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少女と影編⑦『将軍の決意』

キララを説得しようとする晴斗であったが、キララは耳を貸さない。

――もはや対立は避けられない。

少女の『影』との戦いが、幕を開ける。

少女と影編⑦『将軍の決意』

 白く染まった視界に色がついていくと、そこは見覚えのある浜辺だった。

 空は先程までと同じように真っ暗だが雲は一つもなく、不自然なほどキラキラと輝いた星に満ちている。

 ――こんな満天の星空を、俺は直接見たことがない。

 星の光が漆黒の世界を明るく照らし出している。

 肌に当たる風は冬の寒空のそれとは異なり生暖かい、真夏の夜の風だった。風は陸から海の方……右から左へ吹いている。

(ここは……)

 左手には海が広がり、波が打ち付ける音が響いている。

 足元は一面砂利だらけで、ところどころに木片やビニール袋の破片らしきゴミが散乱している。

 そして右手には、コンクリートの防潮堤が奥へ奥へと続いている。防潮堤を超えたところには松林があり、更に遠くには山々が見えているが、それらはいずれも低解像度のポリゴンモデルのような質感で、ギラギラと輝く星空に対して不釣り合いな安っぽさだった。

「ここは……千本浜……」

 風が吹く音と波が浜辺に打ち寄せる音が響き渡る中、将軍がぼそっと呟く声が聞こえる。


 千本浜海岸。沼津駅から一番近い海岸で、裾野市生まれの俺にとって一番身近な海岸だ。幼い頃、まだ母が健在だった頃に時折家族4人で行った覚えがある。

 ちなみに海岸とはいうものの、砂浜ではなく丸い砂利ばかりの浜辺で、地面に木の棒で何か書いたり、砂のお城を作ったり、砂に埋まったりといった体験はできない。フィクションでそういう遊びがあることを知り、楽しみにしていた小さい頃の俺は大いにがっかりした記憶がある。

 ちなみにもっと南の方、内浦(うちうら)と呼ばれる地域には砂浜があるらしいのだが、残念ながら行ったことがない。


「海……か」

『これが彼女の……。こんなときじゃなきゃ、綺麗な星空と海で、悪くない風景だと思うんだがな』

「そうですね。キララさんは……っ。いました!」

 俺の右側のすぐそばにはよーちゃんが、左側の少し離れた所、海の側には将軍が立っている。

 そして正面奥には、キララさんがふわふわと宙に浮いていた。浮いている高さはざっと1メートルほどで、彼女の周囲には木片や軽そうなゴミが漂い、忙しなく飛び交っている。どうやら風の力で浮遊しているようだ。

 加えて彼女の身体には、いつの間にか緑色のオーラが現れていた。

「なあキララさん、本当にまじで、やめてくれないか?」

 俺は離れた位置にいるキララさんに呼びかけてみる。

「……」

 すると彼女は無言で右手を俺に向け、そして突風を放ってきた。

 風は浜辺にいくつも落ちている小さな木片を巻き込み、真っ直ぐ俺に向かってくる。

「ぐうっ……」

 咄嗟に防御魔術を纏い、優しい陸風とは異なるそれを真正面から受け止める。足元に無数に積み重なっている丸い砂利のせいで体幹が不安定になるが、両腕で目を守りながら何とか耐えた。

「これは、あからさまに拒絶されてますね……」

 俺と同じく風を受けたよーちゃんは、眼鏡を右手で押さえながら苦しそうな声色を発する。

 三つ編みが風を受けて鞭のようにびゅんびゅんとしなり、空を切る音を響かせていた。

『連夜。多分、わたし達の言葉は』

「……分かってる陽さん。多分、将軍じゃないと駄目だと思う」

 正直、俺はそんなにキララさんとは親しくない。説得しようとしたところで無意味だろう。


 ここで視線を左にずらすと、将軍の方には突風が来ていないようだった。

「……」

 将軍はキララさんに対し、何か言いたげな様子で立ち尽くしている。

『そうだな。彼女に届くのは、彼の言葉だろう』

「であれば俺にできることは……陽さん! よーちゃん! 援護頼む!」

 ひとまず、目の前の少女からの攻撃を迎え撃つことに専念することにした。

『引き受けた!』

「了解です連君!」

 満天の星空に満ちた真夏の夜の砂利浜。

 ハリボテの松林と山々が見える中、風を操る『影』との戦いが、幕を開けた。


「ミドリ君! ホント悪いんだけど、キミは生かして返さないよ!」

「っ、そういう『契約』か?」

 さっきの話を聞く限り、将軍のときと同じだ。黒仮面の誘いに乗るほど、キララさんは追い詰められていたということか。

 であれば、彼女はおそらく退かない。『向こうが殺る気なら、やるしかない』。

 ――覚悟を決めるより、ほかない。

「そ。ハァーッ!」

 キララさんは右手から白い色をした空気弾を発射!

