術は俺も使えるが、基本的に治せるのは1人だけだ。さっきのよーちゃんのように、複数の人間を治すことはできていない。
(……魔術の力が危機を前に成長した?)
理屈は分からないが、俺も危機に瀕した結果この力に目覚めたわけなので、多分それと同じなのだとなんとなく思った。
「碧! ヨウさん! 怪物が動き出す!」
だが、それ以上思索をしている暇はない。
将軍の切迫する言葉が耳に入ったことで怪物の方を見ると、奴は手で顔を覆う仕草を止め、攻撃の態勢に移ろうとしていた。
『どういう経緯かは分からないが、とにかくあの怪物を倒せばいいんだな? サポートする!』
すっかり調子を取り戻したような陽さんの声を聞いて、俺は少し安心した。
「ありがとうございます。頼みます!」
「了解しました、オリジナル」
よーちゃんの声と同時に怪物から再度空気弾の弾幕が放たれ、再び戦いの火蓋が切って落とされた。
浜辺に砂利が飛び散る音と爆発音が断続的に響き、その合間を縫うように波しぶきと陸風が鳴っている。
そこで奏でられる音色を例えるならば、戦争映画に出てくるような浜辺の上陸戦であった。
戦闘再開と同時に放たれた無数の空気弾を各々いなすと、怪物の姿は再び3体に増える。
「また分身しやがった!」
「ほ、本物はどれだ……?」
3体に分身した怪物はどれも同じ姿と動きをしており、それらの違いで本物を見分けることはできなさそうだ。
「は? 分身……?』
「どれであろうと、まとめて薙ぎ払えば関係ありませんよ! はぁーっ!」
だが、そんな困った事態を前によーちゃんは迷うことなく石柱を宙に召喚し、怪物3体を横から薙ぎ払うように召喚した石柱を浮遊した状態で振り回す!
しかし例によってその薙ぎ払いは怪物を素通りし、怪物達は即座に姿を消した。
直後石柱が地面に落ち、浜辺が若干揺れる。
「消えた……。うーん、もしかして外れを叩くと消える類? っ!?」
よーちゃんが呟いた直後、やはり突然怪物がよーちゃんの真横に出現する。
そして、右腕で殴りかかろうとする!
「よーちゃん!」
「っ、ちっ……ぐうっ!」
またしても生じた不意の一撃だったが、よーちゃんは即座に石柱を召喚し、何とかガードしてみせた。
だが衝撃が大きかったのか、彼女は呻き声をあげた。
『ん、んん……?』
「ヨウさん! てあーっ!」
怪物がもう片方の腕でよーちゃんに追撃しようとしたところで、将軍が炎を纏った拳でインタラプトするも、彼の拳が怪物に当たった瞬間、その姿はまたしても消えた。
「ちっ! 消えやがったな! どこだ……」
姿を消した怪物は、間を置かずに別の場所から再出現し、将軍目掛けて無数の空気弾を放つ。
「うおっとあぶね! だが、避けれてはいるな……」
だが将軍は再出現する怪物の姿を目視できていたためか、それらを何とか回避した。
『消えやがった……?』
「待ってろ将軍! 今!」
2人が消えたり現れたりする怪物相手に一進一退の攻防を繰り広げており、次は俺の番と言わんばかりにそこに加勢しようとしたときだった。
『ちょ、ちょっと待ってくれ!』
突然、陽さんから制止された。
攻撃しようとする手足が止まる。
「陽さん、どうしました?」
『連夜、今怪物はどこにいる?』
どこにいると言われても、目の前にいるとしか言いようがない。
「え? そりゃあ、あそこに」
『そこには『何も居ない』ぞ!? さっきの分身といい、幻覚か何かが見えているんじゃないのか? 何か、身に覚えはないか?』
「……え?」
陽さんの口から飛び出したのは予想にもしない言葉で、俺は一瞬呆然としてしまった。
「……何も居ない? 幻覚? それに……身に覚えって?」
『怪物が、なんか変な技や術の類を使ってなかったか、ということだ!』
「あ、えーっと……」
語気が強い陽さんからの問いを受け、慌てて考えを巡らせる。
すると数秒も経たない間に頭に答えが浮かんできた。
「えーっと……最初にあいつが変な煙を出してきて……あ、もしかしてそういうこと?」
『きっとそれだ!』
「ってこと?」
怪物が最初に放ったガスのようなもの。
身体に異常はなく気にも留めなかったが、ひょっとするとあれに幻覚を見せる作用があって、そのせいで俺達は敵の位置を正確に把握できていないのではないか。
陽さんには正しい敵の位置が見えているのだろうか?
