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少女と影編⑧『ペルソナ・プレアデス(前編)』

キララと連夜達の戦いの最中、突如キララが身に着けていた腕輪の力が暴走し、キララを飲み込んでしまう。

そしてそこに現れたのは、仮面のような頭部を持った異形の怪物だった。

赤黒い空の下、「キララだったもの」は連夜達に襲い掛かってくる――。

少女と影編⑧『ペルソナ・プレアデス(前編)』

 眼前を覆っていた黒い視界が晴れたとき、周囲の光景は一変していた。

「あれは……?」

「何だよ、おい……?」

 将軍とよーちゃんの声が聞こえる。

 その声色には困惑と動揺の色が含まれている。


 周りの景色は、先ほどと同じ千本浜海岸。

 だが先ほどまでの地面を昼間のように明るく照らす綺麗な満天の星々は姿を消し、空は赤と黒のグロテスクなマーブル模様で塗り潰されていた。

 辺りは赤黒く照らされており、正直いって目に悪い。

(んだよこりゃ……)

 そして先ほどまでキララさんがいた場所、防潮堤の近くはというと。

(んだよ、ありゃ……!)

 そこには見たことがないもの……異形の存在が浮遊していた。


 ――その姿を一言で表すなら、石碑に手と頭が付いたような存在だ。

 独楽のような形をした茶色い台座の上に、高さ4、5メートルはあろうかという台形型で灰色の石碑が乗っかっている。

 石碑には星座のような模様が刻まれており、台座には水晶のような構造物が複数付いている。

 台座含めた全体の高さは6メートルくらいで、地面からこれまた1~2メートルほど宙に浮いている。

 浮遊する石碑の両側には銀色の腕のようなパーツが1つずつ浮いており……それはゲームか何かに出てくる機械、もしくはロボットのような質感だった。

 5本の指がついた手と思しき部位は、拳を握ったり離したりするような動作をしきりに繰り返している。

 そして石碑の真上には、銀色の欠けた金属の輪っかのようなものをいくつも組み合わせたパーツが浮いており、その中心には赤く光る石のようなものがはめ込まれていた。

 その風貌はまるで仮面のようで、おそらくこれが頭部……だろう。

(仮面の……化け物……?)

 頭部のような部位をよく見ると、大きさこそ違うものの、先程までキララさんが付けていた腕輪と似た意匠が見られる。というか腕輪が巨大化して、そこにいくつも輪っかのようなパーツが付いたような感じで、それが仮面……頭部を形成しているようだった。


「キララが……キララが化け物に……」

 先ほどまでキララさんがいたところに、入れ替わるように出現した異形の存在。

 つまりはそういうことなのではないか。

「そんな……! オリジナル!! ……オリジナル?」

 よーちゃんが陽さんを呼ぶ声が、無線越しに聞こえる。だが返事はない。

「連君! オリジナルと連絡が取れません!」

「っ……通信機が壊れたのか?」

 将軍との戦いでは衝撃で通信機が機能しなくなったため、俺は先ずその点を疑う。

「いえ……通信機自体は問題なく動いているようです。現に私と連君とで通話できてます」

「言われてみれば、確かに。ってことはあの化け物の影響か……?」

「多分、おそらくは」

「そうか……」

 空間の様子が変わったことといい、おかしなことが起こりすぎだ。

 俺は再度怪物の方を見る。

 怪物はその場で浮遊したまま、両手を不気味に握ったり離したりしている。


 だが、その手の動きは、突然不意に止まる。

「――――――!」

 そして怪物は声とも音ともつかないような咆哮をあげると、右手を俺たちの方に向ける。 

 直後、向けられた手からは白い空気弾が発射される!