 空気弾は彼女の手元から離れた瞬間破裂し、そこから無数の小竜巻が発生した。

 これまた白い色をした小竜巻は、俺を取り囲むように追尾し襲い掛かってくる。

「連君!」

「ちいっ!」

 すかさず俺は防潮堤がある右側、よーちゃんは海がある左側に走る。

 すると竜巻達は全て右の方……俺の方に向かってきた。

「ちっく!」

 よーちゃんの石柱と思しきものが砂利浜に叩きつけられる音が聞こえる中、俺は眼前に見える防潮堤へ走りながら、いくつか襲い来る小さな竜巻を避けようとするも、やはりここは足場が悪い。

 起伏に富んだ砂利の浜辺は平地と違い素早く移動するのに全く不向きで、複数の小竜巻が俺の身体に命中した。

「ッ!」

 小竜巻がぶつかる衝撃でバランスを崩し、砂利浜にうつ伏せに転倒する。

 両肘を先に地面につけ、何とか顔面から突っ込むのを避けた。

「ってぇ……」

 一見単なる風かと思いきや、俺のところまで来る過程で周囲の砂利や木片を巻き込んでおり、着弾と同時にそれらがまるで回転ノコギリのように衣服、そして身体を傷つけた。

 ……また制服を駄目にしたって父に怒られそうだ。さすがに今回ばかりは自腹を切るほかあるまい。

『連夜!』

 痛みが走り、各所に切り傷やかすり傷ができているが、青いオーラのおかげか予想より傷は軽い。

 すかさず立ち上がって治癒魔術をかけ、傷を癒した。

「一橋君、連君を援護してください! キララさんに攻撃を!」

 よーちゃんは将軍に指示を飛ばす。

「なっ、そ、そんな事言われても! キララを攻撃するなんて、できねぇよ……!」

 だが将軍はよーちゃんの言葉で身体がすくみ、その場から動くことができていない。これについては無理もないと思う。

「っ!? 傷が回復した!? ……そんな力もあるんだね。なら回復させないまでっ!」

 風の力で浮遊しながら、キララさんがこちらに高速で飛翔し突っ込んでくる。その右手には、強い風の力らしきものを溜めているように見える。

「っと!」

「チィッ!」

 だがキララさんが魔術を手から放とうとした瞬間によーちゃんが割り込み、石柱を召喚して立ちふさがる。

 白い竜巻と石柱が相殺しあい、岩がパァーンと破裂し、砕け散る音が辺りに響く。

 風と地、相反する力同士が相殺され、周囲の風の音と波の音だけが聞こえる場が作られる。


「聞いたよ。アンタもアタシと同じ存在なんだってね?」

「……」

 俺の目の前で、よーちゃんとキララさんが対峙している。

「オリジナルに『望まれて』生まれたであろうアンタに、アタシの気持ちがわかるもんか!」

「……そうですね。分かる訳が無いと思います」

「だったら邪魔しないで!」

 ふわふわと浮いているキララさんと、地に足つけたよーちゃんの対峙。

 両者ともピリピリしているのが声色から感じ取れ、近づくのも憚られる。

「それは嫌です。一橋君も、私のお友達ですから。私は彼を助けます。それに、連君に危害を加えるというなら、容赦はしません」

「……チッ!」

 キララさんは突風攻撃をよーちゃん目がけ放つ。

 よーちゃんはすかさずそれを石柱で打ち消すと左……南側に少し跳躍し、そのままキララさんの後方、海の方に走りながらキララさん目がけて石弾を発射した。

「フンッ! ハァーッ!」

 キララさんは海の方に振り向きながら発射された石弾を突風で薙ぎ払うと、再度俺の方に向き、そして俺の方に白い空気弾を発射する。空気弾は破裂して小竜巻となって飛び交う。