「ぐっ! オリジナル、怪物の場所は!?」
俺と陽さんがやり取りしている合間に、切羽詰まったよーちゃんの声が聞こえてくる。
怪物は再びよーちゃんの方に攻撃対象を変更しており、彼女は再度石柱でガードしていた。
『えーっと、今はお前の後ろにいる!』
「了解!」
俺と陽さんのやり取りを聞いていたであろうよーちゃんは、眼前の怪物には目もくれず、即座に後方へとUターン。
「てあーっ!」
そしてそのまま何もいない真後ろ目がけ、石柱を上から叩きつける。
「――――――――!!!!!」
「なっ……」
すると先程まで何も居なかったはずの場所から突如怪物が現れ、振り下ろされた石柱がクリーンヒット!
石柱と石碑がぶつかる音と、怪物の軋み声とも叫び声ともつかない甲高い音が耳が痛くなるほど強烈に砂利浜に響いた。
「……なるほど。そういうことですか」
自分の攻撃が怪物に当たったのを見て、よーちゃんは数学の解法を心から理解したときのような声色でぽつりと呟く。
「なっ、何も居ねぇとこから怪物が!? こりゃ一体……」
その一方で、少し離れた位置に居たために陽さんの声が聞こえていなかった将軍は、目の前で何が起こったのか把握できていない様子だった。
「……みんな! 俺達はどうやら、何か幻覚、幻術の類にかかってしまってるらしい」
「は? 幻覚……?」
「正確な敵の位置は、オリジナルが確認できるようです。一旦オリジナルの指示に従いましょう!」
「何が何だか分かんねぇが……わ、分かった! その、おれにも怪物の場所教えてくれ! 教えてくれればそっち殴る!」
「あいよ! 陽さん、指示頼む!」
『了解!』
かくして俺達は、陽さんのナビゲーションを基に、怪物への反撃を開始した。
――――――――――。
『北の方向! 一番近いのは連夜だ!』
左耳から聞こえた指示を基に、辺りをグルグル見回す。
「えーっと……」
『そこ!』
「はぁーっ!」
そして合図とともに両腕に力を込めて吹雪を放つと、吹雪に混じるように怪物の姿が現れた。
――――――――――。
『後ろ!』
「了解! てあーっ!」
よーちゃんの両手からマシンガンの如く放たれた石弾は、彼女の後方に潜んでいた怪物に命中し、岩が削れる音が響いた。
――――――――――。
「陽さん! 将軍の前に3体分身が出てるけど、本物は?」
将軍の前方に、3体に分身した怪物が浮遊しているのが見える。
だが……。
『前には何も居ない! 一橋君の後ろに浮いてる!』
「そいつらは幻覚で将軍の後ろにいるって!」
「あいよ! うぉーりゃ!!!」
将軍は即座に身体を180度ターンさせ、そのまま炎を纏った回し蹴りを繰り出す。
すると蹴りは虚空に潜む怪物を捉え、爆発音が響いた。
『2人とも! 今だ!』
「はぁーっ!」
「うぉぉぉぉぁぁ!」
そして将軍の一撃が入ったのと間髪を入れずに俺とよーちゃんが魔術で攻撃!
