表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

炎の魔人編⑧『譲れなかった炎』

連夜達と晴斗の死闘は、晴斗の目的の根幹をなす腕輪を破壊した連夜達の勝利に終わった。

戦いの後、突如現れた陽の提案を受け、晴斗の家に急行する連夜達。


眠り姫の命の炎は、もはや風前の灯火。

晴斗の「譲れなかった炎」を前に、連夜は――。

炎の魔人編⑧『譲れなかった炎』

「オリジナル……」

「陽さんいつの間に!? というかその姿は?」

 目の前の陽さんの姿を見た俺は、よーちゃん同様驚きと、神妙な声が口から飛び出る。

 トップスのピンク色のブラウスにはフリルが沢山ついており、襟元には黒いリボンが付けられている。ボトムスは黒いプリーツスカートだが、これもまたフリルがいくつもついていて、それを黒いベルトでブラウスと繋げて締めていた。口元には黒いマスクをしていたが、それは俺がちょうど陽さんの服装を観察していたさなかに外され、よーちゃんと瓜二つの顔があらわになる。……これはいわゆるゴシックロリータという奴だろうか。陽さんがそのような服を着るイメージが無かった(前会ったときは、確か高校指定のジャージ姿だった気がする)ので、正直そのギャップに開いた口が塞がらない。

「姿は気にするな。通信が切れて、映像が見えなくなったんでな。いてもたってもいられず……来た」

 どうやら俺とよーちゃんが吹き飛ばされて通信が途絶えたあの後、急いで家を飛び出してきたらしい。よく見ると肩で小刻みに息をしている。

「つか! 表に出てきて大丈夫なのかよ? よーちゃんいんだぞ?」

 よーちゃんと陽さんを見比べる。同じ顔の人間が2人いる状態で、これは正直言ってよくない状態なのではないか。

 それに、そのゴシックな衣装は一体?

「変装は完璧だ」

「え……いやいやいや!」

 そんなわけなかろうて。無理があるでしょ……陽さん。

「気にするな」

「でも」

「気にするな」

「……」

 何度も強く言い返され、何も言い返すことが出来なくなってしまった。

「そんなことより! 彼のお姉さんの件について、どうにかする手段はあると思うぞ?」

「え? あんのか!?」

「あるのですか? オリジナル」

 正直将軍の話を聞くに、お姉さんの状態はぶっちゃけだいぶ絶望的だ。脳を損傷して1年以上意識が回復せず、治る見込みもないそうだから、少なくとも植物状態だろう。つまり生命を維持する脳幹辺りは生きてるが、意識を司る大脳はおおよそ死んでる状態。しかも将軍曰く死期が近いそうだから、そんなのどうしようも――。

「ヨウと君の、治癒魔術の力があれば」

「……。バットで頭を殴られたときの、あれと同じ要領で行けばもしかしたらってことか?」

「そうだ。君を回復させたのと同じ要領で行けるのではないかと思うんだが」

「……やってみる価値はありそうだな」

 ――正直、その線について考えてはいた。

 重度の脳機能障害を負ったであろう状態から、後遺症も無しに回復した。

 先日自分の身に起きた出来事を羅列してみると、確かに将軍のお姉さんの状況と符合する点も多く、陽さんから具体的な方法を改めて聞かされるとワンチャンあるようにも思える。

 ただ……。無論この期に及んでやらないという選択肢はないのだが、不安や懸念点がないと言ったらこれもまた嘘になる。だって……。

「オリジナル。確かに連君のときは上手くいきましたが、でも……」

「上手くいく保証が無いのは承知の上だ。だが時間がない以上、やるしかないだろう?」

「……そうですね。オリジナルの言う通りです。やってみましょう」

 よーちゃんの疑念は、多分俺も思ってることだ。でもまぁやってみない事には始まらず、猶予もないというのは俺も陽さんと同意見な訳で。そしてそのことはよーちゃん自身も分かっていたようで、陽さんの意見に同意するのにさしたる時間は要さなかった。