『連夜!』

「ああ! はぁーっ!」

 無数の小竜巻がやってくる方向、つまりキララさんの方に右手を向け、左手で右手首をつかんで支えながら強い力を込める。

 小竜巻が俺にぶつかる間一髪のところで青いサークルが出現し、そこから発射された巨大な氷塊と吹雪によって、小竜巻はかき消される。

 氷の力の奔流は、そのままキララさんの方に迫るものの、キララさんは強い風の音と共に身体を右側にすっと浮遊しながら移動し、氷の魔術攻撃を回避した。

『もう1回力を込めて……そう、そこだ!』

「……はぁーっ!」

 陽さんの指示で照準を定めて再度攻撃を行うも、今度は左側に動かれて回避される。

「ちっ! また外れた!」

 だがこの回避行動により、別の好機が生まれたようだ。

「はぁーっ!」

 キララさんが攻撃を回避したところを狙う形で、俺と反対側である海側にいたよーちゃんが石柱をキララさん目がけて振り下ろそうとする。

「ジャマッ!」

「あっ!」

 だが……この攻撃もキララさんはあっさりと回避し、彼女は即座によーちゃん目がけて竜巻攻撃を放つ。

 竜巻は鞭のようにしなりながらよーちゃんを横から薙ぎ払った。

「ぐあぁっ!」

『ヨウ!』

「よーちゃん!」

 竜巻に右から直撃されたよーちゃんの身体は、放物線を描きながら左後方、海の方へと飛ばされる。

「うおっと!」

 しかし、海辺の方にいた将軍が咄嗟に駆け寄ると、炎の魔術をロケットのように地面に放って高く跳躍し、両手でよーちゃんをキャッチした。

「ナイス! 将軍!」

 よーちゃんを抱きかかえた将軍は、炎を地面に吹き出しながらゆっくりと降りていき、そのまま浜に静かに着地した。


『あの動き……このまま狙っても当てるのは難しそうだな』

「どうすりゃいい? 陽さん」

 風の力で浮遊しながら高速で回避行動をとる相手。となると……。

『君の力で彼女の動きを止められないか? 一橋君と戦ったときのように』

「動きを、止める。あのときの、か……」

 以前将軍と戦ったときに、氷で将軍の動きを止めたことがあった。あれと同じ手で行けば……。

『そうだ。君の氷の力で一瞬でもいい、彼女を拘束するんだ』

「了解。えーっと……」

 将軍との戦いを思い出しながら、俺は浮遊するキララさんめがけて力を込める。

 するとキララさんを囲むように、突如氷柱が出現。

 氷柱は彼女の体に纏わりつくように現れると、その動きを拘束した。

「なっ!? これはっ!」

 突如体の周囲が凍りつき、動きを止められたキララさんから動揺の声が漏れる。

 そして、ここまでの俺と陽さんのやり取りについては当然「聞いている人」が居る訳で……。

「ハァーッ!」

 やり取りを傍受していたその人、よーちゃんの隙を逃さぬ決断的一撃がキララさん目掛けて打ち下ろされる! 

 ギリシャの神殿めいたピラーによる縦方向の打撃はクリーンヒットし、岩が砕ける音が響いた。

「ぐあぁぁぁぁっ!」

 石柱は対象に命中した途端爆散し、氷柱も木っ端微塵に砕け散る。

「ぐぅっ……」

 そしてキララさんは苦悶の声とともに砂利浜に叩きつけられた。

『いいぞ! 効いてる!』

「連君、ナイス! 作戦成功ですね」

「あ、あぁ……!」

 2人からポジティブな声色が飛び出すのを聞きながら、俺はキララさんを避けるように大きく南側に回ると、そのままよーちゃんがいる海の方へ走る。

 視界に映る景色は海から松林と山々に変わり、そして先ほどまで背後にあった防潮堤へ移り変わる。

(……やっぱ、よーちゃんはすげえわ)

 相手は魔術の使い手とはいえ、女の子である。

 向こうが殺る気とはいえ、普通の人間だったらただじゃ済まないような一撃をかましたのだ。

 将軍との戦いのときもそうだが、やっぱ戦うと決めた相手に対しては迷いが無さすぎる。

 ――心強いが、少し怖くも感じた。

(それに陽さんも陽さんで……)