 空気弾は破裂すると無数の小竜巻と化し、俺たちの方に向かってきた。

「なっ、ヤバい!」

「ちっ!」

 俺とよーちゃんは別方向に飛び跳ね、竜巻を避ける。

「……」

 将軍はというと、無言で攻撃をかわしていた。

「――――――!!!」

 怪物は、再度咆哮をあげる。。

 今度は左手から、縁が白く光った黒いキューブを複数個放り投げてくる。

 この攻撃には……見覚えがあった。

「あれは、黒仮面の!」

「ちっ!」

「っ……」

 三者三様の動きでこれを避ける俺達。

 黒いキューブは赤黒く照らされた砂利浜に転がり落ちた途端に爆発し、これまた縁が所々白く輝く黒い球形の爆風と共に砂利浜をえぐり取った。

「――――――――!!!」

 更に怪物が両手を上に掲げたかと思うと、怪物の近くにあった防潮堤が鈍い音とともに破壊され、その残骸……長さ3、4メートル程度の巨大なコンクリート片が宙に浮かんだ。

「なっ……」

 そしてそれらは、突風とともに浜辺にいる俺達の下へと飛んできた。

「うおあっ!?」

 当然、慌てて避ける。

「あっぶな……」

 よーちゃんの焦った声が左耳から聞こえたと同時に、巨大な何かが砂利浜にぶつかる音と振動が響く。

 ……俺達は、何とか極めて暴力的な質量攻撃を回避した。

 浜辺には不格好なコンクリートでできた巨大物体が横たわっている。


 気が付くと、俺達3人は自然と一箇所に集まっていた。

「――――――!!!」

 防潮堤の一部を飛ばしてきた怪物は、相変わらず防潮堤の近くで浮遊しており、間髪を入れずに両腕から空気弾を飛ばしてくる。

 それを3人で並んで走って避けた。

「キララ……」

 将軍は逡巡しているようだ。

「……将軍。もうこりゃ、やるしかねぇよ」

 だが、このまま避け続けるだけではジリ貧だ。

 俺は走りながら、将軍にいの一番に切り出した。

「っ! でもよぉ!」

 俺の主張に対し、思った通りの反応が返ってくる。

「あっちはやる気なんだ、『相手が殺す気できていたら、絶対に躊躇っちゃだめ』なんだよ……」

 だから俺は、李緒さんからの受け売りを将軍に伝えた。……自分の中でも言い聞かせた。

「っ!……ちくしょう!」

 将軍の叫びが、深紅に染まった浜辺に響いた。


 俺と将軍が言葉を交わし、そして砂利浜に爆発音と砂利がバラバラとぶつかる音が絶えず鳴り響く中――。

「……キララさんの腕輪から出た何かがキララさんを飲み込んで、その後あの化け物が現れた」

 同じく並走するよーちゃんはというと何かを考えているようで、左耳からぶつぶつと独り言が聞こえてきた。

「……あれは腕輪が変化したもの? ……もしかしたら」

 ここでよーちゃんは突如立ち止まると、怪物の方に体を向けた。

 それを見た俺と将軍も立ち止まる。

「一橋君! あの……化物の命の炎ってどういう風に見えますか?」

 よーちゃんは将軍に尋ねる。

 その間もリアルタイムで怪物が空気弾を放ってきていたが、俺は彼女の言葉を妨げないように無言でそれらを吹雪で1つ1つ打ち消した。

「っ! 炎は……2つ見える。キララのときに見えてたオレンジの炎と、別の色……緑色の炎が見える」 

「炎が2つ?」

「ああ! オレンジの炎の方は、今にも緑色の炎に飲み込まれて……かき消されそうになってる……」

 将軍は見たままの様子を、そのままよーちゃんに伝えたようだ。

「そうですか……てあーっ!」

 するとその言葉を聞いたよーちゃんは即座に石柱を召喚し、怪物目掛け発射!

 唐突に放たれた手早い判断の産物は怪物の胴体、石碑にクリーンヒット! そして砕ける!

「――――――――!!!」

 着弾と同時に鈍い音が響き、怪物は咆哮をあげた。

「なっ!? ヨウさん!」

 将軍は動揺する。

「今炎はどうなりました!?」

「えっ……」

「怪物の、2つ見えてる炎はどうなりましたか!? はぁーっ!」

 だがよーちゃんは割り込むように大きな声で将軍に再び問いかけると、今度は両手を二丁拳銃のように構えて左右から次々と石弾を召喚して発射!

 空気弾や黒い魔弾を避けながらの早撃ちは、またしても怪物の各所に命中する!

「――――――、……」

 それまで猛攻を仕掛けてきていた怪物の動きが怯み……そして止まった。攻撃の手が、止む。

「炎は」

「ほ、炎は! ……緑の炎が、少し弱まった……と思う。オレンジの方は……今の攻撃で変わった様子はねえ……と思う」

 2度目の攻撃を見て、ようやく将軍はよーちゃんに答えることができる。

(もしや……)

 そして俺は、ここにきてよーちゃんの質問の意図を理解できた。

 オレンジの炎は、おそらくキララさんの命の炎で、そして緑色の炎は、怪物の命の炎。

 攻撃で弱まるのが怪物の炎の方だけだとしたら……。

「えーっと……あの化け物をどうにかすれば、キララさんを助けられるかもってこと? よーちゃん」

「ビンゴ! 流石連君、分かったみたいだね」

 よーちゃんはウキウキな様子で俺にサムズアップした。

「本当に、そういうことなのか!? でも……いや、どっちにしろどうにかしなきゃ、碧の言う通りおれ達がやられるだけだ! ……可能性に賭けるぜ! ヨウさん!」

 将軍はよーちゃんの策にベットする。

 それを聞いたよーちゃんは、将軍に対してもサムズアップをした。

「よし! 行くぞ碧! ヨウさん!」

「ああ!」

「はい!」

 俺達3人は怪物と改めて相対する。

 将軍が、一歩前に踏み出す。

「――――――――!!!」

 先ほどのよーちゃんの攻撃で動きを止めていた怪物が、再度動き出す!