俺が放った雹交じりの吹雪とよーちゃんの石弾が交錯したその瞬間、それは先ほど同様に別の物……泥混じりの波に変化して怪物に命中した。
「――――――――――!!!」
すると怪物は咆哮をあげ……刹那、周囲の視界が一瞬緑に染まる。
視界の緑色は即座に上から水で洗い流されたかのように流れ落ちていき、元の赤黒い風景に取って代わる。
「ぐっ……今のは?」
周囲をきょろきょろすると、俺同様にきょろきょろしているよーちゃんと将軍の姿が目に入る。
自分の目前で起きた出来事は、どうやら自分だけに起きたわけではないようだった。
「オリジナル、怪物は?」
『君達の正面に居る』
陽さんに怪物の位置を問いかけると、先ほどまでとは違う答えが返ってきた。
「正面ってことは、俺が見えてるのと同じ位置か」
「さっき一瞬、視界がおかしくなりましたよね?」
「幻覚が、解けたってことか……?」
ここにきてようやく俺達は真実の景色を取り戻したらしい。
ゲーム風に言えば状態異常が解除されたと言ったところか。
幻覚の元凶たる怪物を見てみると、身体の各所に小さい黒いノイズのようなものが走っている。さっきまでそのようなものは無かったので、多分攻撃は効いているのだと思う。
『姿を捉えられているならチャンスだ。攻撃を続行しよう!』
「分かった! 皆行こう!」
「あいよ!」
「はい!」
そうやって3人がかりで総攻撃を繰り出そうとした最中、怪物は突如咆哮をあげる。
「―――――――――!!!!」
咆哮と共に怪物の方からひときわ強い風が吹き、思わず身体の姿勢を崩しかける。
「うおぁっ!」
「っ!」
「うわっ!」
俺達が仰け反る中、怪物は両腕を頭部の上に掲げる。
すると怪物が掲げた両手の間に巨大な緑色の魔術陣が出現したかと思うと、その一部が黒色に染まる。
そして黒と緑が混じったサークルの方に吸い込まれるように、周囲から風が吹き始める。
吹き出した風は次第に強くなり、浜辺の砂利や軽いごみも怪物の両手に集まっていった。
「あの構え……」
「大技発動って感じでしょうか……?」
まるで魔術陣目がけて力を溜めているような仕草で、力が溜まり切ったら……。
「何だか知らんがさせっか! 喰らえ! ……ぐあっ!?」
怪物の不穏な動きを妨害しようと、将軍は炎を吹き出しながら怪物に近づこうとしたものの、突如見えない何かに阻まれたかのよう動きが止まり、そのまま後方に吹き飛ばされてしまう。
「畜生! 風があいつ目がけて吹き込んでるから近寄れるかなと思ったが、手前に空気の壁みたいなもんがあって近寄れねぇ!」
『連夜! 奴の動きを!』
「わーった! はぁーっ!」
俺は風に飛ばされないよう姿勢を低くし、右手を怪物に向けて力を込める。
怪物が氷漬けになる様子を頭に浮かべると、怪物を囲むように氷柱が出現!