 陽さんも陽さんで、そんな状況に対して『よっしゃ!』みたいな声色で反応するもんだからその……反応に困る。

 よーちゃんは陽さんから生まれた存在なので、オリジナルである陽さんにも、多かれ少なかれよーちゃんみたいな要素があるということなのかもしれない。


 そして、俺がそんな風に考えている最中――。

「キララ!」

 ここまでの流れを見ていた将軍はというと、海の方へ向かう俺と入れ替わりになる形で砂利浜に倒れ伏すキララさんに駆け寄ろうとする。

「うおあっ!」

 だがその刹那、キララさんはフワフワと浮遊しながら上体を起こし、同時にひときわ強い風を発生させた。木片が飛び交い、思わずのけぞる将軍。

「ぐ……やって、くれるッ! ハァーッ!」

 そして両腕を高く空に上げ、キララさんはシャウト!

 腕輪が一際強く光ったのと同時に、灰色の空気の渦が発生、それはキララさんを包みこんだ。

「キララ……っ!? な、何だ!?」

 さらに、俺達の周囲にこれまでと桁違いの風が吹くと、それは俺達を囲むようにグルグルと上方へ伸びていく。

 突如として生じた状況変化に困惑する将軍の声が聞こえる。

「こいつは!?」

「閉じ込められた!?」

『何て力だ……。これもあの腕輪の力なのか!? 気を付けろ2人とも!』


 気が付くと俺、将軍、よーちゃんの3人は、巨大な竜巻の内側にいた。

 キララさんを中心に半径20〜30mの円形の範囲が巨大な風の壁に囲まれている。

 渦巻く風の中には流木や砂利、石が凄まじい速度で飛び交っており、触れたらヤバそうなのは一目で分かった。

(とりあえず……)

 両腕を構えて防御魔術をかけ直し、再度風に覆われたキララさんに手を向け、力を込める。

 すると再び氷柱が生成され、風を身にまとった状態のままキララさんの動きが停止した。

(あっでも……この状態でも、動きは止められるのか! これなら!)

 俺はすかさず右手を向けたままキララさんの方へ接近し、吹雪による追撃を試みる。

「ナイスです連君!」

 そしてそれに呼応するように、よーちゃんも石柱を召喚。

 それを宙に携えたまま、そのままキララさん目掛けて飛び掛かる。

「てあーっ!」

 まずは至近距離に先に着いた俺が、周りに風を纏ったまま動きを止めたキララさん目がけ、雹交じりの吹雪を放つ。

「っ! 効いてねえ!」

 だが、吹雪と雹は周囲に纏った風に弾かれてしまう。

 弾かれた吹雪は右方向へ流れると、周囲の風の壁に当たって何度か反射されていく。

 そして、流れた方向とは逆向きの左側から俺の方に吹き付けてきた。

「うおぁっ!? っって!」

 風の壁を通る過程で石やゴミを巻き込んだのか、身体に衝撃が走る。防御魔術のおかげで痛みこそほとんどなかったものの、衝撃によって攻撃の手がやみ、思わず地面に膝をついてしまった。