「タクシーを手配した。早く乗れっ!」

 見ると北口広場のロータリーに1台の白いタクシーが来ており、陽さんはそれに近寄ると、扉を開けて俺達に乗るよう促す。

「あ、ああ……」

「かしこまりました。オリジナル」

 俺とよーちゃんはタクシーに乗り込む。車の中は暖房が効いており、素肌の寒さが和らぐ。

「一橋君だな? 今すぐ君の家に案内してくれ!」

 そして、陽さんはさっきから呆然と立ち尽くしている将軍に声を掛ける。

「……え? あ? 葵さんが、2人? 全く同じ炎が、2つ!? これって……のときの。どうなってんだ……?」

 将軍は目の前の状況に混乱しているのか、陽さんと俺の隣に座っているよーちゃんを何度も見比べながらブツブツと呟いている。まぁ無理もないだろう。

「事情は後で説明する! 今は一刻も早く、お姉さんの所へ!」

「あ、ああ……!」

 俺とよーちゃん、将軍に陽さんの4人を乗せたタクシーは沼津駅を出発した。


 将軍の家は沼津駅から離れ、東西に走る国道1号線の更に北側、坂を上ったエリアにあった。後で陽さんに教えてもらったことだが、将軍の家がある地域は「岡宮(おかのみや)」というエリアで、かつて陽さんもこのあたりに家族と一緒に住んでいたらしい。そんな岡宮の閑静な住宅街にある2階建ての一軒家の前に、将軍の案内によって導かれたタクシーが止まる。

「ここが、おれの家だ」

 将軍は俺達を玄関まで案内した。家の庭には金木犀が植えられており、遅咲きの花から甘い香りが漂っている。

「うう……さっみ……」

 タクシーから降りてほどなくして、身体に郊外の高台によくありがちな強い風が吹きつけ、ブルブルと身体の震えが止まらなくなった。切迫した状態が続いたため記憶から抜けていたが、将軍の炎魔術のせいで服が焼けてしまい、今は肌着にトランクス姿という素寒貧なのだ。陽さんが来てくれていなかったら、遅かれ早かれ不審者としてお縄になっていたに違いない。

「「……」」

 ふと陽さんとよーちゃんの方を見ると、俺の視線を感じた途端、何だか申し訳なさそうな仕草をしているのが見えた。正直2人にこんな姿を見せている俺の方が申し訳ない気持ちでいっぱいだし、何より気まずい。

「すまねぇ碧。後で服貸す」

「ああ……」

 とはいえ、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。

 将軍が持っていた合鍵で家の中に入る。家に入ると金木犀の香りは消え失せ、香ばしい木の香りが鼻腔をくすぐる。俺はどの木がどんな香りをしているのかあまり詳しい訳ではないが、大方杉か桧だろう……多分。

 玄関で靴を脱いで廊下を進む。廊下は灯りが付いておらず、真っ暗だ。

 将軍に先導されながら1階にある6畳間の和室に入ると。


「今救急車を呼んだぞ、晴香……」

「晴香……」

 そこにはベッドに寝かされた1人の少女と、それを心配そうな面持ちで見つめる男性と女性が居た。男性と女性はそれぞれ40代~50代くらいだろうか。おそらく将軍の父親と母親だろう。

「――」

 そして寝かされている少女は黒髪のセミロングで、ピンク色のパジャマを着ている。彼女が将軍のお姉さんに違いない。少女は目を開いており、時折瞬きをしている。だがその焦点は虚ろで、何かを見ている様子が無いことは傍から見て分かった。頬は痩せこけ、露出している皮膚は血の気の無い色で骨と皮だけになっているほか、よく見ると随所に大きな不気味な赤紫色の痣がいくつも現れている。

 率直な感想としては、悍ましい光景だと思った。部屋の明かりは和室にそぐわない青みがかった昼光色で、加えてい草と何らかの薬品が混ざったような、鼻につく香りが漂っている。