だが氷柱こそ生成されたものの、そこで氷の進展が止まってしまう。
本来ならそのまま氷が怪物を取り囲むように浸食し、動きを止められると思われたが、予想に反して氷は一向に広がらず、逆に吹き込む強風のせいか昇華しどんどん小さくなっていった。
「駄目だ! 全然凍んねぇ! 動きを止めらんない!」
右手を離すと、氷柱は粉々に砕け散り、残骸は怪物の両手の方へと吸い込まれていった。
『これはまずいな……』
怪物が掲げる魔術陣には、いつしか直径3~4メートルほどの巨大な空気でできた球体が生じていた。空気弾の中には無数の砂利やゴミ、そして黒い魔力らしきものが高速で渦巻いており、それらは轟音と共に無数の衝突音を響かせている。おそらく力を溜め終わるまでそう時間はないだろう。
「ねえ! あれで防ぐってのはどうでしょうか?」
危機迫る中、よーちゃんが指差す方を見る。
『あれは、防潮堤の破片か……?』
そこには、先ほど飛んできた防潮堤の破片が横たわっている。
破片はコンクリート製で、かなり重量がありそうだ。
「ヨウさん! ナイスアイデア! おい碧! 隠れるぞ!」
「分かった! 仕方ねぇ!」
奴の攻撃を阻止する手段が現状ない以上、何とかやり過ごすしかない。
俺達は大急ぎで防潮堤の残骸の後ろに移動した。
『この大きさとはいえ、あの強大な力を食らったら破壊されたり吹き飛ばされたりするかもしれない。連夜! ヨウ! そのブロックを何とか地面に固定できないか?』
防潮堤の破片は今のところ風を受けてもびくともしていないが、陽さんの懸念はもっともだ。
「分かった! やってみる!」
「了解! てぁーっ!」
俺とよーちゃんがそれぞれ破片に手を向けて力を込める。
すると、岩の壁が破片を固定するように出現し、破片を挟み込んでその場に固定する。
続いて岩の壁、破片、砂利浜の隙間を縫うように氷が生成された。
「2人共! 来るぞ!」
破片を縫い付けたところで将軍の声が響く。
それとほぼ時を同じくして、怪物は真上に溜めた空気と魔力が混ざった球体を2つに分け、両手に纏った。
緑と黒の巨大な魔術陣も同様に小さな2つに分かれ、怪物の両掌にそれぞれ現れる。
さらに、怪物の両手に纏われた空気と魔力の塊は、黒い竜巻へと姿を変えていく。
『来るぞ!』
陽さんの言葉が聞こえた瞬間、1対の黒い竜巻達は、俺達が隠れている防潮堤の残骸目がけ、上から撃ちおろすように叩きつけられた!
ガリガリとコンクリートが削られるような音と共に、辺りを凄まじい振動が襲う!
「「うぉぉぁぁぁぁぁ!!!」」
俺とよーちゃんは全力を込め、破片が破壊されないように魔術の力を込め続ける。
力と力がぶつかり合いが続いたが、それがあるところを越えた瞬間、周囲に凄まじい爆発音が響き、視界が一瞬真っ黒に染まった。
「うおあっ!?」
「ぐうっ!」
「ぬあっ!」
真っ暗になったのはほんの一瞬だったが、動揺した俺は思わず両腕で目を覆う。
音と振動が消え、目を塞いだ腕をどかしてみると、俺達を守っていた防潮堤の残骸は、まるで役目を終えたかのように粉々に砕けていた。
砕けた破片は、そのまま砂と氷と共に風によって吹き飛ばされていく。
(怪物は……)
遮るものが何もなくなり、正面には怪物の姿が見える。
奴の両手に宿っていた黒い竜巻は、跡形もなく消え去っている。
「これは……凌げた、のか?」
「っぽい?」
将軍とよーちゃんは、少し気が抜けたようなやり取りをしている。
『……みたいなようだが、来るぞ!』
だが陽さんの警告と共に、怪物は再度両手を上に掲げる。
直後、俺達と怪物を囲むように、螺旋状に高速回転する空気の壁が現れる。
「これは!? キララんときと同じか!」
竜巻の内部に閉じ込められたシチュエーションはキララさんのときと同じだが、取り囲んでいる領域はキララさんのときよりも広く、一部は海にはみ出していた。
「―――――――――!!!!」
そして怪物は咆哮をあげると、その身体の周囲に空気の渦を纏う。
「あのバリアは……っ!」
よーちゃんがそこまで言いかけたところで、空気の渦から何本もの小さな竜巻が触手のように現れ、俺達に襲いかかる!
