少女と影編①『晴斗とキララ』
家に居場所がない晴斗は、夜な夜な街に繰り出していた。
そんな彼が、ある時1人の少女に出会う。
これは晴斗とキララの馴れ初めの話。
少女と影編①『晴斗とキララ』
おれとキララの馴れ初めは今から1年前の夏のことだ。
姉ちゃんが誕生日に起きた転倒事故を境に目覚めなくなり、家に居場所が無くなったおれは、夜な夜な沼津の街や海に駆け出していた。夜の街に駆け出していたといっても、本当にヤバそうなところからは距離を置き、精々好きなものを食べたり、夜の海を眺めたり……といった日々を繰り返していた。
そして8月も終わりに入ろうというある日、おれはいつものように夜の千本浜海岸に足を運んでいた。
千本浜海岸というのは、沼津市にある海岸の1つだ。浜といっても海のそばは丸い石ころや流木、漂着したゴミばかりで、砂らしきものは一切見当たらず、浜辺に何か書いて遊ぶとかはとてもできない場所だ。浜のそばに防潮堤があり、そこを越えたところには千本松原という松林が広がっている。海岸自体は東西に長く、西の方は隣の富士市まで広がっている。
そんなところに足を運んでいたおれは浜に降りたり石を海に投げたり、はたまた泳いだりすることなく、防潮堤に腰掛け、夜の海を眺めて時間を潰すのが好きだった。海とはいえ街に近いので夜でもそこそこ明るく、地平線をみてもきれいな星空とかは望むべくもないのだが、闇夜の海から波が砂利の浜辺に打ち付けるのをぼーっと見ていると、心が落ち着くような、辛い現実を忘れさせてくれるような、そんな気持ちになるのでおれはこの海が好きだった。
(はぁ……)
いつものように、浜の外れで波打ち際を眺めて黄昏れていると、真横から人影が現れるのが見えた。
(ん?)
背後が見えたそれは、一人の少女のようだった。髪型はポニーテールで、色は暗がりでよく見えないが、明るい色をしている。服装は白いポロシャツにチェックが入ったグレーのミニスカート姿で、いかにもギャルって感じの見た目だ。
(こんな真夜中の海に、ギャル?)
そんな風に少女の外見を見ていたおれだったが、ここであることに気づく。
(あれ? あの『炎』の形……)
ここでおれは、少女の命の炎の形に見覚えがあった。
説明するのを忘れたが、おれは姉ちゃんが植物状態になってしばらくしたあるとき、腕から炎を出したり、人の命の形が炎として見えるという不思議な力を手に入れていた。力に目覚めた経緯は今回の本題からそれるため割愛するが、その出来事があったため、夜の街でもヤバそうなところには近寄らなくなったとだけ言っておく。
そんで、話を戻すと、おれが夜の浜辺で見かけた少女の炎のことだが、それはいつも姉ちゃんのお見舞いに来ていた、姉ちゃんの後輩の女の子の炎に瓜二つであった。確か名前は「空星 昴」という人だ。姉ちゃんと空星さんは小さい頃からとっても仲が良く、いわゆる幼馴染という関係だ。そんな関係だったこともあっておれは彼女と面識があり、加えて姉ちゃんが倒れた当初はしばしばお見舞いに来ていたため会っていたが、最近は姿を見せていなかった。
(あの炎、空星さんと同じ形? いやでも空星さんじゃないよな……)
おれが知る空星さんの印象は、まさに品行方正たる優等生、俺とはまるで違う真面目な人、というものだった。目の前のギャルみたいに髪なんて染めてないし、あんな格好、空星さんだったら絶対にしなさそうだというのはおれでも分かる。加えてこんな補導スレスレの時間帯に、こんな場所には行かないだろう。
静かな夜の海に突如現れた謎の少女に対してそんな感想を抱いていたのだが……。
(あっ!)
目の前の女はそのまま、海の方へと向かって歩き出す。波打ち際に、そして海の中の方へと。
(えっこれやばくね?)
