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少女と影編③『空星昴という少女』

空星昴は、沼津市の進学校に通う高校1年生。

彼女は両親や周囲から強い期待を掛けられていた。

だが、その強い期待は次第に彼女を抑圧していき、抑圧された彼女はいつしか……。

少女と影編③『空星昴という少女』

 空星昴は、表向きは優等生として通っている少女だった。小学校から学校の成績はいつもトップで、先生からの評判もよく、両親にとっては自慢の一人娘。

 そのため常日頃から、彼女には強い期待が掛けられていた。両親はもちろんのこと、学校の先生からも。

 その一方で、彼女は裏では絵を描くことが好きという、意外な一面を持ち合わせていた。それも風景画ではなく……いわゆる二次元キャラの可愛いイラストを、暇あるごとに描いていた。

 だが、そんな趣味を彼女の両親はよく思ってなかったらしい。小さい頃にあれはだめこれはだめにつけて、彼女が絵を描いているのを叱ってしまったことがあった。そしてその出来事以来、彼女は絵を人に見せることなく、両親の前では「いい子」として振る舞い、そして「いい子」であるべく努めてきた。

 だが、何事にも限界はあるもので、親や大人の期待に応え、さらなる高みへと昇っていくうちに、その期待はいつしか、彼女の中では疎むべき重圧と化していた。もっともそれでも当初はストレス発散としてイラストを描き、更に親友にして彼女の趣味の最大の理解者であった一橋 晴香との交流により何とか自分を支えていたようだったが、あるとき晴香が意識不明になったことで、彼女は孤立してしまった。

 それでも気を奮い立たせ、親の期待に応えて受験に成功し、沼津の進学校に進んだものの、中学校まで向かうところ敵なしの神童だった彼女も、そこでは死に物狂いで勉強しなければ「優等生」の肩書を維持できない存在に過ぎないという現実が彼女に襲い掛かる。1年生でありながら自治会の委員長の座に就いたものの、それは誰もやりたがらなかったゆえの結果に過ぎず、彼女の実力によるものではなかった。授業に必死に追いつくための日々の中、次第に絵を描く時間が、余裕が無くなっていき、彼女の中では期待に応えられないことへの恐怖が日に日に増していった。幼い頃から内向的で晴香くらいしか仲良く話せる友達がいなかった昴は高校デビューに失敗し、相談できる同年代の友達もいなかったようだ。


 そんなに嫌なら嫌だと素直に言えばいいのではって? ……それができていれば、彼女はここまで追い詰められることなどなかった。

 「アタシ」が生まれることも、なかった。


(もう期待に応え続けるのは嫌。わたくしに期待を押し付けてくる奴らに、きっぱり嫌だと言い返したい。強く突っぱねたい)

 昴の中にはそのような思いが渦巻いていた。

(でも、そんなのわたくしにはできない。期待を裏切る勇気はない。期待を裏切って、今まで努力で築き上げて来たものを捨てて、周りから失望されるのが、怖い……)

 だが一方でこうも思っており、実行に移せずにいた。


 だから、こう願ったくせに。

(わたくしに代わって、誰か言って欲しい)

 この願いこそ、アタシの存在意義だったのに。


「貴女……誰?」

「アタシは……貴女」

 アタシは、貴女から生まれた。

「貴女が……わたくし?」

「言って欲しいんでしょ?」

 代わりに言ってあげるよ。

「っ!?」

「パパもママも、大嫌い、でしょ?」

 自分の趣味を否定し、理想を押し付ける親のことが、ホントは嫌いなんでしょ?

「……て」

「先生もクラスのみんなも、大嫌い」

 できれば褒めそやす癖に、優等生であることを求める目線にウンザリしてるんでしょう?

「……めて」

 でも言えなくて、辛かったのでしょう?