「っ……これもキララさんのときと同じか!」
『多分そうだろうな』
竜巻の触手を躱すと、怪物を覆う竜巻から無数の黒い魔弾が飛来!
すかさずそれらを吹雪で相殺する。
「ならっ! 将軍!」
「わーってる! あれはもう分かってる!」
将軍は火炎放射を利用して浮遊し、竜巻と魔弾を躱しながら見覚えのあるバリアに接近!
「すぉぉぉりゃ!」
そして迷うことなく右腕を向け、そしてシャウトと共に火炎放射!
空気の渦は炎に包まれ、怪物は苦しそうな仕草をしたかと思うと、空気の渦は破裂!
すぐさま辺りに炎の塊がいくつか飛び散り、木が焼ける香ばしい匂いが辺りに漂う。
ここまでの流れにおいて先の戦いとの違いをあえて挙げるならば、空気の壁に巻き込まれた海水のせいか、焦げ臭い匂いに混じって潮の香りが漂っていた。
「どりゃーっ!」
バリアが消えた直後、将軍は浮遊したまま赤いオーラを身に纏うと、そのまま怪物目掛けて急接近!
そしてそのまま、炎を纏った拳の一撃を食らわせた。
「――――――――――!!!」
岩に何かがぶつかる音とともに、怪物が咆哮をあげる!
「ビンゴ!」
「ナイスぅ!」
同じ戦法が通用するのを確認した俺達は、すかさず追撃の攻撃を放つ。
「いくよ連君! はぁぁぁぁぁ!」
「あいよ! うぉぉぉぉぉ!」
よーちゃんの合図の言葉と共に俺は両腕を怪物に、よーちゃんは怪物の正面方向の地面に両手を構え、渾身の力を込める。
刹那、俺の両手から青いサークルが出現し、よーちゃんの正面の地面からは怪物の方向に黄色いサークルが出現!
そしてそれぞれのサークルから吹雪混じりの巨大な氷塊と、鋭利な岩山が現れ、それらが交錯する。
氷塊と岩塊が衝突した瞬間、それは再度巨大な泥の波に変化し、怪物に勢いよく衝突!
そしてその刹那、怪物の身体を構成する石碑に一部クラックが入り、さらに身体の各所に黒いノイズがジリジリと現れ始めた。
『いいぞ! これは効いてる!』
陽さんの歓喜の声色を耳にして、ほんの少しだけ心が安らいだ気がしたものの、戦いはまだ終わっていない。
「――――、――――、――――!!!」
「ぐぁっ!」
「っ……」
「うるせっ!」
『くっ……』
ダメージを受けたであろう怪物から耳をつんざくような馬鹿でかい高音が鳴り響き、思わず耳を塞がずには居られなかった。すぐそばに集まっていた2人も同様に耳を塞いでいる。
その高音は、ダメージを受けた怪物の苦悶の声であろうか。
そしてその音を発した怪物はというと、再び両手をあげ、緑と黒が混ざったサークルを出現させる。
風が、再び怪物の頭上に流れ込む。
「風の流れが……」
「またさっきの技か!」
将軍は両肘を上方に曲げると、左脚を前に出し、右拳を後方に、左拳を前方に構えるポーズをした。
「周りがこれだと、喰らって吹き飛ばされたら一巻の終わりですね……」
「っ……」
よーちゃんは風によって顔に当たった三つ編みを手で払う。
彼女の言葉を耳にした俺は、無意識に左腕を押さえていた。
『どうする? 今度は防げるようなものがないぞ?』
さっき使った防潮堤の残骸のような、攻撃をしのげる物体は竜巻の中に存在しない。
「将軍、アイツの炎の状態はどうなってる?」
ここで俺は将軍に怪物の生命の炎の状態を尋ねる。その間も怪物は力を溜め続けている。
「だいぶ弱まってる! 多分もうちょいで倒せる!」
「つまりこれは、悪あがきってことですね」
俺達に奴の攻撃を防ぐ手立てはない。攻撃を食らえば、全滅は必至。