「連君! ……っ!?」

 そしてよーちゃんの方も、俺と時間差で石柱をキララさん目がけて叩きつけようとするも、そちらも周囲の風に阻まれてしまい、中にいるキララさんには届かない。

 石柱は風の壁に押し返され、あちこちにクラックが生じて砕け散っていく。

「ぐあっ!」

 石柱を弾き返されたよーちゃんは後方に吹き飛ばされるも、かろうじて砂利浜に着地する。

「風が、攻撃を防いでいる……?」

 重厚な石柱は粉々に砕けながら砂利浜に落ち、ばらばらと派手な音が響いた。

「ったたた……」

 先程の着地で脚を痛めたのだろうか。よーちゃんは右脚を押さえながら自分に治癒魔術を掛けていた。

『あの風……バリアみたいな感じか?』

 その様子を見ていた陽さんがそんな風なことを言っている最中に、事態は急激に変わる。


 突如、ガラスが割れたときの音と共に、キララさんを拘束していた氷柱が粉々に砕け散ったのだ。

「あっ……」

 思わず声が口から漏れる。

 まずい。

「っ……」

 更に悪いことに、呆気にとられたことで判断が遅れた。

『一旦離れろ2人とも!』

「ハァーッ!」

 陽さんの声が左耳から聞こえた刹那、キララさんのシャウトが右耳に入る。

「んあーっ!」

「っ! よーちゃ、っう!?」

 そして間髪を入れずに、彼女を覆う風のバリアから無数の竜巻が鞭のように現れ、俺とよーちゃんをそれぞれ薙ぎ払った。

『連夜! ヨウ!』

「ぐうっ! はあーっ……とと」

 よーちゃんの方は魔術か何かを使ったのか、周囲を囲む凶器めいた風の壁にぶつかる前に辛うじて浜に着地したようだった。

 だが俺はというと、吹き飛ばされた勢いを殺すことが出来ず、砂利浜に仰向けで叩きつけられる。

(――っ!)

 そして倒れた際に風の壁に右肩から先が接触し……巻き込まれた。

 利き腕に何かが高速でぶつかる感覚が生じたかと思えば、それは即座に消え去り、そして。

「がぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 防御魔術をかけているはずなのに、今までに感じたことのないような激痛が……走った。


「連君!」

「碧!」

『連夜! っ……!』

「っ……ぐ……」

 何とか身体を転がして壁から身を離し、左半身を下向きにして蹲るも、右肩から伝わる強い痛みと共に強い倦怠感と眠気に襲われる。

「だいじょ……っ!? あ……、な……」

『ぁ……』

 ――右肩から先の感覚が……無い。

 左側を下にしていれば右半身に触れているであろう『利き腕』の感覚も……ない。

(ぅ……が……)

 痛みに我慢できず、歯を食いしばりながら目を閉じている有様で、自分の身体の右側を直視していないが……直視したくないであろう様相が頭によぎった。

(っ……)

『……、……』

 痛みと眠気で歯を食いしばらずには、いられない。

 左耳からは何か恐怖に怯えるかのような……か細い、荒い息遣いだけが聞こえる。

「な……碧……」

 将軍の、唖然とした声もかすかに聞こえる。


(……)

 ――身体が、寒い。

 俺は右肩を左手で掴み、薄れゆく意識の中必死に力を込める。

 目を強く閉じたことで真っ暗になっていた視界に、ぼんやりと白い光が入った。

「……手間、かけさせやがって。アタシは……やるんだ……!」

 だが自分に言い聞かせているようなキララさんの声が聞こえてきて、直後風の音と勢いが強くなる。

 ――こっちに、近づいてきている。

「だめ……」

 よーちゃんの弱々しい声が聞こえた直後、何かが空を切るような音が聞こえる。

「ぐぁっ!」

『っ、ヨウ!』

 だが一際強い風の音がしたかと思うとよーちゃんの悲鳴が聞こえ、続いて何かが砂利浜に叩きつけられる音、そして陽さんの声が聞こえた。

 そして風の音が止まったところで、俺やよーちゃんが魔術陣を出すときと同じ音が聞こえた。

「バイバイ……ミドリ君!」

 キララさんの声を聞いた俺は、朦朧とした意識の中全身を強張らせる。

 そしてそれは、おそらく俺目掛けて放たれ……。


「させっか! ぐうっ!!!」

 ……俺目掛けて放たれたようだが、その一撃はやってこなかった。

 魔術が放たれる音は聞こえたが、直後将軍の声が聞こえたかと思うと、先ほどと全く同じサークルの展開音が聞こえ、そしてそれまでの風とは異なる、炎が勢いよく噴き出る音が鳴り出した。

「なっ……」

 右耳からキララさんの動揺する声が聞こえ、薄っすら熱風を身体に感じる。

(あ、つ……)

 それからおそらく数秒経ったあたりだろうか。

 突然、瞼の裏ごしに見えていた白い光が一際強まり、目を閉じているはずなのに目の前が真っ白に染まった。

(ぅぅぅぅぅぅ……!)

「なっ!? ぐうぅぅぅ……!」

「これは……」

「っ!? まじかよ!? ……ぐうっ!」

『っ……!? ……でが……!』

 すると失われたはずの右腕の感覚がぼんやりと元に戻っていき、痛みが和らいでいく。

(っつぅ……)

 そして感覚が完全に戻ると同時に、痛みと眠気は嘘みたいに消失した。

(うぅ……何とか、なったのか……?)