 辺りに一際、強い風が吹く。

「待ってろキララ! 今、助けてやるからな!」

 赤黒い空の下。仮面の怪物との戦いが、幕を開けた。


「てあーっ!」

 まず最初に動いたのはやはりよーちゃんであった。

 だが、一撃を加えようとした直後――。

「――――――――!!!」

 怪物は突如大きな声で咆哮!

 同時に、両手からものすごい勢いで緑色の煙らしきものを噴出!

 いかにも毒々しい色をした煙は陸風に乗り、浜辺の俺たちの方に流れる!

「なっ!?」

 動揺するよーちゃんの声が左耳から入ると同時に、煙が俺達を包みこんだ。

「うおあっ! ぬおあっ……!」

 煙が目に染み、更に鼻から入り込む。

 タマネギを切ったときのような目への刺激と、虫刺され薬に入っているアンモニアのような鼻への刺激を同時に受け、思わず目を閉じ悶絶してしまう。

「くうぅ……えほっ、えほっ……」

「えほっ、えほっ! んだこれっ! 畜生!」

 よーちゃんも将軍も悶絶しているようだ。


 しばらくすると煙は消え去り、視界が晴れる。

 すると、先ほどまであった不快感も瞬く間に消え去った。

「大丈夫ですか!? 2人とも!」

 いち早く復帰したのか、よーちゃんが心配そうに声を掛けてきた。

「な、何とか……」

「何だったんだ、ありゃ? 毒ガスかなんかと思ったが……とりあえずは大丈夫みてぇだな」

 不意にヤバい攻撃を受けてしまったのかと思いきや、目眩ましか。

 念のため身体に治癒魔術をかけてみるも、何も起こらなかった。

「ちっ! 小賢しい真似しやがって!」

 将軍は苛立ちの声とともに右手に炎を纏うと、そのまま左手から炎を噴出!

 その反動で飛翔しながら怪物目掛けて飛び掛かる!