一方で奴も満身創痍であり、攻撃を当てることさえできれば勝機はある。
「そうか……なら、こうなったら発動する前にやるしかねぇ! 行くぞ!」
こうなったらやることはただ一つ。
やられる前に、やるだけである。
『連夜! 攻撃を当てる手立てはあるのか? さっきは近寄ることもできなかったんだぞ?』
陽さんの疑問はもっともである。
怪物の周りには空気の壁があり、そのままでは近寄れない。
凍らせて、動きを止めることも叶わない。
「うーん……」
熟考する時間はない。
(考えろ、考えろ、考えろ……)
思考を巡らせる……。
「一橋君が炎で突撃して、私が重い石柱で後ろからそれを押すことで空気の壁を突破する、というのはどうでしょうか?」
……良さそうなアイデアが、よーちゃんの口から飛び出す。
「なるほど石柱を足場にするのか!……ただそれだと、よーちゃんが飛ばされないか?」
だがすぐに、それは実質的に将軍とよーちゃんが一体になって突撃しているのと同じで、空気の壁の問題は解決してないのではないか、と脳裏によぎる。
『それならヨウを氷柱で固定するのはどうだ? 足元は砂利で不安定だから、君の懸念はもっともだと思う』
奴を凍らせて動きを止められないのなら、逆にこちらを凍らせて動かないようにしてしまえばよい。
まさしく、逆転の発想。
「ナイス2人とも! それで行こう!」
「あいよ! おれ行きます! ヨウさん、合図頼む!」
「はい!」
やはり複数人がいると、1人では出てこないようなアイデアが出てくるものだと痛感せずにはいられない。
なお自分で作戦を思いつかなかったことや、2人が考えた作戦を採用することについて、俺は迷いや葛藤を抱くことはなかった。懸念こそあったものの即座に改善されたし……何より3人の強みを生かした案を即座に編み出したよーちゃんと陽さんを、俺は純粋にすげぇや、と思ったからである。
「それじゃ、3、2、1、ゴー!」
「はあーっ!」
怪物が力を溜め続けているなか、よーちゃんの合図で将軍が左腕から炎を噴き出して飛行!
炎を纏った右拳を前方に突き出した格好で、怪物に向かって突撃していく!
すると先ほど同様、怪物の周囲を取り巻く空気の壁に進行を阻まれるが……。
「てあーっ!」
そこでよーちゃんが石柱を召喚し、右腕を突き出したポーズのまま空中に留まっている将軍を後ろから押すように、石柱の断面を押し当てる!
『今だ連夜!』
「うおりゃーっ!」
そして陽さんの合図に合わせ、俺はよーちゃんの足元目掛けて力を込める。
するとよーちゃんの後方を囲むように氷柱が出現し、彼女の身体が動かないよう支えた。
「将軍! いっけぇーっ!」
「いっけーっ!」
渾身の力を込めて浮遊する石柱を将軍の足裏に押し当てるよーちゃん。
そしてそんなよーちゃんが飛ばないよう、俺は氷を生成し続ける。
「うおおおぉぁぁぁぁっ!」
そしてそんな2人に押された将軍の渾身の一撃が空気の壁を突破した瞬間が、ようやく訪れる。
それは怪物が力を溜め終え、両腕に漆黒と殺意に満ちた竜巻を纏うまでの……一瞬の間。
怪物の空気の壁がその瞬間だけ僅かに綻び……その隙を、大切な人を救わんとする炎の魔人の一撃が見逃すことはなかった。
「キララーッ!!!」
正義のヒーローが必殺技のパンチを繰り出すかのような体勢のまま空中で静止していた将軍は、突如渾身の叫びと共に勢いよく空気の壁を貫き、石柱によって押し出されるように前へと発射される。
そしてそのまま、右腕の炎の一撃を弾丸の如きスピードで奴の頭部に命中させる!