 光が消え、暗闇に戻る。

 両耳からは風が吹きすさぶ轟音が聞こえる。

 正面に吹き付ける風は暖かいを通り越して、暑い!

 俺は恐る恐る目を開くと、そこには血や傷が一つも付いていない綺麗な右腕の姿があった。

 右腕を動かしてみる。何一つ、違和感はない。

(腕、は大丈夫、か。服は……)

 もっとも無事なのは腕だけで、ブレザーやワイシャツ、肌着は右肩から先がごっそり千切れて無くなっていた。肩口や服は傷こそついているが、血の跡などは見当たらない。

「うぅ……」

 左腕を使って体を起こして周囲を見る。相変わらず周囲は凶器に満ちた竜巻に囲まれている。

「はぁーっ!」

「ぐうっ!!!」

 そして目前には、キララさんの攻撃を俺に代わって防ぎ続けている将軍の姿があった。


「は、晴斗! 何で……」

 キララさんは両腕を俺の方に向けている。腕の先には大きな緑色の魔術陣が出現しており、そこから桁違いの強さの風が吹き出している。

 そしてその殺人的な業風を、将軍はこれまた両腕をキララさんの方に向け、そこから出現した赤い魔術陣から爆炎を放って受け止めている。

 2人から放たれた業風と爆炎は拮抗し、辺りは赤く照らされている。

「人殺しの姉ちゃんなんてあんまり……か。そうだよな、碧の言う通りだよ。あいつは正しかったよ」

 将軍は俺の方をちらりと見る。その声色は、先ほどまでとは違い、とても落ち着いていた。

「であればこんなところで躊躇っちゃ、駄目、だよなっ!」

「一橋君……」 

 よーちゃんから思わず声が漏れる。

 そして将軍は再びキララさんに向き合うと、こう続けた。

「なぁキララ! おれは、お前との時間が大事だった! かけがえのない物だった! ……お前もそうなんじゃねぇのか? それともこれは、おれの勘違いか!?」

「っ……」

 キララさんは将軍の問いに答えない。

 だが口から漏れ出た息からは、動揺の色が込められているように感じた。

「ふっ……そうだよな」

 そしてそんな彼女の息遣いを聞いた将軍は、ふっと声を漏らす。

「だからこそ! ここでお前を、友として一線超えさせるわけにはいかねぇ! それだけは! させねぇ!!!」

 同時に、将軍は腕に力を込めたようだった。風を押し返す炎の勢いが次第に増していく。

「っ! 邪魔しないでよ!」

「どかねぇ! おれはどかねぇぞ! うぉーーーぁっ!!!」

 将軍の渾身の力を込めた爆炎は次第に業風を押し返し、キララさんを覆う風のバリアに到達する。

 ――風のバリアが、炎に包まれた。

「きゃぁぁッ!」

 するとキララさんの可愛い悲鳴と共にバリアは破裂、無数の小さな火が周囲にまき散らされた。

「っ……」

 キララさんの悲鳴を聞いた将軍は即座に彼女に向けていた両手を下ろす。爆炎は即座に消え去る。

 辺りには焦げ臭い匂いが漂い、砂利浜には所々小さな火の手が上がっていた。


『……。これは……』

 左耳から陽さんが、何やら神妙そうな声色を発している。

「ってて……」

 とはいえ俺は何とか立ち上がるのに必死で、それを気にする余裕は無かった。

「連君!」

『連夜!』

 立ち上がると、即座に2つの声が聞こえた。

 周囲を見回すと、よーちゃんがこちらに走ってくるのが見えた。

「連く」

『連夜、大丈夫か!? その……右腕は!』

 だが同時に大きな声が左耳から聞こえ、思わず身体がビクンと撥ねた。

「っ! あ、ああ……大丈夫だと、思う。ちょっとふらつくけど、腕の方は問題なさそうだ」

 耳に悪い大きさの、されど心配そうな様子の声色に何とか返答し、右腕をグルグルと動かしてみる。

 先ほど確認したように、肌が露出している点を除けば違和感はない。さっきまでのヤバ気な様子が嘘みたいだ。

「ほっ……」

 俺の言葉を聞いてよーちゃんの胸をなでおろす声が聞こえ――。

『そ、そうか……なら……何よりだ』

 そして、陽さんの声も落ち着いた。

 ……今度通信機の音量を調節出来ないか相談しようと思った。

「これ、どうぞ!」

 俺と陽さんのやり取りが終わったところで、よーちゃんは俺に治癒魔術をかけてきた。

 白い光が疲労感を癒していく。

「あ、ありがと、よーちゃん」

「ふふっ」

 よーちゃんの笑う声を聞いて、更に疲労感が消えた気がした。

 ……え? さっき傷を治したじゃないかって?