「キララを……返しやがれーっ!!」

 将軍の炎の拳が怪物の頭部にクリーンヒットするかに思われた、そのときだった。


「なっ!?」

 確かに、命中したはずだった。

 位置的に、当たっていたはずだった。

「当たってない!? どういうこと?」

 左耳から動揺の声が聞こえる。

 飛び掛かった将軍の身体は炎ごと怪物の胴体をすり抜ける。

 炎の一撃は、怪物の後方の防潮堤に直撃した。ボォンと炎が一瞬広がり、消える。

「ち……」

 将軍の方を見ると、何とか段差に着地したようだが、苦しそうな表情で怪物を睨みつける。

「連君! 攻撃を!」

 だが困惑している時間はない。

 よーちゃんからの指示を受け、俺は間髪入れずに怪物に両手を向け――。

「はぁーっ!」

 力を目いっぱい込めてシャウト。

 両手の先から大きな青いサークルが出現し、巨大な氷が雹交じりで発射される。

「てやーっ!」

 そしてそれと若干ずれたタイミングで、左耳からシャウトが聞こえる。

 俺のいる方向とは少しずれた位置から巨大な岩塊が怪物めがけて飛来して行くのが見えた。

 雹交じりの氷塊、そして岩塊は時間差で怪物に到達するも――。

「「なっ……」」

 今度は怪物の姿が一瞬で消えた。

 姿がぼやけたり、徐々に透明になったりといった予兆もなく、本当にふっと消えた。

 それはまるで、陽さんがよーちゃんを消したときのように。


 俺達の攻撃はそのまま後ろの松林へと飛んでいき――。

「っ、ヨウさん! 後ろっ!」

 そして次の瞬間、何とか立ち上がろうとしている様子だった将軍から叫び声が聞こえる。

「ぐぁっ……!」

 そして即座によーちゃんのうめき声が響いた。

 よーちゃんの方を見ると、さっき姿を消したはずの怪物が浮遊しており、よーちゃんはというと、うつ伏せに地面に倒れ伏していた。

「よーちゃん!」

 おそらく不意打ちを受けたのだろう。

 俺は南側、よーちゃんの倒れている方に向かおうとするが……。

「こんのーっ!」

 将軍が横から炎を吹き出しながら飛翔し、横から怪物に一撃を加えようとする光景が繰り広げられる。

「なっ……ぐあっ!!」

 だが怪物は再度姿を消し、そして将軍の真後ろに現れたかと思うと、将軍に一撃を加えて吹き飛ばした。

「ごぉっ……」

「将軍!」

 将軍は炎を吹き出しながら飛ばされ、浜辺に勢いよく背中から落ちて叩きつけられた。

「ちぃっ!」

 俺は両手を身構えながら、将軍に一撃を食らわせた怪物に対して吹雪を放ち、凍らせて動きを止めようとした。

「はあっ!?」

 だが吹雪が当たる直前、何と怪物はいきなり3体に分身した。またしても何の予兆も無しに。

 吹雪は分身した怪物の内1体に当たるも、3体の怪物達は即座にすうっと姿を消した。

(どこだ……?)

 俺は周囲を見回すも――。

「っ!? ぁ……!」

 突然身体の左側から何かをぶつけられたような衝撃が発生し、身体が右側、海の方へと吹き飛ぶ。

 そのまま受け身を取れず、海沿いの砂利辺に右半身から突っ込んだ。

「ぅ……」

 擦り傷によって痛みが走る身体にムチ打ち、上体を起こして左の方を見ると、そこにはさっきまで姿を消した怪物が浮遊している。

 怪物は1体に戻っている。

 即座に俺は、奴の腕によって叩かれたのだと理解する。


 何かがおかしいことは、明白だった。

「何なんだよ、こいつ……。……」

 うめき声を上げる将軍は、立ち上がろうとするも身体を打った影響か、身動きが取れていないようだった。

「……」 

 左耳からはうめき声とも唸り声ともとれる、初めて聞くような低く、そして弱弱しい声が波の音と共に聞こえてきている。

 そして当の俺自身はというと……。

「ぐぅぁ……」

 怪物の手によって起こした身体を再び浜辺に押し付けられ、身動きが取れない状態になってしまった。

 俺は大根おろし器にかけられたダイコンの如く、赤く染まった浜辺にじょりじょりと身体を沈められていく。

「ぐぅぅ……」

 俺は浜辺を氷で覆い、何とか顔を砂利に押し付けられないよう抵抗するも、それ以上の抵抗はできず、相変わらず身動きが取れなかった。

 顔の右半分を地面にできた氷に押し付けられ、そのままツルツルとしきりに擦り倒される。

「み、んな……。ぅぅ……」

 その最中、左耳の低音が、か弱い少女の声に変わる。

「……リジナル……」

 そしてそれは、いつもよく聞く声に変わる。

「陽!!!」

 よーちゃんの叫び声が、左耳に強く聞こえたそのときであった。


 眼前の砂利が、突如真昼のように白く輝き出す!

 視界が一瞬、真っ白に染まる。

「ぁ……?」

「――――――!!!!」

 怪物は突如現れた光によって仰け反り、俺はようやく圧迫から解放された。

「――――――……」

 何とか起き上がって怪物の方を見ると、怪物は両手を頭と思しき部位に当て、まるで苦しそうな……光を遮る仕草をしていた。

「何だ、こりゃあ……」

 輝きだした浜辺から白い粒子のようなものが溢れ出し、それはよーちゃんを中心に半径100mほどの範囲に集まっていく。

 そしてそれらは、巨大な白い円形の魔術陣……サークルを形成した。

 俺達3人は、巨大なサークルの上に乗っている。

「これは……? はぁーっ!」

 よーちゃんが叫ぶと、白いサークルから再び白い粒子が溢れ出し、それは俺達の身体に流れ込んでいく。

 ……この感覚は、覚えがある。

「っ、っぅ……」

 見る見るうちに身体の傷が癒えていき……俺は何とか立ち上がることに成功した。

 ふと見ると、将軍も、よーちゃんもゆっくりと立ち上がっていく。

「これは一体……」

 よーちゃんは不思議そうな様子で両手を見ている。

「た、助かった、のか?」

 将軍は肩をグルグルと回している。先ほどまで身動きが取れていなかったのが嘘のようだ。 

 そしてそのことを確認できた直後、白いサークルは役目を終えたかのようにすうっと消えた。


『――い! おい! 聞こえるか!?』

 そしてそれに続くように左耳から一瞬ノイズの様な雑音が聞こえたかと思うと、そこからまた低い声……。

「ぁ、陽さん!」

 こちらは聞き覚えのある声だ。

 それがやっと、聞こえるようになった。

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