「――――――――!!!」
将軍の渾身の一撃が奴の頭部を粉々に吹き飛ばした瞬間、怪物の断末魔と思しきノイズ音や爆発音と共に、周囲の景色がグニャグニャと揺らぐ。
そしてそのまま、視界が真っ白に染まっていった……。
気が付いたときには、周囲の景色は元の空星さんの家の庭に戻っていた。
冬の夜の寒さが、露出した左腕に染みる。
「キララ! しっかりしろ! キララっ!」
見ると、正面にはキララさんが倒れており、それを将軍が抱き起こそうとしているところだった。
キララさんの右腕を見ると、腕輪は無くなっていた。
(戻ってきた、のか……?)
周囲を見回すと、空星さんとその両親に対し、先ほど出したのと同じような大きい白いサークルを出現させ、治癒魔術をかけるよーちゃんの姿が見えた。
「う、ぐ……」
「キララッ!」
将軍に抱き起こされたキララさんが意識を取り戻したようだ。
俺は咄嗟に、彼女に治癒魔術をかける。
「キララ……なんで、こんなこと……」
「アタシは……居場所が欲しくなってしまったんだよ。晴斗と一緒に並んでいられる、居場所が……」
「っ! ……」
傷が癒えたキララさんは、将軍の嘆くような問いかけに答える。
その切実な「答え」を聞いた将軍は、思わず息を呑んだようだった。
「アタシは晴斗と一緒にいるための居場所が欲しかったんだよ。一人の人間『星空キララ』としての、居場所が」
キララさんは意気消沈したかのような声色を発する。
それを無言で聞いていた将軍であったが、意を決した様子でこう切り出した。
「なぁ、キララ。居場所だけどさ。おれと一緒に作らねえか? 無いもん同士でさ」
将軍は右手でキララさんの左手を掴み、そのまま立ち上がろうとするも、キララさんは首を横に振る。
「そんなの、無理だよ……今更」
キララさんは起こされて座り込んだ姿勢のまま、倒れている空星さんとその両親を一瞥した。
だが将軍はキララさんと同じ方を向いた後にこう続ける。
「空星さん達には、おれの方で頭下げる! もしだめだってんなら……おれの家に来い! 部屋くらいはある!」
「そんな! でも……」
「生活費だって、何とかする方法がきっとあるはずだ! だから……」
それでもキララさんは、立ち上がろうとはしない。
彼女の左手は、腰を曲げた姿勢のまま立っている将軍の右手が離していない。
「……」
「おれが高校出たら、部屋でも借りて2人で暮らすのだって」
ここでキララさんは、将軍の右手を逆にぐっと引っ張る。
将軍は転ばないように腰を下ろし、2人の目の高さが合う。
「でも、アタシは、人間じゃないんだよ!? オリジナルの影でしかない、偽物の存在なんだよ!?」
「人間だとか人間じゃないとか、本物とか偽物とか、そんなのおれにとっちゃどうでもいいんだよ!」
将軍の空いていた左手が、キララさんの右肩にそっと触れる。
「お前はおれの中では、もうかけがえのない存在になっちまってんだよ!」
「っ!」
キララさんの身体が、若干震えたように見えた。
「だから何とかしたいんだよ! 大切な人を守るために、おれは出来ることは何だってするよ……」
キララさんにそう告げた将軍は、左手をキララさんから離すと、そっと俯く。
大切な人を守るためなら、何だってする。
その言葉を聞いた俺はというと……。
(そうだよな、やっぱそうだよな。将軍はキララさんの方が本当に大好きなんだろうな)
という気持ちと同時に……。
(何だってする、か……)
俺とよーちゃんと対峙したときの殺気だった、されど物哀しかった「炎の魔人」の姿が頭によぎった。
「どうして、アタシのことをここまで助けようとしてくれるの? 優しすぎるよ陽斗は……」