 前に晴香さんを治した時もそうだが、治癒魔術は意識を集中させる必要があるせいか、終わった後に強い疲労感に襲われる。とりわけ治す怪我の程度が大きいとその分疲労感も強く出るようだ。

 これについてはおそらく精神力……メンタルポイントないしマジックポイント的なものを消費しているんじゃないかと俺は睨んでいる。治癒魔術で自分の傷を完全に治せるなら、自身に治癒魔術をかけ続けることでいつまでも耐久出来るのではと思われたが、どうやらそんなうまい話は無いらしい。

 なのでこうして別の人に治癒魔術をかけてもらうと、それはそれで助かるのだ。


 そして俺達がそんなやり取りをしている最中、キララさんと将軍の方は――。

「ッチチ……あっつー……」

 キララさんを見ると、服の各所が焼け焦げていた。髪の一部も少し焦げているようだ。

「キララ……」

 将軍は心配そうに声をかける。

「っ……晴斗! 分かったよ。ならアンタも……ちょっとイタイ目にあってもらうからね!!!」

 だがその言葉を聞いたキララさんは再度宙に浮くと、両手を挙げる構えと共に風のバリアを再展開した。

 再展開された風のバリアから、再び無数の竜巻が触手のように現れる。

「キララ……」

 将軍は竜巻の鞭を避けているようだが、それを見る間もなく俺の視界にも別の竜巻が迫る。

「っと! まだ終わってねえんだよな!」

 だが今度は……きちんと一撃を避けられた。


「陽さん! あのバリアがある限り、さっきみたいになるのがオチだ!」

 竜巻を走って躱しながら、キララさんを視界から外さないよう立ち回る。

『それなんだが……わたしに考えがある』

「オリジナル?」

 俺の隣に並んで走りながら竜巻を避けていたよーちゃんが問いかける。

『一橋君、聞こえるか!』

 すると陽さんは将軍に対し声をかける。

「っ、聞こえるぜ、陽さん!」

 将軍にマイクはついていないものの、声がばかでかいため将軍にも届く。

 ……俺は左耳を押さえ、治癒魔術をかけた。

『あのバリアに炎を当ててくれ!』

「炎を?」

『そうだ! さっき君の炎が当たったとき、彼女は熱さに耐え切れず、バリアを解除したのが見えた。あのバリア、高温が弱点なんだ!』

「……分かった。やってみます!」

 将軍は陽さんの指示を受け、キララさん目がけて両手を向ける。

「っ! 晴斗! させない!」

 だが先ほどまでの2人のやり取りはキララさんにも筒抜けであり、キララさんは将軍を妨害すべくバリア越しに竜巻に加え数発空気弾を発射してきた。

『連夜! ヨウ! 一橋君を援護してくれ!』

「了解!」

「あいよ!」

 だが、そんな彼女の妨害が、何の抵抗もなく通るはずもなかった。

「はぁーっ!」

「いやーっ!」

 放たれた吹雪と石弾が空気弾を弾き飛ばし、将軍への直撃ルートを逸らす。

「キララ……すまねぇ!」

 そしてその間に将軍は竜巻をかわしつつ、両腕から赤いサークルを展開。

「うぉぉぉぉあ!」

 そしてシャウト! サークルから爆炎が噴出!

 それは竜巻を飲み込むと、その根元である風のバリアに命中した。

 バリアが再度炎に包まれる。

「っ! っつぅ!!」

 すると風のバリアが破裂し、炎が四方に弾き飛ばされた。

『今だ! 連夜! ヨウ!』

 陽さんの指示とほぼ同時のタイミングで、俺とよーちゃんはキララさんに両手を向け、力を込めた。

 まず、俺の両手からは青いサークルが現れる。

 次に砂利浜に黄色いサークルがいくつも出現し、よーちゃんとキララさんを一直線で結んだ。

「「てあーっ!」」

 直後、俺の両手からは巨大な氷塊が吹雪と共に発射され、よーちゃんの前方には無数の鋭利な岩山が地を割る音と共に次々と出現!