 まるで和室と病室が合体したかのような歪で、不自然な状態に思えた。

「ただいま」

 将軍は男女と寝かされている少女に向けて声を掛ける。

 すると男女は将軍の様子を一瞬見るも、すぐに背後にいる俺達に気付く。

「なっ! 何なんだ君達は」

「おれの知り合いだよ」

「……」

 男性、将軍の父親と思しき人物は俺達に対し訝しむような態度で声を掛けてきたが、将軍の言葉を受けて沈黙し、視線を再度眠っている少女へと向けた。

「将軍、お姉さんの状態は?」

 俺は即座に問いかける。

「えーっと……あ?」

 お姉さんの方を見るや否や、将軍は呆然とした声と共に沈黙する。

「ど、どうした?」

「ほ、炎が……消えかけてる! こんな、今までで一番小さく……」

 将軍が体をブルブルと震わせながら俺の問いに答えたときだった。

「――、――、――」

 突如、将軍のお姉さんはヒューヒューと苦しそうな息遣いを始める。

 それからほどなくして、むせるような動作と共に口からブクブクと真っ赤な泡を吹き出し始めた。よく見ると、鼻の穴からも血がだらだらと流れ出している。

「なっ、は、晴香!」

「しっかりして、晴香!」

 その様子を見た将軍の母親は慌てた様子で将軍のお姉さん……晴香さんの手を取り、そして父親の方はというと、慌てた様子で部屋を飛び出した。

「うおぁ!? 何だよこれ!? 何が起きてんだ!?」

 隣にいた将軍に問いかける。

「わ、分からねぇよ! そもそも朝見たときはこんな顔色してなかったし、こんな痣だって!」

「はぁ!? っ……」

 お姉さんの状態について、将軍の話を聞いていた限りでは単に意識が戻らない状態だけだと思っていたが、突然苦しみ出したかのような仕草と共に血まで吐き始めるという完全に想定外な様相を目撃した結果、面食らってしまい平常心を保てなくなってしまう。

(落ち着け落ち着け……)

 落ち着け落ち着け。思考を巡らせ、現状を冷静に把握するんだ。

 自分にそう言い聞かせながら、晴香さんの様子を再度見る。

 えーっと、紫色……多分内出血? の痣に、口や鼻から血が出ている。これって、多分……。

「まずいぞ連夜。これは多分、身体の各所から出血してるんだ。このままだと」

「連君」

「……だよな。そういうことだよなこれ。わーってる!」

 末期の癌とかになると、このような症状が出て死ぬことがあるというのを以前ネットで見たことがある。どういう理屈や原因でこうなっているかについてとか、正確な病名とかはそれこそ専門家でもない限り断定できないだろうが、晴香さんの身に起きている症状は、おそらくそういう類のものだろう。一刻の猶予が無いのは明白だ。

 急いで晴香さんの下に近寄り、ベッドの横から彼女の身体に両手をかざし、そして力を込める。

「はぁーっ!」

 俺の渾身のシャウトと共に、苦しそうに血の泡を吐いている晴香さんの身体に白いオーラが現れる。

「え? 何……?」

 苦しむ娘が突然眩く光り輝きだしたのを見て、将軍のお母さんは驚きの声を上げる。魔術を見られるのは本来まずいのだろうが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「てぁーっ!」

「――、――、――」

 普通ならこれで傷などが癒え、症状が治まるはずなのだが、晴香さんの容態は一向に回復する気配がない。俺はさらに力を込める。

「姉ちゃん!」

 晴香さんの手を将軍も取り、心配そうな面持ちで俺の行いを見つめている。

(ちっく! 何とかなってくれ!)

 何とかなんなかったら、いくらなんでも後味が悪すぎる。

 俺は歯を食いしばりながら、あらん限りの力を込め続ける。

「う、が……」

 正直、こんなにこの力を行使するのは始めてだ。膨大な白いオーラが晴香さんの身体に流れ込んでいくのと連動するように、強い脱力感と眩暈に襲われ、思わず倒れそうになってしまう。

「連君!」

「っ!」

 だが、そんな震える俺の身体を支えるように、背後から2本の腕が俺を支え、更にその先にある2つの手が俺の腕を支えるように掴み、震えを抑え込んだ。後頭部に柔らかい感触を覚え、同時に焦げ臭い匂いがした。

「はぁーっ!」

 加えて背後からシャウトが聞こえ、支えられた手からも白いオーラが放たれ、脱力感が和らぐ。新たな手から放たれた白いオーラは俺の身体と、そして晴香さんへと流れ込む。

「てあーっ!」

「うぁーっ!」

 背後から俺を抱きしめるように支えるよーちゃんの身体とベッドの裾にもたれかかりながら、しゃがみ姿勢で全身をプルプルと震わせ、顔を真っ赤にしながら力をこめ続け……そして、どれだけの時間が経っただろうか。