俯く将軍に対し、キララさんは今にも泣きそうな声で問いかける。
すると将軍は、俺の方を向いてこう呟いた。
「さあな、どこかの馬鹿正直な誰かさんに中てられちまったのかも」
将軍は再度キララさんの方を向く。
「それにどこにも居場所が無いってのは、おれも同じだから」
将軍は再び立ち上がる。
再度、将軍がしゃがむキララさんの手を引く構図になる。
「碧や陽さん、ヨウさんだっているんだ。もしもおれ達だけでどうにもならないなら、学校ん先生にだって相談する! だから、その、キララ……」
将軍は両腕をあちこち動かしながら必死に思考を巡らせ、言葉を紡いでいく。
するとその思いが届いたのだろうか。キララさんはゆっくりと立ち上がる。
「……分かった。ごめん、晴斗。そして、ありがとう……」
涙声のキララさんは、そのまま将軍の胸に顔を埋めた。
「キララ……」
そして将軍は両腕を彼女の肩の後ろに回す。
「晴斗……う、うぅ……」
2人はそのまま、互いに抱き合う姿勢を取った。
「……一件落着、でしょうか?」
ここまでの様子を無言で見ていた俺のそばに、空星さん達の治療を終え、同じく2人のやり取りをじっと見つめていたよーちゃんが近付いてきた。
『まぁ、本当はこれからが大変なんだが、ひとまずは彼女が助かり、空星さんの家族も無事で何よりだ』
「だな……はぁーっ、良かった……」
俺は無意識に、大きな溜息をついていた。
身体の力が抜けていく……。
大変なことになってしまったが、ひとまずは落ち着いた感がある。
陽さんの言う通り、まだ何とか立て直せるだろう。
そのときには当然俺達も当事者として、そして友人として2人を手助けしたいと、そう思ったのだった。
その後、2人が抱き合ってから1分くらい経ったときであろうか。
抱きついていた将軍とキララさんだったが、先に将軍の方が顔を上げる。そしてそれに続くようにキララさんも顔を上げ、互いの目が合う。
「さ、まずは空星さんと話し合いだ!」
「うん! 分かった! はる――」
だが、キララさんの言葉はそこで途切れた。
「ゔ……――」
突如、何かが突き刺さるような鈍い音が辺りに響き……キララさんの呻き声が聞こえたかと思うと、彼女の身体が一瞬跳ねる。
そしてそのまま、将軍に抱きついていたキララさんはもたれかかるように将軍の胸に倒れ込むと、彼女の両腕は力なく垂れ下がった。
「「っ!?」」
『なっ……』
……キララさんの後頭部、首と頭の境目に1本の黒くて細い棒が突き刺さっている。
「は……? ……炎が……消えた……?」
後頭部を棒……おそらく矢か何かで貫かれて動かなくなったキララさんの姿を見た俺の脳裏には、目の後ろをアイスピックで突き刺され、一撃で締められた魚の姿が思い浮かんだ。
(急所を、一撃……)
そして数秒も経たぬ内に、キララさんの姿が消える。
……この光景は、見たことが、ある。
『ぁ……』
「っ……」
陽さんとよーちゃんの息が漏れる音が聞こえる中、キララさんが着ていた服は人の形を留めることができなくなり、地面へと広がる。
そして将軍の右掌には、キララさんが付けていた髪留めのシュシュがぽとりと落ちた。
「キララ……?」
将軍は呆然とした様子で右手に落ちたシュシュを見つめたまま、微動だにしない。
「……っ!? 連君! あれ!」
突然の出来事に、正直俺も頭が付いていけてなかったが、ここでよーちゃんの切羽詰まった声を聞いて我に返る。
よーちゃんが指差す先、さっきまでキララさんが立っていた屋根の上を見ると、そこには。
「っ! 怪人、黒仮面……!」
右手に黒いボウガンを携えた、怪人:黒仮面が立っていた。