 キララさんの方へ進むかのように一直線に出現していく岩山に、俺が放った氷塊と吹雪が交わる。

「なっ!」

「これは……」

 すると、交わった2つの力は黄色と青の光に包まれながら、岩山とも氷塊とも異なる別の姿……大きな泥の波に変化し――。

「ぐああああああっ!!」

 そしてそのまま、キララさんに直撃!

 泥の波が激突した瞬間、強い爆発音が響く。

 するとその音と連動するように、風の壁が突如真ん中から上下に千切れ、急速に消え始める。

「――っ!」

 泥波の直撃を受けたキララさんは上下に開いた壁の隙間を抜けるように外側に吹き飛ばされ……そのまま奥に見える防潮堤へ勢いよく叩きつけられた。

 激突と同時に大きな音が響き、凄まじい勢いで発生した茶色い土煙が防潮堤を覆う。

 直後、風の壁は完全に消失した……。


「キララ!」

 将軍は両腕から炎をロケットのように吹き出しながら、俺やよーちゃんよりも早くキララさんの下へと飛翔する。

 だがそんな動きを拒絶するかのように土煙の中心から周囲に突風が発生し、土煙を瞬く間に吹き飛ばしていく。

「っ!」

 ゴミや小石交じりの風を吹き付けられた将軍は、両手を顔で覆いながら地面に着地した。

「う、うぅ……」

 吹き出す風の中心を見ると、キララさんが浮いている。

 後ろの防潮堤には大きなくぼみと亀裂がきれいにできていた。

 彼女は右腕を左手で押さえ、体のあちこちに傷が生じ、額から血を流していた。

 その痛々しい様子を見た将軍が、叫ぶ。

「もう止めてくれキララ! お前の負けだ……これ以上は!」

「うるさい! まだだ! まだ……アタシは倒れるわけには、いかない!」

 だがそれほどの傷を負いながらも、彼女は戦いを止める気はないようだ。

「もっと、もっと力を……」

 腕輪を付けた右腕を掲げ、力を込める。

 だが次の瞬間だった。


「っ!?」

 突如腕輪から黒い、禍々しい雰囲気の煙が噴出!

 そしてそれは瞬く間に、キララさんを包みこむ!

「なに……これ……!? いやぁ……っ!」

 キララさんは苦しそうにもがくも、煙はまるで生きているかのように動き、キララさんを飲み込んでいく。

「キララ! ……うわっ!」

 将軍はキララさんに駆け寄るも、煙と共に放たれている風が強く、全く近寄れていないようだ。

「ぐ……なんだよ、あれ!?」

「分かりません。ですが、まずい状態なのは、分かります!」

 風は少し離れた位置にいる俺達にも感じられるほどで、足元が不安定なことも相まって身体に力を入れなければ後ろに倒れてしまいそうなほどだった。

『これは……。腕輪の力が暴走しているのか!?』

 黒い煙は腕輪の中心部、宝石のようなパーツから吹き出しており、一向に止む気配がない。

 加えてパーツの色が綺麗な金色から禍々しい紫色に変わっており、陽さんの見立て通り暴走的なものが起きたのは間違いなさそうだった。

「キララ、待ってろ今! ぐあっ!」

 将軍は風を受け、砂利に足元を取られながらも一歩一歩前へと進んでいくも、直後風が一段と強まり、とうとう後方へと吹き飛ばされてしまった。

「将軍!」

「一橋君!」

 将軍は後ろに吹き飛ばされたものの、両腕から炎を吹き出して態勢を整えると、そのままゆっくりと地面に着地した。

『危険だ2人共! 一旦離れるんだ!』

「分かった!」

 俺とよーちゃんは黒い煙と暴風が吹き荒れる場所から中腰で少しずつ後退し、将軍のいる方へと向かった。


「キララーっ!!!」

 将軍は声を張り上げて呼びかける。

「たす……けて……」

 するとキララさんのか弱い助けを求める声が聞こえ……。

「はる……と……」

 そしてそれをかき消すかのように黒い煙がキララさんを完全に飲み込み――。

「「「うわっ!」」」

『っ!』

 そしてそのまま、暴風と共に辺り一面へと広がる。


 全てが、真っ暗になった。

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