夜間遊泳って雰囲気ではない。少女の表情は見えないが、なんというかそれよりも……。
迷わず暗い海へ浸っていく少女の姿を見たおれは、思わず駆け出していた。たぶんそれは、見覚えのある炎を持った少女のことを放っておくことができなかったからではないかと、あとになって回想してみると思う。
「あっ、おい、お前!」
自身の上半身が海中に浸かり始めたところで何とか追いつき、少女の腕を掴む。すると彼女は振り返り……おれに素顔を晒した。
(顔のパーツも似てる……)
顔のパーツも、何となく空星さんに似てる気がする。そのためおれは念のため聞いてみる。
「あ、あの……そ、空星さん……?」
「……」
少女は答えない……というか、少女の方はというと、首のあたりまで水に浸かっており、どう考えてもこれで答えさせるのはきつそうな雰囲気だった。加えて水深が思ったより深い感じで、足を踏み外すと命に関わりそうだ。
「あっ、す、すまん! と、とりあえずこっち!」
「っ……」
おれは少女の手を引っ張り、そのまま急いで陸に上がる。風が当たり、生暖かい。昼間のカンカン照りの温もりが強く残るコンクリート製の防潮堤まで彼女を引っ張っていったところで、改めて尋ねた。
「あの……その……空星さん、か?」
こうして間近で見てみると、印象こそ違うもののおれが知る空星昴さんによく似ている気がした。だが、彼女からの答えはというと。
「えっ、空星……さん? ……誰それ?」
声も空星さんに何となく似ていたのであるが、彼女は訝しむような表情をしながら、おれの問いかけを否定した。
「えあっ? す、すまん……どうやら人違いだったらしい。あんたと似た姿の人をその……知ってたもんだから……」
苦しい言い訳だ。世の中には自分に似た人が3人いるという。どうやら彼女はその中の一人だったらしい。
「そ……ていうかさ、何でアタシのこと掴んで引っ張ったの?」
「いやっ、だってそんな服装で泳ごうとするなんて……危ねぇだろ。それにここ、遊泳禁止だぞ」
海水浴場の開設時期はとうに過ぎており、しかもここは遊泳可能エリアの外。彼女に直接的には言わなかったが、何となくあの入り方はそのまま放っておくと取り返しのつかない事態に陥ると感じた。
「えー……アタシはあのまま海に沈んで、タカアシガニの餌にでもなりたかったんだけど」
「はぁ!? それじゃなおさら、だ、だめに決まってんだろ!」
蟹や海老、あとは蝦蛄あたりが溺死体を食べるという話を何処かで聞いたことがある。こいつらは海の掃除屋なので、海底に沈んだ動物の死骸を食べることは珍しくないらしい。駿河湾でエビやカニというと、サクラエビとタカアシガニが思い浮かぶ。
「何で?」
「そんなん……りょ、漁師さんが可哀想だろ! ひ、人の死体を食べたエビやカニだなんて、何かの拍子でバレたら売れなくなっちまうだろ! ほらっ、風評被害だよ、風評被害!」
実際のところ、サクラエビはプランクトンを食べるので死体は(直接は)食わないし、タカアシガニは図体の割に身が少なく大味なので、意識的に名物料理にしようとしない限りは進んで食べるようなものでもない。風評被害の用語の使い方も何だか怪しいし……当時のおれは、何とかこの子がまた海に入らないよう必死だったに違いない。
「……」
「駿河湾の漁師さん達に免じて……頼むよ」
「……ふっ、アハハッ!」
だがそんな苦し紛れに飛び出した説得は、彼女の心に何とか引っ掛かったらしい。
「何それ! ヘンなこというんだねアンタ! わーったよ、止めておくよ。その……漁師さんに免じて、さ」
何とか、引き止めることができた。
「ほっ……。そ、そうだ! アンタの名前、名前は? おれは晴斗、一橋、晴斗だっ!」
「晴斗……」
彼女は一瞬神妙な顔をし、何か考え込むような仕草をして少し沈黙した後、こう回答した。
「アタシは……キララ。キララって呼んでよ」
これが、おれとキララの馴れ初め。
最初は海を見ているときに時々会って会話をする程度だったが、次第にキララの方からおれに連絡を取ってくるようになり、一緒に街中で遊ぶようになった。キララの家には電話が無いそうで、彼女はいつも公衆電話からおれの携帯端末に掛けてくる。着信相手に「公衆電話」と表示されるのが、キララからの合図だった。
逆におれからキララに連絡を取りたいときは、沼津駅北口広場にある、あらかじめ決めておいた自販機の下にメモ書きを挟んでおく。すると大体の場合2〜3時間以内に公衆電話から電話が掛かってくる。この連絡方法は彼女が提案してきたものだった。
彼女の素性についてはいかにも訳ありな感じで、彼女自身も話したくなさそうな気配を感じたため、おれは聞かなかった。おれも家庭が訳ありだったので、聞きたいとはとても思えなかった。
それに……この深入りしない姿勢があったからこそ、おれとキララは仲良くなれていたのだと思う。
複雑な事情を抱えていそうだが、それでも一緒にいれば楽しく、辛い現実を忘れさせてくれる存在。それゆえおれはいつしか、キララに惹かれ、かけがえの無い大事な人だと思うようになっていった。
そして彼女の方も、おれのことをそう思っていたのだと、後になって知ることになるのだ。