 でももう大丈夫。アタシが――。

「これ以上、わたくしに期待を」

「やめて!!!」

 ……彼女は、アタシを拒絶した。


「消えて!」

 昴はアタシ目掛けて叫ぶ。だがいくら叫んでも、祈っても、身体に力を込めても、アタシの存在は消えることがなかった。

 そのとき、階下から誰かが上がってくる。

「ひっ!」

「ちょうどいい。アタシが」

「黙ってて!」

 昴はアタシを押し入れに押し込む。

「喋らないで」

 アタシは押し入れで息を潜めながら、昴と母親のやり取りを聞いた。

「昴ちゃん、どうしたの? 何だか物音がしたようだけれど」

「何でもありませんわ」

「そう。そう言えば、テストの結果はどうだっの?」

「……満点でしたわ」

「あらっ! 流石は昴ちゃん! ママ、鼻が高いわ~!」

「あの……ママ」

「二学期も頑張ってね~。期待してるわ~!」

 母親は上機嫌な様子で、部屋から出ていった。

 しばらくの静寂の後、昴は押し入れの扉を開く。そして当然の如く存在していたアタシの姿を見て、こう言い放った。

「……やっぱり消えないんだ」

 その目つきは、鬱陶しいゴミでも見たような冷酷な目つきであった。


 どうやってもアタシの存在を消すことができなかった昴は、程なくしてアタシを家から追い出した。

「二度と、わたくしの前に姿を現さないで」

 着の身着のまま捨て置くことに罪悪感を覚えたのか、昴はアタシにそこそこの額のお金を渡し、それなりの服を持たせて追い出した。

 アタシはそのお金をほんの少しだけ使って美容室に行き、髪を染めた。昴はアタシが自分と瓜二つの姿をしているのが嫌だったようだから。加えて◯まむらでミニスカートとシュシュを買い、自分の姿を変えた。昴とかけ離れた存在になるために。

 その後、アテもなくアタシは沼津の街を何日も歩き回り、お金が底をつき始めた夜、浜辺に足を運んでいた。

 そしてそのまま海に消えようとしていたところを引っ張ってきたのが彼……晴斗だった。

「アンタの名前、名前は? おれは晴斗、一橋、晴斗だっ!」

「晴斗……」

 彼のことは、昴の記憶で知っていた。晴香の弟さん。彼はどういう訳か、アタシが昴に近しい存在であることに気付いていた。顔も化粧で作り替えてたのに……声で気づいたのだろうか。

「アタシは……キララ。キララって呼んでよ」

 キララ。とっさに名乗った名前は、昴の絵師としてのペンネーム「星空キララ」から取ったものだ。幸か不幸か、彼は昴が絵師をやっていることに気付いていなかったのでこれで誤魔化せた。


 彼にはその後、家に帰るよう促され、アタシは昴や両親にバレないように家に帰った。昴は気付いていなかったが、昴がアタシを生み出したとき、彼女は家の鍵を持っていたためか、生み出されたアタシの手にも家の鍵が存在していた。おそらく昴の『力』によるものだろう。

 以来アタシは普段は家の地下室や天井裏に身を潜め、空星の家の影の住人として過ごしてきた。朝、仕事や学校で3人が居なくなった後は家を飛び出し、沼津の街をブラブラする。お金はとても口には出せない方法で工面した。彼がこのことを知れば絶対に止めようとし、昴は死んでもやらないであろう方法だったが、餓えも渇きもアタシにはあり、加えて居ないはずの存在であるアタシが正規の方法でお金を稼ぐことは不可能であったため、仕方が無かった。そこまでしてでも、アタシは彼と会いたかった。

 そしてそうして得たお金で餓えや乾きを凌ぎ、体を整え、アタシは彼と付き合うようになった。幸い彼はアタシの事情について詮索してくることはなかった。

 そして、1年に渡って彼と付き合っていたのであるが、そんな日々の中でアタシはすっかり油断しきっていた。同じ沼津にいる以上、昴と鉢合わせすることは十分予想できたというのに。


 ……知られた。彼に知られた。

 昴を突き飛ばしたものの、何の意味もない、彼女はあの後立ち上がり、迷うことなく彼に話すだろう。そして彼もアタシのことを話すだろう。

 更に言えば彼の友人、ミドリ君に昴の家の番号を教えてしまっている。彼と同じ手段を使いたくなかったからとはいえ、全くもって迂闊だった。固定電話は家の装飾品になって久しいが、彼はあれの番号を確か知っていたはず。

 影の住人がいたことが、昴にバレてしまう。

 あの家には、もう居られない。


 どうしようどうしようどうしよう。

 心が真っ黒な沼に沈み、息ができない。

 そんな絶望に塗りつぶされそうになったとき、『彼女』は現れた。

「ボクが君を助けてあげよう。その代わり……」

 現れたのは天使ではなく、悪魔だった。

「アタシは……でも……」

 逡巡するも、悪魔は呟く。

「生き延びるために、何でもしてきた……」

 そうだった。

 お金を得るために……アタシは。

 であれば今更、なんだというのか。

「契約成立」

 アタシは、彼女の手を取った。

「君は今日から……空星 昴だ」


 翌日、アタシはふかふかのベッドで清々しい朝を迎えた。

 ……あの女の言った通りだった。

 ……最初から、こうしていればよかったんだ。

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