「うぐっ……」

 己の身体から白いオーラが出なくなり、それに続くようにそれまであった支えが急に無くなり、後方に尻餅をつく。途端に強い疲労感と脱力感が再び現れ、一切の身動きが取れなくなった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 過呼吸が治まらない。視界がボヤ付き、目の焦点が定まらない。晴香さんは何とかなったんだろうか。

「ヨウ!」

 肘をつき、顔をごとりと重力に任せるように後ろに倒すと、よーちゃんが陽さんに肩を担がれ、そのまま部屋の外、視界の外へと出ていくのが辛うじて見えた。

 そしてその直後、指をパチンと鳴らす音が2回響き、再び2人が入ってくる。

 ……全く同じ、瓜二つのゴスロリ衣装を着た、2人が。

「連君! 今治します!」

 さっきまでおそらく俺同様フラフラになって、陽さんに支えられて辛うじて立ち上がっていたであろうよーちゃんであったが、再び入ってきたときは何事もなかったかのような様子で俺に対し駆け寄り、治癒魔術を掛けてくる。

「……」

 彼女が来ている服を見て、部屋の外で何が起きたかを悟る。分身体は召喚時のオリジナルの身体の状態を引き継ぐので、疲労していないオリジナルが消して出し直せば、当然分身体のよーちゃんも疲労していない状態で呼び出されることになる。彼女達ならではの方法だ。

(便利なもんだな……)

 よーちゃんに治してもらいながらそう考えていると、やがて疲労感が消え去り、何とか言葉を発し、立ち上がることが出来るようになる。

「しょ、将軍。お姉さん、は……?」

「……すげぇ」

 俺はベッドを支えに何とか立ち上がり、その様子を見る。さっきまで血の気が無く、不気味な赤紫色の痣が随所に見られた皮膚はすっかり元気そうなペールオレンジになっており、肉付きも普通の状態っぽく見える。顔の方を見ると、口元の赤い泡や鼻から流れ出ていた赤い筋が消え去り、こちらも穏やかな寝顔でゆっくり息をしていた。

 総じて、先ほどまで死にかけていた人物とは思えない。

「炎が……炎が戻ってる! いや戻ってるどころじゃねぇ、前よりもかなり強い!」

「……そうか」

 おそらく危機は脱したようだ。

「よかった……ぁっと」

 将軍の歓喜の言葉を聞いた俺は、再度力が抜けてしまい、また尻餅をつきかけるも。

「連君!」

「連夜!」

 背後にいた2人に支えられ、何とか立位を保った。

「な……」

 驚いているのは将軍だけでなく、その母もそうだったようだ。口を開けたまま、呆然としていた。

 さて。これで、俺がやれることは、やった。そしてこれからどうなるかと考えながら口に握りこぶしを当て、ゆっくりと呼吸をしながら静観していると、早速目に見える変化が現れた。

「――ぅ……」

 ベッドの方から声が聞こえる。見ると、それまで眠っていた少女が目を開けている。

「姉、ちゃん?」

「晴香……?」

「う、うーん……」

 眠りについていた、いや先刻まで確かに死にかけていた少女は、まるで何事もなかったかのように目を覚まし、体を起こす。

「あ、えーっと、お母さん?」

「晴香!」

 将軍のお母さんは驚きの声を上げ、晴香さんの身体に抱き着く。

「え? 何? 何なの?」

 目を覚ました晴香さんは、何が起きているのかいまいち理解できていないようだ。

「姉ちゃん!」

「あ、え? 晴斗、何でそんなヤンキーみたいな姿? というかそこに居る……上下下着姿のそいつは誰? あんたの友達?」

「姉ちゃん、大丈夫か!?」

 将軍は質問に質問で返している。

「えぇ……? えーっと、確か頭の痛みが酷くなって、それで……。あれ? 何であたし、こんなところに寝てたんだ? うーん、思い出せないけど、まぁいっか!」

 晴香さんはベッドから起き上がると、そのまま横に腰掛けた。

「あなた! 晴香が! 晴香が!」

 将軍の母親は晴香さんから離れると、慌てて部屋の外に飛び出していく。

「姉ちゃん! どこか痛くなったり、気分が悪かったりしてねぇか?」

「え? あー、今のところ特に痛みとかは無いかな。むしろ逆に身体が軽くて、調子がいい気分だよ!」

「あ、あ……」

 肩を回しながら調子のいい声色で答える晴香さんの姿を見て、将軍は言葉が出ないようだ。

「あれ? どうしちゃったの? お母さんと言い、晴斗と言い様子が変だよ」

「……晴香さん、ですよね。あなたは――」

 状況を飲み込めていない晴香さんに対し、陽さんが助け舟を出そうとするが。

「こ、こっちです! 晴香! 今来たぞ……っ!?」

 その言葉は、突如響いてきた救急車のサイレンの音と、騒がしい足音を立てながら部屋に飛び込んできた将軍の父親の声、そしてそれに続く形でぞろぞろと入ってきた救急隊の足音によってかき消された。将軍の母親も戻ってきている。

「あなた! 晴香が、晴香が!」

 慌てた様子で現状を伝えようとする将軍の母親であったが、気が動転しているのだろう、その言葉はいまいち要領を得ない。

「晴香が、目を……」

「こちらの方ですか?」

 将軍の父親も晴香さんの姿を見て動揺していたが、救急隊の人に質問され我を取り戻す。

「あ、は、はい! この子です! と、とにかく早く病院へ!」

「あ、え、ええ! この子が突然、血を吐いて……」

「分かりました。一旦診てみましょう」

 将軍の両親は2人がかりで晴香さんの両肩を支え、救急隊に引き渡す。

「えあ? ちょ、お父さん、お母さん! あたしは何もないって!」

「姉ちゃん!」

「は、晴斗―っ!」

 晴香さんは将軍に助けを請うような声を発するも、抵抗虚しく両親に両肩をがっちりと掴まれながら、部屋の外へと連れていかれてしまった。それに合わせて救急隊も部屋の外へと出ていく。

 そしてしばらくした後、救急車のサイレンが再び鳴り響き、そしてそれは次第に遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。

 一軒家に静寂が訪れる。

「……どうやら晴香さんは、ご両親と一緒に病院へ行ったようですね」

 よーちゃんは外の方を確認していた。結局晴香さんは両親に連れられ、救急車で病院に運ばれたらしい。つまり今この家に居るのは俺達4人だけのようだ。

「そうか。それにしても全く、何なんだあの2人。一橋君に対する扱い、自分の子供に対する態度とは思えん! 全く……」

「あっ、ま、待ってくれその……もう1人の葵さん」

「む?」

 将軍の両親の態度を見て不満げな陽さんを、将軍が制止した。

「いいんだ。いつものことだしな」

「いや、だが……」

「姉ちゃんが無事なら、それでいい。ほっとかれてるって言っても、学費は出されてるし、飯だってちゃんとおれの分も出てるしな。いいんだよ、これで。……良かった」

「……そうか」

「将軍……」

「一橋君……」

 ゆっくりと両目を閉じ、安らかな表情でじっとしている将軍を前に、どんな言葉も蛇足のように思えた。

 その後全員一息ついたところで、陽さんは将軍に前置きした通り自身の事情……分身体を出す能力の事を説明した。将軍は話を聞いて少しだけ驚くような仕草をしたが、思いの外すんなりと受け入れていた。おそらく自分も奇妙な力、魔術の力を持っていたためだろう。

「これで一件落着、でいいんだよな?」

「多分な」

「帰りましょうか、オリジナル、連君」

「だな……」

 これ以上、長居は不要だろう。俺達は帰路に就く。正直なところ、将軍にはいくつか聞きたいことがあったが、あまり遅くなると困るので、それはまた今度聞くことにした。

 家を出るとき、将軍が斜め45度で俺達に無言で一礼していたのがとても印象に残っている。

 なお言うまでもないことであるが、俺は帰る際将軍から服を借りた。嗅ぎなれない洗剤の匂いに違和感を覚えたが、やっと寒くならずに済むし、何より帰り道にしょっ引かれることもない。元の服を買ってくれた父に対しては苦しい言い訳を考える必要があるが、死にかけの人間を救うよりは些末なこと。ぶっちゃけ今は肩の荷が下りた気分で、存外何とかなりそうな気がしていた。


 がたんごとんと音を立て、愛鷹山と富士山を西方に、箱根の外輪山を東方に映しながら北上する、御殿場線のこぢんまりとした上り列車の中。帰りの乗客でごった返す中、俺とよーちゃんと、そして陽さんは運よくロングシートに座れていた。陽さんは再びマスクをしている。

 なお、全く同じゴシック衣装の2人に挟まれて……なんてことはなく、普通に2~3人おきに俺達は座っている。陽さんとよーちゃんのペアルックは正直滅茶苦茶浮いているのだが、1日の終わりで疲れているのか、周囲の人間は彼女達の姿を気にも留めていないように見える。

 ……俺自身気になっているが黙っているので、単に周りも同じように黙っているだけなのかもしれないが、まぁ多分問題ないのだと思う。人間見知らぬ他人の事なんて、案外気にしていないらしいし。

「「「……」」」

 3人とも無言のまま席に座り、各々目的地の駅に着くのを待つ。

(はぁ……)

 俺は目を閉じて上半身を自分の膝に載せた鞄の上に倒し、うたた寝しながら物思いにふける。


 正直、治せるかどうかは賭けだった。

 俺の場合は傷ができてまだそれほど経っていなかった。

 傷ができてから時間がかなり経った後の脳のダメージなんて、治せるか分からんかったのだ。

 1年以上経って、おそらく大半が死んでいるであろう脳の機能を復活させることなんて果たしてできるのか。これが俺の当初感じた1つ目の懸念点。まだ死んでない状態から回復させるのは自分自身で実証済みだが、こればかりは不安しかなかった。

 そして仮に復活できたとして、元の「将軍のお姉さん」の状態で復活させられるか。これがもう1つの懸念点。

 正直、俺はこの治癒魔術の仕組みがよく分かっていない。傷は治っているが、細胞を増殖させて治しているのか、あるいは時間を巻戻すかのように損傷前の状態に復元しているのか。フィクションに出てくる治癒魔術というのは大体、この2パターンに分けられるだろう。仮に後者であれば、お姉さんの脳の状態は傷を受ける前の状態に戻るだろうから問題はないと思われる。

 だがもし仮に前者だった場合、死滅した脳細胞を新しく生み出した脳細胞で代替しているということなので、それが元の「将軍のお姉さん」と同じ記憶を持った存在として復活する保証はない。いわゆるテセウスの船という奴だ。今まで治していたのは脳以外の身体の組織だったので前者だろうが後者だろうがあまり問題なかったが、人間の記憶や意識を司る、その人をその人たらしめる脳を治すとなると話は別だ。

 以上の理由から、俺は実行前から不安に感じていたが……将軍とお姉さんのやり取りを見た限りでは、俺の2つの懸念は杞憂に終わってくれそうだった。今回の事例だけで治癒魔術の仕組みがこうと断言できるものではないだろうが、少なくとも植物状態からの復活が可能ということは間違いないと思われる。自分の力に関する新しい知見が得られたとともに、その力で2人の人間を救うことが出来たという点に、俺はうたた寝しながらほっとしていた。

 そんな風に物思いにふけりながら、顔を両ひざに乗せたカバンに埋めてうとうとしていると、背中をポンポンと叩かれる。

「おい、連夜。わたし達はそろそろ降りるぞ」

「そろそろ起きた方がいいですよ」

「ん、ああ……」

 体を起こすと、そこには席を立ち、列車を降りる準備をしている2人のゴスロリ少女の姿があった。列車の速度は落ち、前方の方を見ると見慣れた裾野駅のホームが見えている。

「それじゃ連夜、また今度」

「また学校で。連君」

「ああ、またな」

 列車は止まり、2人はホームへと降りる。ほどなくしてドアが閉まり、列車は再び発車する。

「ふぅ……」

 父が待つ岩波駅へ向かう最中、俺はそっと両肩をグルグルと回したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